「では君の言う、その決着とは何かね?」
 中央に居た男が、静かに尋ねた。伊勢崎はその男をまっすぐに見つめたまま、すぐには答えなかった。世良が不安そうな顔で伊勢崎の横顔をみつめていた。氷川も同じように伊勢崎の横顔をみつめる。
 伊勢崎は静かにゆっくりと息を深く吸い込みゆっくりと吐いて深呼吸をした。それから何度か瞬きをしてから口を開いた。
「我々の今後の身の振り方について、我々の要望を提示したい。貴方方にはその中から選ぶ権利はあるが、それ以外の処分は考慮できないと思っていただきたい」
 伊勢崎の冷静且つキッパリとした言葉に、また男たちがざわめいた。
「それは随分一方的ではないのかな?」
 真ん中の男が、苦笑しながらけん制するように伊勢崎に言ったが、伊勢崎は微動だにせずまっすぐに見つめ返した。
「その意見を受けましょう」
 横からそう言ったのはライドだった。
「ライド博士! まだ彼らの要望の内容も聞かずに、勝手にそのような約束をされては困ります」
「いえ、イセザキさんの言うとおりです。我々は彼らの世界の人々に助けを請うている立場であり、あくまでも誘拐犯ではない。我々だってこれは犯罪ではなく、正当な行為であると自分達を納得させたくて、『攫う』という行為ではなく、選ばれし者達と恋愛関係を結ばせて同意の上でこちらの世界に来てもらっている。ならばイセザキさん達にも同意の上で、今後の事を決めてもらう事が道理ではないのか?」
 ライドがそう説得をすると、男たちは顔を見合わせて何も言えなくなってしまった。
「イセザキさん、貴方の要望を言ってください」
 ライドがそう言うと、伊勢崎はコクリと頷いた。
「まず第一希望は、オレと世良の関係を認めて、この世界で恋人として暮らす事を承諾する事、但し氷川さんは元の世界に帰し、もちろん卵子の提供は受けない事。第二希望は、オレ達3人ともオレ達の世界に帰し、世良がオレ達の世界で暮らす事を承諾する事。第三希望は、オレと氷川さんを元の世界に帰し記憶を消す事。但し世良の身柄は自由にし、二度とこのプロジェクトには関与させない事」
「伊勢崎さん! なにを言い出すんですか!」
 世良は最後の希望を聞いて、驚いて立ち上がった。
「今の3つの中では……明らかに3番目の要望が、我々にとっては有利だと思うが、それを選んでもいいと言う事だな?」
「ダメです!!」
「はい」
 ダメだと叫んだのはもちろん世良だ。伊勢崎は冷静に頷いていた。
「伊勢崎さん!!」
「但し、絶対に世良を自由にすると言う事が条件だ。我々の記憶を消したからといって、世良をどうにかするというならば話は違う事になる。ライドさん、世良の身は貴方に任せても大丈夫ですか?」
「それは約束しよう。セラの身の保障は私が約束する……だがまだ我々が3つの要望のどれを承諾するかは決まっていない。そう早まるものではない。セラ、貴方も落ち着いて座りなさい」
 ライドは伊勢崎と世良を宥めるように言った。世良はまだ憤りを感じているようだったが、渋々というように腰を下ろしながらもジッと伊勢崎をみつめていた。だが伊勢崎はまっすぐに前を向いたままで世良のほうを見なかった。ライドは二人の様子をみつめながらも、ゆっくりと立ち上がると横に並ぶ男たちの方へ向けて話を始めた。
「皆さんはイセザキさんの言葉を聞いてどのように感じただろうか? 異世界の人間が何も知らずに偉そうな事をと思っている者もいるでしょう。だが私は科学者の一人として、彼の言葉は新鮮な意見であり、納得せざるを得ない言葉だと思ったのです。彼の言うとおり、我々はこの目の前に起こっている現実を認めなければならない。我々が科学技術の粋を集めて完成させたプロジェクトであっても、完璧なものではない。毎回送り込むメンバーの中から2〜3人の脱落者が出てしまう。その度にデータを解析しなおし、プログラムを組みなおし、今度こそはと送ってもやはり脱落者は出る。4度目の今回では、セラのような特殊な事象まで起きてしまった。それは我々のプログラムミスなのですか? いや違う。イセザキさんの言うように、彼らは『人間』だ。みんなそれぞれの自己もある、感情がある。個性がある。彼らの『気持ち』は、コンピューターでは完全に解析する事は不可能なのだ。セラが同性のパートナーを選んだことが、プログラムミスだというのならば、我々はそもそもこのプロジェクト自体を考え直さなければならないのかもしれない」
 ライドの話は、男たちを動揺させた。それは説得力のあるもので、自分達の間違いをズバリと問われるものだから動揺するのも仕方の無いことではあった。
「もしここで我々が、イセザキさんの言葉を受け入れようとせず、人道的に反する事をしてしまったとしたら、今この世界に来て、我々の為に子孫を残そうとしてくれている地球の人々に対しても、二度と顔向けが出来なくなるのではないだろうか? もしもこのことが知れたら、彼らは我々のことをどう思うだろうか? 我々は犯罪者になりたいのか?」
「しかし! しかしライド博士、我々は今ここでプロジェクトを止めるわけにはいかない。せめてあと6回は行い、1000人の健常な地球人を確保し、第二世代を産みださなければ、人口の減少を食い止める礎に出来ないではないですか」
「ではこのプロジェクトをどうしても進めたいというのならば、我々はこのような『例外』から眼を背けずに、受け入れていかなければならない。そうしなければ、何も解決はしない。きっと次のメンバーにも例外が現れるだろう。その度に排除し続けていくつもりか? 見なかったことにして? そしてそれを『間違い』として、次のメンバー達や今教育中の子供たちに、間違いを正す洗脳を行うのか? 我々は一体何を未来に残そうとしているのだ? 人間の心をなくしたアンドロイドを作るつもりなのか?」
 ライドは少し厳しい口調で、声を大きくして言った。その迫力に、その場は静まり返ってしまった。伊勢崎はただ落ち着いた様子で前をみつめている。世良は驚いた顔でライドをみつめていた。
「私のラボでは、協力してくれた地球人達の遺伝子データを下に、我々が無くし始めている生殖能力を復活させる薬や治療法の研究を進めている。そして最近になってようやく手がかりが見えてきた。まだ確実な結果は出ていないが、近い将来、かならず成果が出ると確信している。異世界の人々を略取せずとも、我々だけで子孫繁栄できる日が来るだろう。だが貴方方次第では、私はこの研究を取りやめるつもりだ」
「ライド博士!」
「ライド博士、それはどういう……」
「簡単なことだ。私はイセザキさんの第一希望を承諾する事を推薦する。貴方方が人道的な行いをしてくれればいいだけの話だ」
「脅すつもりですか!」
 男たちは騒然となった。
「脅しなどではない!」
 ライドが大きな声でそう跳ね返したので、皆が驚いて静かになった。
「私は長い間、この星の為、人類存続の為に研究をしてきた。それは元の世界に少しでも戻りたいからだ。だがそれは間違った歴史を繰り返すための世界に戻りたいからではない。人が人として幸せに暮らしていた。誰からも管理される事なく、自由に生活し、自由に恋をし、結婚し、子供を生んでいたという当たり前の世界。そんな世界に戻りたいから、私は研究をしてきた。だが優良遺伝子とか、そう言う事ばかりを重要視してきたために、人間にとって一番大事なことを忘れかけていた事に気付かされた。それはセラやイセザキさんやヒカワさんのおかげだ。我々が『理想としていたパートナー関係』だけが正しい人のあり方ではない。周囲が悪いという人を好きになってしまったり、不倫をしてしまったり、子供が出来ないとわかっていても好きになってしまったり、同性であっても好きになったり、それは正しい感情を持つ人間だからこそでしょう? 間違うから人間なのです。間違わないのは、コンピューターだ。私たちは未来にアンドロイドを残したいわけではない。人間を残したいはずです。そうでしょう?」
 ライドは穏やかに演説をしながら男たちを見渡した。
「貴方方がそれを理解しないというのならば、そういう未来しかないのならば、私は研究を続けたくない。だから研究は止めるといっただけだ。脅しではない。科学者として、意味のない研究は続けたくない。それだけだ」
 ライドは静かにそう締めくくると着席した。その場はしばらく静まり返っていたが、やがてひそひそと議論が行われた。
 世良が不安そうにライドを見ると、ライドは薄く笑みを浮かべた。


「では全員の意見が出揃ったので、我々からの結論を申し上げます」
 真ん中の男がそう言って立ち上がった。ゆっくりと3人を順にみつめてから大きく息をすった。
「君達が希望する通り、セラとイセザキのこの世界での居住を認め、ヒカワは元の世界に戻す事とする。もちろんヒカワからの卵子の提供は受け付けない。以上」
 その発表に、世良と氷川が安堵の息を洩らした。伊勢崎もホッとしたような顔で俯いた。
「本日15時にヒカワの転送を行う。それまで別室にて待機するよう」
「あの、私の記憶は消すんですか?」
「いや、氷川さんの記憶は消さないでください。彼女を今後、プロジェクトに関わらせないためにも、彼女の記憶を残しておく必要がある」
 氷川がした質問に、男たちが答える前に伊勢崎がそう言ったので、止むを得ないと言う様に男たちが了承した。


 氷川が用意された別室で着替えなどの用意をしている間、伊勢崎と世良は廊下で待っていた。伊勢崎も世良も黙ったままで、世良がひどく不機嫌そうな顔をしているのを、伊勢崎はチラリと見てから小さく溜息をついて腕時計の時間を確認した。
「あと1時間半か……決まってしまえばなんだか急だな」
 伊勢崎がそう呟いたが世良は黙ったままで何も答えない。伊勢崎はまた世良の顔を見た。
「お前、何怒っているんだ? 一緒に居られる事になって嬉しくないのか?」
「伊勢崎さんはズルいです」
「は?」
「オレはオレなりに色々と考えて、決心もしてきたのに、結局何もオレにはしゃべらせてくれなかった。一人で勝手に色々と決めたりして……」
「だってお前はこっちの世界の人間だろ? 万が一の事を考えると、お前は何も言わないほうがいいんだ。異世界人であるオレが勝手な事を言うほうが道理が通る。お前がとんでもない事を言わないように、オレが先に言ったんだよ」
「とんでもない事って……」
 世良がムッとなって、伊勢崎の方を向いて反論しようとしたが、伊勢崎が穏やかな顔で微笑みながら世良をみつめていたので何も言えなくなった。
「お前がなんか思いつめた顔をしていたからな」
「オレは別に……」
 世良はちょっと気まずいような顔で目を反らした。
「伊勢崎さんの方が無茶ですよ……第一希望にこっちの世界で住むことを選ぶなんて……それよりもオレ怒っているんですからね! あの第三希望はなんですか! 記憶を消して向こうの世界に戻るだなんて! オレを残して行くなんて! ひどい!」
「だってオレはお前が無事でいるならそれでいいんだ……オレは心中なんかしないぞ。離れ離れになったとしても、お前が無事で元気でいてくれるなら……もう実験台になんかならずに自由に暮らせるなら」
「そんなのっ……そんなの勝手だ! オレがそれで喜ぶと思うんですか? 伊勢崎さんと離れ離れになって、オレがそれで平気だというんですか?」
「だってそうでもしないとお前、無茶するだろう? お前こそもしもの時、オレを庇って死んでもいいくらいに決心しているんじゃないのか?」
「オレは! ……」
 二人が口論を始めた時、目の前のドアが開いて氷川が腕組みをして立っていた。
「ちょっと……こんなところで痴話喧嘩するのやめてくれない? 私はこれでお別れなのよ? 心配になるでしょ?」
「あ、あ、ごめん」
 伊勢崎と世良は慌てて謝ったので、氷川は苦笑した。
「もういいわよ、中に入って」
 言われて伊勢崎達は顔を見合わせてから部屋の中へと入った。氷川はこちらの世界に来るときに着ていた服に着替えていた。部屋の中にある椅子の上に、荷物のバッグも置いてあった。それを伊勢崎はジッとみつめた。
「本当に帰れるんだな。よかった」
「なんだか慌しいけどね。せめてあと1日ゆっくりさせてもらって、もうちょっとこっちの世界を楽しみたかったけど……仕方ないわね」
 氷川はそう言って笑った。
「氷川さん、その……こんなことに巻き込んでしまって悪かったな」
 伊勢崎が真面目な顔でそう言ったので、氷川は一瞬驚いて真顔になったが、すぐにニッコリと笑って見せた。
「あら、滅多に出来ない経験が出来て楽しかったわ。伊勢崎さんと別れるのは辛いけど……あ、もちろん世良君もね」
 氷川が明るくそう言った。
「本当に色々とありがとうございました」
 世良は深々と頭を下げた。
 それから時間までの間、3人は別れを惜しむように色々な話をした。

「そろそろ時間だが用意はいいかい?」
 そこへライドがやってきて別れの時を告げた。3人は顔を見合わせて、氷川がニッコリと笑って「はい」と答えた。
 3人は迎えに来たライドとその他数人の男たちに連れられて移動した。連れられていった先は、転移装置のある部屋だった。そこは伊勢崎達が初めてこの世界に来た時の部屋で覚えがあった。
「じゃあ、本当にさよならだ」
 伊勢崎はそう言って氷川に向かって右手を差し出した。氷川はすぐには握手に答えず、差し出された伊勢崎の右手をジッとみつめていた。それからゆっくりと手を出して握手をすると、突然伊勢崎に抱きついた。
「氷川さん」
「伊勢崎さん、私、本当に伊勢崎さんの事が好きだったわ。だからどうか幸せになってね」
 氷川はそう言ってからゆっくり体を離すと、伊勢崎の顔を見て、ちょっとテレ臭いような顔で笑って見せた。それから世良のほうを向いて握手を交わした。
「伊勢崎さんをよろしくね」
「はい、かならず幸せにします」
 世良が力強く答えると、氷川も微笑みながら頷いて見せた。
 氷川とはそこで別れて、一人送り部屋へと連れて行かれた。伊勢崎達の前で扉が閉まる。
「こっちから中の様子が見れます」
 ライドに言われて移動すると、小さな窓があり、そこから中を覗く事が出来た。部屋の中は見覚えがあった。白く丸い部屋。なにない部屋だ。その中央に日川は連れてこられると、案内した男から何か説明を受けていた。それはとても短いもので、氷川はすぐに頷いてみせている。すると男は部屋を立ち去り、伊勢崎達の居るほうへと戻ってきた。扉が閉められて、氷川は一人部屋の中央で荷物を持って立っている。怖いのか目を閉じていた。こちらには気付いていないようだ。
 男たちが口々に何か言いながら、忙しく装置を動かしていた。やがて電子音のような音がして、カウントダウンを始めた。カウントが「0」になった時、部屋の四隅から出ていた円錐のような形をした金属の装置の先から、プラズマが走りやがて氷川の体が光に包まれたかと思うと、フッと一瞬で消えてしまった。後には何も残らなかった。
「転送確認」
「転送確認」
「座標確認」
「座標確認」
「誤差確認」
「誤差確認」
「異常なし」
「異常なし」
 男たちが口々にそういいあって確認を取っていた。
「無事に氷川さんは元の世界に戻ったようですよ」
 ライドがそっと伊勢崎に耳打ちをしたので、伊勢崎はホッと息をついた。
「ヒカワさんの無事を確認できた事ですし、それでは我々はあの家に戻りましょう」
 ライドがそう言ったので、世良と伊勢崎は顔を見合わせると、少し微笑みあった。本当にこれで終わったのだ。そしてこれから新しい生活が始まるのだ。伊勢崎は心の中でそう改めて思った。
 ライドに促されて、その部屋を出たところで、突然目の前に銃を構えた兵士たちが現われた。有無を言わさず、伊勢崎の体を拘束してしまった。
「ちょ……な、なんだよ!」
「伊勢崎さん!!」
 もがく伊勢崎と、驚いて助けようとした世良に、それぞれいくつもの銃が突きつけられた。
「なにをするんだ! 伊勢崎さんを放せ!!」
「世良!」
 暴れる伊勢崎に、管理官らしき男が数人で取り押さえると、何か注射のようなものを伊勢崎の首筋に刺した。それは麻酔薬らしく、すぐに伊勢崎はガクリと気を失ってしまった。力を失った体を男たちが抱え上げる。
「伊勢崎さん!! 伊勢崎さん!」
 世良が狂ったように暴れて、兵士を2人殴り倒した。
「静かにしないと、この男の命を保障しないぞ!」
 伊勢崎を抱えた男の一人が、世良に向かってそう叫んだので、世良は動きを止めた。その隙に兵士たちがワッと飛び掛り、世良は床に倒されて銃を突きつけられ、後ろ手に手錠をかけられてしまった。
「放せ!! 伊勢崎さんを放せ!!」
 世良は尚も叫び続けた。だが兵士の一人が、銃で世良の後頭部をガッと殴りつけたので、世良は気を失って静かになった。
「どういうことだ。約束が違うではないか! サマル長官! 彼らをどうするつもりか?」
 ライドが怒りを帯びた声でそう叫んだ。ライドもまた兵士たちに銃をつきつけられていた。
「約束は守ります。イセザキにはこの世界でセラと共に住むことを認める。だがこのままというわけにはいかない。確かに我々は査問会でのやりとりについて検討し、博士の意見にも同意した。我々の行ってきたことについて、見直す時期が来た事も理解する。だがだからといって今すぐにそれに対応できるほど、我々の組織すべてにこの事がいきわたっていない。我々は彼らをこのまますぐに受け入れるような体制になっていない。我々にとって、イセザキの存在は脅威なのだよ。このまま街に住ませて、彼の思考がすでに住み着いている地球人達にどんな影響を与えるか分らない。それは脅威なのだ」
「ではどうするつもりなんだ」
 ライドが厳しい表情で尋ねた。サマル長官と呼ばれた男は、眉間を寄せて少し苦しげな表情をした後、ライドをみつめ返した。
「彼の……イセザキの地球人としての記憶だけを消させてもらう」


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