カリフォルニア・ドリーム

モドル | ススム | モクジ

  11  

 氷上がニッコリと笑って言った。
「へ?」
 司郎はまた間抜けな声をあげてしまった。しかし氷上は微笑んでいる。
「キスをしようよ」
 氷上がもう1度言った。
 今度は、何も返事をしなかった。司郎はただ黙って考える。その言葉の意味について……。また氷上の気まぐれだろうか? と思う。いや、そうに違いない。そうとしか思えないのだけど、あまりにも唐突ですぐにはそれを理解する事が出来ない。
 司郎は表情を強張らせて、ゴクリと唾を飲み込んだ。もちろん司郎の答えは『NO』だ。先日の口論の際に、氷上の気持ちを知って、もうお遊びでのキスやそういう行為はしないと、断言したからだ。司郎の氷上に対する気持ちは真剣で、それを氷上に解ってもらう為にも、もう流されるような行為はしない。そう誓ったはずなのだ。
 これは試されているに違いない。司郎は、グッと拳を握り締めてから、もう1度唾を飲み込んだ。
「キスはしません」
「なぜ?」
 氷上は少し首を傾げる仕草をしてから尋ねてきた。司郎はスウ……とゆっくり息を吸い込んだ。
「オレは、真剣に氷上さんを愛しています。でも氷上さんは、男同士でのそんな感情を信じないと言った。だからオレが、性欲だけで氷上さんを欲しているわけでは無い事を証明する為にも、もう一時期の欲望だけで氷上さんには触れないと決めたんです。それがオレの誠意を示す事になるならば……」
「オレが司郎とキスをしたいんだと思っても?」
「はい」
 司郎は、強い眼差しで見つめ返してから、キッパリとした口調で答えた。
 少しの間があいて、氷上が小さく溜息をつく。
「随分……淡白だな……君って、比叡山の僧侶みたいだ」
「……どういう例えですか」
 司郎はムッとしたように小さく呟いた。しかし氷上は、くすりと笑う。
「オレは……そんな君を信じてもいいかな〜ってちょっと思ってきていて……君の気持ちを受け入れたいな〜なんて思ってきてて……それで君とキスしたいって思っているんだけど……それでもダメなの?」
「え?!」
 司郎は驚いて、少しばかり身を乗り出していた。氷上はその様子に、プッと吹き出す。『まったくかわいいなぁ』と内心思っていた。
「え? ……あの……それって……オレと恋人同士になってくれるって事ですか?」
「そうだよ……嫌?」
「い……嫌なわけ無いでしょ!! ……いや…だけどそんなはずはない……嘘だ……氷上さんはオレをからかっているんだ」
 司郎は独り言の様にブツブツと呟いた。ソファに座りなおして、ブルブルと首を振る。それを見て、氷上は呆れ顔になった。
「そんなに疑わなくてもいいだろ?! なに? オレの言葉が信じられないの?」
「だって……だってそうでしょ? 氷上さんが、オレの事を本気で好きになるはずなんてない……それに男同士だし……」
 最後まで言い終わる前に、ガタンと氷上が勢い良く立ち上がった。二人の間にあるテーブルを踏み越えると、司郎を跨ぐようにして、ソファの上に立ちあがる。体を屈めて司郎の顔を覗き込むと、ギュウウウッと司郎の鼻をつまんで捻った。
「いいかげんにしろよ! 疑うのは勝手だけど、ちょっとは当たって砕けて見ろよ! 会った頃のお前の方が、がむしゃらにぶつかってきてバカみたいで好きだぞ……むざむざチャンスを逃すつもりか!?」
「イテテテテ……」
 司郎はその痛みで涙目になりながら、氷上の顔を見上げた。視線が合うと、氷上の目が真剣なことに気づく。
「どうだよ」
 氷上が摘んでいた手を離して、そのままジッと覗き込んでくる。司郎はジッと見つめ返した。
「もう……傷つけたくないんです」
 司郎は囁くように言った。
「傷つくのが恐くなったのか?」
 氷上は眉を寄せて聞き返した。司郎は首をゆっくりと振る。
「貴方をもう傷つけたくないんです……」
「オレを? ……お前は絶対に裏切らないって言ったんじゃないのか? 遊びじゃない。本当に愛しているって……なのになんでオレが傷つくんだよ……やっぱりいつか別れる気なのか?」
「違います。貴方が本当にオレの事を好きになってくれて、本当に愛してくれて、それでオレの気持ちを受け入れるって言うのならば良いんです。それならオレは命を掛けたって良い……だけど……貴方はまだ信じてない……男同士の愛なんて信じてないでしょ? 貴方にはトラウマがある。貴方はそのトラウマを忘れたくて、オレで試して見ようとしているだけなんでしょ? ……貴方の傷が癒えるんなら、オレはなんだってします。誰かの身代わりだとしても構わない。だけど、オレは全然ガキで、未熟で、貴方にしてあげられる事は、ただ心から愛してあげる事だけだ……気持ちの伴わないままでは、オレは貴方を傷つけてしまう……貴方はオレと体を重ねるたびに、きっと傷つく……だから……」
 司郎の言葉を遮るように氷上が唇を重ねた。1度深く吸ってから、ゆっくりと唇を離す。
「傷つけても良いから……お前がそんなにオレを心から愛してくれるって言うなら、どんなにオレを傷つけたって良いから……オレの心の傷がどれだったかわからなくなるくらいに、お前がオレに傷をつけてよ……お前ならいいから……きっと……お前なら、オレ……もうどうなったって……いいから……」
「氷上さん」
「オレがダメになっちゃうくらい、お前がオレを束縛して、甘やかしてくれよ……」
「氷上さん」
 今にも泣き出しそうな顔の氷上をみつめて、司郎はその体を強く抱きしめた。強く強く、壊れてしまうんじゃないかというくらいに抱きしめた。


 司郎はやたらソワソワと落ちつき無くしていた。横になっていようかと、ベッドにゴロリと仰向けになったが落ちつかず、ゴロゴロと左右に転がってから、それでもそうしていられず体を起こす。第一、もう半年以上も一緒に住んでいて、この寝室に入るのは初めてな上に、このベッドの上にいるのも初めてだ。横になったら氷上の香りがしてドキリとなった。静まらない心臓が、更に激しく早鐘のように鳴る。もうそれだけで、中心が熱を持ってくる。
 全裸で、ベッドに一人座る司郎は、上掛けをめくって胡座を組む足の中心で昂ぶり立つ自身をみつめて苦笑した。
「今からそんなんでどうすんだよ」
 情けない声でポツリと呟いた。半開きのままの寝室のドアをじっとみつめる。その向こうから水音が聞こえていた。氷上がシャワーを浴びているのだ。こんな状況、嘘みたいだと思う。
 氷上は、司郎を受け入れると言った。そして抱いて欲しいと言った。強く抱きしめた氷上の体から熱が伝わってきた。自然と唇を重ね合い、求め合い、激しく熱く何度も何度もキスを交わした。熱い吐息と共に氷上が囁いた。
「司郎……今からオレを抱いてくれ」
 服を脱がされて、首筋や鎖骨や胸を舐められて吸われた。これでは逆だ。襲われている……そう思いながらも、とても興奮した。自制心なんて簡単に取っ払われてしまって、『もう氷上さんとはキスもそれ以上の事もしない』なんて偉そうな事を言っていたのに、そんな司郎の決意なんて、ガラスよりも脆かった。欲望が頭を持ち上げる。
 司郎の体を愛撫する氷上の体を抱き上げて、顔を上げさせて、激しく唇を求めたら、氷上がそれを制して艶やかな笑みを浮かべて「シャワーを浴びてくるから、ベッドで待ってろ」と言った。
 それで今こうして大人しく待っている。待っている内に、段々体の熱が引いてきて、頭が冴えてきて、段々自分の立場に我に返った。なんて衝動的な事をしているんだろうと思う。氷上を傷つけたくないなんて、大義名分を掲げておきながら、アッサリとこんな始末だ。我ながら情けないけれど、こんなに冷静さを取り戻していても、中心に集まった熱だけは、一向に引く気配が無い。
 シャワーの水音を聞き、ベッドの匂いをかいで、こんなにもあられもなく興奮している。ドクドクと脈打つ昂ぶりは、どうしようもなかった。
 それも仕方ないと言えば、仕方ないのだ。氷上に誠意を見せるために、この半年の間ずっと禁欲生活を送っていたのだ。もちろん自慰もやっていない。だから溜まっていても仕方ない。
 水音が止んだので、どきりとなってまたドアの方に視線を送った。バクバクと心臓が激しくなり、なんだか口から飛び出てきそうだ。
 しばらくしてカチャリとバスルームのドアが開く音がした。やがてバスタオルを腰に巻いた氷上が現れた。
「お待たせ」
「あ……いえ……」
 余裕の微笑を浮かべた氷上とは対照的に、司郎は返した声が擦れてしまった。かなり動揺していると思う。きっと遠くから見ても、茹であがるくらいに赤面している顔は解ってしまうだろう。
 氷上はゆっくりとこちらへ歩いてきて、ベッドの上に上がってきた。司郎の正面に4つんばいで這って近づくと、鼻の頭がくっつくくらいに顔を寄せてクスリと笑った。
「緊張しているの?」
「ひ……氷上さん……オレ……やっぱり……」
「やっぱり……何?」
『SEXは出来ません』と言おうとしたはずなのに、その言葉は口から出なかった。代わりにゴクリと唾を飲み込んだ。目の前の氷上の瞳が、憂いを持って誘うように見つめる。それを拒む事は出来なかった。
 どちらからともなく、唇を重ね合った。最初は触れるくらいのキス。そして唇を吸い合うキス。舌を絡め合うキス。
 司郎は、氷上の両肩を掴んで体を引き寄せながら、夢中でその唇を求めて吸った。体裁も何も関係無く、ただ欲望が求めるままに唇を貪り合う。乱れる吐息が絡まり、口の端から唾液が溢れ出ても構うことは無かった。
 氷上の右手が、司郎の胸に触れる。そっと撫でる様に、鎖骨から乳首までのラインをなぞられて、ぞくりとなった。素肌に感じる相手の体温が、今までとは違う誘惑を与える。その手が、乳首を軽く撫でてから、スルリと腰のラインを降りて昂ぶりへと触れられると、司郎の体がビクンッと反応して揺れた。
「ん……っ」
 司郎は眉間を寄せて、小さく喉を鳴らすと、掴んでいた氷上の肩を押して唇を離した。
「ひ……かみさん……オレ…今、触られたら……」
「出ちゃう?」
 氷上がクスリと笑って、司郎の顔を覗きこんだ。司郎は真っ赤になって、下唇を噛んだ。堪えられ無い事が恥ずかしかったが、こればかりはどうにも出来ない。自分の気持ちの昂ぶりの100万倍くらいに、下半身は暴走していた。まだ何もしていないというのに、もうイッてしまいそうだ。これでも自分では我慢しているほうなのだが……。
「いいよ、出しちゃいなよ……はずかしがらなくてもいいよ……オレに興奮してくれてるんだろ?……まだまだがんばってくれればいいんだしさ」
 氷上は悩ましげな視線を司郎に送りながら微笑んでそう言うと、司郎の昂ぶりを手で扱き始めた。何回か上下に強くこすり上げると、司郎が体を強張らせて「うっ」と小さく唸った。昂ぶりがビクビクと痙攣して、先からビュビュッと白い液体を2〜3度吐き出した。
「溜まってたの? 随分濃いね」
 氷上がクスリと笑って言ったので、司郎は恥ずかしくなって目を閉じる。
「氷上さん……そんな……言わないで下さいよ」
「本当の事だろ? ……それより、全然硬いままじゃん……まだまだ大丈夫だよ……ね?」
 氷上は誘うように唇を重ねてきた。司郎は再びその肩を抱き寄せると、強く吸って体を反転させてから、氷上の体を押し倒した。上に被さると、氷上の首筋を強く吸う。
「ん……」
 氷上が甘い声を漏らしたので、司郎は更にその行為を続けた。
 耳たぶを甘く噛んで、首筋を吸って、舌を這わせた。鎖骨から胸へと舌を滑らせて、乳首を吸い上げた。
「あ……ん……司郎……そこもっと吸って……」
 氷上の甘い言葉を聞いて、司郎は更に乳首を舌で、唇で、愛撫した。氷上の息が乱れて、時折鼻から漏れる甘い喘ぎを聞いて、司郎は氷上を感じさせたくて、二つの突起を交互に愛撫し続ける。乳頭がプクリと膨らみをもって立ちあがっている。舌でそれを転がすように愛撫すると、氷上が喉を鳴らした。司郎も息が荒くなる。氷上の両手が、司郎の首に巻きついてきて、もっととねだっているようだった。
 司郎の腹に、硬い物が当っている。それは氷上の昂ぶりで、先からは蜜を溢れさせていた。司郎の腹を濡らしている。司郎の昂ぶりも、再びの絶頂を間近に感じていた。先端から溢れる蜜が、糸を引いて滴っている。
「氷上さん……あの……そろそろ……なんですけど…」
「うん……入れていいよ……もう準備してあるから……入ると思うよ」
 氷上も息を荒げながら答えた。目が熱を持って潤んでいる。司郎は1度深く氷上にキスをした。そして腰を抱き上げると、氷上が自ら足を開いた。その真ん中に体を埋めるようにすると、両脇に足を抱えあげた。ハアハアと司郎の息遣いが激しい。手を添えて、氷上の窪みを確認した。指で触ると、キツく閉じた蕾は、とても小さくてこんな所に本当に入れる事が出来るのだろうか?とさえ思う。確認する様に指の腹でグイッと押して見ると、ヌルリと中指が入ったので驚いた。氷上の中はとても熱くて、指に吸い付いてくる。ここに入れるのだと思うと、ムラムラと激しく欲情した。
「んん……ふ……」
 指を動かすと、氷上が身を捩らせて喘ぐので、司郎は夢中になって指を根元まで深く入れながら、中を掻きまわした。
「司郎……いいから……早く……」
 艶のある声で氷上が誘う。司郎はごくりと唾を飲み込んだ。司郎だってかなり来ている。今にも暴発しそうな昂ぶりを思い出した。
「はあ……はあ……氷上さん……氷上さん……」
 頭の芯がカアッと熱くなった。訳が解らなくなって目眩がしそうだった。氷上の中から指を引きぬくと、そこに昂ぶりを押し当てた。
 自ら滴らせている蜜で、先端は濡れていて、焦って押し込もうとしたらツルンと滑って氷上の尻を撫で上げただけだった。
「司郎……ゆっくり……大丈夫だから」
 氷上に言われて、司郎はハアハアと大きく息をつきながら、昂ぶりに手を添えて、もう1度その中心へとあてがった。先端が窪みに当り、そこへゆっくりと押し込むと、抵抗を感じながらもグググッと中へと埋まっていく。
 入口はとても狭くて、押し入ってくる亀頭をキツク締め上げてきた。一番幅のあるカリの部分がツルリと入ると、急に抵抗が軽くなった。その代わりに、内壁がペニス全体を包む様に締めつけに来る。それは初めて味わう快感だった。
『熱い……』そう思った瞬間、腰が跳ねていた。
「あっ……ううっ……」
 ようやく先端が入ったところで、司郎は射精してしまっていた。腰がガクガク揺れて、勢い良く精を吐き出していた。
「あ……」
 氷上もちょっと驚いて、司郎の顔を見た。司郎は硬く目を閉じてしばらく唸ってから、ハアハアと肩で大きく息をつくと、目を開けて氷上と視線を合わせた。とてもバツの悪そうな顔になる。
「……すみません」
 司郎はかなりヘコんだ様子で、ポツリと呟いた。
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