携帯をパカリと開いて、液晶の灯りの眩しさに少し眼を細めた。カーテンを閉め切ったままの部屋の中は薄暗い。カーテン越しに外が明るい事は解るので、今は朝なのだろうと思った。伊勢崎は起き抜けに、ベッドの下のジーンズのポケットに入れたままで転がっていた携帯を取り出して、忘れかけていた現実を見る事にした。
 メールの着信が6通。相手は会社の同僚や友人からだ。中身は見なかった。代わりに液晶に表示されている日時を見る。やはり思ったとおり、今はもう月曜日で、それも朝の8時半だ。
 土曜日の昼間にここに来て、それからずっと朝も夜も解らないほどに寝乱れた。昨夜はさすがに精根尽きて、空腹感も思い出したので、宅配ピザを取り、それを食べてから惰眠を貪った。その時も敢えて日時は確認しなかった。まだ二人だけの世界に浸りたかったのだ。
 それでも長い年月をかけて染み付いた習慣というのは取れないもので、本能的に月曜日の朝になると、それが解って目が覚めてしまうのだ。そうは言ってももうこの時間では、どんなにがんばっても遅刻なのだが。
 伊勢崎は溜息をつくと立ち上がって、洗面所へと向かった。顔を洗ってうがいをすると、タオルで顔を拭きながら鏡を見つめる。そこに映るのは自分であって自分ではなかった。何かずいぶん変わってしまったと思う。それは内面からのものなので、どこがといっても分からない。
『男に抱かれたから?』
 そんな単純な話ではない。少なくとも、例え自分が元々バイセクシャルで、過去に男性経験があったとしても、こんな風には変わらなかっただろう。
 拭いたタオルを首にかけて、そのまま台所へと向かう。冷蔵庫を覗いたが、もうミネラルウォーターはなかった。代わりに缶ビールを取り出すと「まあいいか」と小さく呟いて、プシュッと缶を開けた。一気に半分飲んでから、それを手に持ったままベッドへと戻った。
 歩くたびに尻が痛んだが気にしなかった。何かがまだ挟まったままのようなボワボワとした変な感覚がアナルにある。それももう気にならなかった。すべて承知で受け入れての行為だ。
 ゆっくりとベッドに腰を下して、まだ眠りこけている世良をみつめた。手を伸ばしてそっと乱れた前髪を撫でるように掻きあげる。愛しいと思う。
 伊勢崎がここに来る決意をしたのも、抱かれる事を覚悟してきたのも、こんな風に快楽に溺れることもすべて受け入れてのことだ。それは喪失への恐怖から逃げることを辞めようと思ったから。
 どんなに胸を痛めても、思い悩んでも、泣いても、自分は世良のパートナーではない。決して選ばれる事は無い。彼は異世界の人間で、すべてを管理されていて、彼だけの気持ちではどうすることも出来ない。彼はいずれ異世界へ帰ってしまうのだ。そして一生会えないのだ。ならば、この身全てで彼との思い出を残そうと思った。愛する彼のすべてを、この体に刻みつけようと思った。彼は夢でも幻でもなく、まちがいなくここに居たのだと、そして愛し合ったのだと、それを忘れない為に……彼がこの世界から消えたとしても、もう彼のいない世界は考えられないのだから。「彼はいなかった」という事にはしたくなかった。
 意地を張っても仕方ないのだ。今出来ることをしておかないと後悔すると思った。
 何度か髪を撫でていたら、「んんっ」と唸って世良が眼を覚ました。しばらくぼんやりとした顔で、伊勢崎をみつめていた。
「おはようございます……どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
 伊勢崎はクスリと笑ってから、ペチッと世良の額を軽く叩いた。
「イテッ……もう……なんですか?」
「なんでもない」
 伊勢崎は、缶ビールを世良に差し出す。世良はゆっくりと起き上がるとそれを受取った。
「今、何時ですか?」
「朝の……もうすぐ9時だ」
「いつの?」
「月曜日」
「え!?」
 さすがにそれには世良も驚いた。驚いてから改めて渡された缶ビールをみつめた。開いていて半分減っている。世良は何か言いたそうにしたが、伊勢崎は構わず携帯を手に取ると開いてどこかに電話を掛け始めた。
「もしもし、山下か? 伊勢崎だ。ああ、おはよう。早速だが、今日は会社には行かないから。この前話していた新規企画の調査をする事にした。世良も連れて行くから……ああ、明日まで掛かるかもしれない。何かあったらいつものようにメールを入れておいてくれ。ああ、どうせ外出先からじゃ、何も出来ないからな。うん、頼むよ。それじゃあ」
 平然とした様子で、いつもの会社での『伊勢崎室長』になって話す姿を、世良はぼんやりとみつめるしかなかった。目の前にいるのは、全裸でなまめかしい姿の伊勢崎のはずなのに……。
「嘘吐いちまった」
 伊勢崎は世良のほうを見て、ペロリと舌を出して見せた。
「大丈夫ですか?」
「仕方ないだろう……こんなんじゃ今日は仕事にならないし……まあ、オレの日ごろの行いで、誰も疑わないからさ。それに今はこうしてお前と一緒にいたいから」
 伊勢崎はそう言うと微笑んでみせた。世良はドキリとなって黙り込んでしまう。
「なんだよ?」
「……伊勢崎さんはズルイ」
「は?」
「オレをこれ以上夢中にさせてどうするつもりなんですか」
「バカ」
 伊勢崎はコツンと世良の頭を小突いた。世良は笑ってからビールをゴクゴクと飲み干す。その横で伊勢崎はそのままベッドにゴロリと横になった。
「もう少し寝る」
「疲れてます?」
「疲れてないほうがおかしいだろ……オレ達、どんだけSEXしたと思ってるんだ。大体……お前とだってこうしてまともに話をするのは久しぶりな気さえする。話もろくにしないで、ずっとSEXしていたからな」
 伊勢崎は右側を下にして横向きに寝転びながら、起き上がっている世良を見上げていた。世良は飲み終わった缶をベッドサイドに置くと、寝ている伊勢崎の頭を撫でた。
「今が月曜の朝なら……土曜と日曜の2日間ずっとSEXしてたんですね」
「金玉の中が空っぽになるくらいSEXするなんて初めてだよ……今は、ちょっとマシになったけど、袋がさぁ……こんなに萎んでたんだぜ? 自分でびっくりしたよ」
 伊勢崎が自分の股間を触りながらそう言って笑ったので、世良もクスリと笑ってまた伊勢崎の頭を撫でた。
「オレも全部伊勢崎さんに搾り取られました」
「絶倫のクセに」
 プッと世良は笑ってから、ゴロリと伊勢崎の隣に体を横たえた。左側を下にして向き合うように寝そべる。すぐ目の前に伊勢崎の顔があった。
「何もしないから、抱きしめていいですか?」
「ああ、いいよ」
 伊勢崎が穏やかな声で答えると、世良は安心したように微笑んで、そっと伊勢崎の体を抱き寄せた。暖かい伊勢崎の体温を感じる。柔らかな肌の手触りを感じる。世良はそのまま目を閉じた。
「ずっとこうしていたいな」
 ボソリと呟くと、伊勢崎は何も答えなかった。世良は薄々と、伊勢崎の気持ちに気づいていた。なぜあの時、あれほどまでに距離を置いていた伊勢崎が自分からこの部屋を訪ねてきたのか。なぜ自らSEXを求めてきたのか。距離を置く前の伊勢崎の言葉とリンクする。
 伊勢崎が世良を拒んでいたのは、これ以上深い関係になるのを恐れていたからだ。伊勢崎は世良のパートナーではない。世良のパートナーは氷川だと分かっている。どんなに世良が、氷川よりも伊勢崎を愛しているといった所で、決して運命は変わらないのだと悟ったのだ。距離を置いて、世良にけじめをつけさせようとも、もう結果は見えている。世良が氷川を選ぼうと選ぶまいと、異世界へと帰ってしまうのだ。伊勢崎は選ばれることなく。それならばと、別れる覚悟で抱かれに来たのだと思う。
 そう思えば、余計に世良の気持ちも募るのだが、世良自身もそんな伊勢崎に、「別れない」とは言えない。伊勢崎よりも誰よりも、自分の力が微力だという事は、世良が一番解っていた。強制帰還をさせられてしまったら、抵抗することも出来ないだろう。何より、伊勢崎にもしも危害を加えられたらと思うと、それが何よりも恐かった。
 世良の腕の中で、伊勢崎も静かに目を閉じる。誰かに抱かれるなんて経験はそれほど無い。女性ならともかく、男の立場で誰かに包まれるように抱かれることなど、そうそうには無いはずだ。世良の腕は、ひどくたくましいという訳ではない。伊勢崎とそれほど変わらないくらいの普通の男の腕だ。女性の様に細く柔らかいわけでもない。抱かれ心地が良いかと問われれば、正直な所そんなに良い物でもない。だがそれは肉体的な問題で、気持ちの上では彼のぬくもりを、肌で直に感じられるのは、とても居心地の良いものだった。
 次第にウトウトと睡魔が訪れて、再び深い眠りへと落ちていった。


「眠ってました?」
「ああ……眠ってた」
 心地よい眠りから、自然に目を覚ましたのは恋人の腕の中。眠りは深く、夢を見る間もなかったが、それほど長い時間眠っていた訳ではないようだ。世良の呼びかけに安堵し、腕の温もりを再確認する。何度か啄ばむような軽いキスを交わして微笑みあった。
「体、辛くないですか?」
 世良が少し心配そうに尋ねる。昨夜何度も意識を飛ばして、グッタリとなった伊勢崎に、さすがにやり過ぎたと世良は反省したようだ。
「ああ、もう大丈夫だ。よく寝たし、もう12時間くらい寝てるんじゃないかな? なんか食べるか? って、お前の部屋、食い物何もないんだよな」
「出前取りますか?」
「そうだな」
 そんな会話を交わしながらも、伊勢崎は世良の腕の中から起き上がろうとはしなかった。世良も伊勢崎の体を離さなかった。何度も何度も触れ合うようにキスをする。その甘い時間が心地よかった。
 瞼に口付けて、頬や耳たぶにも口付けた。伊勢崎が世良にすれば、それを真似るように世良も伊勢崎へと返す。そして再び唇を吸う。何度もキリが無いくらいにキスを交わす。
「すごいな、もう復活してるのか?」
 伊勢崎がクスクスと笑いながら、世良のペニスをやんわりと握ったので、世良は「うっ」と言って少し顔を歪めた。伊勢崎の手の中の世良のペニスは、硬くなり勃起しはじめていた。
「すみません」
 世良は困ったように謝る。その様子に伊勢崎は笑った。
「お前、このプロジェクトに選ばれるのは、選ばれた優秀な人材だけって言ってたけど、それってこういうことなの?」
「ち、ち、違いますよ!! 別にそういう意味じゃ」
「だって子孫繁栄の為の嫁取りプロジェクトなんだろ?」
「そうですけど、選ばれたって言うのは、遺伝子上で優秀って意味で、生殖能力があるかっていうのももちろん重要なんですけど、それだけじゃなくて……」
「だけどお前随分、たくさん無駄弾を撃っちゃったなぁ、あ〜あ、精子がもったいないんだ」
「伊勢崎さん、からかわないで下さい!」
 世良はカッと赤くなった。だがペニスを伊勢崎に掴まれたままで抵抗できない。
「入れたい?」
「……いいですよ。伊勢崎さんの体が辛くなるし」
「お前が激しく腰振らなきゃいいんだよ」
 伊勢崎はそういって、脚を世良の腰に絡めると、手に持っている世良のペニスを自分のアナルの方へと誘った。
「ゆっくりな、ゆっくり入れろよ」
「伊勢崎さん……」
 世良は伊勢崎の腰を抱きしめるように抱えると、ゆっくりと腰を動かしてペニスを挿入させた。伊勢崎のアナルは柔らかく緩んでいて、亀頭でゆっくりと押し上げると、自然に口を開いた。キュウキュウと締め付けてくる抵抗はあるが、肉を割って中へと推し進めていく。
「んんっんんんっ……ああっあっ」
 深く差し入れられて、伊勢崎は身を捩って喘いだ。アナルを犯されるその行為は、もう痛みは伴わなくなっていたが、鈍い痺れと圧迫感とジワジワと込みあがってくる射精感に似た感覚は、伊勢崎を淫らにしてしまうものだった。
 みるみる伊勢崎のペニスも立ち上がり、アナルが痙攣するように収縮して世良のペニスをきつく締め上げる。
 二人はハアハアと次第に息を乱し始めた。
「動かさないほうがいいですよね」
「ああ、動かすな」
 伊勢崎は乱れる息を誤魔化すように世良の唇を深く吸った。舌を絡ませあい、唾液を混ぜあう。
「ずっとこうしていたい」
「伊勢崎さん」
「腰動かしたら、すぐ訳わかんなくなって、イッちゃうだろう? ハアハア 今、こうしてオレの中にお前のが入ってて……ハアハア……スゴク熱くて、お前のちんぽが、オレの中でビクビク動いてるのが解って……ハアハア……すごく気持ちよくて……ずっとこうしていたい。お前と繋がっていたい……離れたくない」
 世良はギュウッと伊勢崎の体を抱きしめた、伊勢崎は世良の唇を求めて、激しく深く口付けを交わした。
「うっあっ……伊勢崎さん、やばいです……今のだけでイキそうになりました」
「バカ」
「じゃあ、ずっとこうしていましょう」
 世良は伊勢崎の耳元で囁いて、耳たぶにキスをして、体を抱きしめて、背中を優しく撫でた。伊勢崎も世良の胸に顔を押し付けるようにして、世良の背中に腕を回した。世良の心臓の音が聞こえる。ひどく早く鳴っていると思った。自分の心臓もきっとひどく早くなっていると思う。
「伊勢崎さん……腰、動いてますよ?」
「お、お前のちんぽが、オレの中で動いてるから……」
 伊勢崎のハアハアという激しい息遣いに、次第に喘ぎの声が混ざり始める。ゆるゆると伊勢崎の腰が動いていた。世良は締め付けられる快楽に眉間を寄せて我慢する。
「ああ、ああ、ああっ……世良……ああっあっ……なんか、オレ……イキそう……ああっあっ」
 伊勢崎の腰の動きが次第に大きくなり、世良の背中に回された手が、ぎゅっとしがみ付くように爪を立てる。
「あっあっ……なんか、もうダメ……んんんっっ」
 伊勢崎は上気した顔でそう呟くと、背を弓なりにそらせた。ギュギュッとアナルが収縮して、伊勢崎のペニスが射精した。
「伊勢崎さんっ……ううっくうっ」
 伊勢崎の痙攣する体に触発されて、世良もまた伊勢崎の中に射精した。ひどく長く続く射精に、二人ともしばらくの間喘いでいたが、やがて波が静まると、ハアハアという息遣いだけが残る。
「なんか……今のすごかったな」
「伊勢崎さんが急に締め付けてくるから……オレまでいっちゃったじゃないですか」
「また無駄弾」
「そんな言い方しないでくださいよ」
「アハハハ……ごめんごめん」
 伊勢崎は笑いながら世良に口付けた。
「あ、まだ抜くなよ」
「伊勢崎さんはエッチだなぁ」
 二人はクスクスと笑いながら何度もキスをした。  その時、隣のリビングで異変が起きていた。テーブルの上に置かれたままの銀色の装置のランプが点灯して、やがてブーンッという機動音と共に空間に光が投射される。それは次第に人の形へと変わっていった。
『セラ! セラ!』
 第三者の声に、それまで睦まじくしていた二人はびくりとなった。世良がギョッとした顔で跳ね起きる。
『セラ! どこですか?』
「ラ……ライド!?」
「誰?」
 伊勢崎が驚いた様子で、リビングから聞こえる声に眉間を寄せながら世良の顔を見る。
「異世界からの通信です」
 世良は慌てた様子で、伊勢崎に小声でそう説明した。
「え?!」
『セラ!』
「し、寝室です。すぐそっちに行きます!」
 世良は慌てて伊勢崎から離れると、床に散らばる服を拾って急いでブリーフを履いた。ジーンズに両足を突っ込んで、ファスナーを上げながら開いたままのドアから、リビングの方を覗き込んだ。立体映像のライドの姿がそこにある。ライドはすぐに世良に気づいてこちらを見た。
『セラ! 緊急事態です』
「え?」
『貴方の強制帰還命令が発令されました』


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