熱帯夜の過ごし方

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 二人の前に現れたのは、眞瀬の元恋人・卓巳だった。
「おひさしぶり……元気だった?」
「卓巳……どうしたんだ? こんな所で」
「凌介に会いに来たんだよ。そんなに露骨に迷惑そうにしなくてもいいじゃん」
 卓巳はニッコリと笑った。
「もうお店、終わったんでしょ? 一緒に食事でもと思って……」
「あ、悪いけど……今日は……」
 眞瀬はチラリと藤崎を見た。藤崎は、よく状況が解らずにキョトンとしている。
「あ、バイトの人? 一緒に食事でもどうですか?」
「あ、は、はい……」
 藤崎はつられてうなずきつつも、眞瀬の顔を見た。眞瀬は卓巳がどういうつもりでいるのかが解らず、内心舌打ちをした。
「卓巳……ちょっと……」
 眞瀬は卓巳の腕を掴むと、少し離れた所まで連れて行った。
「卓巳、どういうつもりなんだ」
 眞瀬は卓巳の耳元で、声を潜めて尋ねた。
「どういうって……近くまで来たから寄っただけだよ。別れたからって、2度と会っちゃいけないって訳でもないでしょ? 知人の付き合いくらいしてくれてもいいじゃない。凌介って意外と冷たいんだな〜〜〜」
「いや、別にそういうつもりじゃ……」
「ほら……彼が変な顔しているよ。誤解されちゃうんじゃない?」
卓巳が藤崎の方を見ながらそう言ったので、眞瀬は慌てて卓巳から離れた。
「あ……裕也……彼、卓巳……今井卓巳……友達なんだ」
「はじめまして……卓巳でいいよ」
「あ、はじめまして、藤崎裕也です。あの……眞瀬さんの所でバイトをしています」
 藤崎は、ペコリと頭をさげた。
「凌介の恋人でしょ?」
「なっ……」
 卓巳の言葉に、二人は驚いて顔を見合わせた。
「すぐ解っちゃった。ねえ、立ち話もなんだから、食事でもしようよ。まだでしょ?ここは暑いしさ」

 とても不思議な光景だった。テーブルを挟んで男3人。揃いも揃って、違うタイプの美形だと、変に目立ってしまう。
 眞瀬と藤崎が隣り合って座り、その向かいに卓巳が座った。卓巳は、全然気にしていない様子で、メニューを眺めていた。
 眞瀬は、とてもとても居心地が悪かった。卓巳がどういうつもりでいるのかが解らない。
 元々気の強い子だから、自分が振られる原因となった相手を見に来たのかもしれない。ただそれだけならいいのだが、何か一波瀾あるのではないかと、冷や冷やしていた。
 藤崎は、次第にこの状況に感づき始めていた。ウブではあるけれど、勘は鋭い方だ。この「卓巳」が、眞瀬にとってただの友達とは思えなかった。以前付き合っていた恋人かもしれないと思っていた。
「何食べる? 適当にいくつか注文しちゃう? えっと飲み物は……藤崎君は未成年なんだよね。凌介はいつものやつでいい?」
「ウーロン茶でいいよ、裕也もそれでいいよね」
「あれ? ブラッディーマリーは飲まないの?」
「食事に飲むものじゃないだろう。それに、車だからね」
 眞瀬は、ピリピリとしていた。卓巳の言い方が、何かにつけて、藤崎に対して挑戦的に聞こえたからだ。藤崎が変に思わないだろうか? そればかりを気にしていた。
 卓巳の仕切りで、何品か料理を注文した。料理が来るまでの間、微妙な緊迫した空気が流れる。
 卓巳はずっとニコニコとしていたが、その眼差しは明かに藤崎を値踏みしている。眞瀬は、こんな修羅場は初めてだった。こんな面倒な事が一番嫌だったはずなのに……東城がこの場を見たらなんと言うだろう?
 大きな溜息をつきたいのを、必死に堪えていた。なんとか隙を作って、藤崎を逃がしてやりたかった。
 料理が来て、3人は黙ったまま食べ始めた。それぞれ色々な思惑があったが、不思議と誰も口を開かなかった。
 一番何か言いそうな卓巳が何も言わないのが、一番不気味でもある。藤崎は、少し緊張している様だ。一通り食べてから、初めて卓巳が口を開いた。
「藤崎くんは何歳なの?」
「あ……17才です」
「17才!」
 さすがに卓巳も驚いたようだ。卓巳は驚きながらも、チラリと眞瀬を見た。眞瀬は思わず目をそらした。
「若いとは思っていたけど……19歳くらいかと思ってた。まだ高校2年生なんだ」
「はい」
「ふ〜〜〜ん」
 卓巳はそう言って、藤崎をジロジロと見た。
「結構背も高いよね? どれくらい?」
「178くらいだと思うけど……もう少し伸びているかもしれません」
「成長期なんだ。なんかもっと大きくなりそうだよね。体格いいし……何かスポーツしているの?」
「ええ、色々……野球とかサッカーとか……特定の部活には入っていませんけど……」
 藤崎は、とても丁寧に卓巳の質問に答えている。姿勢を正して、真っ直ぐに卓巳をみつめて話していた。その堂々とした態度は、まったく臆する所はないようだった。
「卓巳さんはおいくつなんですか?」
「え? 26歳だけど……」
「そうですか。失礼ですけど、なんかかわいらしいので、あまりオレと歳が変わらない気がします」
「そ……そお?」
 突然藤崎から質問されて、卓巳の方が少し動揺した。藤崎は、とても穏やかな口調で尋ねてきた。
「卓巳さんって、眞瀬さんの恋人だったんですよね」
「え?」
 今度は眞瀬と卓巳が同時に驚いて声を漏らした。藤崎は穏やかながらとても強い眼差しで、卓巳を見ている。卓巳は少し動揺して、チラリと眞瀬を見た。眞瀬はかなりうろたえているようだ。
「以前ね……でももう今はなんでもないよ。こうして会うのも久しぶりだし……」
 卓巳は思わず、そんな弁解をしていた。ここで眞瀬や藤崎を困らせる事を言ってもよかったはずなのに、ついつい正直に答えてしまっていた。
「今でも眞瀬さんの事好きですか?」
「ええ?」
 卓巳は再び驚いてしまった。どういうつもりで尋ねているのか解らず、ジッと藤崎を見た。藤崎は真剣な面持ちだった。
 卓巳は、少し困惑しながらも、諦めたように小さく溜息をついた。
「うん……好きだよ。できる事なら、また僕と付き合って欲しいって思っている。ダメだって事も解っているけどね。振られたんだから、そう簡単に嫌いにはなれないよ」
「そうですよね。眞瀬さんはステキだから……解ります。すみません、今の恋人がオレなんかで……きっと卓巳さんには納得できないかもしれないけど……でもオレも卓巳さんに負けないくらい眞瀬さんの事が好きだから、なんと言われても譲れません。ごめんなさい」
 そう言って、藤崎は頭を下げた。これには眞瀬も卓巳もとても驚いた。
「ゆ……裕也……」
 眞瀬は少し赤くなりながらも、感激しながら藤崎をみつめた。驚いてポカンとしていた卓巳だったが、我に返るとプッと吹き出して大笑いした。
「君って……本当に……まいったな……純粋すぎるよ……」
 そう言いながら、卓巳は尚も笑っている。眞瀬はとても困って、何も言えずに居た。
「はあ……なんかさ、眞瀬さんの趣味が変わったのかな? って思って、なんで? って不思議だったけど……なんか解っちゃった。やっぱり趣味は変わってないね。この子かわいいよ……眞瀬さん、かわいいのが大好きだよね」
「卓巳……」
 卓巳が笑いながらそう言うので、眞瀬は少しだけ嗜めるように言った。
「ねえ……眞瀬さんとはもうHしたの?」
 卓巳がコッソリと藤崎に言ったので、藤崎は耳まで真っ赤になった。
「何を言うんだ! 卓巳!」
 眞瀬が、思わず卓巳を注意した。卓巳はふ〜〜〜んという顔でニヤニヤとした。
「だけど……君、男とは初めてだったんじゃない? まあ、眞瀬さんは上手いと思うけど……やっぱり最初はつらいでしょ?」
「卓巳!!」
 藤崎は意味が解らずに赤くなりながらもキョトンとした顔をした。
「そ……そりゃ……初めてですけど……別に辛くなんかは……」
「へえ……そおなの?」
「卓巳!」
 眞瀬は焦って、真っ赤になりながらこの会話をなんとか止めさせようとしていた。
「後ろに入れられた時、最初は嫌じゃなかった?」
「え、でもオレは……」
 藤崎がキョトンとなって、答えようとしたので、眞瀬は最大にあせった。
「卓巳!! 違う! 違うから! もうその話はやめよう!!」
 少し声が大きくなって、眞瀬は必死で話を妨害した。
「な、凌介……何? どういう事?」
 卓巳はポカンとなっていた。藤崎もよく解らずにキョトンとしている。眞瀬は一人で真っ赤になっている。
「あ……」
 突然、卓巳が何か閃いたようだ。その事に驚きながらもジッと眞瀬をみつめた。
「凌介……もしかして……彼との関係って……凌介がネコなの?」
 眞瀬は、居たたまれないという顔で、真っ赤になったままうつむいていた。それを正解と了解して、卓巳はハッと笑った。
「なんだ! そういう事……ハハ……なるほどね。そういう意味の趣旨替えなんだ。な〜〜〜んだ。じゃあ僕が振られるはずだ。へえ〜〜〜……そうなんだ……」
 卓巳が一人で納得していて、藤崎は何の事だか解らずに居た。眞瀬は、今にも逃げ出したい気分でいっぱいだった。かつてタチだった時の恋人に、今はすっかりネコだと知られてしまうのは、とてもプライドが傷つけられることだった。
「ありがとう!藤崎君」
 卓巳はそういうと、右手を差し出した。藤崎はよく解らないまま、卓巳と握手をかわした。
「今日、思い切って会いに来てよかったよ……僕、本当にこれですっかり諦めがついたよ。君が嫌な奴ならよかったのに、やっぱり凌介が選ぶだけの事はあるし、僕が凌介にとって、本当の相手になれない理由も解ったし……がんばって、凌介を愛し続けてね」
「は、はい」
 卓巳はそう言って、満足そうな顔で、残りのグレープフルーツサワーを一気に飲み干した。
「帰ろう! もう1時だよ……凌介、家の近くまで車で送って行ってよ。最後にそれくらい良いでしょ?」
「あ、ああ……」
 3人は店を出ると、眞瀬の車まで歩いた。一緒に車に乗り込むと、一路卓巳の家に向った。
「ここでいいよ」
 卓巳がそういう所で車を止めて、彼と別れた。
「元気でね、凌介……今日はごめんね」
「いや、オレこそ……ごめんね」
「ううん、スッキリしたから……またステキな人をみつけるよ。2人ともお幸せに」
 卓巳はそう言って、バイバイと手を振ると、走り去った。眞瀬は、車を発進させると、今度は藤崎の家に向かった。
「ごめんね。なんか今日はちょっと……気持ちがそんな気分じゃなくなっちゃって……また次の時でいいかな? 泊まるの」
「ええ、大丈夫です。眞瀬さん。オレ……眞瀬さんが困る事……言ってませんか?」
「ううん。裕也の言葉嬉しかったよ。オレこそごめんね……卓巳が来て嫌だったろ?」
「いいえ、逆に会えて良かったです。オレの知らない眞瀬さんの事が少し解った気がしたし……オレの事は大丈夫ですから、気にしないで下さい。眞瀬さんを好きになった以上は、覚悟していますから……だってモテるのわかっているし……」
 眞瀬は、それを聞いて小さく溜息をついた。
「ごめんね」
 小さくつぶやいた。藤崎の家の前について、車を止めると、二人はキスを交わした。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 藤崎は車を降りると、家の中へと入っていった。それを見届けて、眞瀬は車を発進させた。
 疲れた……今日は本当に疲れたと思った。なんとか大団円で終わったものの、こんなに神経衰弱させられた事はなかった。
 すべては藤崎の大人な態度のおかげだと思ったが……。
 クーラーが効いているはずなのに、掌が汗でベタベタしていた。嫌な汗をかいていて不快だった。自分が今まで、不誠実だった事のツケが全部回ってきそうな気がしていた。
 こんなんでは、いずれ藤崎に愛想をつかされそうな気がする。頭痛がした。
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