ビジネスマン的恋愛事情 〜海の向こうから来た男〜

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 西崎のいつにない激しいSEXは、朝方柴田が失神してようやく終わりを告げた。
 昼近くになってようやく目を覚ました柴田に、西崎は平謝りする事になったが、柴田はいたってご機嫌だった。
 5日も抱いてくれなかった西崎に、不満を感じていた為、あんなに情熱的に抱いてくれた事は、柴田をとても満足させたようだった。
 そうして月曜日を迎えた。


 西崎はすっかり忘れかけていた不安を、朝っぱらから遠山の顔を見る事になって思い出さされた。
 遠山はわざとのように、やたらと柴田に近づいたりしていた。肩や腰に必要以上に触るのは、わざとなのか、それとも今まで意識していなかっただけで、遠山の性癖を知った事で、西崎が敏感になりすぎているのかは解らなかったが、とにかく西崎は目に付いて仕方なくて、落ち着かなかった。
 夕方、柴田は宮下課長と一緒に出かけてしまった。
 遠山は、翌日の役員会の準備をすると言っていなくなった。
 西崎は、なんだか一日悶々としたままを送っていたせいで、仕事が上手く片付いていなかった。
「今日は遅くなるのか?」
 浦田に声をかけられて、西崎はハッとなって顔をあげた。
「何時だ?」
「もうすぐ9時だよ……オレはもう帰るよ」
「お前も今日は遅かったんだな」
「まあね……お前……大丈夫か?」
「え?」
「いや……今日一日調子悪かったみたいだから……」
「ん……サンキュ……大丈夫だよ」
「そっか……まああんまり無理すんなよ……今度ふたりで飲もうぜ」
「ああ」
 浦田は、西崎の肩をポンポンと叩いて、帰っていった。西崎はそれを見送った後、大きな溜息をついて、辺りを見まわした。
 残っているのは、西崎と清水の二人だった。
 清水はなんだか難しそうな顔で、ファイルを睨んでいる。
 彰はもう家に帰ったかな? と考えながら、とりあえず今作りかけの資料をまとめて、今日は帰ろうと思った。
 その時、社内の電話が鳴った。 チラリと清水の方を見たが、なんだかいっぱいいっぱいのようなので、西崎が受話器を取った。
「はい、企画開発部、西崎です」
「なんだ……まだ仕事してるのか」
 その声は、遠山だった。
「遠山さん」
「明日の役員会で、オレが何を提案すると思う?」
「え?」
 いきなりの質問だった。
「オレと話し合うチャンスは今夜が最後だぜ……どうする? 今から柴田を呼び出そうかと思っていたんだが……その前に、君が何か話があるなら聞いてもかまわないよ」
 遠山の言葉に、西崎は動揺した。どういう事なのだろう? これは一種の宣戦布告なのだろうか? 切り札は何なのだろうか? ……西崎はグルグルと考え出した。
「あの……その提案って……もしかして……勧誘の件ですか?」
「他に何がある?」
 自信満々で余裕タップリな遠山の口調に、西崎は神経を逆撫でされた気がした。
「オレに何を言えと言うんですか?」
「いや、何か話しがあるなら……って言っただろ? 何もないのなら別に良いんだ」
 遠山の声が、なんだか面白がっているように聞こえる。やはり何か知っているというのだろうか? どういうつもりなのかが解らない。
 西崎は、チラリと清水に視線を送った。今の所、こちらには興味もなさそうだ。
 だが、西崎は迷っていた。遠山を止める切り札があるとするならば、もう自分と柴田の関係を打ち明けるしかなかった。
 それで遠山が納得するとも思えないが、打ち明ける事で、恋人として堂々と邪魔をする理由が出来る。
「電話で話しにくいのなら、ここに来るか? オレは今ホテルの自分の部屋にいる……ホテル・ヴィラフォンテーヌ大手町708号室だ。30分待とう……来ないなら柴田に電話して、勧誘の件を具体的に話すつもりだ」
「……解りました」
 西崎は電話を切ると、しばらく考え込んだ。
「くそっ」
 西崎は、半ばヤケクソ気味に決心をつけると、PCの電源を落して、勢いよく立ちあがった。
「お先……」
 残っている清水に向って、気持ち程度に挨拶を投げかけて、足早にオフィスを出て行った。
 遠山の泊まるホテルまでは歩いて15分程の距離だった。その道を、西崎は走った。
 歩いてでも余裕の距離ではあるのだが、なんだか走らずにはいられなかった。
 ホテルに着くと、ロビーを足早に抜けて、エレベーターに乗り込んだ。7階のボタンを押して、到着するまでイライラと待った。
 7階に降り立つと、「708」の部屋番号を探す。ドアの前まで来ると、大きく深呼吸をした。
 西崎は決して勧誘を止めるつもりで来たわけではなかった。遠山が柴田を狙っていると言うのなら、これは男の戦いだと思ったから来たのだ。
 呼び鈴を鳴らすと、真っ直ぐにドアをみつめて開くのを待った。
 カチャッとロックの外れる音がして、重いトビラがゆっくりと開いた。
「随分早かったな」
 ニヤリと笑う遠山が顔を出した。ポロシャツにジーンズという軽装だった。西崎は、キュッと口を硬く閉じて、キッと遠山を見据えると、ペコリと頭を下げた。
「まあ……入れよ」
 遠山が促すので、西崎は部屋へと入った。通された部屋は、ビジネスホテルの割には、広い作りだった。
 シングルなのに、ベッドが随分大きい。ダブルベッドのようだ。
 西崎がチラリとベッドに目やったのに、目ざとく気づいて、遠山はクスリと笑った。
「このホテルは全室ダブルベッドって聞いたんで、ここに泊まる事にしたんだよ。ビジネスのシングルは窮屈だからな。君も体が大きいから、気持ち解るだろ? ……決して邪まな気持ちでこの部屋を取った訳じゃないよ」
「別に……貴方がこの部屋に、女を連れ込もうと、男を連れ込もうと、プライベートは自由ですから……」
「柴田を連れ込んでも?」
 西崎は、思わずウッと声を詰らせてしまった。遠山は、それを面白そうに監察しているようだった。
「まあ突っ立ってないで座りなさい」
 一人掛けのソファを勧められたので、西崎は仕方なく座った。
 部屋の造り付けのワークデスクには、ノートパソコンと、ファイルの束が積まれていた。10日もここに滞在しているのだ。部屋まで仕事を持ち込んでいるらしい。
 遠山は、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、1つを西崎に手渡した。遠山は、ワークデスクの椅子を動かして、西崎の正面に向かい合うように座ると、ビールを開けた。
「お仕事お疲れさん」
 西崎に向ってそういうと、ビールをゴクリと飲んだ。西崎も缶を開けると、ゴクリと一口飲んだ。
「さてと……なんの話しだったかな?」
「シリコンバレー支社への引き抜きの話しですよね」
「ああ……そうだったな……で? その事でオレに話しがあるんだろ?」
 遠山は意地悪くニヤニヤと笑った。二枚目の含み笑いというのは、なんだか妙に勘に触る物だと思った。普通の中年のおっさんなら、ただ卑らしく見えるだけだが、ハンサムなオヤジだと、ただ意地悪く見えて勘に触る。
「別に……勧誘を阻止しようとか、人事に口出ししようなんてつもりじゃありません……ただ……遠山さんの気持ちを確認したかったんです」
「オレの気持ち?」
「あなたはバイだと言った。そして、柴田部長を色っぽいとか、好みだとか言った。そういう個人的な感情で、勧誘するつもりだというのなら、釘を刺すつもりです」
「人の恋路を邪魔するのかい? それとも、君も好きだと……ライバルだと告白するのかい?」
 西崎は、うつむいてしばらく考え込んでいたが、グイッとビールを一気に飲むと、顔を上げて、キッと遠山を睨みつけた。
「柴田部長は……彰は、オレの恋人です。手出ししないでもらいたい」
 西崎は、キッパリと言い切った。さすがの遠山も、これには驚いた様子で、ポカンとなって見返していた。
「ハッ……」
 笑いのような、溜息のような声をひとつ漏らして、遠山は缶をテーブルの上に置いた。
「ハハハ……まさかとは思ったが……そうか……そういう事か……」
 遠山は、何度も自分に言い聞かせるように笑いながら呟いた。そして今度は、ジッと西崎をみつめると、上から下までジロジロと見た。
「柴田の離婚の原因は、お前か?」
「直接の原因じゃありません。誤解のないように言っておきますが、オレが彰に告白したのは、彰が離婚した後です。彰は、浮気をするような男ではありません」
「解っているよ」
「そういう訳ですから……彰をタラシこもうとしても無駄です。勧誘するなら、個人的な感情は抜きでお願いしたいです」
「君の言い分は解った。オレだって仕事とそういうのは分けているつもりだよ……だがそれを別にしたとして、別々にアプローチするのは自由だろう?」
「え?」
「真面目に……仕事のパートナーとして惚れ込んで勧誘した相手が、たまたま自分の好みのタイプだった場合、プライベートな部分でアプローチするのは自由じゃないか……恋人がいるとかなんて関係ない」
「だけど……彰は渡しませんから」
「仕事の面で、あいつがシリコンバレーを選んだら?」
 西崎はカッとなった。拳をきつく握って堪えると、遠山を睨みつけた。
「それは……止められません」
 遠山は、ますます面白がって、クスクスと鼻で笑った。
「君は……本当にいい男だね。真面目だし……正直だし……柴田が惚れるのもなんとなく解るよ」
「からかわないでください」
 西崎は腹を立てながらスクッと立ちあがった。
「なんだ?」
「いえ……やはりオレがここに来たのが間違いでした。帰ります」
「間違い?」
「解っていた事なんだ……こんなこと、あなたに話したって、何の解決にもならない事だって……貴方が余計な事を言うから、気持ちが焦ってしまってこんな所まで来てしまって……オレは自分が恥かしいです」
 西崎は、苛立たしげな様子で、少し顔を上気させながらそう言った。
 遠山は黙って立ちあがると、西崎と同じ高さの目線でジッと見た。
「オレが余計な事を言ったか?」
「そもそも……シリコンバレー支社への引き抜きなんて、重要な人事にオレが口を出せるはずもないことで……それにその事自体は本人の問題で、例え肉親でも止める権利はないはずなのに……彰自身の問題だって解っていたんだ。それなのに、彰が誰よりも慕っている先輩が、実はバイで……ただの先輩だからと思ったから、嫉妬なんかもしていなかったのに……彰にそのつもりがなくても、貴方がちょっかいを出すかもしれないって思ったら、焦ってしまって…………オレは何を言ってるんだ。すみませんでした。失礼します」
 西崎はペコリと頭を下げて帰ろうとした。
「待てよ」
 その西崎の腕を遠山が掴んで引きとめた。
「オレが欲しいのが、柴田だって誰が言ったんだ?」
「え?」
 西崎は驚いて遠山を振り返って見た。遠山はあいかわらず、余裕の笑みを帯びた表情で西崎をみつめていた。

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