ビジネスマン的恋愛事情 〜なんでもない冬の日〜

モドル | ススム | モクジ

  2  

「はい……おまたせしました」
西崎が、年越し蕎麦を作って居間のテーブルへと運んできた。
「……お前……本当に器用だな……蕎麦くらい出前を取ればよかったのに」
「そんなの待ってたら遅くなっちゃいますよ……今が一番多い時間なんだから……それに麺もダシも売ってあった奴ですから……茹でてちょっと具をのせただけですよ……本当に柴田さんは何もやらないんだな〜〜〜」
西崎は呆れたような口調でそう言った。柴田は気にしないという顔で「いただきます」と手を合わせると、蕎麦を食べ始めた。
「ん……美味しい」
柴田がニッコリと笑って言ったので、西崎も満足そうに微笑んだ。
なんだか新婚家庭みたいだな〜〜〜なんて、西崎は思って幸せだったが、あえて口には出さなかった。
27日の仕事納めの後、部内の忘年会が開かれて、2次会まで付き合ってから、二人で柴田の家へと帰ってきた。それから4泊5日目……西崎もすっかり居候が身に付いたようで、最初はなんだかいつものお泊りの延長のような感覚だったが、一緒に大掃除をしたり、買い物に出掛けたり、映画を観に行ったり、一緒に家を出て、一緒に家に帰るという行動にも慣れて、本当に新婚気分だった。
「柴田さん、これ食べたら出かけません?」
「どこに?」
「初詣に……これから出かけたら神社でカウントダウン出来ますよ……ここからだったら……神田明神に行きましょうよ」
「人が多いぞ」
「いいじゃないですか……せっかくだから……どうせ明日の昼頃行くつもりなら、今のほうがまだ人も少なくていいですよ……行きましょう」
西崎にせかされて、柴田はいやいやながら出かけることになった。こんな夜中に初詣に出かけるなんて初めてだ。
今までは元旦の昼頃から、妻と近所の赤城神社へ行って簡単に初詣を済ませるか、兄の家(大宮)へ新年の挨拶に行ったついでに、そこの近所の神社に参って済ませていた。元々人の多いところはあまり得意ではなかったのだ。
大晦日の夜11時ともなると、かなりの冷え込みだ。西崎に注意されて、いつもより少し多く重ね着をして、マフラーまで巻かされて、柴田は少し不自由に感じていたが、耳や頬が刺す様に外気の冷たさを感じて、長時間の夜間外出ならまあ仕方ないかと納得した。
地下鉄とJRを乗り継いで、神田明神へと向った。夜中だと言うのに、人通りが多かった。やはりみんな考えることは同じなのだろうか。
大きな鳥居をくぐって、人手で賑わう参道を二人でゆっくりと歩いた。
若いカップルが多い。男二人連れの自分達は、どんな風に見えるのだろうかと考えていた。
社まであと少しという所で、周囲の人々が一段と騒がしくなっていた。西崎が腕時計を見ている。
「柴田さん、あと1分で0時ですよ」
西崎が嬉しそうにそう言った。やがて誰からと言うでもなく、10カウントの声があちこちから上がって、自然と合唱になった。柴田は驚きながら辺りを観まわした。
「5・4・3・2・1……あけましておめでとう!!」
「ハッピーニューイヤー!!!」
若者達の歓声が上がる。
「あけましておめでとうございます。柴田さん……今年もよろしくお願いします」
「あ……ああ……おめでとう……こちらこそよろしく」
周りの高揚した雰囲気に呑まれる様に、柴田も頬を上気させて、微笑みながら答えた。こんな雰囲気は初めてだった。ギュウギュウ詰めの人込みのどさくさにまぎれて、そっと二人は手を握り合った。


家に戻ってきたのは、深夜3時近かった。まだ興奮冷め遣らぬ感じで、全然眠くなかった。
「すみません……勝手に連れまわしたりして……人酔いしませんでした?」
西崎はコートを脱ぎながら、暖房のスイッチを入れた。柴田が人込みがニガテな事を薄々感づいているようだ。
「ん……なんかすごく楽しかったよ……行ってよかった……ありがとう……ああいうの、初めてだったんだ……なんかすごくおもしろいな、本当に年が明けたって実感できたよ……カウントダウンもみんなと声を合わせるなんて……なんか不思議だな」
柴田は心底嬉しそうな顔で答えたので、西崎はちょっとホッとした顔をした。
「集団心理でしょうね……お風呂入れますね」
西崎はすっかり勝手知ったる様子で、バスルームへと消えて行った。柴田もコートを脱いでクロゼットに仕舞うと、コーヒーを入れるためにキッチンへと向った。出掛けにそのままにしていた蕎麦の器を洗っていると、いつのまにか後ろに西崎が立っていた。
「すみません」
「作るのをしてもらっているからね……片付けくらいはさせてくれよ」
「……本当に、お正月はご家族の所へ行かなくていいんですか?」
「ん? ……ああ、兄には朝になったら電話を入れるよ。どうせ向こうは向こうの親戚つきあいがあるしね……そんなに新年の行事を重んじている家でもないし……それよりお前こそいいのか?」
柴田は洗い終わると、クルリと振りかえって西崎を咎めるように見つめて言った。
「……正直に告白すると……実は帰らないんじゃなくて、帰れないんですよ」
西崎は自嘲気味に笑いながら言った。
「え?」
「……2年前……家族にゲイだって事……カミングアウトしたんで……帰れないんです」
「そんな……」
柴田は絶句して、ただ西崎をみつめるしかなかった。
「オレの実家は横浜なんですけどね……ちょっと遠いけど、大学にしたって通えない距離じゃないでしょ?でも……自分の性癖に気づいた事とかもあって、家に居辛くて大学2年の時に一人暮しを始めたんですよ……それも最初は親に反対されたんですけどね、無理矢理家を出ちゃって……それで正月くらいしか帰ってこないものだから、色々と煩いんですよ……そのまま卒業後ももちろん家に戻らなかったし……いちお妹がいるんですけど……オレはひとり息子だから、なんかやっぱり母親とか心配みたいで、たまにオレのアパートを尋ねてきたリとか、段々年頃になると結婚の事をうるさく聞いてきたりとか……そういうのでもうなんか面倒になっちゃって……2年前にカミングアウトしたんです……もちろん親は大激怒で……それから帰れなくなったんですよ」
西崎は淡々とした口調で説明した。柴田はなんだかせつない気分になった。
「ごめん……嫌な話をさせてしまって……」
「柴田さんがそんな顔することないですよ……一般的に考えたって、息子がホモだなんて、歓迎される訳無いし……まあ……カミングアウトするのは、すごく勇気のいる事でしたけどね……今は結構スッキリして、言ってよかったなって思ってます……親不孝しているのは解っているし、勘当同然かもしれないし、このままもしかしたらずっと家に帰れないかもしれないけど……それで本当に親子の縁が切れる訳ではないって思っていますから……家族を失ってしまった訳では無いでしょ?……本当の親不孝って、きっとオレが不幸になったり、自殺したりしてしまう事で……ホモだろうとなんだろうと、自分に自信をもって生きれば、いつか解ってくれるかもしれないしって……最近思います。特に、柴田さんとこうして幸せで居られると、本当にそう思いますよ」
そう言って、西崎が静かに微笑んだので、柴田は西崎に抱きついてキスをした。
「私と一緒にいて、本当に幸せになれるのかい?」
「当たり前でしょ?……今のオレがどんなに幸せか……何かの形で貴方に見せることが出来たらいいのにと思いますよ」
二人は再び唇を重ね合った。


「ああ……あっ……あっ……はあ……はあ……あああ……」
ベッド脇のスタンドライトの淡い明かりだけが灯る部屋の中で、二人は激しく体を重ね合わせていた。
柴田は大きく股を広げて、西崎を受け入れている。西崎の腰の動きに合わせて、甘い吐息を漏らしていた。
すっかり西崎に体を慣らされて、今ではすっかり痛みも無く、後ろのその部分で受け入れることに快楽を感じるようになっていた。深く貫く西崎の硬く大きな肉塊が、時々柴田の前立腺を刺激して、その度に痺れるような快楽の刺激に腰を揺らして身を反らせた。
「あああ……あうっ……んん……あっ……あっ……西崎……ああ……」
「聡史って呼んで下さい……」
西崎が耳元で囁いたので、柴田はゾクリと身を震わせた。
「ああ……聡史……聡史……ああ……」
「彰……彰……」
「あああああっ……あ〜〜〜〜〜っっ!!」
西崎に、名前を呼ばれて、柴田は堪らず絶頂を迎えた。西崎もそれに合わせて達した。


柴田は、西崎がゴムを外してティッシュに包み、ごみ箱に捨てている後ろ姿を、心地よい虚脱感に包まれながら、まだ少し息を乱してぼんやりと眺めていた。
西崎が柴田の家に来てから、毎晩のようにSEXをしていた。朝まで何度もなんて事はしていなかったが、毎晩それぞれ風呂に入って寝る支度を整えた後、寝室に入るとどちらから言うでもなく、それは自然な儀式の用に、ベッドに入るなり抱き合いキスをして睦み合うのだった。
大抵は1、2度絶頂を迎えると、満足したように気だるさを残して、そのまま抱き合って眠りに落ちた。ふと、柴田の視線に気がついて、西崎は振りかえると困った顔で笑った。
「何を見ながらニヤニヤ笑っているんです?」
「いや……普通は自分がやっている姿だろうから、こうして改めて見ることはないんだろうけど……男がそうやって後始末をしている姿は、結構情けないもんだなぁと思ってね」
「ひどいなぁ〜〜〜……」
西崎は少し赤くなって頬をふくらませながら抗議したので、柴田は声をたてて笑った。
「今、ちょっと世間一般の女の子の視点で見ることができて、新たなる発見だなって思っただけだよ……男って結構みっともないなってね」
「むっ……仕方ないでしょ……ゴム嵌めたままでいるわけにはいかないし……第一貴方の中に出すのは、後で貴方の負担になると思ってゴムをつけているんですよ……って……なんでこんな話……もう……情緒がないなぁ……」
西崎がそう言いながら舌打ちをしてボリボリと頭を掻いたので、柴田はまた笑った。
「ごめんごめん……もう言わないよ」
柴田は横になったまま手を伸ばして、西崎の腕を掴んで引き寄せるとキスをした。西崎は軽くついばむように何度かキスをした後、態勢を整えながら足下によけられた掛け布団を引き寄せて、柴田と自分の体にかけながら柴田の横に体を横たえた。
広めの寝室の真ん中にクイーンサイズのベッドがひとつだけあった。そこに二人は身を寄せ合って寝ていた。
以前西崎が初めて来た頃は、まだこの寝室には、同じサイズのベッドがもうひとつ並んであったのだが、今はひとつポツンとあるだけだ。柴田の別れた元妻が、持っていってしまったらしい。クイーンサイズのベッドは夫婦二人で寝るには十分なのかもしれないが、さすがに大の男ふたりだと、ちょっと小さく見える。
「身を寄せ合って寝れるから丁度いいですよね」と最初の晩に西崎が嬉しそうに言っていた。
「それもそうだけど……」と思いながら、柴田は西崎の逞しく筋肉の隆起した胸に頬を寄せた。
突然クスリと頭上で笑う気配がしたので、柴田は顔をあげて西崎を見た。
「なんだ?」
「いえ……よく考えたら……今のって『姫初め』だなぁと思って……」
柴田はその言葉にカアッと赤くなってペチッと西崎の額を叩いた。
「イテッ」
「お前の方が情緒がないよ!」
「すみません、すみません」
西崎は笑いながら、柴田をなだめるように体を抱き寄せた。
「ったく……」
柴田はブツブツ言いながら、再び西崎の胸に頬を摺り寄せて目を閉じた。
トクトクと西崎の心臓の鼓動が聞こえる。
柴田はそうしているのがとても心地よくて好きだった。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
西崎が手を伸ばしてスタンドライトを消した。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2016 Iida Miki All rights reserved.