ビジネスマン的恋愛事情 〜Working on a holy day〜

モドル | モクジ

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 柴田は、フウと溜息をついて、疲れた様に椅子に座った。
 大阪でのコンベンション2日目。午後になって、ようやく人の流れも一段落したので、隙を見て交代で休憩に入った。昼食はまだだったが、食欲がない。
 昨夜は、初日が終わった後、懇親会が行われ、遅くまで酒宴に付き合わされた。その酒が残っているのと、昨日からたくさんの客の接待で、精神的にかなり疲れていた。
 ラウンジの椅子に座り、ただぼんやりとしていた。実を言うと、まだ憂鬱を引きずっているのだ。その事自体も、彼をつくづくヘコませていたが、朝になって更に彼をヘコませる事があった。
 それは、西崎の夢を見たからだ。その内容というのが、大阪のホテルにまで西崎が押しかけ「イブに間に合いました」と、嬉しそうに笑って立つ姿を見て、柴田も嬉しくて抱きついてしまうというものだった。
 目が覚めて、それが夢だと解ると、自分でも、無意識にそんな都合の良い事を考えていたのかと、とても落ち込んでしまったのだ。西崎なら、もしかしたら大阪まで追いかけてくるかもしれないと思うなんて……。
 心の何処かで期待していたのだ。そんな自分が、本当に情けなかった。
 溜息をついて、腕時計を見る。14時30分を少し過ぎている。コンベンションは17時で終わる。その後は、後片付けと打上げになるだろう。
 明日の朝の便で、東京に帰る予定だ。とりあえず、社の方に連絡を入れてみる事にした。
 携帯を取り出して、ダイヤルする。
「あ……柴田です。お疲れ様」
 電話に出たのは、女性社員だった。伝言などが無いかを聞き、特に変わった事がないかなど、事務的に尋ねた。言われた伝言を、手帳に書き終わると、無意識に次の言葉が出ていた。
「西崎君はいるかな?」
『あ、西崎さんは、今打合せ中です……17時までかかるみたいですが、お急ぎですか?』
「あ……いや、別にいいんだ。特に急ぎの用事がある訳じゃないから……彼には何も言わなくていいよ、私も今日は遅くまで忙しいし、彼が気にして連絡してきても、繋がらないかもしれないから……明日、社に戻ってから、私から直接話すよ」
 柴田は、慌てて言い訳をしていた。何もそこまで、言い訳しなくてもいいのにと、自分でも内心おかしかった。とりあえずなんとか誤魔化して、電話を切った。
 あせったせいで、心臓がドキドキと言っている。変に思われなかっただろうか?
 そんな事を考えながら、また自分の行動に呆れてしまった。西崎を呼んでどうするつもりだったのか……彼が出社しているのかを確認したかったのか? まだ彼が、こちらに来ると期待しているというのだろうか? 今日、彼が休んでいるかもなんて、考えていたのだろうか?
 自分で自分が情けなくなる。本当に、なんて女々しくなってしまったのだろう。柴田は、大きな溜息をつくと、重い腰をあげた。


 柴田がホテルの部屋へと戻ったのは、23時近くだった。長い2日間だったと思った。
 上着を脱ぎネクタイを緩めながらベッドに腰を下ろした。明日は11時の飛行機なので、ほんの少しだけゆっくりできる。明日の午後には西崎に会えるのだ。
 早く会いたいと思った。会って謝ろう。
 遼子の言うように正月、旅行にでも行こうか? 2泊3日で、温泉地にいくのもいいかもしれない。
 もっとも今から予約が取れるかどうか解らないけど……。そんな事を考えながら、立ちあがるとシャワーを浴びる事にした。シャワーを浴びて、ホテルの浴衣を羽織ると、バスタオルで濡れた髪を拭きながら、冷蔵庫を開けた。スポーツドリンクを手に取ると、喉を潤した。
 今夜はもう寝よう……起きているとなんだかウジウジと考えてしまいそうだ。そんな事を考えていた時、部屋のチャイムが鳴った。
 こんな時間に誰だろう? まさか荒井部長が、また飲もうと誘いにきたのだろうか? などと考えながらドアを開けた。
「はい」
「こんばんは」
 ドアの前に立つその人の姿に、柴田は驚いて声も出なかった。
「確認もしないで開けるなんて無用心ですよ」
 そう言って、西崎が爽やかな笑顔で立っていたのだ。
「に……西崎……どうして……」
「はい……メリークリスマス」
 そう言って、小さな包みを差し出した。
「まだ……大丈夫ですよね。イブは無理でしたが……今日が本当のクリスマスですからね」
 西崎は、腕時計で時間を確認しながらそう言った。昨日の夢と重なる。まだ信じられないという顔で、そっとプレゼントを受取った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「西崎……」
 柴田は、たまらず西崎に抱きついていた。
「し……柴田さん?」
 柴田は、ぎゅっと強く抱きついた。
「な……中に入りましょう」
 西崎は、キョロキョロと辺りを見まわしながら、中へと入った。
「柴田さん……こういうの2回目ですよ? 誰かに見られたらどうするんですか……」
「いいよ……見られても……」
「柴田さん……」
 西崎も強く柴田を抱きしめた。深く熱いキスを交わした。何度も何度もお互いに求め合った。
「愛してる……西崎……愛してる」
「柴田さん……」
 嵐のようだと思った。熱い熱い嵐だ。体の芯が焼けるように熱かった。
 西崎のくちづけに、何もかも溶けてしまいそうだった。これは夢じゃない、そう思えた。
 西崎の手が浴衣の前を開き、柴田の熱い昂ぶりを愛撫した。
「ああ……」
 思わず声が漏れる。すぐにでも達ってしまいそうで、腰が砕けそうだった。柴田は無心で、西崎のズボンのベルトに手をかけた。布越しに、西崎も熱く昂ぶっているのが解る。柴田は、それに手が触れた瞬間体の奥が疼いたような快感に襲われて、「西崎が欲しい」と思った。
 柴田は、西崎のズボンの前を開き下着の中の昂ぶりを握った。「熱い」そう思った。西崎の硬く質量を増したソレは熱く脈打っている。
「あ……あ……はあ……」
 柴田は、西崎のソレを強く握りながら、自分の前と後ろを愛撫する西崎の両手の快楽に息を乱し声を漏らした。西崎の指が、柴田の中を掻き回す。柴田の昂ぶりから、先走りの蜜が溢れ出していた。
「西崎……も……もう……」
 柴田は、足の力が抜けて、立っていられなくなっていた。西崎は、柴田を壁に向わせて両手を付けさせると、腰を抱えてバックから挿入した。
「あああっ!!」
 西崎の硬く熱いモノが、肉を割って入ってくる感覚が、少しの痛みと圧迫感を伴っていたが、何度も突き上げられ、次第に快感へと変わって行く。西崎の荒い息と、柴田の喘ぎ声が混ざり合う。無意識に、柴田も腰を揺らして西崎を受け入れていた。
「ああ……もう……ダメ……イク……ん……」
 柴田は、絶頂を迎えて射精した。ビクビクと腰を痙攣させ、きつく西崎を絞め付けた。
「うっ……」
 西崎も、柴田の中に全てを吐き出した。
「ああ……」
 体の中に、熱いものが注がれるのを感じて、身震いした。柴田は、体をよじらせ後ろから抱きしめている西崎にキスを求めた。西崎は柴田を強く抱きしめて、何度もキスをした。
 嵐のように激しい欲情だった。


「……さすがに狭いな」
 柴田がクスリと笑って言った。シングルベッドに、ふたりは裸になり抱き合って横になった。
「密着できて嬉しいですけど」
 西崎も笑いながら答えた。ついばむようにキスを交わす。
「あ……こら……」
 西崎の手が、柴田の腰を撫でるので、柴田は吐息をつきながらも、その手をペンと軽く叩いた。
「どうしてここにいるのか、説明しなさい」
 柴田は、叱るように言った。
「言ったでしょ……ふたりでクリスマスを過ごすためですよ」
 西崎はニッコリと笑って答えた。
「だけど……今日は仕事していたんだろう?」
「……気になって電話したでしょ?」
 西崎が、ニヤリと笑って言ったので、柴田は赤くなった。
「青木さんが言ったのか?」
「やっぱり電話したんだ」
「なっ!」
 柴田は真っ赤になった。西崎はクスクスと笑う。
「騙したな!」
「だって定時連絡してくるでしょ? それに貴方がきっとオレの事を気にしていると思っていましたから」
 柴田は、真っ赤になったまま怒って黙り込んだ。西崎は、ずっとニコニコとしている。
「オレが、追いかけてくるって思ったでしょ?」
 柴田は目をそらして、何も答えなかった。
「本当は昨日来るって思ったでしょ? 昨日来てもよかったんですけど……柴田さんにお仕置きをしないといけませんからね」
「なんだよ……それ……」
「イブを忘れていたバツですよ」
「ごめん」
 柴田は、途端に素直に謝った。西崎は柴田の額にキスする。
「仕事を急いで終わらせて、20:55の関空行きに飛び乗ったんですよ。関空から南までラピートで30分ですからね、うまくいけば23時には着けると思って……時間どおりだったでしょ?」
「明日はどうするんだ?」
「朝一番で帰ります。ちょっと遅刻しそうなんで、朝から1件立ち寄りするって嘘つきます。柴田部長が公認ならいいですよね」
 西崎はそう言ってペロリと舌を出した。
「バカ……でも無理するなよ」
「ええ……そういう訳で、ここは5時には出ます。それまで付き合ってもらいますよ」
「バカ……」
 柴田は、幸せそうに微笑んで、西崎にキスをした。西崎は、答えるように深くくちづけながら体を起こして、柴田に覆い被さった。


「ん……」
 柴田は、何時の間にか眠ってしまっていたらしい。人の動く気配で目を覚ました。
「西崎?」
「あ……すみません。起こしてしまって……シャワーをお借りしました」
 西崎は、服を着替えている最中だった。
「もう……帰るのか?」
「はい……柴田さんはまだ寝ててください。後で東京で会いましょう」
 そう言ってウィンクしたので、柴田は笑いながら起き上がった。
「あ……プレゼント……開けていいかい?」
「ええ、どうぞ」
 西崎はネクタイを絞めながら微笑んだ。柴田は、サイドボードに置いておいた包みを取ると、リボンを外して丁寧に包みを開けた。箱をあけると、腕時計が入っていた。
「オレのとお揃いのです。色とデザインは違いますけどね。ペア時計ってちょっと憧れだったんですよ」
「タグ・ホイヤー……高いのに……大丈夫なのか?」
「ちょっと奮発しました。部長、心配なら給料をあげてください」
「バカ……」
 柴田は笑いながら、時計をはめてみた。
「ありがとう……大事にするよ」
「じゃ……名残惜しいですけど、行きます。また後で」
「ああ」
 西崎は、柴田に別れのキスをすると部屋を出て行った。柴田は、幸せそうに溜息をついた。
 西崎との初めてのクリスマスは、年内最後の休日出勤になってしまったが、とても忘れられない印象深いクリスマスとなった。柴田は、どんどん西崎に溺れて行く自分を感じて、再び溜息をついた。それは少し甘い溜息だった。
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