伊勢崎が目を覚ましたのは、その慣れない人の体温に包まれたなんとも言えない居心地の悪さからだった。居心地が悪いというのは、それが『いやだ』とか『気持ち悪い』とか言う意味のソレではない。誰かを抱きしめて眠る事はあっても、誰かに抱きしめられて眠るという経験が皆無に近かったからだ。
 その独特の人肌の温もりと、肩に掛かる腕の重みで、いつもと違う寝心地に目を覚ましたのだ。一瞬ギョッとなってから、次第に頭がハッキリしてくると、それが世良で、なぜそのような状態になってしまっているかも理解した。
―――世良に抱かれて眠るなんて……
 恥ずかしいような、気まずいような、なんとも言えないモヤモヤとした気持ちになってきて、その腕を振り解いて起き上がりたい気持ちでいっぱいになっていた。視線を上げると、頭一つ上に世良の顔がある。彼はスヤスヤとまだ熟睡していた。
 その安堵しきったような子供のような寝顔に一瞬吹き出しそうになる。小さくため息をついて、今すぐに彼の腕の中から乱暴に起き上がるのは、少しだけ待ってやる事にした。
 カーテンを閉めていない部屋の中はすっかりと明るくて、多分とっくに朝を過ぎて昼ぐらいになっているのではないかと思う。眠りに着いたのが夜明け前だから、十分に睡眠はとったと思う。
 いくら休みの土曜だからってSEX疲れで昼まで惰眠を貪るなんて、ひどく堕落していると思った。それも男同士で抱き合って眠るなど……まあ、男同士でSEXしたのだから仕方のない話だが……そう思って、ああ、やっぱり世良とSEXしてしまったんだよなぁと、今更ながら自己確認して大きくため息をついた。
 それは昨夜も自分で再確認した事で、腹を壊してトイレに走った時点でそれが夢ではなかったのだと嫌でも認識させられた。体と心は別物で、男の本能としては快楽に弱いわけで、それが気持ち良ければ、ウッカリ男と寝てしまう事もあるかもしれないという考えも無いわけではない。だがそれはあくまでも想像の範囲の話で、もちろんその創造の中では自分は『攻める側』あくまでも『男』という立場で考えていた事だ。まさか自分が男に抱かれるなんて……尻にちんぽを突っ込まれるなんて、夢にさえも思わなかった事だ。
 それで何が一番嫌なのかというと、気持ちよくて何度も射精してしまった事で……尻の痛みや腹の痛みを差し引いたとしても、SEXとしてはとても良かった……というのが認めたく無いくらいに悔しい。
 それを認めるためには、なんで世良を拒めなかったのかという事を考えなければならなくて、そこに『愛』があるのかと言われると、伊勢崎にはまったく解らない。だが世良は真顔で『愛している』といったのだ。
 伊勢崎はジッとまた世良の寝顔をみつめた。
―――この男を愛しているのか?
 そう考えてから、キュウッと眉を寄せてジッとにらむように見つめて、心の中で激しく首を振ってからため息を吐いた。
 いやいやそれは無い。嫌いではない。どちらかというと好き。でも『愛して』はいない。そんな感情ではない。だけど世良に抱かれる事を拒めなかったのは、好きよりはもっと上位な気持ちにあるのだろうか? 少なくとも世良から『愛している』と言われて、気持ち悪いとか嫌な気持ちがしないのは、それを受け入れているからだろう。
―――好かれるのは嫌じゃない。
 それは正直な気持ちで、それは一種の独占欲かもしれない。世良を憎からず思っていて、それが友情かそれ以上かはともかく、特別には好きに思っていて……その特別というのは、現在伊勢崎の周りにいる同僚や部下や友人の中で比べるとという意味で、そういえば今のところ一番近くにいる男性は世良なのだと気づくと、世良は今までの友人達の中では一番好き……一番相性が良いかも知れない。その世良が、伊勢崎の事を本気で愛しているというのだから、嫌な気はしない。
 でもだからといって……。
『そんな簡単なもんじゃないんだよな……感情ってやつは』
 心の中で呟いてため息を吐いた。
「ん……んんっ」
 世良が小さく唸って寝返りを打つように体を動かそうとしたが、右腕が伊勢崎に腕枕をしている所為で動かないので、異変に気づいて目を覚ましたようだ。目を薄く開けて、一瞬事態が飲み込めず、その腕の重みを確認してからゆっくりと目を開けた。
 伊勢崎は世良と目が合って、気まずくなって慌てて目を伏せた。
「あ……伊勢崎さん……んっ……おはようございます」
「お、起きたな……ったく、いつまでもよく眠れるもんだよ」
 伊勢崎はわざと悪態を吐いてから、急いで世良の腕の中から逃げるように体を起こした。
「腕枕なんかして……お前右腕が痺れているんじゃないか?」
「え? あ……ああ、そうですね、少し……でも……なんか嬉しい」
「バカ! アホ! 寝ぼけてるんじゃねえぞ」
 伊勢崎が赤くなって怒鳴りつけると、世良は嬉しそうにヘヘヘと笑ってから起き上がった。
「おはようございます」
 改めてペコリと頭を下げるので、伊勢崎は黙ったままプイッと顔を背けた。
「シャワーでも浴びてこいよ……タオルは置いてあるの使っていいから」
「はい」
 世良は嬉しそうに返事をしてから、ムクリとその場で立ち上がってピョンとベツドから飛び降りた。
「バカッ! 前くらい隠せ!」
「え? あ……まあ……いいじゃないですか、男同士なんだし」
「そんなものブラブラさせるな!」
 世良は、アハハと笑いながら、床に散らばっている自分の服を拾い始めた。上着に手をかけたときに、突然ハッとした様子になって、その場にしゃがみこむと慌てた手つきで上着の内ポケットを探り始めた。
「どうした?」
 伊勢崎が不思議そうに声をかけたが、世良は返事をしなかった。内ポケットから例の卵形の装置を取り出すと、それを手の上に乗っけたまま黙ってジーッとみつめている。
「どうした? 世良?」
 もう一度声をかけると、世良はゆっくりと振り向いて伊勢崎をみつめた。呆然とした表情をしているので、伊勢崎は首を傾げた。
「なんだよ」
「……これ……何も起こってないです」
「は? なにが?」
「……オレ……伊勢崎さんとSEXしたのに、これが作動してないなんて……どういう事でしょうか?」
「どういう事でしょうか……って、どういう事だよ? オレも何の事だかわからないよ」
 伊勢崎が眉を寄せて聞き返すと、世良はまた装置をジッとみつめた。
「オレがこの装置で管理されているって話しましたよね? オレは常にこれを身に着けるか側に置いておかないとダメなんです。これは半径5M以内にオレを感知するようになっています。オレを感知できなくなったら……例えばオレがこれをどこかに置き忘れるとか、失くすとか、盗まれるとか……そうなったら異常事態と判断されて、すぐにオレの世界から調査隊が装置の場所を追ってきます。だからオレは常にこれを身に着けなければならなくて……」
「それで?」
「これはオレの体温、脈、血液成分……すべてのオレのデータを常にチェックして管理しています。変化があればそれはすぐに管理システムに通報される……SEXもそうです」
「……って……お前がSEXするのもばれるのか?」
「はい、以前、伊勢崎さんがオレをソープランドに連れて行こうとするのを断りましたよね。オレの目的はオレの結婚相手を探すためであって、それ以外の相手との肉体接触は禁じられているのです。トラブル回避のためです……つまり例えたった一度の遊びでも、この世界の別の女性とSEXしてしまって、相手が妊娠しないとも限りません……だから絶対に決められた相手としか結ばれてはならないんです……オレがもしも違う相手とSEXしたら……多分すぐに連れ戻されるところです」
「え? だけど……」
 伊勢崎はあたりをキョロキョロと見回して、世良の顔を見た。世良はコクリとうなずいた。
「これは近くに置いていたし……でも装置が作動してない……警報は鳴らなかった……管理室の連中も動いてない……これってどういう事でしょう?」
「……オ……オレが知るかよ……そんな事」
 しばらくの間沈黙が流れた。世良が伊勢崎をジーッとみつめるので、伊勢崎は眉を寄せて見つめ返した。
「なんだよ」
「あの……オレ考えたんですけど、これってもしかして……伊勢崎さんがオレの本当の相手って事じゃ……」
「寝言は寝て言え!! バッカ! オレは男だぞ?! お前は結婚相手を探して、優良な子孫を残すっていう使命があるんだろ?! オレの訳があるかバカッ!」
 伊勢崎か怒鳴ったので世良はシュンとなった。それの様子にイラッとして、伊勢崎はなおも続けた。
「大体、そんな大事な事解ってて、なんでオレを抱いたんだよ! お前、もし警報が鳴って、向こうの世界の連中が現れたらどうするつもりだったんだよ! お前は連れ戻されて、オレはどうなるんだ? 抹殺されるのか?」
「それは……解りませんけど……女性じゃないから妊娠の心配はないし……殺す事は無いと思うけど……どうされるかは……」
「てめえ! もうちょっと考えて行動しろよ!! オレがどうなってもいいのかよ」
「その時は、オレが命を懸けて伊勢崎さんを守りますから!」
「バカッ! そんな話じゃないだろう! 大体……ああ、もうくそっ! なんでこんな事になっちまったんだよ……オレはなんでこんなバカと寝ちまったんだ……」
 伊勢崎が髪をぐしゃぐしゃとかき回して頭を抱えんだ。世良は立ち上がると急いで伊勢崎の側に駆け寄り、そっとその肩に手をかけた。伊勢崎はバシリとその手を払った。
「さっきまでその事なんて忘れてたくせに……ただSEXしたくてオレを抱いただけだろうがっ!……何が命懸けでオレを守るだ。ふざけるな。お前は欲求不満の童貞野郎で、SEXしたくてサルみたいに盛っているだけなんだよ!」
「伊勢崎さん! オレが伊勢崎さんを愛しているのは本当です。オレの気持ちまでバカにしないでください!」
「じゃあなんで、さっきはあんなにうろたえていたんだよ! 真っ青な顔して、SEXを後悔するみたいな面しやがって!! 愛してるって、結局お前はその装置が怖いんだろ! ふざけるな!」
 伊勢崎に怒鳴られて、世良もカッとなって怒鳴り返したが、最後の伊勢崎の叫びに世良はハッとなった。伊勢崎は「くそっ」と呟いて、世良に背を向けて立ち上がろうとしたので、世良はその腕を掴んでグイッと強く引いた。グラリとバランスを崩して、伊勢崎は後ろ向きにひっくり返りそうになる。その体を抱きしめるように世良は受け止めた。
「伊勢崎さん、すみません……違うんです。違うんです」
「もういい」
「伊勢崎さん、聞いてください……確かにオレは装置の事を忘れてた。忘れるくらいに貴方に夢中だった。オレがSEXしたいだけなら、他の人だっていいでしょ? オレが今までさんざん、伊勢崎さんに紹介された女の子だって、氷上さんだって、誰にだってそんな気にならなかったこと知っているはずだ……オレは貴方だけなんです……愛しているんです。オレのこの気持ちは否定しないでください……それにさっきうろたえたのは、確かにあの事を忘れていた事と、貴方を巻き込んでしまった事に気がついて……怖かったんです。連れ戻されて貴方と別れるのが……それに貴方に危害が及ぶかもしれない事が……色んなことが頭の中でいっぱいになって……オレ、どうしていいか分からなくて……貴方を傷つけたくないんです」
 世良は強く伊勢崎の体を背後から抱きしめていた。伊勢崎はそれに抗うことなくジッとしていた。目を閉じて、肩口で囁く世良の声を黙って聞いている。体が熱かった。世良の体温が熱かった。
「もういい……オレは十分に傷ついた」
 ポツリと伊勢崎が呟いた。すると世良の体がビクリと震えるのが伝わってくる。
「伊勢崎さん」
「お前、もう自分の世界に帰れよ……そしてオレの記憶を本当に消してくれよ……お前に振り回されるのに疲れた」
「伊勢崎さん!」
「なんでこんなにオレは傷ついてるんだろうな……胸が痛い」
「伊勢崎さん……」
「今ので思い出したよ。そうだよ。お前の相手はオレじゃない。お前の目的は結婚相手探しだ。どんなにお前がオレを愛しているっていったって、オレ達がSEXして結ばれた事がバレなくたって、お前は結婚相手の女性を探さなきゃならないんだ。そしてみつかったら……お前はその人とお前の世界に帰るんだ……オレは一体なんなんだろうな」
「伊勢崎さん!」
「胸が痛いよ……」
 世良はその伊勢崎の体を強く強く抱きしめた。
「オレはっ……オレは伊勢崎さんしかいらないっ……他は誰もいらないんです」
「そんな訳にはいかないんだろ」
「愛してるんです……愛してるんです……愛してるんです」
 世良は何度も何度も吐き出すようにいった。伊勢崎は身を委ねたまま黙っていた。
「駄々こねてるガキだな」
 ため息とともに呟くと、伊勢崎は首を振って伊勢崎の肩口に顔をうずめた。伊勢崎は目を閉じる。この腕を振り解けばいいのにそれは出来なかった。抱きしめる世良の体の熱さを感じながら、胸の痛みに眉を寄せる。
 この胸の痛みは解っている。世良がどんなに自分を愛しているといったって、これは間違った関係なのだと解っているからだ。そこにハッピーエンドはない。バレれば世良は連れ戻される。バレなくても世良は、結婚相手を探さなければならない。どちらにも『伊勢崎と結ばれる』という選択肢はないのだ。
 伊勢崎にはまだ世良を愛しているという自覚がないとしても、その現実は辛かった。決して世良を嫌いなわけじゃない。そんなに簡単に体を許したわけではない。
 伊勢崎は右手を後ろに回すと、自分の背中と世良の体の間に滑り込ませた。そして手探りで世良のペニスを探し出すとギュッと掴んだ。それはまだフニャリと柔らかかったが、それでも十分な太さがあった。やはりデカイ。
「んっ……い……伊勢崎さん」
 世良がキョッと驚いて、伏せていた顔を上げた。すると伊勢崎が首を回して世良を振り返って見つめた。
「SEXしようぜ」
「え?」
「世良……もっとSEXしよう」
「伊勢崎さん」
「もう勃たないか?」
 伊勢崎は誘うような眼差しで世良を見ながら、キュウッと掴んでいたペニスを揉むように手を動かした。
「あっ……伊勢崎さん……なんで……」
「なあ、SEXしよう……もう出来なくなるかもしれないんだぜ? バレてない内にもっとSEXしよう……それとももうオレを抱きたくないか?」
「いや……そんな……伊勢崎さんっ……でもっ……ああっ」
 ニギニギと揉まれて、世良のペニスが反応して少し硬くなった。
「オレがやろうって言ってるんだ……恥かかせんなよ」
「伊勢崎さんっ」
 世良はプチリと切れたように、夢中で伊勢崎にキスをした。噛み付くような勢いで唇を包むように食み、舌で前歯を舐めて、歯の隙間に舌を滑らせて伊勢崎の舌を絡め取ると強く吸った。
 抱きしめていた腕で伊勢崎の胸をまさぐり、プツリと立ち上がっている乳首を愛撫した。伊勢崎の体がビクリと震える。握っていた伊勢崎の手の中で、みるみると世良のペニスが質量を増していき硬くなっていく。伊勢崎は手を動かして世良のペニスをしごき続けた。勃起して太く長くなっている世良のペニスは、反り上がって立ち上がると、伊勢崎の背中をその先が突いてくる。
 二人とも息遣いが次第に早くなっていった。狂ったように唇を求め合い、キスの合間にハアハアと苦しげに息をする。世良が伊勢崎の首筋を強く吸うと、ビクリと体が跳ねて、伊勢崎が「ああ」と甘い声をあげる。伊勢崎のペニスも完全に立ち上がっていた。
「伊勢崎さん……はあはあはあ……愛してます。愛してます」
 耳の後ろや首筋を舌と唇で愛撫しながら、世良が何度も呟くのを、伊勢崎目を閉じて乱れる息遣いの中聞いていた。
「世良……もっと……ああっ……めちゃくちゃになるまで抱いてくれ」
 伊勢崎が喘ぎと共にそう呟くと、世良は伊勢崎の腰を抱いてアナルに指を差し入れた。
「ああっ……んんっんっ」
 伊勢崎のアナルは、まだ柔らかなままだったので、世良の中指は抵抗無く根元までズブリと埋まっていった。痛みのないそれは、不思議な感覚を伊勢崎にもたらしていた。昨夜の記憶を体が覚えている。そこを貫く太い塊の感覚を思い出していた。
「あっああ、あっ……」
 伊勢崎はゾクゾクと込みあがってくる期待に満ちた快楽に体を震わせて、腰をゆるゆると揺らしていた。アナルが自然と口を開くので、2本目を差し入れた指も難なく飲み込んでいく。
「はあはあはあ……ああっあっ」
 伊勢崎は無意識に腰を浮かしていた。世良は差し入れた2本の指を左右に押し広げるようにしてアナルの口を広げると、そこにペニスの先を宛がった。指を抜きながらゆっくりとペニスを差し入れていく。
「んんっ……ああっあー―っあ、あ、あ」
 ズブズブと入ってくる太い塊の圧迫感で、伊勢崎は苦しげに少し顔を歪ませてから、両手を前に付いて四つ這いになって尻を突き出した。世良は伊勢崎の腰を抱いたまま、ゆっくりとペニスを深く差し入れていく。
 ポタタッと数滴シーツの上に、伊勢崎のペニスから精液が滴り落ちた。完全に立ち上がっているペニスの先からは、精液の混ざった白濁した先走りの蜜が溢れ出している。
「世良っ……ああっあっ……世良っ……あっ……もっと……もっとだ」
「伊勢崎さんっ……はあはあ……伊勢崎さん」
 世良は射精しそうになるのをグッと我慢するように顔を歪めてから、腰を動かし始めた。
 伊勢崎は快楽と共に無心になっていく自分に安堵していた。こうしている間は、世良を支配しているように思えた。今はこうする事でしか、この関係の重大さを考えなくてもいいのならそうしていたかった。愛し合っているとか、恋人になるとか、そういう事は考えられないが、世良が伊勢崎を愛しているというのならば、それ以外のことは考えたくなかった。
 明日の事など考えたくなかった。


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