風花の舞う午後

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  -3-  

 眞瀬は、行きつけのショットバーで、一人酒を飲んでいた。別に寂しさを紛らす為の自棄酒という訳ではなかった。ただ、なんとなく酒を飲みたくなって、久しぶりにこの店へとやってきたのだ。
 昔からよく来ていた店だが、最近はずっと長いこと来ていなかった。藤崎と付き合い始めてから、通わなくなっていたのだ。
久しぶりの店で、いつも座っていた席に座り、ぼんやりと考え事をしながら、マルガリータをチビチビと飲んでいた。
「いらっしゃいませ」
 マスターの声で、誰か新しい客が入ってきたのは解ったが、眞瀬は特に振り向きもしなかった。
「凌介」
 名前を呼ばれて、眞瀬は驚いて振り返った。そこには、親友の東城貴司が、立っていた。相手も意外だったらしく、驚いた顔をしていた。
「貴司」
「隣……いいか?」
 東城はすぐに平静に戻ると、口元に笑みを浮かべて見せた。
「あ……ああ、もちろんだよ」
 眞瀬は、隣の席を促す素振りを見せたので、東城も静かに隣に座った。
「偶然だな」
「ああ……偶然……だな」
 眞瀬が少し戸惑いがちに答えたので、東城はクスクスと笑った。
「おいおい……またオレがお前をからかう為に、ここまで来たとでも? ストーカーじゃあるまいし、オレもそこまで暇じゃないよ」
「あ……ごめん、そういうつもりじゃなくて……ただ、なんか、オレがヘコんでいる時に限って、お前って現れるなあと思って……」
「なんだ……ヘコんでいるのか?」
 東城は、「おや?」という顔をしながら、眞瀬に尋ねた。
「う、うん……まあ……」
 眞瀬は、ウッカリ口を滑らせてしまった事を、今更ながら悔やんだ。どうしてなんだか、東城の前だと、ついつい本音をペラペラとしゃべってしまうのだ。自ら、からかわれるネタを提供してしまうなんて……眞瀬は、ホトホト自分に呆れながら溜息をついた。
 そんな眞瀬の気持ちに気づいているのかいないのか、東城は特に表情を変えず、マスターにブランデーを頼んでいた。
「お前、この店に来るのは久しぶりだろう」
「う……うん」
「オレはたまには来ているんだぜ……恋人が出来て、誰かさんが付き合い悪くなってしまったからな〜〜、オレは一人寂しく飲んでいるって訳だ」
「な、なんだよ……お前だって、相手には不自由していないだろう?」
 眞瀬は、口を尖らせながら、ちょっとだけ反論してみた。
「……以前は、お互いに恋人がいようがいまいが、たまには二人で飲んでいたじゃないか……仕事の愚痴とか色々、オレ達互いにしか話せない事だってあっただろう? ただ飲みたい気分の時だってあったはずだ。だからお前だってこうして一人で飲んでいるんだろう? 家で飲む気分じゃないよな?」
「あ……うん、そうだったね……ごめん、別に貴司の事、忘れていた訳じゃないんだ……」
「まあ……いいがね」
 東城はクスリと笑った。
「で? 坊主は元気か?」
「うん……多分」
「多分?」
 東城が眉を潜めて聞き返したが、眞瀬は目を伏せたまますぐには答えなかった。
「もう3ヶ月ほど会ってないんだ」
「喧嘩でもしたのか?」
 眞瀬は、黙ったまま首を振った。
「彼、受験生だからね。今が大事な時だし……オレのせいで、勉強に支障がでたら困るだろう? だから会わないって決めたんだ」
「あいつは了解したのか?」
「うん」
 東城は「ふうん」と言って、ブランデーを飲んだ。しばらく二人は黙ったまま、互いに酒を飲んでいた。
「で? お前は、そろそろ寂しい限界にきてて、ヘコんでいるんだ」
「な、なんだよ……勝手に決めるなよ」
 東城は『図星か』と言うようにクスクスと笑った。それがとても勘に障って、眞瀬はムッとなった。
「別に……ヘコんでいるわけじゃ……」
「最初にお前が言ったんだろう? 『ヘコんでいる時に限って、オレが来る』って……」
「あ……」
『しまった』と眞瀬は思った。
 まったく……どうしてこう東城は耳聡いのだろう。聞き流してくれればいいのに……とつくづく恨めしく思った。東城はあいかわらずクスクスと楽しそうな笑みを浮かべていた。
「そうだよ、ヘコんでいるよ」
 眞瀬はムクれながら呟いた。
「だけど別に限界って訳じゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「クリスマスくらいは、意地張らないで会う事にすれば良かったって、ちょっと後悔していただけ……」
「なんだ、クリスマスも会わないつもりなのか」
 眞瀬はコクリと頷いた。
「またつまらん約束をしたもんだな」
「どうせつまらない約束だよ」
「別に今からでも破ればいいじゃないか。そんな約束」
「そういう訳にもいかないよ」
「なんで?」
「なんでもなにも……オレ達がふたりで決めた事なんだから……それでいいんだよ」
「後悔しているのに?」
「うるさいな〜」
 東城は楽しそうにクスクスと笑った。
「でもそれだけじゃないんだろう?」
「え?」
「ヘコんでいる理由」
 どうしてこうも東城には何でも見透かされてしまうのだろうと驚いた。眞瀬は、諦めたように小さく溜息をついた。
「オレはこんなに寂しいのに、裕也はそうでもないのかな? って……ちょっと思っちゃって……」
「彼が平気だとでも?」
「解らないよ。でも彼は、まだ18歳だよ? そんなに物分りが良い訳では無いと思ってしまうのは、オレのわがままかな? 彼が先に我慢できなくなって欲しいって思うのは……」
「欲求不満か?」
 東城がニヤニヤと笑って言ったので、眞瀬はキッと睨み返した。
「五月蝿いな〜〜、そうだよ! そのとおりです!!」
「オレがなぐさめてやろうか?」
「結構だよ」
 眞瀬はプイッとそっぽを向いた。東城は尚もクスクスと笑いつづけている。しばらくそっぽを向いていた眞瀬は、ふと何かを感じて、東城の方を見た。
「貴司……お前、何かあった?」
「ん? なんだ、唐突に」
「いや……なんか貴司、ちょっといつもと違うと思って……なんか良い事でもあった?」
「さあ、特に悪い事はないけどな」
「というか……雰囲気自体が変わった気がする」
「なだそれは」
「ちょっと優しくなった? 丸くなったっていうか」
「人を年寄り扱いするな……同じ歳だろう」
 話の交わし方は、いつもの東城だ。だがやっぱり雰囲気がとても穏やかになっていると思う。第一、以前の東城ならばこんな時、強引に眞瀬を誘って寝ようとしていたはずだ、その強引さに助けられたこともあった。セフレと口では言っても、どこか割り切れない優柔不断な眞瀬には、そうしてくれることで、すべてを東城の所為に出来たからだ。
 でも今は、いつものように憎まれ口に言っては見ても、まったく本気で眞瀬と寝る気はないように見えた。
「良い恋愛でもしてる?」
「……さあな」
『否定しない』と思って、眞瀬は意外だった。
 東城ほど『恋愛』という言葉に、程遠い人間はいないと思っていた。眞瀬の知る限り、特定の『恋人』なんか作った事はないはずだ。だが……とうとう本命の相手でも出来たのか? と思った。
「ふう〜ん……」
 眞瀬はなんだか嬉しくなって、ニコニコと笑った。
「なんだよ、ニヤニヤして気持ち悪い」
「ニコニコしてるんだよ、失礼だな」
「眞瀬さん? 眞瀬さんじゃない?」
 ふいに声をかけられて、眞瀬が振り向くと、スラリとしたスタイルの良いハンサムな青年が立っていた。その後ろに隠れる様に立つ、かわいい系の男の子を連れていた。
「えっと……」
 眞瀬は青年に見覚えが無くて、少しとまどった。年の頃は20歳後半くらいだろうか?以前の眞瀬だったら、守備範囲に入るかもしれないが、むしろ彼が連れている子の方が好みだ。なんて関係の無い事をグルグルと考えてしまったりした。
「オレの事忘れちゃった? 亮だよ……沖田亮」
 その名前を、何度か頭の中で反復してみた。
「亮って……嘘……うそ〜〜〜〜っっ!!」
 眞瀬は驚いて立ち上がった。
「久しぶり……7年ぶりくらいかな? 眞瀬さんは、全然変わらないねって言うより、益々美人になっている気がするけど……」
「りょ……亮は……変わっちゃったね。前はもっと華奢でかわいかったのに……」
「あははは……そりゃもう27歳だもん。オレ、結構成長期が遅かったからね。眞瀬さんと付き合ってた頃から、ちょっとずつ背が伸びていたんだ。あの頃からだと……10cm伸びたくらいかな? でもまだ眞瀬さんの方が、高いよね」
 そう言って、彼は爽やかに笑った。すっかり良い感じの青年に成長してしまった感じだ。
 沖田亮は、眞瀬の昔の恋人だった。眞瀬が付き合っていた頃、彼はまだ大学生だった。眞瀬の好みの『小動物系』の美少年だったのだが……言われると、確かに顔には面影がある。
「亮って昔ネコだったの?」
 彼の後ろにいた子が、不思議そうにそう尋ねた。
「うん、まあね」
 亮はテレくさそうに答えた。
「恋人?」
 眞瀬が微笑みながら尋ねたので、亮はその子を眞瀬に紹介した。
「そっか……亮は、今はタチなんだ」
「眞瀬さんはあいかわらず、何人かと付き合っているの?」
「いや……今は一人だけだよ。あ、彼は違うよ」
 眞瀬は東城の方を見て、慌てて否定した。
「あはは……東城さんは知っているよ、以前眞瀬さんと付き合っている時に、2回位会った事あるもん」
「あ……そっか」
 眞瀬はポリポリと頭を掻いた。
「それにしても……眞瀬さんが元気そうでよかったよ。別れたとはいっても、オレずっと眞瀬さんの事好きだったからさ。今でも好きだよ……眞瀬さんの恋人だった人は、みんな今でも眞瀬さんの事を好きだよ」
「亮……ありがとう」
 眞瀬は少し感動してジーンとなったが、亮の恋人の嫉妬の視線を感じて、クスリと笑った。
「あ、せっかく会えて悪いけど、もう帰らないといけないんだ。この店にはたまに来るから、また会えるよね」
 眞瀬はそう言って、東城にアイコンタクトをした。東城も立ちあがった。
「あ……うん、眞瀬さん、元気でね。今日は会えて良かったよ」
「うん、オレも嬉しかったよ」
 眞瀬は亮と握手を交わすと、東城と一緒に店を出た。
「ごめんね……貴司まで付き合わせて」
「いや、構わんよ……家まで送ろう」
「サンキュ」
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