ベッドに横になってホゥと深く息を吐いた。ソファの上で、変な体勢でSEXなんてしたものだから、肘掛に斜めに押し付けられていた背中はズキズキと痛むし、腰も痛かった。まあ何よりも痛いのは尻なのだが……そこの部分については、今はあまり考えたくなかった。
 目を閉じてゆっくりと息をして、気だるい体を伸ばす。SEXの後のこの恍惚としたプチハイの頭と、火照った体と、ズシリと重くなる気だるさは、結構好きだったりする。今までのSEXでこれほどまでのグッタリとした疲れは経験したことが無い。
 それは当たり前で、今まで経験したことの無い受身をやったからなのだが……。
―――やっちまったなぁ
 心の中で呟いた。とうとう男性経験をしてしまった。同性愛者は、自分とは違う世界の人種だと思っていた。知識ではなんとなく知っていたし、女性との間でだってアナルセックスをする者もいるから(伊勢崎自身はやったことないが)そのやり方もなんとなくは知っていた。だけどそれは、『女性のアナルに挿入する』という意味で、自分が攻める側の知識を持っていただけで、もちろん同性愛者ではないのだから、自分が『入れられる側』になるなんて、想定外の事だ。
―――思っていたより……気持ち良かったかも……。
 ふとそんなことを考えてから、意識が下半身の鈍い痛みを思い出す。フルフルと心の中で首を振った。痛かったではないか……すごく痛かった。尻が裂けるかと思った。そりゃあそうだ。本来排泄する部分であって、物を入れる部分じゃない。そこにあんなデカイ物を突っ込むのだから、痛くないはずが無い。でも後半は……。
 そんな事をグルグルと考えていると、ギシリとベッドが揺れた。世良だと思ったが、気にせずにまだ目を閉じていた。ベッドの軋みでこちらへと近づいてきているのが分かる。何の用だろう? もしかして添い寝でもする気か?……と考えようとしたと同時に、世良の手のひらの感触が胸を撫でて、首筋を吸われたので、ビクリとなって目を開いた。
 そこには伊勢崎に覆いかぶさる世良の姿があった。
「っていうか、なんでお前、裸なんだよ!!」
 思わず大きな声をあげていた。世良が全裸で覆いかぶさってきていたからだ。
「え……続きを……」
「つっ……続きだぁ!? バカ! 何考えているんだ!! お前4回も射精しただろう!!」
「でも……まだいけます。それに伊勢崎さんが寝室に連れて行けっていうから……」
 世良の言葉に、無意識に視線が動いて世良の股間へと向いていた。四つんばいになつて伊勢崎の上に覆いかぶさっている世良の股間には、ぶら下がるというよりも自力で頭を持ち上げている大きなブツがあった。伊勢崎はギョッとなってそれを凝視してから、それを見つめている自分に気が付いてカアッと赤くなると、慌てて視線を世良の顔へと戻してキッと睨み付けた。
「バカ! 何言ってるんだ!! オ……オレはソファであんな事したせいで、背中とか腰が痛いんだよ!! だからベッドで横になりたかっただけだ!! バカ!! 何考えてんだ!!」
「でもオレ……もっと伊勢崎さんを抱いていたいんです」
 世良は子犬のような顔をしてそう言った。伊勢崎はあまりの事に言葉を失って、ただ大きく両目を見開いて、そんな世良をみつめていた。
―――何、調子こいてんだ!? こいつ!?
 口に出なかった言葉を、心の中で叫んでいた。
 だが世良は気にせずに、再び唇を伊勢崎の首筋へと当てる。耳の裏側から鎖骨までの首筋を、チュウチュウと吸いながら辿っていく。
「んっ……ふっ……」
 伊勢崎はギュウッと目を閉じて漏れそうになる声を押し殺した。ゾクゾクと背筋が痺れる。まだ熱の冷め切っていない体は、すぐに快楽を思い出して疼き始める。世良の手のひらが、胸から腹にかけてを何度も撫でて、ゆっくりとYシャツを脱がしていく。アンダーシャツを、スポッと首から抜かされてハッとなった。
「何、オレまで脱がしてんだよ!!」
 だが世良は答えなかった。鎖骨から胸へと唇を落としていく。
「んっ」
 ビクリビクリと伊勢崎の体が反応していた。感じやすくなっている。刺激に敏感になっている体は、世良の愛撫に反応する。体の奥に沈みかけていた熱が、沸々と込みあがってきて次第に息を荒くしていく。
「やめろって……世良……これ以上やったら……あっああっ」
 チュウと強く乳首を吸われて、伊勢崎は思わず声をあげていた。言いかけていた言葉が断たれる。
―――これ以上やったら、洒落にならないって……
 伊勢崎はそう言おうとしていた。さっきのSEXは、童貞の世良の勢いに流されてつい間がさした……と、言い訳になる。だけどこうして改めてまた体を重ねてしまったら、もう何も言い訳が出来なくなってしまうような気がしていた。
 男に抱かれるなんて、絶対に絶対に嫌なはずなのに、どうして抵抗できないのだろうと頭の隅で思う。世良のことが好きなのか? と言われると、嫌いではないがそれはあくまでも友情に近いもののはずだ。『かわいい後輩』と思えるくらいには情がある。
 いや例え親友だとしても、男に抱かれるなんて絶対に嫌なはずだ。じゃあなんで抵抗できないのか……。
―――SEXは体の相性がある。
 またその言葉が頭に浮かんだ。世良を拒めないのは、世良の体と相性が良いからなのかもしれない。こうして抱かれて嫌悪感は無い。アナルセックスも初めての経験なのに、しっかりと感じて射精してしまった。今もまた愛撫されて、体が悦んでいる。もっと先の快楽を期待している。頭で嫌だと思っていても、体はまったく抵抗しない。世良を押しのけようと形だけ両手で世良の胸を押してみるが、実際には本気で押しのけるつもりも無い。
「はあはあはあはあ……ああっあっあっ」
 世良は、半立ちの伊勢崎のペニスを口に含んだ。伊勢崎が身を捩じらせて喘ぎ声をあげる。もっとその厭らしい伊勢崎の喘ぎが聞きたくて、深く銜え込むと頬を窄めてペニスを吸った。
「んあっあうっあっ……はあはあはあはあ……あああっ」
 快感に身震いした。ビリリッと背中を電気が走るような痺れに、体が跳ね上がって声をあげる。閉じようとしていた足が自然と大きく開かれる。
 フェラチオは、そんなに経験がある方ではない。伊勢崎は付き合っていた彼女に、フェラチオを強要するのが嫌だった。あくまでもSEXは、男が奉仕するもの……そんなモットーがあった。だから経験したのは、大学生の時に行ったソープのお姉さんにしてもらったのくらいで、それ以来だからずいぶん久しぶりだ。
 記憶にあるプロのやったフェラチオは天国に上るような気持ち良さだったが、世良のそれも匹敵するくらいの気持ち良さだ。もちろんテクは全然なくて、それはとてもぎこちないものだったが、女性の小さな口で咥えられるのと違って、深く強く吸う世良のフェラチオは、一度射精をした伊勢崎のペニスには、堪らない快感だった。
「あっああっあっ」
 伊勢崎は顎を上げて口を開いたまま、絶え間なく喘ぎ続けていた。頭の中がまた真っ白になって何も考えられなくなる。ただ性欲に従順な体になってしまう。両足は完全に大きく開いてしまっていた。
 伊勢崎のペニスは完全に立ち上がり、汁を垂らし始めていた。世良はそれを吸い上げたり、舌の先で鈴口を愛撫したりした。頭を上下させて、伊勢崎のペニスを口の中から出したり入れたりしていると、伊勢崎がゆるゆると腰を動かし始めた。射精が近いのだ。
 世良はフェラチオを止めて体を起こした。緊張の解けた伊勢崎の下半身は、股を開いて股間を露にしている。赤く腫れたアナルはヒクヒクと口を開閉していて、トロリと白い汁を吐き出していた。さっき中に出した世良の精液だ。
 世良は興奮してハアハアと息を荒げながら、伊勢崎の淫猥な姿を視姦する。MAXまで上り詰めていた伊勢崎のペニスはビクンビクンと痙攣していて、アナルは世良の精液にまみれている。なんて厭らしい姿だろうと思う。ひどく興奮する。
 世良は伊勢崎の両足を両脇に抱えるようにして持つと、中心へと腰を近づけてそそり立つペニスを再びアナルに宛がった。今度は補助が無くても、ググッと腰だけで押し込めば、亀頭の先端がアナルに嵌って埋まっていく。抵抗はあるが強く押し進めばゆっくりと入っていく。
「はっはあっあっ……ん――――っ……んんっんんっ……あっああっ」
 再び挿入される世良の太い塊に、下腹を押し上げられるような鈍い痛みと苦しさで、伊勢崎は眉を寄せて喉を鳴らした。弾む息が胸を大きく上下させる。伊勢崎はギュウッとシーツを強く握り締めて、時折押し寄せる苦しさの波に耐えながら、ハアハアと大きく息をして、下半身の力を抜くように努力していた。
 抵抗しても痛いだけだ。挿入しようとする世良のペニスを完全に拒めないのならば、少しでも痛くないように、自分の体が気持ちよくなるために、体を開いて受け入れるしかなかった。
 ズブズブとペニスが埋まっていく。ゆっくりと押し進めていくと、さっきよりも深く入った。
「ああっ……世良……苦しい……んっんんっ……深いっ……くぅっ」
 絶え絶えにうわ言の様な呟きを発して、伊勢崎は身を捩じらせた。ググッと最後まで押し入れると、世良も顔を少し歪めた。中はひどく狭くて、ペニスを締め付けてくる。しかし熱くて気持ちいい。
「あああっ……伊勢崎さんっ……すごく……熱い……あああっはぁっはぁっはぁっはぁっ」
 世良はペニスを根元まで深く差し入れたまま、ゆさゆさと腰を上下に揺さぶった。亀頭が内壁を擦って気持ちいい。上下左右に腰を揺さぶった。
「んっんっんっんっんっん」
 揺さぶられる度に喉が鳴る。伊勢崎は目を強く閉じて、されるがままに身を預けていた。腹の中が世良のペニスでいっぱいになっているような気がする。揺さぶられても、腸を中から押される鈍い感覚があるだけで、そこには快楽は無い。ただ確かに世良と繋がっているという実感はある。伊勢崎の体の中に入ってきているこの塊は、世良の体の一部なのだと思うと、ひどく興奮する。
 あの馬並みにデカいペニスが、自分の尻に入れられているなんて信じられないのだが、腹を押し上げる塊は、熱く脈打っているのを感じる。
 世良はしばらくの間腰を揺すり続けた後、ゆっくりとペニスを引き抜き始めた。
「あああっあっ……あ――っ……ああ―――」
 腸が引っ張られるような感覚と、内壁を擦られる感覚に、伊勢崎は背を反らせて声をあげた。痛いとか苦しいとか言う感覚ではなかった。ゾワゾワと背中が痺れるような不思議な感覚。途中にある前立腺が、世良の太いペニスで擦られているのだ。
 カリ首を出口に引っ掛けて全てを引き抜くのを止めると、アナルの口の辺りの皮膚を刺激するかのようにユサユサと腰を揺すった。
「あっあっあっあっあっ」
 揺すられるたびにまた伊勢崎が喘ぎ声を上げる。もう伊勢崎自身には、その喘ぎを止めることは出来なかった。AV女優のように、大げさに声をあげているようで、自分自身を意識の奥で恥ずかしいと思っているのだが、息が苦しくて口を開けると声が漏れてしまう。それは止まらない。我慢して口を閉じても喉は鳴るのだ。
 しばらくペニスで出口を刺激してから、再び深く奥まで挿入した。
「んんっん―――――っっっ!!」
 伊勢崎は再び背を反らしてシーツを握り締めた。ビュビュビュッと伊勢崎のペニスから精液が飛び散る。触られてもいないのに、挿入されただけで射精してしまっていた。キュキュッとアナルが締まり、世良は顔を歪める。思わずまた釣られて射精しそうになったが、かろうじて我慢することが出来た。
 痙攣して収縮するアナルの動きが治まるまで、深く根元まで挿入したまま世良はジッと我慢して待った。伊勢崎の射精が終わって、グッタリとなり、上気して恍惚とした表情をする伊勢崎をみつめながら、世良は伊勢崎の手を取ってその甲に何度もキスをした。
 それからゆっくりと浅い動きで、腰を前後に動かし始める。抜き差しされるペニスが、ヌチュヌチュと音を立てる。前に中に出した精液が潤滑剤になっていた。
 浅く小刻みに動かしたり、大きく腰をグラインドさせたりして攻め立てる。繰り返されるピストン運動に、伊勢崎はただ喘ぐしかなかった。もう意識も朦朧となる。
「ああっああっ、伊勢崎さんっ……はあはあはあ……すごいっ……伊勢崎さん……んんっ」
 世良が何度も伊勢崎の名前を呼びながら、気持ちよさそうに喉を鳴らす。次第に腰の動きが早くなり、やがて中へと精を吐き出した。
 ビクビクと腰を痙攣させて、最後の一滴まで出し切ると、ゆっくりとペニスを引き抜いてから、倒れこむように伊勢崎の隣へと体を投げ出す。ハアハアとまだ肩で息をついていた。すぐ側にある伊勢崎の横顔をジッとみつめる。伊勢崎も目を閉じたままハアハアと荒く息をしていた。
 そっと腕を伸ばして、伊勢崎の体を抱き寄せた。振り払われるかと思ったが、伊勢崎は抵抗しなかった。いや出来なかったのだ。もう何も考えられない。意識は次第に遠のき眠りに落ちていった。


 ザアザアと勢いよく熱いシャワーのお湯が頭に降り注いでいる。伊勢崎は風呂場の床にペタリと座り込んだまま、グッタリとした様子で湯をかぶっていた。しばらくしてのろのろと体を動かして、右手を自分の尻へと回すと、そっと指先をアナルに触れさせた。
 そこはずいぶん敏感になっていて、そっと触れただけなのにビクリと体が震えるほど、指の感触を感じて驚いた。伊勢崎は唇をかみ締めながら、そっとそっと壊れ物を扱うように、自分のアナルを湯に晒して洗う。
 やがて大きくため息をついてから、シャワーの湯を止めた。

 体を拭いて、腰にバスタオルを巻いたままの格好で寝室へと戻ってきた。
 1LDKの伊勢崎の部屋。10畳の広いリビングの隣にある7畳のフローリングの洋室には、外国製の少し幅の広いシングルベッドだけを置いて寝室にしていた。カーテンを閉めていない部屋は、月の光が差し込んでいて目視できる程度にほんのりと明るかった。
 入り口に立ち、ジッとベッドをみつめた。そこにはスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている世良の姿がある。見つめているうちに、段々と怒りが湧き上がってきていた。伊勢崎はチラリとベッド脇のサイドーボードに置かれた時計を見た。4時10分を指している。
 昨夜散々世良に犯されて、眠りに付いたのが何時なのかは覚えていない。だが……多分2時間くらいしか経っていないと思う。
 伊勢崎はドスッとベッドの上に飛び乗ると、ドカドカと世良の尻を蹴飛ばした。
「わっ! あっ!……え? い……伊勢崎さん?」
 驚いて飛び起きた世良が、眠そうな目を擦りながら、ポカンとした顔で仁王立ちしている伊勢崎をみつめながら名を呼んだ。
「何、人のベッドで爆睡してんだよ」
 伊勢崎はよほど怒っているのか、声にドスが利いている。
「あ……え……あの……伊勢崎さんは……眠らないんですか?」
「眠れねえんだよ!」
 伊勢崎は怒鳴ってまたドカッと世良の尻を蹴った。世良は何がなんだか分からないというような顔をして、眉を八の字にして垂れている耳が幻覚で見えるくらいに、怒られた犬みたいな様子でベッドに座っていた。
「寝てたけど、腹が痛くなって目を覚ましたんだよ!」
「え? お……おなかの具合が悪いんですか?」
 キョトンとして尋ねる世良に、伊勢崎はカアッと少し赤くなってから、またゲシッと尻を蹴った。
「てめえがオレの腹の中に射精しやがるから……腹を下したんだよ!! 目が覚めてトイレに直行だ! すげえ下痢したんだよ!! なのにてめえは気持ちよさそうに寝やがって……」
「す、すみません。そんなこと知らなくて……」
「オレだってこんなの初体験だから、こんなことになるなんて知らなかったよ! 大体……てめえ、どんだけオレの中に精液出しやがったんだよ! そのデカチンで!! 出てきた糞に白いのが混ざってて……ああっくそ! そんなのどーでもいい! ったく……オレはなんでこいつと……」
 伊勢崎は急に力が抜けたように、ヘタリとその場に座り込んだ。世良はおずおずとした様子で体を起こして、伊勢崎の方へとハイハイするようにして近づく。
「伊勢崎さん……すみません。オレ……そんなに伊勢崎さんを傷つけるつもりは無くて……」
「じゃあどういうつもりなんだよ」
 伊勢崎が肩を落として俯いたままポツリと呟いた。
「愛してます。伊勢崎さん。伊勢崎さんになんと言われても、今の自分の気持ちははっきりと分かります。愛しています。伊勢崎さんを愛しているんです」
「そんなのっ……」
 伊勢崎はグッと言葉を詰まらせると、両手でガシガシと濡れた頭を掻き乱した。
「そんなの本当は分かってねえくせに……」
 伊勢崎はガクリとまた肩を落として両手をダラリと下ろすと、小さな声で呟いた。
「分かっています。オレ、恋愛がどんなものなんて分かっていないかもしれないけど、これだけは分かります。伊勢崎さんを愛しているんです」
「分かってないよ! オレは男だぞ!? どーすんだよ! SEXしたら愛しているって訳じゃないんだぞ!」
「愛しているからSEXしたいって思ったんです! 他の誰でもない! 今まで関わった……合コンとかナンパとか、いろんな女の子と知り合ったって、こんな気持ちにはならなかった。AVを見たって、こんなに興奮しなかった。男とか関係ないです! 童貞のオレが、自分を制御出来ないくらい貴方に欲情したんだ!」
 世良が突然怒鳴るように大きな声でそう言ったので、伊勢崎は驚いたような顔をして顔を上げると世良をみつめた。世良はまだ眉を八の字にしている。
「でもオレは……」
 困ったような泣きそうなような顔をしている世良をジッとみつめながら、伊勢崎は心の中の言葉をそのまま口に出した。
「オレは分からない。なんでお前に抱かれたのか……殴ってでも抵抗できたはずなのに、そんなつもりもなかった……お前に自ら抱かれてた……男なのに……なんでだろう……分からない」
「オレの事……嫌いですか?」
「嫌いじゃない」
「愛してます」
「分からない」
 今度は伊勢崎の方が困った顔になった。世良はそっと手を伸ばして、そんな伊勢崎の頬に触れた。グシャグシャに乱れた髪をそっと撫でた。伊勢崎は黙って抵抗することなく目を閉じた。その唇に、世良はそっと口付ける。
「愛しています」
 もう一度囁いていた。


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