その日の朝は静かに訪れた。3人ともいつもより少し早く起きてきてリビングに集まると、TVを見ながらなごやかに朝食を摂った。この世界のてれび番組にも慣れた。意外と伊勢崎達の世界のものとあまり変わらない。お笑いバラエティとアニメが無いくらいで、ニュースや料理番組、歌番組、ドラマもある。氷川が、伊勢崎と世良でコンビ組んでお笑いを始めたらどうだろうと提案した。この世界初のお笑いコンビだ。それも良いと笑いあった。
 どこか互いを気遣い合うようなそんな朝だった。
 朝食を済ませて、のんびりとくつろいでる所へ1台の車がやってきた。迎えに来たのはライドだった。
「おはようございます。お迎えに参りました」
「おはよう、ライド」
 3人はとても穏やかな表情でライドに挨拶をした。


 そこはこの世界に来た時のような真っ白い部屋だった。扇形をした床も壁も天井も真っ白だった。中央に置かれた扇形の横長いテーブル以外には何も家具や装飾は無い。扇形の部屋の緩やかな弧を描いている面は、一面が大きな窓になっている。だがガラスは磨りガラスで外の光を取り入れているだけで、景色を眺める事は出来なかった。
 扇形のテーブルの長い辺の側に、8人の男性が座っていた。その向かい側に3人は座らせられた。ライドは8人の男達側の一番端の席に座る。
 伊勢崎はジッと向かい側に座る男たちの顔を、一人一人見定めるようにしてみつめていた。世良はどこをみつめるとはなしに、ただ真っ直ぐに顔を向けていた。氷川は一度伊勢崎達の様子を確認するように見てから、ライドの方を見た。目が合ったライドは穏やかな表情をして軽くうなずいてみせた。それを見て、氷川は少しばかり安堵の表情になった。
「皆さん、この世界には慣れましたか?」
 中央に座る少し白髪の混ざった頭の男が、静かにそう話しかけてきた。一見優しげな口調ではあるが、親しみを覚えるような暖かな印象派まったく感じられないものだった。
 伊勢崎は緊張した面持ちのままで、その男の顔を黙ったまましばらくジッとみつめた。その伊勢崎の様子に、男は小さく溜息交じりの笑みを洩らして、周囲に同意を求めるかのように、チラリと横に並ぶ男たちへと視線を向けてから、伊勢崎の方を見直した。
「随分警戒されているようだが、別に今の問いは査問には関係のない挨拶の会話だ。もう少し気持ちを静められてはいかがかな? 我々だって、別に君たちを取って食おうというわけではない」
 男はそう言って嘲笑するようにクククと笑った。それに釣られるように他の男たちも声を潜めて笑った。
「貴方方のその上から人を見下すような態度が我々の態度をこうさせているんですよ」
 伊勢崎は特に怒りをあらわにするわけでもなく、落ち着いた様子で男たちを見据えながらそう言った。伊勢崎の言葉に、世良と氷川は少し驚いた顔をして互いの顔を見合わせたが、何かを決意したように表情を引き締めてまっすぐに前を見つめた。
「別に我々はそういうつもりはないんだがね」
 別の男が冷ややかな口調で呟いた。その言い方には、やはり嘲笑が混じっているように聞こえる。
「貴方方はこの世界では偉い位の方々かもしれない。だが別の世界から来たオレ達には関係のない話だ。オレ達にはあんたたちはただのおっさんだ。どんなに偉ぶられた所で、オレ達の世界からオレ達を攫ってきた人攫い以外のなんでもない。だから人を見下すような態度は辞めてもらいたい」
 ザワッとその場がざわめいた。さすがにその伊勢崎の辛らつな言葉は、男たちを動揺させた。表情に怒りをあらわにしているものまで居る。互いにひそひそと囁きあっていた。ライドだけは変わらず静かな佇まいで、そこに座っている。
「君は……ずいぶん威勢がいいが、一体ここに何しに来ているつもりなのかね? 我々と喧嘩でもするつもりか? ここが査問会の場であり、君たちの立場は……」
「ですからその態度と物言いが気に食わないといっているのです。そちらこそ立場をお分かりなのですか? 貴方方は、人類滅亡の危機にあり、その解決策として同種の生命体である我々を攫ってきて、婚姻させ、子孫を残そうとしているのでしょう? 我々はありがたがられこそすれ、貴方方に挌下に見られるような覚えは無い」
 伊勢崎は凛とした表情で正面の男たちの顔を見据えて、淡々とした口調でそう述べた。
「ましてや犯罪者や実験動物でもない。異世界から招かれた客人として、同等の立場で話をさせていただきたいだけですよ」
 続けて言い放ったその言葉に、男たちは何も言えなくなり静まり返ってしまった。しばらくの間沈黙が流れた。伊勢崎、世良、氷川の三人は、ジッと相手の出方を待った。
「イセザキさん、分りました。我々の態度がお気に召さなかったのでしたら申し訳ない。謝罪します。我々はこの世界の人類保管プロジェクトの中枢となる各分野のトップです。貴方方に色々と尋ねたい事があり、このような査問会という場を開きました。まあ『査問会』というと聞こえが悪く、まるで貴方方を犯罪者とみなし、糾弾しているように思われるかもしれないが、決してそういうつもりはない。我々にとって貴方方、地球の方々は大切な存在であり、貴方の言うように、我々は自分達の未来の為に、貴方方を攫ってきているのは事実だ。だがそれが決して許されるべき事でない事は、十分に分っているし、だからこそ安易に誰でも連れてくるわけにはいかないとも思っている。だからこそこのような大きな機関で管理し、調査し、選択しているのです。そして我々にとって、貴方方のケースは、稀なるケースであり、本来ならば貴方方の記憶を消して、セラとのことを忘れていただき、元の世界での暮らしを続けてもらうほうが良かった……だが……ライド博士の推薦もあり、特例で貴方方をこの世界に招き入れて、今後どうするべきかを話し合わせてもらいたいと思っているのだ……そこの部分は誤解無く受け止めていただきたい」
 真ん中の男の右隣に居た40代くらいの眼鏡の男が、落ち着いた様子でそう語った。
「分りました。続けてください」
 伊勢崎が深く頷いてそう答えたので、眼鏡の男も頷いて、真ん中の男のほうを向き促すように合図を送った。
 最初に話をした真ん中の男が、小さく咳払いをしてから、手元のパネルを操作して、何かデータを確認した。
「ナンバーDE0118512Cセラ……君はパートナーとして、地球人・イセザキ・アマネを選んだ。間違いはないか?」
「はい、間違いありません」
「だがイセザキは、性別が、生物的においても、社会的ジェンダーにおいても、紛れも無い男性であり、セラとは同性になるのだが、それを理解したうえでパートナーと認めたのか?」
「はいそうです。伊勢崎さんが自分と同じ男性である事を承知でパートナーだと思いました」
「その根拠は何か?」
「私はこのプロジェクトのための教育を受けた際に、自分のパートナーというのは、教えられずとも必ず自分で分るものだと教わりました。正直それは曖昧なもので、自身では実感がないものだと思っていました。しかし地球に行き、色々な人と出会い、たくさんの女性とも接触しましたが、好ましいと思う相手はいても、パートナーという実感は持てずに居ました。でも伊勢崎さんは違いました。すぐにわかりました。彼がパートナーだと。だから性別などは関係なかったのです」
「それは君の思い込みとは思わなかったのか?」
「実際、伊勢崎さんには、コントロール装置の記憶消去が利きませんでした。これもパートナーの記憶は消せないと教わっていたものです」
 世良はそう言って、銀色の楕円形の装置を差し出して見せた。一瞬、男たちがザワザワと何か囁きあってざわめいた。
 男たちが代わる代わる世良に質問をするのを、世良はとても冷静に答え、伊勢崎達もだまってそれを聞いていた。
「セラ、だが君には、本当のパートナーであるはずの女性が居たはずだ。そこにいるヒカワ・エリナ。彼女が本当のパートナーではないのか?」
「確かに……氷川さんもこの装置が利かなかった。氷川さんの事は好きです。だけど違うんです」
「どう違うというんだね?」
「それは……理屈じゃないんです。愛しているのは伊勢崎さんの方だから、氷川さんの事は好きだけど、パートナーとして選ぶのであれば、伊勢崎さんしかないんです」
「同じ条件のパートナー候補が二人いるのであれば、当然ながら異性を選ぶのが当たり前ではないのか?」
「違うんです。同じじゃない……伊勢崎さんと氷川さんは同じなんかじゃないんです。オレにとっては……」
 世良は上手く言葉が出ないのか、苦悩した表情で俯いてしまった。伊勢崎はそんな世良をチラリと見てから、小さく溜息をつくと、ゆっくりと手を上げた。
「すみません、話の途中で申し訳ありませんが、質問をしてもいいですか?」
 突然の伊勢崎の言葉に、一瞬男たちはざわめいて互いの顔を見合わせた。
「どうぞ、質問してください」
 ライドが代わりに答えたので、伊勢崎はコクリと頷き、男たちも仕方ないというように静かになった。
「貴方方はコンピューターで割り出したパートナーが事前に分っているように言っているみたいですが、実際には何も分かっていないのですよね? なのになぜこのパートナーは違うとかっていえるのですか? そもそもこの世良がいつも持っている装置で記憶を消されないのがパートナーとかっていう理屈も分りません」
 伊勢崎の質問に、再び男たちがささやきあった。
「イセザキさん、科学的根拠を語っても、多分難しくて分っていただけないと思うので、分りやすい部分だけを説明させてもらいますが……まず我々はあらゆる面から研究を重ねて、コンピューターで割り出したそれぞれの者に合うべきパートナーがいる。だがそれはあくまでもその相手の数字的なデータであり、「どこの誰」というように特定の人物を割り出しているわけではないのです。セラにもっとも合うパートナーの身体的データや遺伝子的データ、精神的データがあるだけです。それにもっとも合致する地球人が本当のパートナーということになります。その装置で記憶を消されないという点についてですが、これもセラ達のようにプロジェクトに参加している若者達は、彼ら専用の装置を持たされています。これは彼らの身体的データなどが組み込まれていて、常に健康状態などをスキャンしチェックしています。そしてまた先ほど言ったパートナーのデータも組み込まれてあり、記憶を消すシステムは、脳波に直接働きかけるもので、パートナーであるべき人物の脳波も事前に特定してプログラムにいれてある為、その特定の脳波にリンクする者の記憶は消されないというシステムになっているのです」
 ライドがそう説明したので、伊勢崎と氷川はようやく納得できたような顔になった。
「じゃあ、オレと氷川さんの脳波は似ているって訳だ」
 伊勢崎が少しからかうように言ったので、氷川が「まあ」と声を上げて目を丸くして見せた。
「まあ今は貴方方に分りやすいように『脳波』という言葉を使いましたが、我々の科学で解明した脳波の中の周波数の1つと思ってください。だから人格的にとか、精神的にとかそういう部分ともまた違いますから、二人の脳が似ているという事でもないのです」
 伊勢崎は話を聞きながら腕組みをして考え込んだ。
「じゃあ、別に男性であってもおかしくないって事ですよね? その理屈からすると」
「まあ、そういうことになるね」
 ライドが苦笑してから頷いたので、管理側の男たちがどよめいた。
「つまりあなたたちの実験台である彼らが、我々の世界に来て誰と恋愛をするかなんて、誰にも分らないわけだ。分っているのは、貴方方が『パートナー』と呼んでいる彼らにとって最良と思われる選ばれた優良遺伝子を持つ地球人のデータと同じ相手を探さなければならないと言う事だけ……貴方方は多分事前の調査で、その相手と多く遭遇する確立のあるエリアに、彼らを送り込むんだ。そしてみつけてきた相手が、貴方方の望む人物でなかったら『間違い』だという……それって随分勝手な話だと思いませんか? 大体貴方方は、『恋愛』というものを知っているんですか? オレ達は人間だ。世良だって実験動物じゃない。れっきとした人間だ。貴方方の仲間だ。心があるんだ。どんなにデータ管理したって、心は自由にはならないでしょう? 貴方方はなにがしたいんですか? 人類を繁栄させたいんですか? それとも実験動物を繁殖させたいんですか?」
「君! 失礼じゃないか!」
 伊勢崎の話に、カッとなった男が声を荒げてそう言った。すると続くように数人の男たちがそれに賛同して怒鳴り声を上げる。
「勝手な事を言うな! 我々がどれだけ苦労してこの研究を成し遂げようとしていると思っているのだ」
「闇雲な婚姻によって、万が一不幸な結果をもたらしたらどうするつもりか分かっているのか? それを避けるために、こうしてデータを取っているのがなぜ分らない」
 男たちの怒りとは裏腹に、伊勢崎はひどく冷静な様子で、黙ってそれを聞いていた。隣に座る世良の方が怒りの表情を浮かべていた。氷川もまた同じだった。
「違います! 伊勢崎さんはそういうことを言っているんじゃない……私達の心の事を考えて欲しいって言っているんです!」
 氷川が大きな声を上げて机をバンッと叩いた。それに驚いて男たちはシーンと静まり返ってしまった。
「世良君と初めて会った時の印象は、すごく無垢な人だなって思いました。私達の世界では、今時めずらしい真っ直ぐな青年だなって……それは後から彼のことを知ってすべてが納得できました。彼は「人としての感情」というものを何も知らずに私達の世界に来たようなものでした。誰かを好きになること、誰かを嫌いになること、妬ましいと思うこと、憎いと思うこと、憧れると言う事……だから誰に対しても、相手からはとても好意的に見えました。それは世良君には人に対して、敵意や人見知りなんて感情が分らないから、初めて会った人に対しても、好意的に見えるんです。だけどどこか遠慮しているようにも見えました。世良君は、パートナーを探して、その人のことを好きにならなければいけないって思っていたそうです。それは自己暗示みたいなものでした。それと同時に、好きになれなかったらどうしようという恐れも抱いてました。会う人、会う人、この人がパートナーだったらどうしようって、いつもそればかりを気にしていたみたいです。だけど人間同士の交流ってそんなものじゃないでしょ? 誰かと会うときに、その人のことを好きになれるだろうか? なんて考えながら会ったりしないでしょ? 貴方方だってそれは分るはずです。貴方方も家庭があるのでしょ? 世良君たちのように、人類繁栄のためだけに育てられた若者達が、実はメンタルの面でとても未熟だと言う事は、貴方方には分らないんですか? そしてそんな彼らにとっての『初恋』がどれほどの衝撃的なことか想像が付きますか? 世良君は伊勢崎さんを初めて愛したんです。そして尚且つパートナーだった。だから本当の恋なんです。同性同士で子孫を残せないから、この二人の関係は間違いだなんて、そんなことをあなたたちが決められるんですか? だって現に貴方たちが最善と思って出したパートナーデータに、伊勢崎さんは当てはまると言うのに、性別が違うからって……そんなのおかしいです。世良君の気持ちも、伊勢崎さんの気持ちも、何も考えてない……二人に『まちがいだったから辞めなさい』って、そんな事で辞められるはずがないでしょ? それは私も同じです。今更私が本当のパートナーだって言われたからって、私は世良君と恋愛は出来ません。私にだって心があります。それも無視するのですか? 私たちは実験動物じゃないんです。人間なんです。私も伊勢崎さんも、それを言いたいんです」
 氷川は一気に捲くし立てるように言うと、大きく息をついてから俯いた。その場は水を打ったように静かになった。
「では……どうしたいのかね?」
 真ん中の男が恐る恐る尋ねた。氷川は俯いたまましばらく考えていた。
「私は世良君と結婚する気はありません。でも貴方方の繁栄の為に、私と世良君の遺伝子を継いだ子供が必要というのならば、私は卵子を提供します。その代わり、世良君と伊勢崎さんの関係を認めてあげてください」
 その発言に、一斉に男たちはどよめいて、口々に何か議論を始めた。
「すみません。皆さん、すみません。オレは別に貴方方とこうして揉めたいわけじゃないんです。ましてや氷川さんにだって、そんな事を言わせたいわけじゃない。オレはそうまでして、世良と絶対にこの世界で結婚して暮らしたいわけじゃない。この世界に来て、色々な話を聞いて、貴方方の世界のおかれた状況も学びました。町に出て、我々の世界の女性が、こちらの世界で家庭を持って幸せに暮らしているのも実際に話を聞いて知りました。彼女達の話を聞いて、それまでずっと心の中でモヤモヤとしていたものも形になりました。だけどオレはまだそれを上手く言葉に出来なくて、貴方方を説得できるほど、ちゃんと話せてない。オレはずっと貴方方が世良たちをデータ管理している事が許せなかった。パートナーというのも、データ管理している事も許せなかった。子孫繁栄ってなんだろうって、疑問に思っていた。世良が実験動物みたいに管理されて、決められた相手と子孫を増やすためだけに利用されているなんて、この世界はなんてひどいのだろうって思ってた……だけど、ナオとサエコ達に会って、そのモヤモヤは少し晴れたんです。彼らはとても幸せそうだった。彼らは互いに出会う前に、他にも恋愛をしていて、他の道だって用意されていたはずだった。だけど二人は出会って恋に落ちた。恋人を捨ててまで……それもデータ管理ですか? 違うでしょう? 彼らはちゃんと本当の恋愛をしたんだ。彼らだけじゃない。今まで成功して、この世界で家庭を持っている異世界同士のカップル達は、仕組まれた実験動物なんかじゃない。データの所為ではない。みんなちゃんと恋愛をしているんです。100組のカップルが居れば、1組ぐらいちょっと違うカップルが現れるかもしれない。稀にオレ達みたいなのも現れるかもしれない。だけどオレ達は感情を持った人間なんだから、そういうことだってある。そういうデータの例外が起こることだってあるって事を、貴方方に理解して欲しいんです。失敗だから消そうとなんてしないで欲しい……どうしても許されないというのなら、我々の決着は、我々に付けさせて欲しいんです」
 伊勢崎はざわめく男たちを静めながらそう語った。それはとても静かな演説だった。とても落ち着いた言葉だった。
「伊勢崎さん……それって……どういう……」
 世良だけは、ひどく動揺した顔で、伊勢崎の冷静な横顔をみつめていた。


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