彼らは身なりから傭兵であることは一目瞭然だ。旅人や村人の格好ではない。革の胸当てや肩当てを身につけている。戦闘服だ。そんな男達がズラリと6人。フォンルゥが言っていた通りだ。
「オレ達が戦いを生業にしているのを知らないようだな。おい、男、女の前で格好をつけているつもりならやめておけ」
「戦場から逃げてきている連中を相手に、負ける気はしないものでね」
 フォンルゥがボソリと呟いた。日頃無口で無愛想な彼が、そんな相手を挑発するような戯言を言うとは思って居なかったので、隣に居るウェイライの方が驚いてしまっていた。
「この野郎!!」
 ワッと男達が一斉に向かってきた。フォンルゥはそれを待つことなく、自らもダッと前に進みだし剣を振り上げていた。ガギッとすぐに鈍い音が響く。先頭に居た男の剣と交じり合ったのだ。だが力はフォンルゥの方が強かったようで、剣を交えた男はよろめいた。その隙に、フォンルゥはそのまま剣を振り下ろして、交えた男の剣を持つ手元を切りつけた。
「ぐわっ!」
 男は悲鳴を上げて、手を押さえながら転がりのたうつ。それに他の男たちが、わずかばかり怯んだが、フォンルゥは少しも手を抜かなかった。返す剣を右に払って、すぐ右に居た男の斧の柄に当てた。またその男も、突然のその攻撃によろめいた。フォンルゥはその斧の男を右足で蹴り飛ばしながら、すぐに剣を左へと振る。
 その間、一人の男がウェイライの方へと向かってきた。ウェイライは剣を振って、その男と戦った。キンキンッと剣が交わる度に、金属音が鳴り響く。男の攻撃を上手くかわしていたが、ウェイライはなかなか本来の腕を振るえずに居た。剣の腕には、ちょっとは自信がある。が、このビラビラと長い布の多い女物の衣装では、足元や腕が上手く動かせなくて、少し苦戦していた。それに普通よりも自由に戦えない理由もある。それは多分フォンルゥも同じのはずだ。
「えいっ!」
 ザザッとウェイライが、足を蹴り上げて、相手の顔に向けて砂を掛けた。
「わ!」
 男が怯んだ隙に、ウェイライは男の剣を持つ手の手首を切りつける。男が悲鳴を上げて、傷口を押さえている隙に、足にも一太刀切り付けた。どちらも深い傷ではない。だが相手の動きを封じるには十分であった。男は悲鳴を上げて、ゴロゴロと地面を転がった。それを見ながら、ハアと息を吐くと、フォンルゥの方へと視線を向ける。
 フォンルゥの側には、すでに3人の男が倒れていた。皆悲鳴を上げてのた打ち回ったりしているので、死んではいないようだ。今は4人目の男と剣を交えている。横から時々もう一人が戦いを仕掛けるが、それも上手く交わしていた。
 ウェイライが走って援護に向かおうとした時、倒れていた男の一人が、フォンルゥの足を掴んだ。さすがのフォンルゥも、その不意打ちによろめく。その隙に剣を交えていた男と別のもう一人が、フォンルゥに剣を振り上げた。
「フォンルゥ! 右だ!」
 ウェイライは咄嗟に叫んでいた。だが叫んだところで、もう間に合わないと思った。フォンルゥは今剣を交えている男と、ギリギリと剣を唸らせながら接戦していて、倒れている男に足を掴まれている。さっきまでのように、ひらりと身軽に交わす事は出来ないし、ウェイライも間に合わない。
 もうダメっと思った時、ガキンッ! と激しい金属音がして、キラリと何かが宙で光った気がした。ウェイライが驚いて目を見開くと、光ったと思ったものは、剣の刃先だった。クルクルと宙を回転しながら飛んで、ウェイライの少し前方に落ちて地面に刺さった。折れたのは、傭兵の男の剣だ。それも剣の大本は、今フォンルゥの左腕を切りつけている……様に見えるが、実際には刺さっていなかったし、切れても居なかった。剣が折れるほどの衝撃に、振り下ろした当の男は、その剣を取り落としてしまった。手が痺れているらしく、両手を押さえながらその場に蹲った。その上、運がいいのか悪いのか、その取り落とした剣は、フォンルゥの足を掴んでいた男の腕の上に落ちた。
「うわあ!!」
 男は悲鳴を上げて、フォンルゥの足を離す。それと同時に、フォンルゥの反撃が始まった。剣を交えていた相手の剣を、力任せに弾いて、剣の柄でその男の額を殴りつけた。
「ぐわっ!」
 男は額から血を流しながら、そのまま後ろ向きに倒れた。
 フォンルゥは向きを変えると、痺れた手を押さえている男の肩を切り付けた。
 あっという間に戦いは終わった。

 フォンルゥは、どこからみつけてきたのか、縄を使ってあっという間に傷つき倒れている男たちを次々に縛り上げると、村の端の小屋に放り込んだ。それを終えて戻ってくると、「こっちだ」と言って、反対側の端にある1軒の家にウェイライを導いた。
 その家は、窓やドアは壊されていて、中も荒らされているが、まだ家としてはまともだった。死体も転がっていないし、燃えてもいない。
「小さな小屋だがベッドもある。そこで眠るといい」
 フォンルゥが、ウェイライに向かってそう言ったが、ウェイライはボンヤリと玄関のところに立ち尽くしていた。
「そ……そんな事より……大丈夫なのか?」
「奴らならしばらくは大人しいだろう」
「そうじゃなくて……」
 そう言いながらウェイライは、フォンルゥに駆け寄ると、左腕を掴んだ。さっき斬りつけられたように見えた部分を、改めて確認するように見た。すると袖の布がザックリと切れている。その間からは、あの鱗が見えていた。それを見て、ウェイライはハッとなる。
「……これは剣では斬る事は出来ない……戦うには結構便利なものだ。盾の代わりになる」
 フォンルゥがボソリと言ったので、ウェイライはギュッと胸が痛んだ。
「ご……ごめんなさい。それに……助けてくれてありがとう」
「お前も戦っていたじゃないか」
「……うん」
 ウェイライは大人しく頷いていた。
「いつも……こんな風に戦っていたの?」
「ああ……絶対に人を殺してはいけないと言われ続けて育ったからな」
「あ……うん」
 ウェイライはまた頷いた。そうなのだ。シーフォンは、決して人間を殺してはいけなかった。そう定められていた。実際にそんな事をした者を知らないので、人間を殺してしまったらどんな事になるのか解らないが、天罰が下ると言い伝えられていた。だからシーフォンが習う剣術は、相手を殺さずに済むようなギリギリの戦法ばかりだった。
「今まで、傭兵やってて……大変じゃなかった?」
「そうだな……一撃で殺す戦法のほうが楽だ。相手を傷つけるだけで、勝つ方法は難しい……剣の技を競うような場ならば、それでいいだろうが、戦場は違う。相手も命がけだから、多少の手傷ぐらいでは「負けた」と言ってくれない。死に物狂いで向かってくる……相手の動きを止めるような傷つけ方は難しい」
「……うん」
 ウェイライは、しみじみと頷いた。今まで剣術の場でしか戦ったことが無い。実践は今日が初めてだった。こちらを殺さんとばかりに向かってくる相手に、手加減なんて簡単には出来ない。難しい。
「一度だけ……人を殺してしまったことがある」
「え?!」
 ウェイライは驚いてフォンルゥを見上げた。フォンルゥは苦笑していた。
「思い余ってな……即死ではなかったが、瀕死にまでしてしまった。戦場だったし、あのまま放置されていたから多分そのすぐ後に死んだと思う」
「ど……どうかなった? 天罰は降りた?」
「ああ……多分あれは天罰なのだろう。その少し後、原因不明の激痛が全身を襲った。死にそうになるくらいの痛みだった。のたうちまわり……苦しみもがいた……一晩中……まあ、オレは死ななかったが……弱い者ならば痛みで狂い死んだかもしれないな」
 フォンルゥの言葉にゾッとなった。自分なら……死んでしまうかもしれないと思う。想像も出来ない痛みだ。
「それ以来懲りて、気をつけるようにしている」
「もう戦わないで欲しいな」
 ウェイライが、フォンルゥの服の左袖の切れている部分を掴みながら、ポツリと呟いた。フォンルゥが不思議そうな顔で、そんなウェイライを見下ろした。ウェイライはジッと掴んでいるその袖の部分を見つめたままで、フォンルゥの方を見なかった。
「人を傷つけるより……貴方の方がずっと傷ついてる……だからもう戦わないで欲しい」
「なにを言ってる」
「……ここが硬いから、剣をも弾く……盾になる……そうは言っても、全然痛くないわけじゃないでしょう?」
 ウェイライはそう言って、掴んでいた手を離すと、ハラリと切り口が開いて、中の硬質に輝く鱗が露になった。ウェイライはそれを指先でそっと撫でる。その手触りは、確かに竜のそれだった。ウェイライは竜を持っていないが、他の者の竜を触ったことは何度もある。だから知っている。本物の竜の鱗よりも、その一枚一枚の大きさは、はるかに小さいが、それはフォンルゥの体と竜の体の大きさの比だ。指先に触れるそれは、ヒヤリとして温もりは感じなかった。
「痛くは無い」
「嘘だ……何も感じないわけはないだろう? この鱗の下に貴方の生身が無いわけではない。血も通っているし、骨もある。これは盾じゃない、貴方の腕だ。貴方の体だ。剣で力いっぱいに斬り付けられれば、その衝撃は感じるはずだよ」
 そう言って、ようやくウェイライが顔を上げた。見下ろしていたフォンルゥと視線が交わる。その視線は真っ直ぐにフォンルゥをみつめていた。形のいい眉が歪み、眉間に少しシワを寄せている。
「もう傭兵なんて仕事は辞めてくれ……必要以上にはもう戦わないでくれ……エルマーンに行けば、きっともう戦わなくてよくなるから……ね?」
 フォンルゥは少しばかり眉間を寄せて、すぐには何も答えなかった。見つめてくるウェイライの目を見つめ返す。そしてフォンルゥの左腕を触るウェイライの手をそっと握った。そのままゆっくりと左腕から離させると、その手を離した。
「戦わなくて済むならば、オレも戦わない……だがこの地は戦場だ。エルマーンではない」
 フォンルゥはそれだけを言うと、ウェイライに背を向けるようにして、数歩歩いてから近くにある椅子に座った。ウェイライに背を向けたまま。
「いいから、さっさと寝ろ……夕方にはまた出発するぞ」
 ウェイライを突き放すように、ぶっきらぼうに言う。ウェイライは、ジッとその背を見つめた。
「貴方は寝ないの?」
「オレはここで良い……どうせ使えるベッドは、それ1つしか無いからな」
「じゃあ一緒に寝ようよ……ベッドなんて久しぶりだし……貴方もゆっくりと横になって眠ったほうが良い」
「そんな小さなベッドに、男二人が寝れるものか」
「……詰めれば寝れるよ」
「いいから、お前が寝ろ」
「一緒に……」
「いい加減にしろ、子供じゃあるまいし……オレは良いと言っているだろう」
 とうとうフォンルゥが少し怒っているように声を大きくしたので、ウェイライはちょっとビックリしてから、諦めつつも不本意そうな顔をして、ベッドの方へと歩いていった。そのベッドは確かに小さい。子供用とまではいかないが、ウェイライが一人寝るのがやっとかもしれなかった。この地方の者は、少し小柄なのだろう。無事なベッドの近くにはもうひとつ、元ベッドだった残骸が転がっている。
 ウェイライは一度フォンルゥの方をチラリと見てから、ベッドに横になった。少し埃っぽいが、ワガママは言えない。柔らかな布の上で寝るのはどれくらいぶりだろうか? 身を横たえると、背骨が伸びてミシミシと軋んだ。ハアと深く息を吐く。
「フォンルゥ」
 ウェイライはもう一度名前を呼んでみた。しかし返事も無いし、振り向いてもくれなかった。ウェイライはしばらくジッとその背中を見つめた。
「フォンルゥ……色々とありがとう」
 ウェイライは一言そう言って目を閉じた。深い眠りに落ちるのに、それほどの時間は掛からなかった。
 安らかな寝息が聞こえてきて、フォンルゥはゆっくりと後ろを振り返った。眠るウェイライをジッとみつめてから、小さく溜息を吐くと、テーブルに頬杖を付いた。頬杖を付いていない方の左腕を前へと差し出し、切れている袖の隙間から覗いている鱗の肌をみつめた。
『とても綺麗だよ』
 そう言った優しい声を思い出した。
『これは気高い貴方の本当の強さの証……僕は大好きだよ』
 そう言った優しい笑顔を思い出した。
「シュイ……」
 それはずっと忘れようとしていた名前。
 もう随分長い年月を一人で生きてきた。優しい記憶を封印して……フォンルゥはギュッと自分の左腕を掴んで、強く目を閉じた。


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