ビジネスマン的恋愛事情 〜海の向こうから来た男〜

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 遠山は、一瞬ニヤリと口の端を上げた。
「え?」と西崎が思った瞬間、グイッと強く腕を引かれて、気がついたら唇を奪われていた。
 西崎はギョッとして、咄嗟に空いている手で、バッと遠山の体を押して、逃れた。
「な……な……何するんですか!!!」
 慌てふためく西崎におかまいなく、遠山はいとも簡単に、西崎をベッドへ突き飛ばしてまたがるように上に乗ると、西崎を捕らえた。
 西崎には、今自分に何が起こっているのかが理解出来なかった。
「オレが本当に勧誘するつもりでいたのは西崎……お前だよ」
「え? な……何を言っているんですか」
「最初からそのつもりで日本に来たんだ。実際にお前を一目見て気に入ったしな……」
「あ……彰に言っていた事は?」
「ん? まあ、そりゃあ本当に柴田も連れて行けるなら嬉しいさ……それこそ願ったりだ……だが考えて見ろ、すぐに柴田の代わりになれる部長代理もいないというのに、そんな重要なポストの柴田を、すぐに連れて行ける訳が無いだろう。連れて行くにしたって、2〜3年計画でないと無理だ。一目見て、君が柴田に対して、特別な感情を持っているのも解ったし、柴田も少し印象が変わっていたし……粉をかけてみただけだ。オレはお前に期待しているんだ。ぜひウチに欲しい……それになによりも……モロ、オレの好みだ」
「そ……そんな……」
 西崎はかなり焦った。遠山の目がマジだと思った。
 こんな状況に、今までなったことなかったので、どうしていいか解らなかった。腰の上に座られて、下半身の動きを封じられていた。両腕も掴まれて、強い力で押さえつけられていて、身動きが取れなかった。
 ガタイは、西崎と変わらないのだ。力技でも互角なのだとしたら、押し倒されている西崎の方が不利だった。
 フェイントを食らって、どうしようもない状況になっている。かなりピンチだと思った。なんとか説得を試みながら、冷静になろうとした。
「と……遠山さんはオレの好みではないんですけど……」
「大丈夫、気にするな」
「気にします!!」
 遠山に、首筋を舐められて、西崎は悲鳴に近い声をあげた。
「オ……オレ、タチ専門なんですが!!」
「オレもだよ」
 遠山はクスクスと笑っている。
「大丈夫……初めてでも気持ちよくしてやるよ」
「イヤダ〜〜〜〜〜!!!!」
 西崎は懸命に抵抗しようともがいた。
『おっさんのくせに、なんてバカ力だ!!!』
 西崎は心の中で悪態をついた。
「……ま……ま……待ってください!! 強姦は止めましょう。話し合えば解るはずです」
「オレは即物的な男でね……欲しいと思ったらすぐに行動に出るんだ。それに……そんなにかわいく抵抗されると、ますますそそられるな」
「わ〜〜〜〜〜!!!」
 西崎は、両手をネクタイで縛り上げられたので、思わず悲鳴をあげた。
『こいつなんだかすごく手馴れている……強姦専門なのか?!』
 西崎は動揺しながらもそんな事を考えた。
『かわいい』だって? 西崎は鳥肌の立つ思いだった。
 滅多な事ではパニックにならない西崎だが、今は半泣き状態だった。
「ヒッ……よせ……やめてください……お願いします……」
 西崎は心から懇願した。なぜなら、ズボンの前を開かれて、中のイチモツを取り出されたからだった。
「立派だな」
 遠山はニヤリと笑ってそう言うと、体を屈めてそれを口に含んだ。
「やめろ……それはやめてくれ〜〜!!!」
 西崎の懇願むなしく、遠山は深くそれを咥え込んで、舌で愛撫しながら強く吸い上げた。
「ウッ……」
 それっきり西崎は、唇を噛んで何も言わなくなった。抵抗の叫びは観念した。
 今はむしろ、変に声が漏れてしまうのを避けたかった。
『神様…………』そんなに信仰心のない西崎だったが、思わず心の中でつぶやいていた。
 どんなに抵抗したって、どんなに心の底から嫌だと思ったって、男の肉体は性的な刺激にモロかった。心とはウラハラに、遠山の巧みなテクニックで、みるみる西崎の男根は硬くなっていった。
 腰をよじって、かすかな抵抗を試みるが、もちろんそれは無駄だった。次第に息が上がるのを、西崎は奥歯を噛み締めて、ジッと堪えた。
『なんてオレはバカなんだろう』そう思って、つくづく情けなくなった。
 まさかこんな事になるなんて、爪の先ほども思っていなくて、油断してしまったのだ。向こうが1枚も2枚も上手だった。
 西崎をモロ好みだと言うだけあって、今まで寝た相手も、西崎のようにガタイの良い相手ばかりだったのだろうと思う。
 だから遠山は、扱いに慣れているのだ。抵抗されても、力技で押し切る術を心得ている。押し倒された経験のまったく無い西崎の方が、全然不利だった。
 遠山の巧みなフェラチオと、ふたつの袋ごと揉みしだかれる愛撫で、西崎の我慢も限界まで達していた。
 必死で歯を食いしばって耐えたがダメだった。遠山の口の中に勢いよく精を吐き出してしまった。
 れを遠山は全て飲み干して、顔を上げると西崎を見下ろした。西崎はハアハアと息を荒げながら、ジロリと遠山を睨みつけた。
「やはり若いな……勢いも良いし、量も多い」
 遠山がからかうように言ったので、西崎は真っ赤になった。こんな屈辱は初めてだった。
「さて……これから本番といくか?」
 西崎は、唇を噛み締めてジッと睨み返したまま何も答えなかった。遠山はフンと鼻で笑うと、股の間に右手を突っ込んで、秘所を指でなぞった。西崎の体がビクリと跳ねた。
「ここを開発してやるよ」
「抱きたいなら抱けば良い!」
 西崎は、ヤケクソのように叫んだ。
「ほお……とうとう観念したか?」
「……別に、貴方に尻を掘られたって、オレは傷つきませんから……そんな事、大した事じゃない、貴方に突っ込まれるのも、箒の柄を突っ込まれるのも、オレにとっては大した違いは無いんだ……尻をケガしたと思うだけだ」
 西崎は、凛とした顔でハッキリと言いきった。遠山は、ますます面白いという顔になった。
「オレのマグナムと箒を一緒にするとは……おもしろいじゃないか」
「貴方は上手いのかもしれない……ソレだって立派だろう……だけど、貴方に犯されて、例えオレがイカされたとしたって、オレは貴方のSEXに喜びは絶対に感じないし、貴方には服従しない。貴方のテクニックでどんな事をされたって、オレにとってのそれは快楽でもなんでもないんだ……絶対に貴方を好きにはならないし、これはただの拷問にすぎないんだ……だからオレは平気だし……それで貴方が満足するというのなら、好きにするといい……どうせ抵抗したって無駄なんだから……」
「お前を犯した事を柴田にバラすって言ったら?」
「……言えばいいでしょう……貴方の信頼がなくなるだけだ……」
 二人はジッとしばらく睨み合っていた。西崎の強い眼差しは、揺らぐ事は無かった。
「お前を無理矢理、会社命令で、シリコンバレーに送ったら? 柴田と引き離したら?」
「……会社を辞めます」
「馬鹿な」
「貴方が本当に、オレを必要としているのなら、少しは考えるでしょう……だけど個人的感情で、貴方が脅迫がわりにそれを実行するのだというのなら、会社を辞めます。だけど、貴方はそんな卑怯な人ではない事をオレは知っている……彰にバラしたりする人じゃないし、無理矢理シリコンバレーに送るような人でもない」
「そんな事言っていいのか?」
 西崎は、まっすぐな眼差しを遠山に向けたまま反らさなかった。遠山は、突然大笑いを始めた。散々笑った後、ベッドから降りて、西崎を解放した。
 縛っていた腕もはずしてやった。
 西崎は躊躇しながらも、体を起こすと、赤くなっている両手首をさすって、遠山を見た。
「降参……負けたよ」
 遠山はクスクスと笑い続けながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲み始めた。
 西崎は、まだ警戒するように、遠山から目を反らさない様にしながらも、乱れた衣服を直した。
「お前……本当にまっすぐな男だな……今時めずらしい」
「それは、誉め言葉としてもらっておきます」
「まったく……さすがのオレもヤル気を削がれたよ……もう帰りなさい」
「はい……失礼します」
 西崎は、ペコリと頭を下げると、床に落としていたカバンを拾って、そそくさと部屋を出て行った。遠山の気が変わらない内に、できるだけ遠く逃げようと思った。
 エレベーターに乗り込んだ途端、体の力が抜けてその場に座り込みそうになるのを、懸命に堪えて、壁に寄りかかって大きな溜息をついた。
 ホテルを出ると、すぐにタクシーを捕まえて家路へと急いだ。タクシーの座席に、グッタリとなって体を沈めると、両手で顔を覆って、大きく深呼吸をした。
 もうダメかと思った。こんなに恐怖と緊張で疲れたのは、人生で始めてかもしれない。身も心もボロボロって感じだった。
 目の端に涙をにじませながら、思わず『ハハハ』と乾いた笑いがこぼれた。笑うしかないだろう。こんなにみっともない状態の自分の姿を思うと笑うしかなかった。
 30の大の男が、処女の乙女のように『強姦されかけて、心底恐かった』と思っているのだから……。
 遠山の前で、絶対弱みを見せまいと、権勢するのでせいいっぱいだった。吐いた台詞のほとんどがハッタリだったし、かなり無理して強がってみせていた。
 本当に犯されていたらどうしただろう……そんな考えが過ぎって、背筋を悪寒が走った。
『元気なオヤジは大っ嫌いだ……』
 西崎は心の底から本当にそう思った。
「ただいま」
 なんとか気を取り直して、家の玄関を開けた。
「おかえり」
 奥から柴田が出てきて、出迎えてくれた。柴田の顔を見るとホッとようやく安堵した。
「どうした? 随分顔色が悪いが……」
「ああ……うん、ちょっと疲れただけ……シャワーを浴びてくるよ」
 柴田にカバンと背広のジャケットを預けると、そのままバスルームへと入った。
 熱いシャワーを浴びて、全身を何度も洗った。自分の分身も、あの男に嬲られたのだと思うと、鳥肌が立つ。何度も洗って、ようやく落ち着くと、下着だけをつけて、バスルームを出た。
「大丈夫か?」
 柴田が心配そうな顔で、バスルームの前に立っていた。
 西崎は無理して笑顔を作ったが、精神的疲労が大きくて、それ以上、心配する柴田を気遣って言葉を作る事ができなかった。
「もう寝るよ」
「ああ……そうした方が良い」
 柴田に付き添われるようにして寝室へ行くと、寝巻きを着るのも億劫で、そのままベッドにもぐりこんだ。
 早く眠って忘れたかった。
 柴田は、こんな様子の西崎を見るのは始めてだったので、本当に心配していた。過労だろうか? と思って、しばらく休みを取らせようかと考えながら、ベッドの側に立って、ジッと横たわる西崎をみつめていた。
「彰……」
 ふいに眠ったと思った西崎が顔をあげて、柴田を呼んだ。
「なんだ?」
「一緒に寝てくれないか?」
「あ……ああ、そうだな」
 まだ11時前で、眠るにはいつもよりずっと早い時間だったが、柴田も西崎の隣に横になった。西崎は、柴田の体を抱きしめた。
「聡史?」
「……こうしていると、なんか安心して眠れるんだ……おやすみ」
「おやすみ」
 柴田は、西崎に軽くキスをした。
西崎もキスを返すと、目を閉じた。

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