フォンルゥは、ウェイライの家へと招かれて、客間の一つをフォンルゥ用にと用意され丁重にもてなされた。
 その夜は、すでに結婚して別に家庭を持っている兄のホンウェイの家族まで来て、賑やかな夕食の宴が開かれた。
「さあさあ、たくさん食べなさい」
 ウェイライの父ツォンウェイが、にこやかな顔でフォンルゥに食事を勧める。フォンルゥは会釈をすると、隣に座るウェイライをチラリと見た。ウェイライは嬉しそうにニコニコと笑っていた。
 優しそうな両親と兄。それは絵に描いたように幸せそうな家族の姿だった。ウェイライがどれほど愛に包まれて育ったのかが、容易に想像が出来る。そしてフォンルゥの事を暖かく招き入れる寛容さも持ち合わせている。
 ウェイライの家族は、フォンルゥの身の上については、何も聞いてはこなかった。ただ二人の旅の話を聞きたがり、口数の少ないフォンルゥに代わって、ウェイライが食べる暇も無いほどに忙しく、冒険の話を語って聞かせていた。それを家族が嬉しそうに聞いている。
 ウェイライによく似た優しげな顔の母親は、時折心配そうに顔を曇らせては、ウェイライの話に聞き入っていた。
「とにかくね、フォンルゥが強いんだよ。ものすごく強いんだ。敵をバツタバッタと倒してね……オレをいつも守ってくれていたんだよ」
 ウェイライがひたすらとフォンルゥを褒めるので、フォンルゥは気まずくて、ただひたすら食事を続けて、あまり皆の顔を見ないようにしていた。
「さっきからフォンルゥさんの話ばかりだ。ウェイライはよほどフォンルゥさんが好きなんだね?」
 父親にそう言われて、ウェイライは真っ赤になったが否定はしなかった。その様子に一同から笑いが漏れる。フォンルゥは居たたまれない気持ちで視線を落としていた。
「さあさあ、たくさん面白い話を聞かせてくれて嬉しいけれど、貴方も食事をしなさい。ほら新鮮なジンシェを食べるのは久しぶりでしょ?」
 母親が黄色の果物を持った皿を、ウェイライに勧めた。
「わあ! ジンシェは久しぶりだよ……あれ?」
 ウェイライはそう言ってから首を傾げて考え込むように黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
 母親が心配そうに尋ねた。
「……そういえば……色々とあって忘れていたけど……オレ……ずっとジンシェを食べてない……」
「え!?」
 ウェイライの言葉に一同が驚きの声を上げた。
 ジンシェとは、シーフォン達が食する特別な果実であった。竜族が遥かな昔、神の怒りを買い人と竜の姿に分かれさせられた時に、竜は獣の肉を食する事を禁じられた。だが竜の体を維持する為には、人の体で食する食べ物だけでは足りない。それで神がシーフォンにのために作り出した果実が「ジンシェ」だった。これにはリューセーが持つ『魂精』にも似た栄養素があると言い伝えられていて、シーフォン達は一日一個を食するのが義務付けられていた。
「フォンルゥが作ってくれていた食べ物の中に、ジンシェを混ぜてくれていたとかじゃないよね?」
 ウェイライが恐る恐るとフォンルゥに尋ねると、フォンルゥはジンシェを手にとって、珍しそうにみつめていた。
「いや……本物を見るのは初めてだ」
「え?!」
 フォンルゥの言葉に、また一同が驚いた。
「まさか……フォンルゥはジンシェを知らないの?」
「いや……知識でならば知っている。シーフォンが食べなければいけない果実だと……育ててくれたアルピンに聞かされた。オレが捨てられた時……アルピン達はジンシェの種をいくつか渡されたそうなのだが、外の地ではジンシェの種は育たなかったそうだ。だからオレは食べたことは無いが……今まで死ななかった」
 フォンルゥの言葉に、ウェイライの父と兄は顔を見合わせた。
「じゃあ……ウェイライも、この2ヶ月食べていないの?」
 母親の問い掛けに、ウェイライは頷いた。
「我々シーフォンは、ジンシェを食べないと死んでしまう。4〜5日程度ならば食べなくても大丈夫だが、そのまま食べずに居続けると、次第に体力が落ちていき、やがて衰弱死すると言われている……お前が外交へ赴く時には、ジンシェを乾燥させたものを携帯しているが、それでも10日分程度しかないから、生きていたとしても半月が限度だろうと思っていたんだ……だから1ヶ月が過ぎた時には、もうお前の生存は無理だろうと、皆が諦めていた所だったんだ」
 父がそう説明するので、ウェイライは困惑した表情を浮かべていた。
「オレは家出するつもりでいたから、あの時携帯ジンシェを一月分くらいと、ジンシェの種を持ち出していたんだ。だけどそれらは他の荷物と一緒に、人買いに攫われたときに失くしてしまったから……ずっと食べていないよ。でも……旅をしているときは、毎日毎日が色々とせいいっぱいで、ジンシェの事なんて忘れてた……多分体調を崩していたら、思い出したかもしれないけど……フォンルゥと一緒だったし、フォンルゥが食べ物の世話をしてくれていたから……」
 なんだかへんな雰囲気になってしまった。さっきまで楽しげだった一家団欒の図が静まり返ってしまった。フォンルゥは黙ったままで、テーブルの上に視線を落としていた。自分自身が奇形だとか異形だとか、奇異の目で見られることには慣れている。だからウェイライの家族の前であっても、簡単に受け入れられるとは思っていなかったので、なんと思われていようとも構わないと思っていた。だがウェイライがウェイライの家族から「奇怪な者」と思われてしまうことには、居たたまれない気持ちになってしまっていた。それが自分の所為だとしたら……。
「まあそんな事は別にどうでもいい。奇跡が起きたんだよ。ウェイライが無事だったのだから、そんな事はどうでもいいじゃないか。これからまた普通の暮らしに戻ればいい。きっと体も生きていく為に、がんばっていたんだろう」
 空気を破ったのは、ウェイライの父の言葉だった。とても明るい口調で、しかし優しくそう語ると、皆もそうだそうだという気持ちになって、一同が笑みを浮かべながら何度も頷いた。
 その光景をフォンルゥはとても信じられないという顔でみつめていた。
 このような綺麗な心の持ち主達を、フォンルゥは見たことが無い。疑念・疑心・嫉妬……醜い心に満ちた人々しか知らない。王族に近いものほど、そういうものだと思っていた。逆にそれほどの野心や疑心がなければ、権力は持てないものだと思っていた。
 ここにいる人々は、フォンルゥをまっすぐにみつめてくる。それはウェイライと同じ目をしていた。

 用意された部屋に戻り、フォンルゥはベッドに腰を下ろしてフウと息を吐いた。どうにも慣れない……そんな気分だった。
 エルマーンという国のことはまだ分からない。これから知るしかない。だが少なくとも、ウェイライの家族は、フォンルゥが想像していたようなシーフォンではなかった。優しさに満ちた彼らの『家族』という存在に慣れる事が出来ない。
 あの団欒の中で、ひどく自分を異質に感じていた。
 フォンルゥが髪をクシャクシャと掻いた時、扉をノックされたので「はい」と返事すると、ウェイライが顔を覗かせた。
「入ってもいい?」
「ああ」
 フォンルゥが少しホッと顔を緩めて頷くと、ウェイライは嬉しそうに笑って中へと入ってきた。
「疲れた?」
 ウェイライは側まで来ると、体を屈めてフォンルゥの顔を覗きこむ。
「いや別に……いや嘘だ。そうだな、少し疲れた。慣れないことが多すぎたからかもしれん」
 まっすぐにみつめてくるウェイライの瞳を見ては、嘘はつけない。フォンルゥは苦笑して見せた。ウェイライはそれを聞いてニッコリと笑うと、左隣にチョコンと座った。フォンルゥの腕に腕を絡めると、体を凭れ掛けさせる。
「ここにはいつまでも居ていいって、父様達が言っていたよ。二人ともすごくフォンルゥを気に入ったみたい」
 ウェイライの言葉にフォンルゥが何も答えなかったので、ウェイライは身を起こしてフォンルゥの顔を覗きこんだ。
「本当だよ? あのね、フォンルゥが気にしているかもしれないと思ったけど……フォンルゥの体の事はもう話してあるんだ」
 ウェイライの言葉に、フォンルゥはギョッとした顔になった。
「ごめん、怒った? でもね、父様も母様もそんなには驚かなかったよ……ただ、父様はフォンルゥのご両親の事を知っていたみたいだったから、とても同情してた……一度フォンルゥとフォンルゥの両親について話をしたいって言っていたよ」
「そうか」
 フォンルゥは少し顔を曇らせてから、ポツリと言ってそれ以上は何も言わなかった。
 ウェイライはそんなフォンルゥを心配そうにみつめた。
「明日はどうするの?」
「……城下町に行ってみようかと思う……シュイが言っていたシュイの先祖が住んでいた辺りをみつけて、そこに髪を埋めてくる」
「そう」
「リューセー様にも会いに行かなければならない」
「うん」
「しばらくは色々と忙しそうだ」
「そうだね」
 フォンルゥは、ウェイライの肩をそっと抱きしめた。


 翌日、フォンルゥは城下町へと出掛けた。乳母達から聞いていた街の情報を頼りに、半日かけてようやくシュイ達の先祖が住んでいたと思われる家をみつけだした。そのすぐそばには小さな丘があり、大きな古い木が生えていた。その木の根元を掘り、シュイの髪の入った革袋を埋めた。
「シュイ……ここがエルマーンだ。みんなが言うように、綺麗な国だよ」
 フォンルゥはしばらくの間、城下町の景色を眺めていた。

 フォンルゥは5日間、ウェイライの家に厄介になった後、王より用意してもらったフォンルゥの住まいへと住居を移した。ウェイライの家族からは引き止められたが、ウェイライは不思議と反対をしなかった。
 フォンルゥの新居には、早速ラウシャンとタンレンが訪ねてきた。
「何もお持て成しは出来ませんが……」
「気にするな。お前もこの国の暮らしに慣れるまではいろいろと大変だろう。侍女を雇ったらどうだ?」
 勝手にソファに座って寛ぐラウシャンがそう言うと、そうだそうだとタンレンが頷く。
「ですが……侍女を雇うような身分では……」
「お前の血筋は庶子だが王族の流れだ。身分はある。そうだ。陛下がお前の家系について、もう一度家を興すかどうか考えるように言っていたぞ」
「オレのウチの侍女を二人ほど貸すよ。侍女は居たほうがいい」
「私の侍女も貸そう」
「フォンルゥ、お前とても腕が立つそうじゃないか、オレの下で国内警備の仕事をしないか?」
「外交の仕事も面白いぞ、お前は他国に詳しいからな、私の下で働け」
 ラウシャンとタンレンが次々と捲くし立てるので、フォンルゥは困惑した顔で黙り込んでしまった。その様子を見て、タンレンが可笑しそうに笑う。
「ラウシャン様、彼は口は達者ではなさそうだ。外交には向かないでしょう。腕が立つのだから、そっちを生かしたほうがいい」
「……まったく、お前が一緒に行こうと誘ってくるから、そういう事だろうとは思ったが……フォンルゥ、ウェイライはオレの部下だ。オレの下で働けば、一緒に居られるぞ」
「ラウシャン様!!! そういう勧誘は卑怯です!!」
 二人のやり取りを、フォンルゥはぼんやりと眺めていたが、小さく溜息を吐いて首を振った。
「ありがたいお話ですが……そういう事はまだ考えられません。働かないという訳ではないのですが……オレがこの国で……他のシーフォンの方々に受け入れられるとは限らない。貴方方やウェイライの家族のように、善意を持って接してくれる方々ばかりではない」
 フォンルゥがゆっくりとそう語ると、ラウシャンとタンレンは顔を見合わせた。
「それはそうだ。当たり前の話だ。妬みや蔑みはシーフォンだってする。良い奴ばかりじゃあない。だが悪い奴ばかりでもない。お前ならば、そんな事は分かっているだろうし、中傷くらいでヘコたれる男でもないだろう」
 タンレンが叱るようにそういったので、フォンルゥはちょっと驚いたような顔になった。
「私もウェイライも、奇異の目で見られ慣れてるぞ」
 ラウシャンがそう言うと、タンレンが激しく頷いた。
「ラウシャン様なんて、何百年『変わり者』と言われ続けているか知れないぞ? まあ見てのとおり変わり者なんだけど」
「タンレン……お前だって、アルピンを恋人にしている変わり者じゃないか」
「シュレイはアルピンではありません。混血です」
 胸を張ってタンレンが言い返すと、ラウシャンは呆れたように首を振った。その様子をフォンルゥはぼんやりとしばらく眺めていた。
「ですが……オレはいいけど……オレと付き合う者達が中傷されるのが……ウェイライや貴方方が……」
 フォンルゥはそこまで言った所で、ラウシャンとタンレンが、ジーッとフォンルゥをみつめているのに気がついて、言葉を止めた。しばらく二人と見詰め合った後、諦めたように首を振った。
「すみません。違います……そうだ。今のは詭弁です。オレは……またみんなから『化け物だ』とか『異形だ』とか、差別の目を向けられるのを恐れているんです……ウェイライ達に迷惑をかけるからなんていうのは詭弁だ……オレは自分がそんな風に見られるのを怖がっている……外で暮らしていたときは、人間達に何が分かるものかという思いがあった……だけど……この国で、同じシーフォン達から否定されるのが怖い……それが本心です」
 フォンルゥの言葉を二人は黙って穏やかな顔で聞いていた。
「リューセー様に会ってこい」
「そうだな、リューセー様にお会いすると良い……お前、リューセー様から呼ばれていただろう」
 二人揃ってそう言うので、フォンルゥはキョトンとした顔になった。


「よく来てくれたね! さあ、入って入って!」
 フォンルゥは、龍聖の側近であるシュレイという者に付き添われて、王宮の奥にある一室へと案内されてきた。客間のようなその部屋で、黒髪の『リューセー』が、にこやかに出迎えてくれた。
 促されてフォンルゥは、龍聖の向かいのソファに座ると、目の前に居るその姿をまじまじとみつめていた。
『リューセー様はね、シーフォンである竜族の王の后となる為に、異世界から来られる竜の聖人様なんだよ。私達アルピンは近くで見ることは叶わないけれど、漆黒の髪の美しい方なんだよ』
 乳母であったアルピンから、何度も何度も聞かされていたその人が目の前に居る。
 確かに見たことの無いような人種の顔立ちだと思った。だがとても清楚で美しい顔立ちだ。漆黒の髪もはじめて見るほどの黒さで美しい。それにこれが男性だというのも不思議な気持ちだった。
 シュレイがお茶を出してくれて、龍聖の後ろに控えるように立った。
「もうこの国には慣れた?」
 龍聖がニッコリと笑って言うと、フォンルゥは緊張した様子で首を振った。
「いえ……まだ……」
「そうだよね、まだ5日くらいだもんね。オレもこの国に慣れるのに、半年は掛かったし……でもゆっくりでいいよ。ゆっくりで」
「はあ……ありがとうございます」
「ラウシャンやタンレンから色々と聞いているよ。フォンルゥって、傭兵をしていたんだって? 強いんだろうね」
「いえ……それほどでは……ただ生きていく為にやっていただけです。こんな体なので、普通の仕事は出来ませんから……」
 フォンルゥはそこまで言ったところで、自分の言葉に後悔した。龍聖の視線がフォンルゥの左手に向けられていることに気づいたからだ。きっとこれがやがて奇異の目に変わるのだ。もう何度も何度も見てきた光景だ。それは決して慣れる物ではなく、フォンルゥは決して平気だったわけではない。その度に心が傷つけられてきた。ウェイライだって、初めて見た時は驚愕の顔をしていた。それが当たり前の反応なのだ。
 フォンルゥは無意識に、左手を隠すように右手を上に乗せた。
「フォンルゥ……君の左腕を見せてもらってもいいかい? 竜の体を持っていると聞いたんだけど……」
 龍聖の言葉にフォンルゥはギクリとなった。だが龍聖には逆らえない。フォンルゥは一度目を閉じてから深呼吸をすると、左の袖を捲り上げて見せた。緑の鱗に覆われた左腕が露になる。硬質の光を放つ左腕、黒く強靭な爪を持った左手、それは異形のものであった。
「ああ……すごいね、ねえ、触ってもいい?」
「リューセー様っ!」
 シュレイが咎めるように言ったが、龍聖はすでに立ち上がりフォンルゥに近づこうとしていた。
「はい……構いません」
 フォンルゥは諦めたように言った。すると龍聖は近づいてきて手を伸ばすと、そっとフォンルゥの左腕に触った。鱗を撫でるように何度か擦ってから、ホウと息を吐いた。
「綺麗だねぇ」
「え?」
 思わず漏れた龍聖の言葉に、フォンルゥは驚いて顔をあげた。するとすぐ目の前に龍聖の顔があり、龍聖はとても優しげな表情で微笑んでいた。
「すごいね、綺麗だね……硬いけど、剣でも切れないって本当?」
「は……はい」
「だけど思いっきり斬りつけられたら痛いだろう?」
「いえ……切れませんから痛くないです」
「傷の問題じゃなくて……殴られるのと一緒で、衝撃は受けるから痛いでしょ?」
 龍聖はウェイライと同じ事を言うと思って、フォンルゥはとても驚いた。龍聖の瞳はまっすぐで、何の曇りも無かった。そこには冷かしや奇異な眼差しは無かった。
「いえ……鍛えているので大丈夫です」
「そう……でもこれじゃあ、みんなに妬まれてしまうだろうね」
「?……妬み……ですか?」
「うん、この国で暮らしていくとしたら、シーフォン仲間から妬まれるだろうね」
「いや……それを言うなら……蔑みかと……」
 龍聖が言葉を間違えているのか? と思ってフォンルゥが言い直したが、龍聖は首を振った。
「違う違う、妬みだよ。だって絶対みんな羨ましいと思うよ」
「え?」
「竜の体を持っているなんてすごいよ。シーフォンは竜と体を分けられているのだから、フォンルゥのような体は羨ましいと思うよ」
 龍聖の言っている言葉が良く分からなくて、フォンルゥは目を見開いて龍聖をみつめた。龍聖はまだフォンルゥの腕を撫でていた。撫でながらその眼差しには、羨望の色さえ感じられて、フォンルゥはとても驚いた。
「ジンヨンなんか、いつも人の体になりたがっているもの……あ、ジンヨンっていうのは、フェイワンの半身の竜の事なんだけどね。この話をしたら、絶対に羨ましがるよ」
 龍聖はそう言ってニッコリと笑うと、今度はフォンルゥの右手を取ってギュッと強く握った。
「人の体はとても脆いものだよ。ちょっとした攻撃で簡単に傷つくし壊れるもの……だから武器や防具を必要とする。竜の体はどんな剣も受け付けないくらいに強いのにね……だからシーフォンは、とても弱いんだ。自分の半身の竜と一緒に居ないと生きていけない。でもね、フォンルゥはその両方を持って生まれてきたのだから、神様にそれで生きるように許されているんだよ。それはとてもすごい事だよ。竜王であるフェイワンにだって無い能力なんだから……この体を自慢してもいいんだよ? でもね、きっとそれを妬む人はたくさんいるだろうから、嫌な目に遭う事もあるかもしれない。でも絶対にそれに負けてはダメだよ? 貴方は立派なシーフォンなのだから……よくこの国に帰ってきてくれたね。ありがとう」
 龍聖が強く握る右手が、ひどく温かくなっていた。そこから何か暖かいものが流れ込んでくるような錯覚を覚えた。これがリューセーの持つ『魂精』という不思議な力なのだろうか? 龍聖の暖かな手と暖かな言葉が、フォンルゥの胸の奥の奥にあった黒くて暗くて冷たい塊をみるみる溶かしていくような気がした。
 熱いものが胸に込み上げてきて、唇がブルブルと震えて、今にも嗚咽を漏らしてしまいそうで、フォンルゥはギュッと唇を強く噛んで、そのまま深く頭を下げた。その頭を、龍聖がそっと優しく撫でたので、フォンルゥは驚いて一度目を大きく見開いたが、自然と涙が溢れてきて視界がぼやけたことに自分でも驚いて、頭を下げたままの状態でギュッと強く目を閉じた。
 フォンルゥは何かからか開放された気持ちがしていた。


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