伊勢崎は話しながら手を伸ばして、テーブルの上に置いていた写真立てを手に取った。そこには家族全員で写った写真が飾られていた。
「母さん、 うん、それじゃあまた電話するから元気でね。父さんにもよろしく。二人とも若くないんだから無理しないでよね。兄貴と義姉さんにもよろしく、うん、それじゃ」
 電話を切ると、子機をテーブルの上に置いた。写真立てを裏返して、裏板の留め金を外すと裏板を外して中から写真を取り出した。写真をしばらくみつめてから立ち上がると、寝室へと向かった。
 寝室のベッドの上にはボストンバッグがひとつ置いてあった。その中からシステム手帳を取り出すと、その中に写真を挟みこんで閉じた。それを再びバッグの中へと戻す。
「ふう……これで全部かな」
 伊勢崎は呟いて辺りを見回した。綺麗に掃除されて片付けられた部屋。ゴミもすべてマンションの集積所に出してきた。冷蔵庫の中も処分した。必要なものはカバンの中に入れた。携帯電話もノートパソコンもiPodも、お気に入りの電子機器は持っていけないので仕方なく諦めた。代わりにお気に入りのCDを3枚、向こうでも聞けるか解らないが、保険として持っていくことにした。
 異世界に旅立った後、二度と帰ってこないかもしれないこの部屋を、自分なりに整理した。行方不明者として処理されるかもしれないこの世界での自分の運命を思うと、この整理した部屋がどんな風に扱われるのか解らなかった。多分日記や手紙を遺言として残しても、異世界の連中が処分してしまうだろう。だったら何も残さないほうが良い。
 伊勢崎はカバンを持つと部屋の電気を消して歩き出した。

「伊勢崎さん!」
「夜中に悪いな。あとは明日の朝までお前と過ごす事にしたんだ。入れてくれよ」
「は、はい、どうぞ」
 玄関を開けると伊勢崎が立っていたので世良は驚いてしまった。カバンを持った伊勢崎を、家の中へと招き入れる。世良はなんとも複雑な心境だった。
「あの……伊勢崎さん……」
「あれからずっと部屋の中片付けたり色々忙しかったんだ。実は夕食まだなんだけど、なんか食うものあるか? って、お前の家の冷蔵庫は、いつも大したものが入ってないんだよな」
 伊勢崎はずかずかと中に入ってくると、まず台所へと行き冷蔵庫を開けて中を覗き込んだ。
「伊勢崎さん」
「9時か……まだ出前してくれるかな? お前夕食は?」
「え、あ、あの……実はまだです」
「じゃあ一緒に食おう」
「は……はい」
 伊勢崎は機嫌の良い様子でそう言うと、リビングへと向かい勝手知ったるかのごとくタウンページを引っ張り出してきて、カバンを置いてソファに座ると店を捜し始めた。世良は少し戸惑った様子でそれを眺めていた。

「寿司だよ。それも特上! さあ食おう」
「は、はい」
「お前が一番好きなのはなんだ?」
「え? えっと……」
「遠慮はいらないから言えよ」
「ト……トロと穴子です」
「んじゃ、1個ずつ余分に食って良いぞ。オレは甘エビとウニね。だから1個ずつ多く貰うぞ……じゃあ、いただきます」
「い、いただきます」
 伊勢崎が手を合わせてそう言ったので、慌てて世良も続いた。二人は寿司を食べ始める。世良は少し落ち着きのない様子で、時々伊勢崎をチラリチラリと見るのだが、伊勢崎は黙々と、だが嬉しそうに寿司を食べ続けていた。
「美味いな、やっぱ、特上はネタが違う」
「伊勢崎さん……」
「なあ、世良」
「は、はい!」
 それまで何度か世良のほうから伊勢崎に呼びかけていたというのに、急に伊勢崎から名前を呼ばれて、世良は慌てて背を正した。だが伊勢崎は顔を上げずに、寿司を食い続けている。
「向こうの世界に寿司はあるのか?」
「いえ……無いです」
「そっかぁ……魚っているんだろ?」
「はい、この世界の魚と似たようなものはいます」
「へえ、じゃあ寿司って文化がないのか……刺身は?」
「魚を生で食べる習慣がありません。焼くか煮るかがほとんどです。あとは元々加工してあるか……多分、世界が一度滅亡しかけたのが原因かもしれません」
 世良はそう言って視線を落とした。伊勢崎は一瞬世良へと視線を向けたが、また視線を落として寿司を手に取った。しばらく沈黙が続く。
「もっと話せよ」
「え?」
「もっとお前の世界の事話してくれよ。お前が知っている限りで良いからさ……この世界とどれくらい違うのかとかさ。オレもこれから行く世界がどんなか知りたいし……」
「伊勢崎さん、その事ですけど……」
「いいから、オレの事は良いから話せよ」
 そこで初めて伊勢崎が顔を上げてまっすぐに世良を見つめたので、世良は言いかけた言葉を飲み込んでしまった。伊勢崎は気づいていたのだ。世良が何を言わんとしていたか。世良は伊勢崎が自分の部屋を訪ねてきたときから、ずっと言いかけていた言葉があった。
『もういいんですか? 本当にいいんですか?』
 それが世良が聞きたかった言葉だった。
 昼間に氷川と会って別れた後、世良も伊勢崎と別れた。伊勢崎は自分の身支度を色々としたいからと言って、まっすぐには家には戻らないといったので別れたのだ。それからどこに行って何をしていたのか世良には解らない。そしていつの間に家に戻ってきていたのかも知らなかった。
 明日、伊勢崎と氷川を連れて、世良は自分の世界へと旅立つ。世良にとっては故郷の地で、故郷の世界だが、伊勢崎や氷川にとっては異世界……もう二度とこの世界に戻ってこれるか解らないところへと旅立たなければならないのだ。それも準備の時間もあまりなく。
 家族や友人には会ったのだろうか? 遣り残している事は無かったのだろうか? 伊勢崎と別れて独りになってから、世良はずっとそんな事ばかりを考えていた。
 自分の部屋に戻り、部屋の中を見渡して、世良は急に色々な不安と後悔が沸きあがってきた。それは自分に課せられた使命があまりにも重いと言う事に気づいたからだ。
 それまで何一つ疑問を抱く事は無かった。滅亡しかけていた祖国。人類繁栄の危機。そこに手を差し伸べられた僅かな希望。異世界という未知の世界に、もうひとつの兄弟のようなそっくりな世界が存在し、その世界は生命力に満ち溢れていた。その世界の人々と交流を結び、愛し合い、自分達の世界へと招き入れる。それは単純な一種の『移民政策』だと思っていた。
 自分達の世界にとってはプラスであり、こっちの世界の人々にとっても愛する者と幸せになれるのだから、けっして悪い事ではないはずだと……
 たが世良は、色んな事を知りすぎてしまった。自分達が決して『善』たる存在では無いと。この世界の人々が失われて良い存在など無いはずだと。
 世良がこの世界で過ごした時間はそう長くない。この部屋も、組織がすべて用意して作られた『世良大輔』の部屋で、そこには世良自身の個性や趣味などはひとつもなかった。この世界を調べ上げた組織が、世良と同じ年代の一般男性の一般的な部屋を作り上げただけのもの。それでもそこに住んで、ここで伊勢崎と色んな思い出が残れば、世良にとっても思い出深い場所となってしまう。
 このソファも、テーブルも、クッションも、皿もコップも、壁に飾られた写真も、ベッドも、すべて思いの詰まったものになった。ここを去り、二度と戻れないのだと思うと、それだけでも世良にとってはとても寂しく辛く思えた。ならば伊勢崎は? 氷川は? 世良が連れて行こうとしている人々にとって、この世界への思いは?
 今まで何ひとつ解っていなかったのだ。だって今まで世良にはそんな物は何一つ無かった。故郷の世界に、別れて寂しいという思いなど何一つ無かったのだ。
 世良は箸を置いて項垂れたまましばらく考え込んだ。
「世良?」
 世良の沈黙に、伊勢崎がまた顔を上げてしばらく様子を見守った。
「何もないです」
「え?」
「申し訳ないけど、伊勢崎さんに話せる事なんて、何一つ無いです」
「世良」
「オレが知っている向こうの世界の事は、完全プログラムによって、知識として学ばされたものばかりです。オレがオレ自身の知識や体験として身に着けて、伊勢崎さんに語れるようなものは何一つ無い。友達もいないし、家族の顔も解らない。生まれた家も覚えていない。オレが知っているのは、Sクラスの子供達ばかりが集められた教育施設S−ER0038の建物の中の世界だけ。真っ白な壁の何も置かれていない同じような形の部屋が並んだ施設。学習は個別に行われて、他の子達とのコミュニケーションは硬く禁じられてました。唯一傍にいるのは、ライド……教育係のみ。外出は一切認められず、オレは自分の世界の歴史、地理は知識で知り、世界の風景は映像で知っただけだ。この目で見て、この肌で感じた世界じゃない……オレは本当はオレの世界の事など何も知らないんです」
「世良」
「この世界に行く事が決まってからの半年は、毎日、この世界での生活シミュレーションを学ばされました。バーチャルプログラムによる実体験に近い学習方法です。切符の買い方、電車の乗り方。コンビニでの買い物の仕方、デパート、スーパー、レストラン……日常で体験するであろうあらゆる一般常識を学びました。だけど実際にこの世界に来て、駅の改札はエラーを起こす事もあるし、電車は遅延する事もある。満員電車の苦しさは実際体験しないと解らないし、コンビニの店員はいい人と嫌な人といたりする。会社は仕事をするだけの所ではないし、同僚とだって楽しい思い出はたくさんある。晴れた空は綺麗だし、でも曇った空も綺麗だと思った。雨も綺麗だし、朝日も夕日も綺麗だ。風は気持ちいいし、夜の星も綺麗だ。自分の体で体験する世界の素晴らしさは……知識だけのものではないんです」
「世良」
「なのにオレは、貴方や氷川さんを巻き込んで……安易にオレの世界に連れて行こうとしてる」
「世良!」
 伊勢崎は叫んで身を乗り出すと、ガシッと世良の肩を掴んだ。
「じゃあ、オレがお前を愛したのは間違いなのか!?」
「伊勢崎さん」
「お前がお前の世界の事が解らなくったって、お前は26年間生きて育った世界なんだろう? それが仕組まれたプログラムだけの物だって、お前が覚えて身につけたものは、全部お前のものなんだよ。そうして出来たお前をオレは愛したんだ。だからいいんだよ。映像だけの外の景色でもいい、データだけの知識でもいい、何も無い無機質な飾りっ気の無い部屋だっていい、それでも何かあるだろう? 26年生きてきたんだ。毎日の中に何かあるだろう? ライドとの思い出だってあるだろう? オレは知りたいんだ。お前の事」
「伊勢崎さん……解りました」
 世良がようやく伊勢崎の目を真っ直ぐに見詰めて、穏やかな顔になったので、伊勢崎は体勢を戻してお茶を一口すすった。
「ほら、食えよ。もう寿司は食えなくなるんだぞ? これも思い出だ。そしてゆっくりでいいから話せよ。お前の事」
「はい」
 二人は再び食べ始めた。そして世良も語り始めた。世良の世界の事を……。

 人類の滅亡を辛うじて食い止め、なんとか生き残った人々は、バラバラになっていた他国の者同士連絡を取り助け合い、これ以上の最悪の事態を回避するために協力し合う事を誓った。それにより『国』という概念を取り去り、『世界はひとつ』となった。
 天変地異後、地下のシェルターで暮らしていた人々が、それぞれ地下都市を作り、やがて地上に出る事が出来るようになるのに50年の歳月を費やした。
 想像を超える進歩した科学技術、地表の放射能を取り除き、大気と水と大地を100年掛けて蘇らせた。だが100年もの間受け続けた放射能の影響は、生態系を狂わせ、人間の生殖能力まで低下させていった。
 科学技術だけではどうにもならないと解った科学者たちは、このままでは100年後には完全に人類は滅亡すると計算した。そんな絶望的な未来しか待っていない世界に、ひとつすじの光が差した。
 それは異世界への入り口。その向こうにあったのはパラレルワールド。自分達とまったく同じ姿かたちをした星・世界だった。すべてを失う前の、生命力に溢れる生物達の息づく世界がそこにあった。
 科学者たちは、異世界へ自由に行き来できる装置を開発した。それにより生命力の高い異世界の人類と、彼らの世界で優性遺伝子を持つ選りすぐりのエリートとの間で高配を行い、人類の繁殖を行う。それにより人類滅亡のストッパーとなり、果ては優良人種を増やす手立てとなる……それは一種の実験でもあった。

「オレ、あれからずっと考えていたんです。伊勢崎さんの理論が正しければ……もしかしたら我々の世界の管理者はもっと酷い事をしている恐れがあるんじゃないかって……」
「もっと酷い事?」
 世良はとても真面目な顔になってコクリと頷いた。
「理論ではこうです。我々の世界とこちらの世界はパラレルワールド……双方の宇宙が同じ次元を持つ並行世界。つまり似て非なる世界のはずなんです。たぶんこちらの世界にはオレにそっくりな青年はいるだろうし、オレの世界にも伊勢崎さんにそっくりな人がいるかもしれない。だけどもしも誕生日や血液型までもが一緒で、もしかしたらDNAまで一緒だったとしても、それはオレでも伊勢崎さんでもないまったくの別人。なぜならまったく違う環境でまったく違う人生を歩んできているから……だから性格も違うかもしれない。我々の世界が滅亡しかけて、こちらの世界は問題なく繁栄を続けているのと同じように」
 世良は自分のカップと伊勢崎のカップを手にとって、それを『世界』に例えるように話し始めた。
「それで?」
「それで……このパラレルワールドですが、本来ならば互いの世界が交わる事などありえないはずなんです。だが何らかの事故で交わり、空間の歪みが出来てしまった。それが異世界への扉だと思うのです。そしてその扉を通って行き来する事をやってしまった。それだけでも大変な事かもしれないのに、我々はこちらの世界の人間を連れ去っている……これってものすごく大変な事だと思うんです」
 世良はカップをくっつけるようにして説明をした。伊勢崎はジッと真顔でそれを聞いていたが、そこまで聞いた所で顔を上げて、不思議そうに世良をみつめた。
「大変な事ってそりゃあ解っているさ。一種の誘拐なんだから」
「いえいえ、そういう次元の話じゃないんです。オレが言ってるのは」
「なんだよ、だから」
「考えてみてください。オレは……いや、オレ達、この世界にパートナー探しに来ているものたちは、管理組織から徹底的に見張られています。この装置を使って、呼吸、脈拍、体温、すべてをチェックし、すべての行動を監視されている。そして我々と接触した者の記憶を操作し、我々がこの世界に溶け込むためのアリバイ工作までし、それは徹底されている。記憶を操作されないのは、唯一決められたパートナーとなる相手だけ……でも伊勢崎さんの理論では、それが不適合者であった場合、記憶を消されるか……抹殺される。そこまで徹底するのは、この世界に別の……異世界の存在があってはならないからですよね? それはきっと、次元の捩れをさらに引き起こしかねないからではないでしょうか? ほら、SF映画とかでタイムトラベラーは過去の歴史を変えるようなことをしてはいけないってルールがあるでしょ? あれと同じです。この世界にオレは本当は居てはいけないんだ。だけどそれじゃあ、連れ去る花嫁は? 伊勢崎さんも氷川さんも我々の世界には本当は居てはいけない人間。オレがこの世界に居てはいけないのと同じように……」
「世良……それって……」
 伊勢崎が何かに気づいたように、険しい顔になって世良をみつめた。世良も頷き返す。
「次元の歪みを引き起こさせない為には、同等の対価が必要なはずなんです……つまり……ただ連れ去りの誘拐ではない。身代わりがいるはずです。例えば伊勢崎さんが我々の世界に行く代わりに……我々の世界に居る伊勢崎さんがこちらの世界に来る」
「ちょっと待てよ。だけどそれじゃあ……お前の世界からオレと同じ人間を連れてくるなんてそんなこと出来るはずが無い。いくらパラレルワールドだからって、お前のパートナーが誰かも解らないのに、いきなり見つけ出すなんて……第一、お前の世界は極端に人口が減ってるんだろう?」
「クローンならそれが可能です」
「なっ……」
 伊勢崎は思わず絶句した。
「我々の世界ではクローン技術が実現化されています。特殊な培養装置を使えば、伊勢崎さんの細胞から、今と同じ年齢の伊勢崎さんを作り出すのには、10日もあれば出来る。次元を維持するための等価交換の期間として、数日なりある程度の猶予があるのだとしたら、それも不可能ではありません」
「だ、だけどどんなにオレそっくりのクローンを作ったって……それって記憶とかもコピーできるのか?」
「それは……中身まではまったく同じには作れないと思います。それにクローンには最大の欠点があるんです。多分この世界でもクローン技術の研究はされていると思うので、知っている人は知っていると思うのですが、伊勢崎さんは知らないですよね?」
「当たり前だろ。オレは大学では経済学部だったんだから」
 伊勢崎はちょっとムッとした顔になって言った。
「指紋や血管パターンは後天的なものなので、それを調べられたら別人だというのがバレてしまうんです……ほら、銀行カードとかで指紋認証とか、手の毛細血管パターンや網膜の血管パターンで認証したりっていうのがあるでしょう? あれです。でも普通に生活している人だったら、あまり指紋を取られたり、血管パターンを登録したりはしないと思うんですけど……銀行カードは別ですが」
「それがなんだよ」
「だからクローンとバレる前に……そのクローンはこちらの世界で殺されるんじゃないかって思ったんです。普通に交通事故と見せかけたり、ウィルスを使って病気による自然死とか……。伊勢崎さんがこの世界から忽然と消えて、異世界に行ってしまうとこの世界のバランスがおかしくなるかもしれませんが、代理のクローンが身代わりとなり、こちらの世界で自然死すれば、伊勢崎さんという人間のこの世界での歴史は成立するわけですから、パラレルワールドの歪みは起きないんじゃないかって」
「でもそしたらお前の世界に行く者は? お前の世界には居てはいけない人間だろう?」
「それも考えました。でもそうすると、もっと悪い考えになってしまうんです」
「悪い考え?」
 世良が険しい顔になって言ったので、伊勢崎も釣られて険しい顔になった。
「考えたくないんですけど……さっきのクローンの話……あれがもしも、こっちの世界の身代わりではなくて、オレ達の世界で身代わりになっているとしたらって……」
「え?」
「オレ達の世界では、子孫を残せる健康体の人間が欲しいんです。連れ去ったこっちの世界の人間のクローンを作り、それをパートナーにして、オリジナルの方はこっちの世界に戻して抹殺されるんじゃないかって……だってパートナーは記憶を操作できないんです。でも異世界の事を知られてしまっているから殺すしかない。クローンは向こうの世界で作られた生命なので、次元の歪みの元にはならないんじゃないかって……」
「お前……めちゃめちゃ怖い事を考えるな」
 伊勢崎は強張った顔でゴクリと唾を飲み込みながら言った。世良は眉間を寄せて視線を落とす。
「だがあり得ない話じゃない」
「伊勢崎さん……逃げましょう」
「バカ! 逃げられるわけないだろう! 第一氷川さんはどうなる? オレ達が逃げたら、彼女の身は?」
「でもオレ、伊勢崎さんをそんな目に合わせたくない!」
「言ってみろよ!」
 伊勢崎は世良の両肩をがしりと掴んで迫るようにして強く言った。
「え?」
「言えよ! 向こうの世界で、絶対にオレが伊勢崎さんを守るって! お前がそう言ってくれれば、オレはそれだけで……」
「絶対!! 絶対伊勢崎さんを守ります!! 絶対守ります。命に代えても!!」
 世良は伊勢崎の腕を掴み返して叫ぶようにそう言うと、激しく求め合うようにキスを交わした。


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