「いい事思いついたんだ!」
 ウェイライが満面の笑顔でそういった。身支度を済ませて、チョコンとベッドに腰を下ろしたところでそう言った。フォンルゥは洗った顔を拭いていたところで、テラとスーの夫妻はこちらに背を向けて、赤子に乳を与えているところだった。
 皆が一斉に何の事を言い出したのか分からないという顔をして、ウェイライを見たのだが、当の本人は自慢気にニコニコと笑っている。
「聞きたい?」
 ウェイライはフォンルゥの方を振り返って、ちょっといたずらっ子のように目を輝かせながら言ったのだが、フォンルゥは無言で顔を拭いた手拭いを広げているところだった。ウェイライが反応を待っているようなので、フォンルゥはちょっと困ったように手を止めてからジッとウェイライをみつめた。ウェイライは目を輝かせてみつめている。
「……いい事って何のことだ?」
 フォンルゥは仕方なくそう尋ねた。するとウェイライはフフンと鼻を鳴らして笑うと「まあ聞いてよ」と言った。
「オレ昨夜からずっとどうやったらみんなで船に乗り込めるか考えていたんだけど、ようやく良い案が浮かんだんだ」
「そうなんですか?」
 テラが振り返って、尊敬するような顔をして言うと、ウェイライはニコニコと笑って頷いた。フォンルゥはというと、ちょっとばかり驚いた顔になって動きを止めていた。昨夜ウェイライは、あっという間に眠ってしまっていたはずだというのに、いつの間にそんな事を考えていたんだろうか? と思ったからだ。
「どんな案だ? 一応聞こう」
 フォンルゥは気を取り直してからそう言葉を続けて、ウェイライを促した。ウェイライはコクリと頷く。
「オレとフォンルゥは外国人の夫婦の旅行者に変装するんだ。ああ、もっともオレ達は東の大陸の人間だから、本当に外国人なんだけど、今はこの地方の服装をしているだろう?   じゃなくてさ、もっと南の大陸とか明らかに違う民族の服装って事。で、テラさんには従者に扮してもらって、スーさんには荷物の中に隠れてもらうの……ラズはオレとフォンルゥの子供ってことにする……どう?」
 ウェイライはいい終わって、満足そうな顔になった。テラ達はキョトンとした顔をしていて、フォンルゥは小さく溜息を吐いた。自信満々に言っていた割には、大して今の状況と変わらない話だったので、フォンルゥは少し呆れていたのだ。
「何? この案に何か不満?」
「案も何も……今のオレ達の変装とどう違うというんだ。それにテラさんが従者とか、スーさんが荷物にいるとか……何のことだか分からん」
「だから……だからさ、そういう従者を連れているような外国人のお金持ち夫婦に変装するのさ……昨日街を歩いていたら、いろんな国の物が売ってたし、珍しいものもたくさんあった。豪華な異国の衣装を着たらさ、どこかの国の名のある人って勘違いされるかもしれないだろう? そしたらあんまり検閲とかされないかもって思って……オレも赤ちゃん抱いていたら、本当の女の人に見えるだろうから怪しまれることも無いし……テラさん達の追っ手はスーさんを探しているから、スーさんは顔を出さないほうがいいと思うんだ。だから荷物の中に入ってもらうの。人が入れるくらいの大きさの行李とか……ほら、お金持ちなら荷物が多くても怪しまれないし……最初テラさんをオレの旦那役にとも思ったんだけどさ、フォンルゥじゃあ従者に見えないもん。そんな大きい体でさ、逆に目立っちゃうから、目立つならハデな衣装を着て目立つほうが逆効果で良いかもしれないし……それに3人連れなら、お互いの追っ手を誤魔化せるでしょ? オレは赤ちゃん連れで、旦那と従者連れなら、オレ達の追っ手を誤魔化せるし、テラさん達は、面が割れているのがスーさんだから、オレを見たら違うって思うし……ねえ? どう?」
 ウェイライは一気に語った。語り終わって、また満足気な顔をしてみんなを見回す。テラとスーがちょっと困ったような顔をしていた。
「あの……その衣装とかはどうするんですか?」
「今から買いに行こうと思って……大丈夫、それはオレ達で用意するから心配しないで……ね? フォンルゥ」
 フォンルゥは腕組みをして考え込んでいた。
「フォンルゥは、いつも傭兵していた頃は、頭も顔も布を巻いて隠していたんだろ? 全部取っちゃって、今みたいに顔を出していたら、絶対怪しまれないよ。ハンサムだし、お金持ちの外国人に見えるよ……あ、そうだ。髪とか剃っちゃう?」
 ウェイライはエヘヘと笑っていった。最後のはもちろん冗談のつもりだった。するとフォンルゥは、腕組みして考えていたが「そうだな」と答えた。
「髪を全部剃ったらスッキリするかもしれないな。髪を染める必要も無いし」
「ええ! 本当に剃っちゃうの!?」
 ウェイライは驚いて、思わず大きな声を出してしまった。だがフォンルゥは真面目な顔で頷いた。
「そういう習慣の国があるというのを聞いた事があるし、それくらいした方が変装としては良いだろう。それに髪はまた生える」
「そうだけど……」
 冗談のつもりだったのに……と、ウェイライはちょっと困ったような顔になってフォンルゥの顔と頭をみつめた。無造作に切られた短めの髪は、今はウェイライと同じように、染料で染めているので、あの明るい若草色ではなく、少し緑がかったくすんだこげ茶色をしている。それを綺麗に丸坊主に刈り取ったらフォンルゥはどんな感じになるのだろうと考えた。
 すると突然フォンルゥが行動に移した。長布を頭に巻き始めたのだ。
「買い物に行くぞ」
 ボソリと言われて、ウェイライも慌てて準備を始めた。
「オレ達で買い物に行ってきますから、お二人はここで待っていてください」
 ウェイライも急いでベールを頭と顔に巻いて準備をすると、心配顔のテラ達に手を振って見せて、フォンルゥと共に部屋を出て行った。


 今日も街は賑わいで居た。たくさんの人の波ではぐれそうになるが、フォンルゥは周囲の人の中でも頭一つ背が高いので、ちょっとくらい離れても見失うことは無かった。しかしフォンルゥは人ごみをものともせずに、どんどんと前進していき、ウェイライのほうはというと、時々人に押され負けてフラリと後ろによろめいたり、足が止まってしまったりする。気を抜くとフォンルゥから離されてしまいそうになる。
「フォンルゥ! フォンルゥ!」
 不安になって大きな声で呼ぶと、フォンルゥが足を止めてこちらを振り返ってくれた。慌てて追いつこうともがく。
「あっ……」
 もがきながらフォンルゥの方へと差し出した手を掴まれて、ぐいっと力任せに引っ張られた。
「気をつけないと迷子になるぞ」
 フォンルゥはボソリと言ってまた歩き始めた。だが今度は大丈夫だ。なぜならフォンルゥはウェイライの手をしっかり握ったままで歩き出したのだ。ウェイライはちょっと驚いたが、敢えてその手は振り解かなかった。嫌がる理由は無い。フォンルゥの大きな手にしっかりと握られるのは安心するし頼りになる。ウェイライは自然と顔がほころんできてしまった。
「なんだ? 行くぞ」
 フォンルゥが不思議そうに少し眉を寄せてから言うと、ウェイライはニッコリと笑い返して見せて「うん」と頷いた。グイッと強く手を引かれた。しかしフォンルゥの大きな手が、しっかりとウェイライの手を握ってくれているので、もうはぐれるなんていう不安は無い。人ごみの中を手を引かれて進む。なんだか子供になったみたいだと思えて、ウェイライは思わずクスクスと笑ってしまっていた。
「あ!! フォンルゥ! ちょっと待って!!」
 ふいに目に入った光景に、ウェイライは足を止めて引かれる手を引っ張り返しながら叫んだ。
「なんだ?」
「あれ! あの服とか良くない?」
 ウェイライが嬉しそうに顔を輝かせて指を差す。その方をフォンルゥはみつめてから、無言のままでまた少し眉を寄せた。

「ただいま!」
 ウェイライが宿屋に戻り、部屋の扉を開けながら元気にそういうと、部屋の中で待っていたテラ達がホッとした様子で出迎えた。
「色々と買ってきたよ」
 そういうウェイライも両手に抱えきれないほどの荷物を持っていたが、後ろに続くフォンルゥはもっと大きな荷物を抱えていた。それらをドサリと床に置く。
「オレ達の衣装とか……あ、変装用だけじゃなくて、これから続ける旅に必要な服も買ったんだ。見ての通りオレ達逃走してきて、まともな服を持っていないからさ……あ、それとその大きな行李がスーさんに入ってもらうやつだけど……大丈夫? これなら入れそう?」
 ウェイライに言われて、スーは立ち上がると行李の側まで寄って大きさを確認した。
「はい、十分です。体を丸めれば入れます……ありがとうございます」
「窮屈だけど、船に乗るまでのわずかな間だから辛抱してね」
 ウェイライは言いながら、包みを開けて服を取り出してベッドの上に並べ始めた。
「ねえ、この服……どお? これがオレので……こっちがフォンルゥ……テラさんのはこれね」
 嬉しそうなウェイライに、テラとスーは少し驚いたような顔をして、その衣装をみつめた。フォンルゥのものだという服は、白いツルツルした手触りの生地に、光る小さな石がたくさん縫い付けてあり赤や緑の糸で細かい刺繍が一面に施されていた。ウェイライの服のほうは赤い生地に同じように刺繍などがされている。ずいぶんハデなものだった。
「すごいですね」
「なんかね、南の大陸の方の民族衣装なんですって。お祝い事とか儀礼的な時に着る衣装なんだって……偉そうな人に見えそうじゃない?」
「……そうですね」
 テラ達は笑いながらフォンルゥを見たが、フォンルゥは相変わらず無愛想な顔をしていた。この彼がハデな衣装を着るのかと思うと面白いと思うが、さすがにそれは言えないので、テラとスーは顔を見合わせてから笑いをかみ殺した。
「東へ行く船は明日の朝出港するそうだ。手形も買ってきた。後は無事に乗るだけだ」
 フォンルゥがそう言って小さな木の板を4枚差し出して見せた。
「あ……船代いくらですか? お支払いします」
「あ、あのね。オレ達怪しまれないようにと思って、ちょっと奮発して2等のいい部屋にしたんだよ。5人まで泊まれる個室。勝手に買っちゃったから代金はオレ達持ちでいいよ」
「そんな……見ず知らずのあなた方に、こうして助けてもらったばかりか、船代まで出していただくなんてそんな事できません。お金は払います」
「私、家を出るときに持ち物だった宝飾品を持ってきたんです。これを売って代金にしてください」
 スーがそう言いながら、荷物の中から小箱を取り出して開けて見せた。中には金の首飾りや腕輪などが入っていた。二人が懸命にそういうので、ウェイライ達は顔を見合わせた。フォンルゥが小さく首を振って見せると、ウェイライはニッコリと笑って頷いてみせる。
「テラさん、スーさん、心配しないでください。こう見えてフォンルゥって結構お金持ちなんですよ……オレ達だってあなた方のおかげで、本当に助かっているんです。あなた方がいなかったら、本当に船に乗るのは難しかったかもしれない。利用させてもらうんだからその代金と思ってください。それに2等の個室にしたのは、こっちの都合ですから……オレ達色々と訳ありで、できればたくさんの人目の有る大部屋は避けたいんです。あなた方がいなくても2等の個室は最初から取る気だったし……だから気にしないで下さい。ほら乗ってきた馬も売ったから、本当にお金は大丈夫ですって……あ、馬を売ったのはお金のためじゃないですよ。船は長旅になるから売っただけですけど……とにかく気にしないで下さい」
 ウェイライの話を聞いても、まだ二人は納得できないというような顔で落ち着き無くしていた。
「その宝石は、東の国についてから新しい生活で必要になるだろう……取っておいたほうがいい」
 フォンルゥがボソリとそう告げると、「でも……」となおもテラが困った様子で言いかけた。
「あ〜……もう本当に気にしないでよ。そんなに二人に気にされちゃったら、オレの立場がなくなっちゃうんだから……オレなんて、フォンルゥに助けてもらった上に、今までずっと厄介になってるんだよ?……でもオレ無一文で払えないし……フォンルゥにすごく借金しているんだからさ」
 ウェイライがそう言ってエヘヘヘと笑うと、テラ達は顔を見合わせてから、仕方ないというように頷きあうと「本当にありがとうございます」と深々と頭を下げた。
「さてと、明日の朝は早いから、今のうちにできる用意はしておこうよ。フォンルゥ……本当に髪の毛剃っちゃう?」
「ああ、剃っておこう」
「フォンルゥ……この作戦、成功したら褒めてね?」
 ウェイライがニコニコと笑いながら言ったが、フォンルゥは何も答えなかった。


 翌朝、港に現れたフォンルゥ達一行は、その場にいた人々の目を引いた。
 見慣れないハデな衣装に身を包んだフォンルゥとウェイライの二人の姿は、とにかく目立っていた。恰幅のいい大柄の丸坊主の男というだけでも目立つのに、異国のキラキラとした衣装がそれを更に悪目立ちにしていた。その隣には、同じような豪華な衣装に身を包んだ女性……胸には綺麗な柄の布に包んだ赤子を抱いているので、どう見ても女性に見えるウェイライが、寄り添うように歩いていた。二人の後ろには、2つの大きな行李を積んだ荷車を引く従者姿のテラがいた。テラは顔や腕に、褐色の化粧粉を塗って変装していた。
 港に居る者たちが皆3人をチラチラと気にして見ていた。東の大陸に行く船の前には、フォンルゥ達の追っ手であるイルネスの兵士達が居た。多分テラ達の追っ手もいるはずだ。彼らも皆こちらを見ている。
 ウェイライはゴクリと唾を飲み込んだ。さすがに緊張する。するとフォンルゥがウェイライの肩をそっと抱き寄せた。フォンルゥの竜の左手だ。今は両手に手袋をして誤魔化しているが、肩に置かれた手の硬質な感じはすぐに分かる。でもウェイライにはちっともそれを冷たいとは感じなかった。逆に安心してフォンルゥの顔を見上げると微笑んでみせた。
 乗船はすでにはじまっていて、たくさんの人々が乗船口の前に並び、乗降階段を上がっていた。フォンルゥ達もその列に並ぶ。すぐ近くにはイルネスの兵士の姿があった。フォンルゥは澄ました顔をしている。ウェイライは出来るだけそちらを見ないようにしていた。テラも緊張しているらしくずっと俯いたままだ。
「お客様」
 ふいに声を掛けられてウェイライはビクリとなった。見ると船員らしい男が目の前に立っていた。
「手形を拝見してもよろしいですか?」
 言われてフォンルゥが3人分の手形を見せると、船員はそれを見ただけでニッコリと笑って見せた。
「2等のお客様ですね。では向こうの乗り口から乗船下さい。お荷物をお運びしましょう」
 その船員は他の船員を呼んで、荷車の荷物を運ばせた。テラがギョッとした顔になってそれを止めようとしたが、フォンルゥがそれを制した。
「それは妻の荷物だ。大事な壊れ物が入っているので、慎重に運んでくれ……何かあれば弁償では済まされんぞ」
 フォンルゥがその低い声で淡々と述べると、迫力に負けて船員が一斉に顔色を変えた。丁寧にそっと行李を担ぐと、フォンルゥ達を船の中へと案内した。
 イルネスの兵士達の前を通り過ぎて、船へと乗り込む間一行は常に周囲に気を配り、緊張し続けていた。船の中に入り、2等の客室へ案内されてもその緊張は解けなかった。船員達が去り、部屋の扉が閉められてようやくウェイライが大きな溜息を吐いた。
「まだだ、船が動き出すまでは気を抜くな」
 フォンルゥに一喝されて、ウェイライとテラがビクリと身を正す。
「スーさん……もう少し我慢してくださいね」
 ウェイライは腕に抱いたラズをあやしながら、そばに置かれた行李に向かって囁いた。
「はい、大丈夫です」
 行李の中から小さな声が返ってきたので、ウェイライもテラも安堵した。
 2等の客室はそれほど広いものではなかった。しかし安宿の二人部屋程度の広さはある。入口から見て左右の両壁には、二段組のベッドが備え付けられていた。更に部屋の奥には、長椅子とテーブルが置かれている。その長椅子の置かれている方の壁には、2箇所小さな丸窓が付いていて、外の日差しが部屋の中を明るく照らしている。部屋の隅には手洗い用の水瓶と桶が置いてあった。船の中を考えれば、十分すぎるほどの設備であった。
 4人はその部屋の中で、じっと息を殺して待っていた。時々廊下を歩く人の声が聞こえる。その度に警戒してビクリとなったが、他の部屋の客らしく、通り過ぎるとホッと安堵した。
 どれくらいの時間が経っただろう? やがて外の方でガンガンと賑やかな鐘を叩く音がした。
「出港―――!!」
「船が出るぞー―!!」
 たくさんの声が、それを復唱しているのが聞こえる。やがてグラリと船体が揺れた。
「オレ……ちょっと外を見てくる」
「ウェイライ」
「大丈夫! 気をつけるから……ちょっと待ってて」
 ウェイライは抱いていたラズをテラに渡すと、注意を促すフォンルゥに笑って見せて部屋を出て行った。廊下に出ると人の姿は無かった。だが遠くで賑やかな声が聞こえてくる。ウェイライは声のするほうを目指して歩いた。しばらく歩くと廊下の中央が少し広くなっているところが有り、そこに螺旋状の階段があった。階段は上にも下にも続いている。ここは乗船した時に通った階段だ。上にあがれば甲板に出る。ウェイライはゆっくりと階段を上がって、甲板へと出た。心地よい風が吹き付けてきて、頭に巻いていたベールを巻き上げる。甲板にはたくさんの人々が溢れるほどに居た。皆、港に向かって手を振っているようだ。ウェイライもそれらの人々を掻き分けながら、なんとか縁近くへと寄ると、港を眺めることができた。
 船は港をすでに離れていた。だがまだ港にいる人々を確認できる程度の距離にある。人と人の隙間から、そっと港を垣間見て兵士の姿を懸命に探した。
「居た……」
 ウェイライは小さく呟いた。さっき見たイルネスの兵士の一団の姿がそこにあった。彼らはもう船のほうを見ていない。港に集まっている人々の方に興味をとられているようだ。この船の乗船口に張り付いて、乗り込む人々を確認して、そこにウェイライ達らしき姿を見つけることができなかったので、この船の事はあきらめたようだ。
「……ヤッタ!」
 ウェイライは沸々と喜びが湧き上がってきた。無意識に顔がほころぶ。身を翻して急いでフォンルゥ達の待つ客室へと向かった。
 勢い良く扉を開けると、フォンルゥが警戒して身構えていた。ウェイライの姿を確認して、不機嫌そうに顔を曇らせて舌打ちをする。
「ウェイライ……お前……」
 フォンルゥが眉間を寄せて注意しようとしたが、ウェイライはまったくお構い無しの様子で、ニコニコと笑いながら扉を閉めると、頭に被っていたベールを勢い良く外した。
「もう安心だよ! 成功だよ!! 兵士達は港に居たし、全然この船を怪しんでいる様子も無かったよ。港で他の人達を見回っていたのが見えた。テラさん達の追っ手も騙せたと思うよ! もう船は港を離れてた。未だに誰もここへ来ないって事は、本当にもう完全に大丈夫って事だよ!!」
 ウェイライは嬉しそうに興奮した様子で、一気に捲くし立てた。それを聞いてテラも笑顔が戻った。
「スーさん、もう出てきて大丈夫だよ! テラさん、出してあげて!」
 テラは頷いて、赤子をベッドに寝かせてから立ち上がると、スーが入っている行李を開けた。中から出てきたスーを強く抱きしめる。それをニコニコと眺めてから、ウェイライはフォンルゥの隣へとやってきて、顔を覗き込んだ。
「オレの作戦勝ちでしょ? 褒めてよ」
 ウェイライが 自慢気な顔で言うと、フォンルゥはまだ憮然とした顔をしていて、ジッとウェイライを見つめ返したまま何も言わなかった。
「ねえ……褒めてよ」
 ウェイライがしつこく言うと、フォンルゥは一度視線を外してしばらく考え込むような顔をしてから、またウェイライを見た。
「……お前のおかげだ」
 フォンルゥがボソリと呟いた言葉に、ウェイライは満面の笑顔になってエヘヘと笑って見せた。


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