「どうしても行くのか?」
 朗々と響き渡るその声に、フォンルゥは傅いたまま「はい」と答えた。顔を上げて改めてみると、窓辺に立つ真っ赤な髪の若き王が寂しそうな顔で微笑んでいる。
 フェイワン王の執務室へと、フォンルゥは一人で尋ねてきていた。
 エルマーンに来て20日目の事だった。
「この国には居辛いか?」
「いえ……」
 フォンルゥは首を振って、その問いに否を唱えかけてしばらく考え込んだ。ジッとみつめる王の瞳は真っ直ぐだ。その瞳をみつめながら、フォンルゥは考えた。
「正直なところ……居辛くないとは言えません。ここではオレはよそ者です。シーフォンではありますが、ここで育ったわけではないオレは、やはり異国の民のような気分です。居場所がない」
「……だがそれも致し方ないことだ。お前が失った時間をこれからこの地で築いてくれればと願っていたのだが……」
「陛下、オレはエルマーンに来て良かったと、今は心から思っています。もしも帰ることがなかったら、オレはずっと誤解したまま生き続けていたことでしょう。オレを捨てた両親を憎み、この体を憎み、国を憎み続けた……だけど今はもうその気持ちはありません」
「両親の墓には行ったのか?」
「はい」
 フォンルゥは頷いて、しばらく感慨深げに視線を床へと落として黙り込んだ。
「オレを殺すことが出来なかった両親……だが育てることも出来なかった両親……そして自ら罪を被った彼らを知り、今はもう憎しみの気持ちはありません」
 フォンルゥの言葉に、フェイワンは頷いた。
「陛下……ここにいる間、色々なことを知りました。この国の中も見て回りました。シーフォン達にもたくさん会いました。オレを受け入れてくれる者も、そうでない者も……こんなに穏やかな日々を送ったのは初めてかもしれない。確かにこの国は祖国なのだと、この体がそう教えてくれました……だから……これは旅立ちなのだと思ってください」
「旅立ち……か」
 フォンルゥは頷き微笑を浮かべた。
「オレは外の世界で、人間達と共に生きてくはじめてのシーフォンになります」
 フェイワンはしばらく黙ったままフォンルゥをみつめていたが、小さく息を吐いて腕組みをした。
「昨今になり、お前達のような奇形種のシーフォンが生まれるようになった。それは我々シーフォンが絶滅していく運命の兆しだと不安を唱える者達が居た。その結果、その不安から目を逸らす為に、お前達異形の者を排除しようとする差別意識が生まれてしまっているのは確かだ。だがオレは最近思うようになったのだ。これがもしも新しい進化の始まりなのだとしたら……我々が長い時をかけて築いてきた神からの戒めを守り続けてきたこの歴史を、神が許そうと思い始めているのだとしたら……お前達のその体は、今まで不便に思っていた二つの体を持つ我々とは違い、この世界で生きていくために、人間との共存の為の進化の過程ではないかと……」
 フォンルゥはフェイワンの言葉を聞き、最初は驚いたような顔になってから、やがて穏やかな笑顔になった。
「陛下……ありがとうございます。陛下とリューセー様の言葉で、オレは長いこと苦しんできた闇の中から救い出されたような気分です……これで本当に旅立てます」
「出て行くのではないというのだな? 旅立つのだと」
「はい……いつの日か……少なくとも、貴方の治世の内にまた帰ってきます」
「ああ……楽しみにしている。その時はまたリューセーの為に、外の世界の話をしてやってくれ」
「はい」
 フォンルゥは深々と頭を下げた。
「明日の朝には旅立つつもりです」
「北の関所を開けておこう……一人で行くのか?」
「はい」
「それでいいのか? ウェイライには言ってあるのか」
「……言わずに行きます」
「そうか」
 フェイワンは仕方ないというように苦笑してから頷いた。


 フォンルゥが自分の住まいへと戻ると、入口の扉の前にウェイライが立っていた。扉に凭れかかり、ぼんやりと俯いていたが、フォンルゥの気配に気付くと顔を上げて、満面の笑顔を見せた。フォンルゥは一瞬驚いたようにしていたが、すぐに微笑み返した。
「待っていたのか?」
「うん……だってずっと会えなかったし……」
「すまない……色々と忙しかったんだ」
 フォンルゥはそう言って近づくと、ウェイライの頭を軽く撫でた。ウェイライは目を閉じて嬉しそうに微笑む。フォンルゥは入口の鍵を開けると、中へとウェイライを招き入れた。
「まあ……オレも色々と忙しかったんだけどね」
 ウェイライはヘヘヘと笑いながら後を着いていく。部屋の中に入ると、ソファに腰を下ろした。
「仕事か?」
「うん、2ヶ月も無断欠勤していたからね。ラウシャン様にすごく絞られたよ……溜まっていた仕事の整理とか引継ぎとか……大変だった」
「そうか……オレも両親の墓に行ったり、家の事とか……色々と大変だ」
 フォンルゥがお茶を用意しようかとしているのを、ウェイライが手招きして呼んだので、フォンルゥはウェイライの隣に座った。するとウェイライはギュウッとフォンルゥに抱きついた。
「へへへへ……久しぶりのフォンルゥだ」
「何をいってるんだ」
「フォンルゥ不足だったんだよ……だってさ……旅している間は、一時だって離れたことなかっただろう? 寂しかったんだ」
 ウェイライはそう言って、フォンルゥの胸に頬擦りをした。フォンルゥはウェイライの頭を優しく撫でた。
「ねえ……今日は泊まってもいい?」
「ご両親が心配しないか?」
「そんな子供じゃないよ」
「そういう事ではなくて……お前はずっと行方不明だったという自覚はないのか?」
「大丈夫……ちゃんとたくさん両親とは話をして、オレの事……理解してもらったから、もうね大丈夫だよ」
「どうだかな」
 フォンルゥは小さく溜息を吐いた。ウェイライはクスクスと笑いながら顔を上げると、キスを強請るような仕草をしたので、フォンルゥはその唇に唇を重ねた。

「んっ……ああっ……フォンルゥ……フォンルゥ……」
 ベッドがギシリと軋み、ウェイライが甘い声を漏らす。裸の二人が体を重ね合わせていた。うつ伏せになり顔をベッドに埋めながら、少し上に腰を突き上げるような形になって、ウェイライがハアハアと息も荒く喘いでいた。その白い尻を右手で抱え込むようにして、その中心に、深く深く根元まで昂ぶりを埋め込んでいた。腰を揺するたびに、挿入しているその部分がヌチュヌチュと湿った肉の擦れる音をたてる。
 ウェイライのペニスは、揺すられるたびに股の下でプルプルと揺れながら、その先からトロトロと汁を垂らしてシーツを濡らしていた。
「ああっああっあ……んんっ……深いよ……フォンルゥ……あああんっ」
「ウェイライ……うっ……ふっふっんっ」
 フォンルゥも喉を鳴らしながら、激しく腰を前後に揺さぶる。体の中に溜まる熱は治まることがなかった。ウェイライを愛しいと思う気持ちは、押さえつけることが出来ない。ダメだと分かっていても止まらない。
 愛しくて愛しくて、その体の隅々まで口付けても、抱きしめても、混みあがる愛しさは増すばかりだ。
「ウェイライ……愛してる。愛してる」
 何度も何度もその言葉を繰り返し、愛しいその体を抱く。
 ウェイライのその体に、自分の物である証を焼き付けるように、その白い肌に、いくつもの赤い痕を付け、その体内に熱い昂ぶりを打ち付けて何度も精を注ぎ込む。
「あっあっあっ……フォンルゥ……フォンルゥ……」
 足を開き自ら腰を揺らして、妖艶に乱れるウェイライの肢体を、フォンルゥは目を細めながらみつめると、ブルリと腰を震わせる。ドクンと腰が跳ねて、接合部分から白い精液が溢れ出た。赤く熟れて、その太い肉塊を飲み込んでいるアナルは、ヒクヒクと蠢いてその隙間から精液を零しながら痙攣していた。
 ウェイライのペニスはビクビクと跳ねながら精液を吐き出して、腹の上を濡らしている。もう何度射精したか分からなかった。
 フォンルゥはゆっくりとペニスを引き抜くと、ウェイライの傍らに体を横たえて、意識を失ってしまったウェイライの頬と額に何度も口付けた。
「ウェイライ……愛している。誰よりも……これから先は、ずっとお前だけを想う」
 耳元で囁いて、右腕で引き寄せるようにその体を抱きしめた。

 空が白み始める頃までウェイライを抱きしめたまま過ごした。やがてそっとその体を離すと起き上がった。体を拭いて、服を着る。それはシーフォン達の着る衣服ではなく、旅支度の為の服だった。
 身支度を整えると、テラスへと出てしばらくの間エルマーンの景色を眺めていた。周囲を険しい岩山に囲まれたその国は、中央に広がる街と、周囲に広がる緑と畑……空には数頭の竜が舞っている不思議で美しい光景だった。
 その景色を目に焼き付けるように眺めて、周囲が次第に明るくなり始めると、フォンルゥは小さく溜息をつき部屋の中へと戻った。部屋の傍らに置かれたマントと荷物を手に取ると、ウェイライを最後に一目見ようとゆっくりと寝室へと戻った。
 扉を開けて、フォンルゥは思いかけない状況を目にして驚いた。
 ウェイライが服を着て、チョコンとベッドに座っていたのだ。フォンルゥを真っ直ぐにみつめていた。
「オレを置いて、黙って出て行くつもりだったの?」
 ウェイライはひどく落ち着いた口調でそういった。フォンルゥは驚いたままで言葉をなくしていた。
「ひどいよ……別れに……こんなにオレを抱いて……それでフォンルゥは別れられるつもりでいたの? オレを置いて?」
「ウェイライ」
「言っただろう? もう離れないって」
 ウェイライはそう言って微笑んだ。


「行っちゃったね」
 テラスに佇み空を眺めながら、龍聖が明るい声で言った。
「ああ、そうだな」
 隣にフェイワンが並ぶと、一緒に空を仰いだ。今日は特に竜の数が多い。龍聖がテラスに出ると、たくさんの竜達が空を舞う。
「フォンルゥもウェイライも、フェイワンに別れを告げに来たんだよね」
「ああ……別々だがな……二人とも真っ直ぐな目をしていた」
「愛し合っているからだよ」
 龍聖が言ってフフフと笑うと、フェイワンも肩をすくめて笑って見せた。
「ウェイライから尋ねられたよ。『オレ達の存在って何なんですか?』と……」
「なんて答えたの?」
「シーフォンの希望だと答えた」
 フェイワンの答えを聞いて、龍聖は嬉しそうに笑って頷いた。
「ラウシャンやタンレンや色んな者から話を聞いた。二人のことを……二人は長い旅の間、ジンシェを口にしなくとも平気だったそうだ。フォンルゥなどは長い人生のほとんどを食べていないそうだ……竜を持たない異形の者達、人の体のみで生まれた者達、その体が本当にジンシェを必要としていなかったのだとしたら……その寿命はともかくとして、彼らはこの国でなくとも……外の世界でも生きていける……人間達と共存できる……それは新しい我らの生き方を示しているのではないだろうか? と考えたんだ」
 フェイワンの話を聞きながら、龍聖はそっとフェイワンの腕に腕を絡めて寄り添った。
「それが本当だとしたら……新しい時代をこれから築いていくには、まだまだ時間が掛かるかもしれないけれど、少なくとも絶滅していく暗い運命ではないんだよね?」
「ああ……シェンファやシィンワン達の時代には、何かの答えが出ているかもしれない……二人がきっとその答えを出す為の『希望の光』になるだろう」
 フェイワンはそう言って、絡めていた腕をそっと解くと、その腕を龍聖の肩に回して抱き寄せた。
「二人は出て行ったんじゃないもんね」
「ああ、旅立ったんだ……またふらりと帰ってくるだろう」
「うん」
 龍聖も腕をフェイワンの背中に回して、強く抱きつくと幸せそうに微笑んだ。


 エメラルドグリーンの美しい遠浅の海に、大きな客船が停泊していた。船の周りには、たくさんの小船が集まる。荷物を積みおろしする為の小船や、乗客を上げ下ろしする為の小船達だ。
 そこは小さなたくさんの島々の集まる南のラグーンだった。
 数人の乗客を乗せた小船が、いくつかの島へと向かっていく。その中にフォンルゥとウェイライの姿があった。
「テラ!! スー!!」
 船着場の近くの小さな村に、その姿をみつけて、ウェイライは大きな声を上げて手を振った。
「ウェイライ! フォンルゥ!!」
 浜辺で貝を掘っていた二人は、驚いたように立ち上がると、持っていた篭を放り投げて、ウェイライ達の乗る小船を追うように走り出した。
「来ちゃった!! オレ達も来ちゃった!!」
 ウェイライは大きく手を振りながら、嬉しそうにそう叫ぶと、隣に居るフォンルゥの顔を見上げた。
「幸せになろうね」
「ああ……もちろんだ」
 フォンルゥが微笑み返すと、ウェイライは零れるように笑ってから、口付けを交わした。


                                                 The END


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