胸の傷跡に唇を寄せた。剣による傷跡と思われるものがいくつもあった。それから緑に光る鱗を指先で撫でる。硬くて表面がツルツルとしていて、手触りが気持ちよかった。ふいに額にキスをされて、ウェイライは顔を上げてフォンルゥをみつめた。目が合うとウェイライが微笑み、フォンルゥが目を細める。
「体はきつくないか?」
「うん、平気だよ」
 ウェイライが幸せそうに微笑んでから、スリスリとフォンルゥの胸に甘えるように頬を摺り寄せると、フォンルゥはその髪を愛しそうに撫でる。ウェイライがフォンルゥの鱗に覆われた左腕に自分の右腕を絡めるようにして抱きつく。唇を寄せて、鱗の一枚一枚に口付ける。それから背中に腕を回してギュッとまた抱きつく。
「痛くないか?」
「え?」
「オレの左半身に触ると痛いだろう」
「ううん、すごく気持ちいいよ。オレ、フォンルゥのこの体が好き。すごく強くて、すごく綺麗で、すごく暖かいよ」
「オレはお前の肌を傷つけてしまいそうで怖いよ」
「そんな事はないよ……もっともっと触れていたいもの……」
 ウェイライはそう言ってフォンルゥの鱗に覆われた左半身の胸から腰に掛けてを何度も撫でた。
「ごめん……オレってすごく厭らしいと思う? 呆れる?」
「……いや、それならばオレもだ」
 フォンルゥが囁いて二人は見詰め合うと口付けを交わした。昨日からずっとそうやって、何度抱き合ったか分からない。餓えた獣が互いに何かを埋めあうように求めあった。疲れて眠って、起きてまた求め合う。それはどんなに求め合っても、飽きることなく満たされることもなかった。すぐにまた欲する情が湧き上がる。
「本当だ」
 ウェイライはフォンルゥのペニスに触れると、クスリと笑って言った。堅くそそり立つその太い塊を、そっと両手で包み込む。手の中のそれはひどく熱かった。びくびくと脈を打っている。何度も自分の中に挿しいれられたその塊を、両手で擦ってから自分のペニスと一緒に握りこむ。
「迎えが来るまで、どこにも行けないんだし……仕方ないよね」
「ああ、そうだな」
 二人はクスリと笑いあった。唇を深く吸い合うと、離れたときにウェイライが、はあと甘い息を漏らす。ゆるゆると腰を動かして、重なり合うペニス同士を擦りあった。ウェイライは両腕をフォンルゥの背中に回して、抱きしめながらチュッチュッと何度もキスを求めた。すぐにはあはあと息が乱れ始めて、擦れあうペニスの先からは、先走りの汁があふれ出して互いのペニスを濡らしあった。
「あっあっんっんっ」
 ウェイライはぎゅうとしがみつくように抱きつきながら、甘い声を漏らして腰を揺らし、足をフォンルゥの足に絡める。フォンルゥは右手でウェイライの背中から腰までのラインを、愛撫するように何度も撫でた。
 ツルリとペニスの先がズレて、ウェイライの股の間に入り込んだ。アナルをペニスの先がグリグリと擦ると、ウェイライは自然と足を開いて、そこにペニスを誘い込む。
「あっあっあっ……フォンルゥ、フォンルゥ……入れて……早く入れて」
 ウェイライが甘えるような声でねだると、フォンルゥは腰を動かしてペニスをゆっくりと挿しいれた。何度も出し入れされたその部分は、すっかりと解されて柔らかくなっていた。亀頭の先でグイと強く押し付けると、簡単に口が開いて中へと受け入れる。
 グググっと肉を押し広げながら入り込んでくる熱い塊を感じて、ウェイライは背を反らしながら甘く喘ぐ。
「ううっんんっ……あぁ―-―っ……んっああっ」
 フォンルゥは体を起こして、ウェイライを仰向けに寝かせると、両肩の脇に両手をついて、頬を上気させながら喘ぐウェイライの顔を見下ろした。
 額に瞼に頬に唇に優しく口付ける。ウェイライは薄く目を開いてから、ハアハアと荒く息をしてフォンルゥをみつめた。
「オレはどうしたらいい?」
 フォンルゥが低い声で囁いた。
「え?」
「こんなにお前に夢中になってしまって、オレはどうしたらいい?」
「んっ……どうもしなくていいよ」
 ウェイライは、荒い息の下でうっとりとした声で答えた。
「どうもしなくていいよ……オレの事を愛してくれればそれでいいよ」
「オレは怖いんだ」
「なぜ?」
「もしもお前を失ったら……今度こそ本当にオレは狂ってしまうかもしれない」
 ウェイライは背中に回していた手を、フォンルゥの顔へと伸ばした。その頬をそっと撫でる。
「オレだって怖いよ。幸せすぎて怖いよ……オレはずっとずっとフォンルゥの側に居るから……どんなことをしたって側に居るから……だからずっと抱きしめていてよ……離さないで」
 フォンルゥは答えるように深く唇を吸って、その体を右手で抱きしめ返した。グイッと腰を動かすと、ウェイライが甘い声をあげる。フォンルゥは激しく腰を前後に動かし始めた。
「あっあっあっ……もっと……フォンルゥ、もっと強く抱いて……オレをフォンルゥでいっぱいにして……」
「ウェイライ……ウェイライ」
 二人の熱い吐息が混ざり合う。ギシギシとベッドを軋ませながら、激しく交わりあった。


「ウェイライ、オレは王に会ってくる」
 3日目の昼近く、身支度をしたフォンルゥがふいにそんな事を言い出したので、ウェイライは少し驚いたような顔をした。
「じゃあ、オレも行くよ」
「いや、状況を尋ねに行くだけだ。すぐに戻る。待っていてくれ」
「……分かった。退屈だから、書庫でも見せてもらえるか聞いてみようかな……この大陸の地図があれば、フォンルゥに見せたいし……エルマーンの場所とか」
「あんまりウロウロとするな」
「うん、大丈夫だよ」
 ウェイライが頷くと、フォンルゥはその頭を優しく撫でた。
「じゃあいってくる」
 フォンルゥは部屋を出ると、兵士を伴って王の執務室へと向かった。
 残されたウェイライは、ホウと溜息をついてから呼び鈴を鳴らして侍女を呼んだ。
「この大陸の地図を見たいんだけど、書庫に案内してもらえる?」
 侍女にそういうと、侍女は快く頷いてウェイライを案内した。廊下を歩きながら、やはり城の中が異様なほどに静かだなとウェイライは思った。
「王子はどちらにいらっしゃるのですか?」
 侍女にそう尋ねると、侍女は驚いたような顔になって足を止めた。
「陛下から重いご病気だと伺いました。まだ思わしくないのですか?」
 更にウェイライが尋ねると、侍女は顔を曇らせてから俯いた。
「それが私達にも分からないのです。お后様が亡くなられてから、続いて王子様まで……原因不明の病だから、もしや流行病であればいけないと、医師達が王子様を西の塔へ隔離されてしまわれたのです。付き添われているのは乳母だけで、私達は近づくことは許されていないので……」
 その話を聞いてウェイライは眉を寄せた。
「その西の塔へ案内していただけませんか?」
「そんな事をしたら、私が叱られます」
「少し様子を見に行くだけです。すぐに戻りますから……ね?」
「ですが……」
「私はあなた方とは違いますから、多分病気はうつりませんから大丈夫です。お願いします。どうかお願いします」
 ウェイライが懸命に頼むので、侍女は困ったように仕方なく案内をした。
「その廊下の先が西の塔の入口です。あの兵士のが立っているところが入口です」
「ありがとう。君は叱られるといけないからここまででいいです」
「ですが……やはりお止めになられたほうが……」
「ルシュー様はお小さい時からよく知っています。ここまで来て、お顔も見ずに帰るわけにはいきませんから」
 ウェイライは侍女を宥めるように言うと、塔に向かって歩き始めた。


「陛下、突然の来訪失礼致します」
「いや、貴方方は大切な客人です。何かあればいつでもいらしてくださいと言ったのは私ですから、どうぞお気になさらず……それで……何かありましたか?」
 フォンルゥは王の執務室へ通されていた。そこには宰相のファウスの姿はなかった。まだ謹慎中のようだ。フォンルゥは入口近くで跪いたまま一礼して顔を上げた。
「今日一日待って迎えが来なければ、我々は明日の早朝には出発したいと思います」
「それは……我々が信用できないと?」
「いえ……失礼ながらその様なわけではありません。陛下のことは信頼しています……ただこれはオレの一存です」
「そなたの?」
「オレにはウェイライを守らなければならないという使命があります。一日でも早く国へ無事に連れ帰りたいのです。ですからこれ以上一所に留まっていられません。もしも明日行き違いで迎えが来れば、二人はエルマーンに向けて旅立ったとお伝え下さい。馬の足だからすぐに追いつくでしょう」
「そうか……」
 王はがっかりしたように項垂れた。
「宰相のことはもう本当になんとも思っていませんから……エルマーンと御国は、これからも末永く国交を保たれることでしょう」
 フォンルゥは恭しく頭を下げてそう述べた。
「本当にすまなかった」
 王はもう一度頭を下げた。


 ウェイライは王の許可が下りたと嘘をついて、兵士をなんとか撒くと、西の塔の上へと上っていった。最上階には部屋があり、その扉を叩くと「はい」と返事がして、中年の女が顔を出した。見知らぬウェイライの顔に、女はギョッとなった。
「私はエルマーンの者です。今は王の客として招かれています。ルシュー様のお加減が悪いと伺ったので、見舞いに参りました。陛下にもお許しを貰っています……ルシュー様にお尋ねが可能でしたら、エルマーンのウェイライが来たとお伝え下さい」
 ウェイライが静かな口調でそう述べると、女は一礼してから奥へと消えた。しばらくして戻ってくると、扉を大きく開いてウェイライを中へと招き入れた。
 部屋の中は簡素な作りだった。大きなベッドが中央に一つあるだけで、他には何も装飾のようなものはなかった。
 ウェイライはゆっくりとベッドに近づいた。
「ウェイライ様……それ以上は近づかないで下さい」
 ベッドから弱弱しい声が聞こえてきた。ハッとなってみると、変わり果てた姿の王子がそこに寝ていた。
「ルシュー様……」
 王子は痩せこけた青白い顔をしていたが、その顔には無数の赤い斑点が出来ていた。ウェイライが駆け寄ろうとすると、王子は首を振って見せた。
「ウェイライ様……病気がうつると……」
「オレは大丈夫です」
 ウェイライは沈痛な面持ちでそういうと、王子の手をしっかりと握り締めた。王子は息をするたびに、ヒューヒューと喉が鳴っていた。ひどく苦しいようだ。握った手はひどく熱かった。
「驚きました……なんでこんなことに……」
「分かりません……でも、街のほうでも同じような病の者が数人出たそうです。何かの流行り病かもしれません」
 王子は掠れる声でゆっくりと答えた。
「苦しいですか?」
「苦しいのは、父上のほうでしょう……こんなことになってしまって……どれほど辛い思いをさせてしまっているか……」
「ルシュー様……」
 ウェイライは辛そうな顔になって、ぎゅっと王子の手を強く握った。
「そうだ……これが少しは効くだろうか……」
 ウェイライはハッと何かを思い出したような顔になり、懐を探って革袋を取り出した。それを王子の胸へと押し当てた。ジッと様子を伺うようにしばらくの間そうしていた。するとやがてヒューヒューと苦しげな音を立てていた息遣いが、和らぐように静かになった。
「どうですか?」
 ウェイライが恐る恐る声を掛けると、王子はその落ち窪んだ目をキョロキョロと動かしてウェイライをみつめた。
「なんだか……体が軽くなってきました……息が苦しくない」
「良かった……病気を治せるわけではないのですが……熱を冷ますくらいの効果はあるまかもしれないと思って……」
「それはなんですか?」
「これは……ただの石に見えますが、私の大切な半身なのです。生きている石のようなものだと思ってください。怪我をした所とか、体の具合の悪いところに当てると、不思議と痛みを吸い取ってくれるんです……病気や怪我が治るわけではありませんが……」
 ウェイライは革袋の口を開いて中をチラリと見せながらそう説明した。
「ああ……ウェイライ様……ありがとうございます。本当にすごく楽になりました。まるでさっきまでの苦しみが嘘のようです」
 王子がそう言って笑って見せたので、ウェイライもホッとなった。
「あああ……ルシュー様の笑顔なんて、どれくらいぶりでしょう」
 側で様子を見守っていた乳母が、ワッと泣きながらそう言ったので、王子は困ったような顔になってからまた笑った。
「すみません。だけど病気を治せるわけではなくて……」
「ウェイライ様……これだけでも十分です。ありがとうございます。今夜は久しぶりによく眠れそうです。それがどれほど嬉しいことか分かりますか?」
「ルシュー様」
 ウェイライは泣きそうになって、キュッと唇を噛んだ。
 その時扉が叩かれた。ハッなってそちらを見ると扉が開いてファウスが入ってきた。
「ファウス様……」
「ウェイライ様……」
 入ってきたファウスも、思いがけないというように驚いた顔でウェイライをみつめて足を止めた。
「ウェイライ様……なぜここに……」
「ファウス、ウェイライ様はわざわざお見舞いに来ていただいたんだよ」
 王子が変わりに答えると、ファウスはもっと驚いたような顔になった。
「王子、具合はよろしいのか? そういえば少し顔色もいいようですが……今日は息も苦しくなさそうだ」
「ええ、ウェイライ様のおかげで……不思議な石のおかげで、熱が引いて嘘みたいに体が楽になったんだよ」
「不思議な石?」
 ファウスが怪訝な顔をしてウェイライをみつめると、王子の胸の上に置かれたウェイライの手の中にあるものに目を留めた。
「それは……」
 ウェイライはギクリとなって、革袋をギュッと握り締めて慌てて立ち上がった。
「ルシュー様、また明日参ります」
 ウェイライが慌ててルシューにそう言って立ち去ろうとしたが、行く手をファウスに阻まれた。
「ウェイライ様……それはもしや竜族の秘薬では?」
「ちっ……違います! これはそのようなものではありません」
「ウェイライ様、少し見せてもらうわけにはいきませんか?」
 ファウスが詰め寄るようにして言うと、ウェイライは顔色を変えて、革袋を両手で抱きしめるよう胸に抱えながら、ジリジリと後ろに後退りをした。


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