風花の舞う午後

モドル |モクジ

  -4-  

「眞瀬さん……眞瀬さん好きだよ」
 ベッドの中で甘くささやく声があった。眞瀬の腕の中には、少年というには少し歳がいっていて、青年と呼ぶにはまだ少し子供っぽさの残るような、小柄な綺麗な男の子が、白い肌も露に横たわっていた。眞瀬がやさしくキスをすると、もっとと強請る様に、その赤い唇を開く。
「亮……好きだよ」
 眞瀬は答えるように優しく囁いた。眞瀬のかわいい恋人・沖田亮は耳たぶと首筋を甘く噛まれると、かならずせつなげに声をあげる。その部分を執拗に愛撫して、指先は胸の突起を優しく撫で上げる。
「ん……んふ……あ……」
 白い肌が、ほんのりと桜色に染まる。両足の間まで、指を滑らせた。すっかり硬さを増したその昂ぶりを、やんわりと手で包むと、上下に擦り上げた。もう一方の手を、双丘の奥の秘所に滑らせると、柔らかな蕾に指を2本差し入れた。
「あ……あ……あ……」
 指を動かして、そこを愛撫し、和らげる。亮はすっかり息を乱して、甘い声を漏らしていた。そろそろ良いか?という所で、両足を抱えあげると、眞瀬は腰を落とした。
「ん?」
 そこでようやく異変に気がついた。なぜなら、肝心の自分の息子が、まったくもって臨戦態勢ではなかったからだ。いやむしろすっかり萎えて、縮こまっているようにさえも見える。とてもとても静かだった。
「そ……そんな……」
 勃たないなんて、そんな事があるだろうか?
「眞瀬さん……どうしたの?」
 いよいよという期待で待っていた亮は、なかなか来ないので、不思議に思って目を開けると、眞瀬の方を見た。眞瀬は呆然とベッドの上に膝をついて体を起こしていた。
「眞瀬さん?」
「凌介」
 ふいに背後からする声に驚いて振り向くと、東城貴司が立っていた。
「貴司」
「お前はもうタチはできないんだよ」
「え?」
「その体が、もうすっかり『抱かれる』快楽を覚えてしまっているからな……もう無理なんだよ」
 東城貴司はそう言いながら、何故か上着もシャツも脱いで、上半身裸の状態で、こちらへと歩み寄ってくる。ギシッとベッドを軋ませて、東城が片膝をつくと、ベルトを外し始めた。
「オレが気持ちよくしてやるよ」
「え……いや……貴司……」
 眞瀬は自分の置かれている状況が解らずに戸惑いながらも、心のどこかで何かを期待していた。東城が覆い被さる様にしてキスを求めてきたので、眞瀬はウッカリ抵抗するのも忘れて、そのキスを受けいれた。深く唇を吸われながら、そのままベッドに倒れ込んだ。東城の大きな手が、眞瀬の体をまさぐった。
「あ……」
 思わず甘い声が漏れる。気持ち良かった。濃厚なキスと、体中の愛撫で、眞瀬はすっかりとろけてしまいそうだった。
 さっきまで萎えていた眞瀬のイチモツも、すっかり元気になっていた。何がなんだか解らないまま、快楽に身を委ねた。
「凌介……ヒドイよ」
 不意に頭上で声がしたので、朦朧としながらも目を開けると、そこには藤崎裕也の顔があった。
「ゆ……裕也」
 途端に眞瀬は正気に戻った。慌てて起きあがろうとしたが、覆い被さる東城のせいで起きあがれなかった。
「た……貴司……もう……ヤメて……」
「なんだ? 坊主も一緒にやればいいじゃないか」
 東城がそう言うと、藤崎は眞瀬に唇を重ねてきた。
「あ……裕也……」
 眞瀬は思わず両手を藤崎の首に回した。藤崎とのキスなんてどれくらいぶりだろう。夢中で唇を吸った。しばらく3人で、もつれあうように抱き合った。やがて東城が眞瀬の腰を抱き、その昂ぶりを秘所に押し付けてきた。
「ああ……貴司……ダメ……ダメだ……オレは裕也のが欲しいんだ……」
 眞瀬は、せつない声をあげて懇願した。
「仕方ないな」
 東城は舌打ちして、その役を藤崎と替わった。その替わり、眞瀬の顔の横に来ると、自分の昂ぶりを、眞瀬に咥えさせた。眞瀬は無意識に、東城の熱い塊に唇を這わせた。
「あ……あああ……」
 藤崎に挿入されて、体が震えた。久しぶりに迎える快楽だった。藤崎の形は、もう体が覚えている。
 藤崎の腰の動きに合わせて、眞瀬も腰を揺らした。死にそうだと思った。気持ち良過ぎて死んでしまいそうだった。
「あ……裕也……裕也……もうダメ……」
 絶頂を迎えようとした瞬間、ビクンと体が跳ねて、眞瀬はパチッと目が覚めた。シンと静かな部屋だった。朦朧としたまましばらくその状況が解らなかった。体を起こして辺りを見ると、誰の姿もなかった。
 カーテンの隙間から、薄い光が零れているその部屋は、見慣れた眞瀬の寝室だった。
「夢……か……」
 そう思った瞬間、眞瀬は果てしなく脱力してしまった。頭を抱えて、大きな溜息をついた。
「なんちゅう夢を見たんだよ」
 眞瀬は自分で呆れてしまった。下半身の異常を感じて、恐る恐る掛け布団をめくると、再び頭を抱えて溜息をついた。
「マジかよ」
 小さくつぶやいた。夢精なんて、一体何年ぶりだろうか?高校以来かもしれなかった。
 藤崎と東城と3Pなんて……もしも自分にそんな願望があるのだとしたら、自分で自分が恐ろしくなった。
 夢に出てきた昔の恋人・沖田亮に、昨夜偶然にも会ってしまったせいなのか、彼まで夢に出てくるなんて……それも昨夜7年ぶりに会った姿ではなく、昔のかわいい頃の姿のままだった。なんて自分に都合の良い夢なんだろう。その上、タチになれないなんて、あまりにも現実的に有り得るだけに、とても笑えなかった。
「欲求不満だな」
 それももうかなりの……だ。自分でもまさかここまで、限界に来ているなんて思いもよらなかった。まだ3ヶ月だ。そしてあと3ヶ月もあるのだ。藤崎と会わない期間が……。


 眞瀬は、カウンターに頬杖をついて、ぼんやりとしていた。今日はクリスマス・イブだ。店に着くまでの道のり、どこもかしこもクリスマス・カラー一色だった。
 それに今日は随分気温が低かった。夜辺り雪が降るのかもしれない。恋人達は、互いを暖め合うように、体を寄り添い会って歩いていた。
 眞瀬はますます憂鬱になっていた。
 あんな夢を見てしまって、藤崎に対する罪悪感と、自分に対する情けなさで、ただ呆然とするばかりだった。今日は昼くらいまで、まだ飾りつけなどを買いに来る客が来ていたが、午後から客足もまばらになっていた。
「こんにちは。お疲れ様です」
 元気良く氷上がやってきた。外はよほど寒いらしく、両頬と鼻の頭をあかくしていた。
「寒い〜〜〜」
 氷上は笑いながらそう言って、顔を両手でゴシゴシと擦った。
「外は寒そうだね」
 眞瀬が、氷上の様子を微笑みながら見て言った。氷上は、着ていたコートを脱ぎながら、エヘヘと笑った。
「今夜雪が降ったらホワイトクリスマスになりますね」
 氷上はコートとカバンを、奥の控え室に置きながら、店にいる眞瀬に話しかけた。
「そうだね……慎吾君は、今夜はどうするの? お客さんも少ないから、早めに店を閉め様かと思うんだけど、用事があるなら、慎吾君だけ先にあがっていいよ」
「ああ、まあどうせ家族でパーティーするだけですからいいですよ……9時くらいで帰れます?」
「うん、もっと早く閉めようと思ってたから8時前には閉めようね」
「じゃあ、それでいいです。眞瀬さんは、今日は?」
「うん、別に何もないんだけどね」
「じゃあ、ウチに来ませんか?」
「うんありがとう、気持ちだけで……せっかく家族で祝うんだからさ」
「別にいいのに」
「大丈夫、ありがとうね」
 眞瀬はニッコリ微笑んでみせた。氷上はその顔が少し寂しそうに見えたが、それ以上はもう言わなかった。
 それよりも……と、氷上は店の外をチラチラと気にしながら、店内の客がいなくなるのを待っていた。女性2人の客が、買い物を済ませて、ようやく外へと出た。
「ありがとうございました」
 眞瀬は、客に向って愛想良く声をかけた。客はドアを開けて、外へ出ようとして「わあ」と声をあげた。
「雪だわ」
 そんな言葉を残して、帰っていった。
「そういえば、僕が来る時も大きな綿みたいな雪が、時々チラチラしていたよ」
 氷上がそう言うと、眞瀬は窓の所まで歩いて行って外を見た。
「ああ……風花だよ」
「カザハナ?」
「うん、風の花って書くんだけど……こんな風に晴れた日に、雪が舞う様を『風花』って言うんだよ。降るってほどの量でもないから、風に舞って、花びらみたいだろ?」
「綺麗な言い方だね」
「うん……綺麗だね」
 眞瀬は、独り言のようにつぶやきながら、窓に近づいて外の様子を眺めた。フワフワと綿の様な雪が、風に舞っていた。人々は、コートの衿を立てながら、足早に通りを歩いていた。
 ふと、通りを挟んだ向かいの店の前に、佇む人の姿に目が止まった。グレーのコートを着た、長身の男性だった。その姿は知っている。
「裕也……裕也!?」
 眞瀬は、思わず大きな声をあげた。バンと窓ガラスに両手をついて、食い入るようにみつめた。眞瀬が見ている事に気が付いて、藤崎はニッコリと笑って手を振ってみせた。
 思わず外へと飛び出そうとした時、ジーンズの後ろポケットに入れていた携帯電話が鳴った。一瞬足を止めて、藤崎を見ると、携帯電話をこちらに見せるようにして、何か身振りをしている。
『電話?』
 眞瀬は、ポケットから電話を取り出して、受話ボタンを押した。
「もしもし……」
「凌介……元気?」
 藤崎の声だった。
「裕也」
 眞瀬は、携帯電話を持ったまま窓の外を見た。
「メリークリスマス、凌介……そのままで聞いて」
「裕也、いつからそこにいたんだい?」
「ごめんね……会いに来ちゃいけないと思ったけど、どうしてもクリスマスプレゼントが欲しくて来ちゃった」
「あ……オレ……何も用意してない……」
「うん……オレも何も買ってないよ。違うんだ。凌介の顔が見たかったんだ。声が聞きたかったんだ……我慢出来なくてごめんね」
「裕也……」
 眞瀬は嬉しくて、泣いてしまいそうだった。受話器越しに聞こえる藤崎の声が、もう何十年ぶりかのような気がした。とても優しい穏やかな口調、低いテノールの心地よい声、大好きな大好きな藤崎の声だ。
「でもこれがせいいっぱい……直接会ったら、オレ……きっと我慢できなくて、ダメかも……だからここから見るだけにするよ。凌介に嫌われたくないから」
「なんで! なんでオレがそんな事で裕也を嫌うんだよ!! オレだって……どんなに会いたかったか……」
「ねえ凌介……ワガママついでに、もうひとつだけお願いがあるんだ。それをクリスマスプレゼントとしてもいい?」
「なに? なんだい!?」
 眞瀬は、夢中で尋ねた。
「元旦……初詣に一緒に行って欲しい。合格祈願を一緒にしてほしいんだ。春まで会わないって約束……破る事になるけど……1日だけ……ダメかな?」
「裕也……もちろん……もちろんだよ。一緒に行こう。オレがいっぱい祈願するから……裕也……裕也、会いたいよ……」
「うん、あとちょっとだけ我慢だね。大晦日の夜、凌介に会いに行くから……待っててね」
「うん、うん、解った」
「じゃあ……もう帰るね。凌介、愛しているよ」
「オレも……愛してる」
 道の向こうで、藤崎が大きく手を振った。眞瀬は、涙が溢れてきて、その光景が霞んでしまっていた。
 藤崎の愛情がたまらなかった。本当に愛しくてたまらないと思った。去りゆく藤崎の姿を、見えなくなるまでずっと見つめていた。
モドル | モクジ
Copyright (c) 2014 Miki Iida All rights reserved.