5人はテーブルに向かい合うようにして座ったまま、しばらく無言でいた。もちろんその微妙な空気は、伊勢崎が起こした一連の騒ぎの所為なのだが、世良が伊勢崎の手を引いて氷川達の元へと帰ってくるなり、伊勢崎はナオとサエコに丁重に謝罪した。一応はそれで治まったはずだが、微妙な空気はすぐに解消できるものではなかった。
 それは見るからにナオとサエコが困惑した様子である事と、伊勢崎達が男二人と女ひとりと言う、一見ドリカム的な組み合わせである事も、ナオ達にとって不思議に思わせる要因になっているはずだ。その空気を伊勢崎達自身も感じていた。それについてどう切り出すか……互いに口には出さないが、チラリと伊勢崎が世良を、世良が氷川を見て様子を伺っている。そんな微妙な空気だ。
「あの……」
 最初にその空気を割いたのはサエコだった。
「氷川さんが私と同じ世界の人だと言う事は聞きましたけど……そちらの方……伊勢崎さん? も……私と同じ世界の方なんですよね?」
「はい、そうです」
 伊勢崎は落ち着きを取り戻し、いつもの伊勢崎の顔になっていた。サエコに向かって穏やかに頷いて見せた。
「じゃあ……セラさんが私達の世界に行った選ばれた者で……パートナーはどなたなんですか?」
「サエコ」
 一番聞きにくいことをすっぱりと尋ねたサエコに、さすがにそれは空気を読んでいないだろうと感じたのか、ナオが小さな声で制した。
 伊勢崎達は一瞬驚いた顔をしたが、ゆっくりと三人で顔を見合わせてから頷きあった。
「実は……まだパートナーが決まっていないんです」
 そう答えたのは世良だった。伊勢崎はその思いがけない世良の答えに、更に驚いたような顔をして世良を見た。そういう言い方をするとは思わなかったからだ。てっきりここは、この場を誤魔化すためにも真実は語らず、当たり障り無く「パートナーはもちろん氷川さんです」と答えて、伊勢崎の事を何とか言いつくろうだろうと思っていた。
「決まってない?」
 二人が首を傾げて尋ねたので、世良は自信を持って頷いた。
「実はオレのパートナーがまだはっきりと決まっていないんです。だから色々と事情があって、こちらの世界に戻ってきたものの、今はまだ管理官の監視の中でみんなから隔離されていて、特別エリアに仮住まいしているんです」
 世良の説明に、二人はまた不思議そうに顔を見合わせた。
「氷川さんがパートナーなんじゃないんですか? さっき私達、樋川さんと話をしていて、パートナーに選ばれてこちらの世界に来られたのだと思っていました」
「あ、あ、待って! ちょっとそこは誤解があって……確かに私は世良君の装置で記憶を操作されなかったから、そういう意味ではパトーナーかもしれないけど、そういう……貴方達が思っているような意味で選ばれたというつもりでそう言ったんじゃないの」
 氷川が慌ててナオ達に言い訳をしたので、益々二人は不思議そうな顔になった。
「分りにくいかもしれないけど……氷川さんはオレのパートナーで、伊勢崎さんがオレの恋人なんだ」
「バッ……おまっ!……」
 突然の世良の発言に、一番驚き慌てたのは伊勢崎だった。思わずがたりと立ち上がったので、ナオ達も驚いた。
「伊勢崎さん、そんないきなり立ち上がるから、ナオさん達が驚いているじゃないですか」
「バカヤロ! お前のバカ発言に驚いているんだよ!」
「バカ発言ですか? ひどいな……事実を述べただけなのに……」
「お前はバカか!」
「まあまあ、二人とも痴話喧嘩は後にして……二人が驚いてるわ」
 氷川が慌てて仲裁したので、伊勢崎はしぶしぶと椅子に座りなおした。
「あのね、驚いたかもしれないけど、実はそういうことなのよ」
 氷川が改めて二人に向かって言い直した。
「世良君の装置に干渉されなかったのは、私と伊勢崎さんの二人だったの。そして世良君は、私よりも伊勢崎さんのほうに心惹かれてしまったわけ……だからある意味、私達は三角関係なの……でね、本来なら結ばれた二人がこっちの世界にくれば済む話だけど、二人は男同士でしょ? 本来のこのプロジェクトの意味から外れてしまう訳、それでついでに私もこっちに来たって感じかな」
「ついでって……氷川さんっ!」
 伊勢崎が嗜めるようにいうと、氷川はペロリと舌を出して笑って見せた。そんな氷川の軽いノリの言い方が功を奏したのか、本来ならば重い話題も、なんだか有耶無耶になるくらいにあっさりと語られて、ナオ達も驚きつつも納得したようだった。
「あの……と言う事は……失礼ですけど、お二人は同性愛の関係という事ですか?」
 サエコが躊躇しながらも、言葉を選ぶようにして伊勢崎達に尋ねた。伊勢崎と世良は少し困ったような顔になって顔を見合わせてから頷いた。
「そんなこと……信じられないな」
 ポツリとナオが呟いたので、伊勢崎達ばかりでなく、妻であるサエコも驚いたような顔でナオを見た。全員に驚いたような顔をされたので、ナオはポカンとなってみなの顔を見回してから、苦笑して見せた。
「あれ? なんか……オレがこの場合おかしいの? オレ……そんな変な事言った?」
 隣に座るサエコにそう尋ねると、サエコは少し眉間を寄せてから頷き返した。
「貴方がそんな偏見のある人だとは思わなかったわ」
「え? あ、いや……ちょ、ちょっと待ってよ。違う違う、そういう意味で言ったんじゃないんだ。誤解だよ」
 サエコの言葉で、ようやくこの場の空気を理解したナオが、慌てて両手を振りながらブルブルと首を振ってみせた。
「その……向こうの世界はともかくとして、我々の世界では、今は同性愛というものは皆無に等しい……もちろん過去にそういう人々もいたというのは知識では知っているけど……実際の所、居間のこの世界では人類が滅亡しかけたって後だから、みんな子孫繁栄に一生懸命で、我々だってそういう意図で選ばれて教育されてきたんだから、頭の端にもそんな事考えた事がなくて……オレなんて、やっぱり選ばれて向こうの世界に言った時は、絶対にパートナーを見つけて結婚して子供を作らなきゃって、ものすごく使命感に焦っていたから……セラさん……君だってそうだったんだろ? なのに……そういうのって信じられないんだ。どうして男性を好きになることが出来たのか……ああ、いや、またこういう言い方をすると誤解されるかもしれないけど……」
 ナオは困ったように頭を掻いた。世良はそれを受けて首を振って見せた。
「分るよ。貴方の言いたい事は……確かに、オレ自身もそういう意味では信じられないよ。どうしてって聞かれても答えられない。だけど確かにオレは伊勢崎さんが好きで、伊勢崎さんに惹かれて……理由なんて考えられないくらいに。それはとても自然な事だったんだ。貴方がサエコさんに惹かれたときって、どうしてだか理由が分りますか?」
 世良の聞き返されてナオは困ったような顔をしてサエコと顔を見合わせた。しばらく考えてから首を竦めて見せた。
「確かに、理由なんて考えられないし、答えられないね。オレがどうしてサエコを好きになったのか……でもそれはずっとパートナーだからだと思っていたんだ。だってそう教えられたし……パートナーに会えば分るって……それがそういうことだと思っていた」
「そう、それなのよ、私が二人に聞きたかった事は」
 突然、氷川が大きな声でそう言ったので、皆が驚いた顔で氷川を見た。
「それ?」
 ナオが首を傾げる。
「ナオさんは、サエコさん以外の女性と、試しに付き合ってみたりしなかったの? いきなりサエコさんがパートナーだって分ったの? 二人はどうやって知り合ったの? サエコさんにはナオさん以外に交際中の恋人はいなかったの?」
 次々と捲くし立てるように氷川が質問をしたので、ナオとサエコは圧倒されたようにしばらく返事も出来ずに目を丸くしていた。
「オレとサエコは……すぐに出会えたわけじゃないです」
 ようやくナオが答えた。その答えを受けてサエコも頷いた。
「私とナオが知り合った時……私にはすでに付き合っている彼がいました」
 そのサエコの答えは、当たり前といえば当たり前の答えではあったが、それでも伊勢崎達には衝撃の言葉だった。
「どれくらい付き合っていた人なの?」
 氷川が尋ねると、サエコは一度目を伏せてすぐには答えなかった。伊勢崎達はじっと言葉を待った。
「私、その時の彼とは3年付き合っていて……実はもう結婚を意識し始めていた頃だったんです。彼は私より2歳年上で、同じ会社で別の部署だったんですけど……その頃、彼が課長補佐に昇格して、仕事も忙しくなってきて、なかなか平日は帰る時間も合わなくなってきていたし、これを機に結婚して落ち着こうかなんて話も二人でしたりしていました。ただそんな話をしながらも、ずるずるとはっきりと結婚に踏み込むまでにはいってなくて……彼もまだ新しい役付きの仕事に慣れてなくて、毎日残業も続いていたりで、デートも出来なくなっていたり、二人でゆっくり話をする時間がなくなっていたり……そんなときに、ナオと出会ったんです」
 サエコは俯いたままで静かにそう語った。その間ナオは黙ってサエコを見守っていた。
「それは……付き合っていた彼氏と心の距離が開いたせいもあるの?」
「いいえ!」
 サエコは顔を上げてハッキリとした口調で否定した。
「成り行きを聞けばそう思われても仕方ないと思います。でも私はその頃、決して付き合っていた彼に不満もなかったし、会えないことに寂しいとか不安になったりとかはなかったんです。結婚の話をしていた所為もあると思うのですが、3年も付き合った仲ですから、なんというか……その辺りはすべて彼のことを理解していたつもりでしたし、会えないといっても、彼は毎晩電話をしてきてくれたし……別に……普通に上手くいっていたと思います。じゃあなぜ? と聞かれたら……分りません。私が彼を裏切ったというのならそうかもしれません。自分でも……どうしてそうなったのか分りません。ただ……ナオと出会ったら、ナオの事しか見えなくなってしまっていたんです」
 サエコはそう言ってナオとみつめあった。
「ナオさんはどうだったの?」
「オレは……元々サエコとは別の会社で働いていました。向こうの世界に行って1年半はパートナーがみつからなくて……そしたら会社からの辞令が降りて、サエコの勤める会社に出向で1年行く事になったんです。正直な所、最初とまどいました。とまどってこっちの管理官に相談してしまったほどです。だってオレ達はパートナーに会うために、一番条件のいい場所に配属されたはずですから……もちろん行った場所ですぐに会えるとは限らない事も承知していましたが、1年半色々と捜してみつからなくて……実はその間、この人かも? と思った女性と2人ほど付き合ってみたりもしていたんです。だけど全然ダメで……皆さんはセラさんから聞いてご存知かもしれませんが、我々は子供の頃から選ばれてそのように教育されてきたので、今までの人生で恋愛経験なんてないんです。だから本当によく分らなくて……つまり……『いいな』と思う女性がいたとしても、その『いいな』という気持ちが好感なのか好意なのか……気持ちの判別が分らないんです。それでひどく焦ったりして……だから辞令で別の会社にいくなんて……益々パートナーと会えるチャンスがなくなるのではないかと焦りました。そしたら行った先でサエコに会って……一目惚れでした。それまで感じたことのない感情でした」
「その前にちょっと付き合ってみた女性とはどうだったの? どこまでの関係だった?」
 伊勢崎が興味深そうに尋ねた。するとナオは一度サエコを見たが、サエコがニッコリと笑って頷いて見せたので、躊躇いながらも口を開いた。
「二人ともキスまではしました。それ以上はもちろんないです」
「伊勢崎さん、前に話したと思うけど、オレ達はパートナー以外との性交渉は禁じられているんです。それは互いの世界への干渉を最小限にする意味合いもあります。連れて帰るパートナーは1人だけ。もしもパートナー以外の相手と深い関係になり、本来のパートナーが見つかった時の弊害になったり、例えば間違いが起きて子供が出来てしまったり……そう言う事を避けるためにも、それはとても厳しく言いつけられています。だからオレ達はいつも万が一……という事を考えて、なかなか最後の一線を越える事が出来ないんです。例えばこの人は絶対に自分のパートナーだって思ったとしても、やっぱりいざという時は躊躇します。もしも違ったら……と。そして間違えた場合は、すぐに強制送還させられてしまうんです」
「じゃあ、ナオさんは、前に付き合ってみた2人の女性とはキスまでしたけど、それ以上する気持ちにはなれなかったと言う事?」
「……まあ結果的にはそうですね」
 氷川の質問に、ナオは頷いて見せた。
「それはちょっとおかしくないか?」
 伊勢崎が反論したので、皆が「え?」と一斉に伊勢崎を見た。伊勢崎は腕組みをして眉間を寄せていた。
「奥さんの前で言いにくいかもしれないけど……悪いんだけど、これはすごく真面目な話、オレ達は貴方たちに本当の所を聞きたいんだ。こっちとしては、オレ達の素性をバラしてる。本当は多分、この世界ではあんまりバラすとマズイかもしれない所をバラしてるんだ。貴方達がオレ達の話に付き合うと言ってくれた以上は協力して欲しいんだ。オレ達はこの後、審問会が待っていて、オレ達の運命がそこで決められる。オレ達はそこで戦いたいから情報が欲しいんだ。すごく謎が多くて、皆がそれを語らないから、皆が知らずにいることをハッキリさせたいんだ。それにはすでに経験済みの人の話が必要なんだ。もちろん……これはこっちの事情で……貴方達には関係のない話で、いきなりここで会っただけなのに巻き込まないで欲しいって思うなら、今すぐ帰ってもらっていい……だけど話をするなら、ちゃんと誤魔化さずに話して欲しい」
 伊勢崎は二人をまっすぐにみつめながら、とても真剣な口調で言った。それは世良も氷川も思ってもなかった事で、少し戸惑ったように二人と伊勢崎とを交互にみつめるしかなかった。
 サエコは一度ナオをみつめてから、氷川へと視線を移して、ゆっくりと伊勢崎を見つめ返した。
「私達は最初に氷川さんと出会って、彼女が私と同じようにこちらの世界に来たのだと言う事が嬉しくて、親近感もあって話をしました。そうしているうちに、実は彼女がとても困った状況にあると言う事も聞きました。まだ正式にパートナーとは決まっていないこと。だからまだ仮住まいにいる事、近々審問会に呼ばれて、今後どうするのか審査される事……そこまで聞いたうえで、私達のようにすでにパートナーとめぐり合って、こちらで結婚して子供も生んで、こちらの世界で生活をしているという経験者から、色々と話を聞きたいのだけどって頼まれました。私達は……貴方方の複雑な状況までは聞いていませんでしたから……ただ、今までパートナーとして正式に決まっていないのに、こちらの世界に来ている人など聞いた事ないし、隔離されて生活しているみたいだし、よほど大変な事情なのだなと思って同情して……何か私達で力になるのであればと思って、氷川さんに協力するといいました。でも……私達でも出来る事と出来ない事があります。法に触れるような事であれば……私達も子供もいることですから、あまり関わりたくないというのが正直な所です。伊勢崎さんは私たちに何を話して欲しいのですか?」
 サエコの問いに、伊勢崎はしばらく考えているかのように、ジッと二人をみつめたまましばらく口を開かなかった。サエコとナオは伊勢崎の言葉を待つようにジッと黙ったままみつめ返していた。
「オレが聞きたいのは……いや、知りたいのは、この世界のパートナープロジェクトっていう胡散臭いシステムについて……この世界の人達がどれだけそれを理解しているかって事と、実際に経験したものでしか分りえない真実だ……その真実は、オレがずっと疑問に思っていたことへの答えになる」
「真実?」
 ナオがもう一度聞き返したので、伊勢崎は大きく頷いた。
「その真実を語ってもらうためには、誤魔化されたら困る……だからきっと言いにくい事もあるとおもうけど、それも覚悟で話してもらわないといけない……オレがさっき貴方に奥さんの前で言いにくい事って言ったこともそれだ……つまり……彼女以外の女性との事をありのままに話して欲しい。それは体の関係だけの話ではなくて、貴方の心の中の事もだ」
「伊勢崎さん!」
 世良が驚いたように声を上げた。それは嗜めるような韻も含んでいた。伊勢崎はチラリと世良を見たが無視するように再びナオ達をみつめて言葉を続けた。
「こっちの意図を明かすとこういう事だ。オレは常々ずっとこのプロジェクトに納得が言ってなかった。そのいつも四六時中監視されているってシステムだけじゃなくて……相手の事までも監視されているって所だ。オレが聞いた話を勘違いしていなければ、パートナーとなる相手は、こっちの世界でデータ解析してあって、一番最適の相手のデータがはじき出されていて、それとまったくぴったりの人物がオレ達の世界に存在していて、その人を見つけ出す事が出来れば、選ばれたパートナーとして必ず二人は結ばれると……そして間違った相手と結ばれた場合は、すぐにバレて強制送還されると……さっき貴方もそう言ったよな? だけどオレにはそれがまったく理解できない。なんでそんな事がコンピューターで分るんだ? オレはそういう専門知識はまったくない。ないけどこれだけは分る。人の心の中なんて、コンピューターどころか神様にだって絶対に分らないはずだって事だ」
 伊勢崎は強く口調で捲くし立てるように言った。その勢いに皆が目を丸くして聞き入っていた。言い終わった後も皆がキョトンとしたような顔でいるので、伊勢崎は皆を見回してから、大きく息を吸い込むと、少し前のめりになってもっと強い口調で続けた。
「つまり、オレがどれくらい世良を愛しているかっていう事は、オレ以外の誰にも分らないって事だ。ナオさんにもサエコさんにも、氷川さんにも、世良にだってそうだ。絶対誰にも分らない。オレの気持ちは誰にも分らないんだ。恋愛っていうのはそういうものだろう? 恋人の気持ちが分らないからって理由で別れる人も居る。でもそれが普通だ。人の気持ちなんて、本人にしか分らない。それがなんでコンピューターに分るって言うのさ! その真実が知りたい。このプロジェクトの真実……その大きな謎であるはずの穴を開きたいんだ。その為には当事者であるオレ達3人以外の証言が欲しい。だから二人に聞きたいんだ。ナオさんにとって、以前付き合ってた2人の女性に対するその頃の正直な気持ちと、サエコさんへの気持ち……そしてサエコさんが当時付き合っていた彼への気持ちと、ナオさんへ心変わりしてしまった部分の正直な気持ち……どうですか? ぶっちゃけられますか? 協力してもらえますか?」


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