カリフォルニア・ドリーム

モドル | ススム | モクジ

  7  

 氷上は玄関の鍵を開けて、部屋の中へと入った。キッチンにだけ灯りが付いている。上着を脱ぎながら、ダイニングテーブルへ歩み寄ると、サラダが置いてあり、シチュー皿が一緒に並べてあった。コンロに掛けられている鍋の蓋を開けると、美味しそうなビーフシチューが入っていた。氷上は暗いリビングの方へと目を向ける。冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターの瓶を取り出すと、コップに注いで一気に飲み干した。
 ふう……と息をつく。
 GF達と遊んできて、結構酒を飲んだ。そのまま彼女の部屋へと誘われたが、なんだかそんな気に慣れなくてそのまま帰ってきてしまった。最近付き合いが悪いと、彼女からの評判はガタ落ちだ。このままだと振られてしまうかもしれない。そんな事を考えながらゆっくりとリビングへと歩いて行った。
 一番大きな3人掛けのソファに、その大きな体を窮屈そうに横たえて眠る司郎の姿があった。毛布をぐるぐるに、ミノ虫の様に体に巻いて、それこそ丸まって寝ていた。いつものポーズだ。キッチンから届く淡い光の中で、気持ち良さそうに寝息を立てている彼の寝顔を見下ろしながら、小さくため息をついた。
 まったく……こいつの所為だ。と心の中で悪態を吐く。
 彼が一人で待っているのだと思うと、気になってこうやって遊びに行っても泊まれずに帰ってきてしまうのだ。司郎は、結局氷上の家へと転がり込んできた。来いと言ったのは氷上だったが、まさか本当に来るとは思わなかった。
 氷上の叔父のジョーイ宅へホームステイして2週間目の事で、元はと言えば、ジョーイのオープンな性生活の所為で、司郎が居辛いようだからと気にしてあげたのだが、今にして思えば、彼はそこまで困ってはいなかったような気もする。困っていたのは、その変な影響を受けて、変な夢を見るって言っていただけで、それもその夢の出演者は氷上なのだから……つまり彼は、ジョーイのおかげで、同性愛に目覚めてしまったらしく、それを氷上の家に来る様に誘ったのは、早まったかもしれない。と思ったのは、彼が転がり込んできてから1週間も経った頃で……。
 氷上はそんな事を思ってまた溜息をついた。
 司郎の想いはとても真っ直ぐだった。一緒に居て、息苦しくなるくらいに、氷上に対して「大好き光線」をいつも発している。彼は結構マメな性格で、居候をさせてもらうからと言って、家事一切をやってくれていた。
 お互いの生活に関与しない事。
 それが最初に彼に言った条件だったが「勝手にやっているだけなので気にしないでください。食事も無理に食べてくれなくても良いです」と言っては、毎日氷上の分まで作ってくれる。
 それを氷上が気にしない訳が無いのだ。
 料理は上手い。
 ずっとデリバリーばかりで済ませ慣れていた氷上だったが、久々に食べる肉じゃがとか、焼き魚などの和食は堪らなく美味しい。
「餌付けされてどうする」
 氷上は自分にツッコミを入れた。このままだと彼の気持ちに流されてしまいそうで、最近は以前以上に夜中まで友達やGFと遊び歩いている。もちろん仕事もしているのだけど……。大体図々しいのだ。彼は、氷上との同居のルールはキチンと守っていて、掃除もリビングとキッチンだけ、氷上のプライベートスペースには、絶対立入らなかった。洗濯も勝手にはしない。タオルや生活用品以外……氷上の衣類は絶対触らない。そんな細々とした約束を守ってはいるのだけど、でもいつのまにか、すっかりこの家に居ついている。
 アパートの管理人や近所の人とも仲良くなっているらしいし、近所のスーパーも行き慣れている。
 本当に出て行く気があるようにも見えない。その上こんな扱いで一言も文句を言わないし、こんなソファで毎日窮屈そうに寝たりして……もうひと月になろうとしているのだ。その健気な態度に、ほだされそうになる。
 そもそも……氷上は最初に司郎に会った頃から「マズイ」と思っていたのだ。1番マズイタイプの男なのだ。一目……一目彼を見て氷上は心が揺れたのだ。彼の様なタイプは1番……。
 氷上は、なんだか段々腹が立ってきて、寝ている司郎の鼻をギュウッと摘んだ。
「んん……んあっ!」
 司郎は驚いて飛び起きた。
「んんんっ……あ、あれ? 氷上さん?!」
 司郎は摘まれた鼻を擦って、目もゴシゴシと擦ってから、驚いたような顔で氷上を見た。
「よくこんな狭い所で眠れるよ」
「別に不自由はしていません、ここのソファはクッションが良いし…」
「狭いだろ? お前には」
 氷上はそういいながら、司郎の足下に座った。司郎はソファの上に体育座りをして、足下に腰かけた氷上をみつめた。
「いえ、別に寝れればどこでもいいんです」
「そういう事じゃなく、ちゃんと引越先は探しているのか?」
 氷上は、溜息混じりに司郎をチラリと見ながら言った。少し酒に酔っている風の氷上は、なんだかとても色っぽいとその横顔を司郎はみつめていた。
「まあ、ボチボチ……オレも色々と忙しいんで……」
「何が? バイト? 貯金あるんだろ?」
「貯金はありますけど、そのまま食いつぶす訳にはいかないので、働けるのならば働きます。早く工房で働けるようになれれば良いのだけど、すぐにという訳にはいきませんからね。1年かかるのか2年かかるのか。それを見越して、考えてお金は使わないと……遊んで暮らせるほどの貯金の額ではないのですから」
「だったら、オレの分の食事なんか作るなよ。材料は全部お前が買ってきているんだからさ」
「一人分って作れないんですよ。どうせ材料の量は変わらないのですから……気にしないで下さい」
 司郎はニッコリと笑って言った。氷上はムッとなって黙り込んだ。
「迷惑ですか?」
「迷惑だよ」
「どうして?」
「オレに惚れていて、邪まな事を考えている野郎が、同じ部屋に住んで、せっせとオレの世話をしようとしているんだから、迷惑だろ」
「でも無理には追い出さないんでしょ?」
 司郎がニッコリと笑って言ったので、氷上はチッと舌打ちをした。
「お前なぁ」
 氷上はずいっと司郎に詰め寄ると、その胸座を掴んだ。
「え?」
 司郎が驚く間もなく、氷上がその唇を唇で塞いだ。
「ん……」
 司郎は驚いて目をぱちくりと見開いていた。目の前には、氷上の閉じた両目の瞼と、長い睫毛が合った。氷上の唇が司郎の唇を愛撫するように動き、上唇を、下唇を、交互に甘く吸い上げる。氷上の瞳が開いて、司郎と視線が合ったので驚いたら、ゆっくりと唇が離れていった。呆然となる司郎を見て、氷上はニヤリと笑った。
「余裕があるんだかないんだか……お前って解らないんだよ」
「え?」
「オレの事好きなんだろ? エッチな夢見るくらい。そんな相手と同じ部屋に住んでいるくせに、すっかり落ちついた風にしてさ。別にあれっきり襲ってくる様子もないし……でもやっぱりアレだね。お前……実は全然余裕ないんじゃないか……坊や」
 氷上がそう言ってクスリと笑ったので、司郎はカアッと赤くなった。
「からかってるんですか?!」
「そうだよ……なんかムカツクから」
「なんで」
 司郎の問いに氷上は答えなかった。目を反らされたので、司郎はカッとなって、氷上の肩を掴むと、唇を重ねた。
「んん」
 今度は氷上が驚いた。司郎は、荒々しく唇を吸ってきた。息が出来ないほど荒くて強引な口付けに、氷上は一瞬引き込まれそうになった。
「んっ」
 なんとか逃れて、氷上は大きく息をついた。司郎の息も乱れていた。
「ヘタクソ」
 氷上は乱れた息をつきながら、ポツリと呟いた。
「なっ……」
 司郎はカアッと赤くなった。ヘタクソ……その言葉が、グルグルと頭の中を回った。
「キスを教えてやるよ」
 氷上はそういうと、再び司郎に唇を重ねた。今度は司郎も目を閉じた。先程と同じ様に、氷上の柔らかな唇が、司郎の唇を愛撫する。薄く開いた唇の間を、氷上の舌が割って入ってきた。暖かい舌の感触に、司郎はゾクリとなった。氷上の舌は別の生き物のように蠢き、司郎の舌に絡みついてくる。舌を愛撫するような動きで絡みつかれて、司郎はゾクゾクと欲情してきた。氷上の体を抱きしめて、夢中でキスに答えるように唇を吸った。ぎこちない動きで、司郎も舌を動かす。ジュッジュッと唾液が漏れて湿った音がする。司郎は体が熱くなった。嘘のようだ。
 今、自分が氷上と、こんな濃厚なキスをしているというのが、信じられなかった。これは夢なのではないだろうか? 司郎は眠っていたのだ。こんなに都合の良い現実があるとは思えない。きっと夢に違いない。そう思っていた。息をするのも忘れるほどに夢中でキスをしていた。誘導するように氷上の舌が絡みつき、それに従うように司郎も舌を絡める。氷上が体を司郎に圧し掛かるようにしてきていた。立てた両膝を割って、氷上の体が司郎の足の間にあった。チュクチュクと吸い合う唇の音と、湿った舌の絡まる音だけが、静かな部屋の中で聞こえる。後は時折漏れる二人の吐息交じりの声だけだ。氷上の舌が離れて行き、唇が離れた。だがその綺麗な顔はまだ目の前にあった。司郎は目を開けて氷上をみつめた。氷上の茶色の瞳がそこにある。
「キスだけで……もうこんなになってんのか?」
 氷上はクスリと笑ってそう言いながら、司郎の股間の膨らみを右掌で包んだ。
「あっ……」
 司郎は赤くなって、氷上を見た。氷上の目が笑っている。氷上はクスリと鼻で笑うと、司郎のジーンズのジッパーを降ろした。
「ひ、氷上さん!」
 司郎の声が上ずっていた。ジッパーを降ろすと、それを待っていたとばかりに、中の膨らみが今にも飛び出しそうに外へと出て来た。中の物はかなりビンビンに勃ち上がっていて、グレーのボクサーパンツの薄い布をいっぱいに伸ばして、その形をクッキリと浮かび上がらせていた。その先からは、先走りの液があふれているらしく、布が濡れてその部分が色を変えて染みになっている。
「オレに興奮したの? それともオレのキスに興奮したの?」
 氷上がクスクスと笑いながら、下着の布越しに、その昂ぶりを上下に撫でた。
「んっ……や、やめてくださいっ……」
 司郎は、苦しそうな顔でギュウッと目を瞑った。
「まさかこれくらいで出ちゃうなんて言わないだろ? まだ何もしてないのに……」
 氷上はそう言いながら、下着をめくって中の昂ぶりを露にした。陰嚢まで剥き出しになるように下着を下ろすと、血管を浮きあがらせて、限界まで膨張しているその昂ぶりを、マジマジとみつめた。
「まあまあ立派だね」
 氷上が冷静に診断するような口調で言ったが、司郎はギュッと目を瞑ったまま答えなかった。司郎の昂ぶりは、ビクビクと痙攣するように動いていて、腹に付くほどに反りあがり、陰嚢もキュッと上に上がっている。その先からは、次々に透明な液を溢れ出させていた。
「カウパー……すごい量だね。若いからかな?」
「氷上……さん、やめてください……もう……」
「え? もう何? まだ何もやってないだろ? ってこれからどうしようかな〜〜……舐めて欲しい? フェラして欲しい?」
「かっ……からかうのも……いい加減に……」
 司郎はハアハアと息を乱しながら、余裕無く呟いた。
「どうしようかな〜〜」
 氷上は、司郎の股間を覗き込むように顔を近づけて、右手でその昂ぶりを握ってみた。
「ああっっっ!!!」
 司郎が声を上げて、ぶるっと体が震えたかと思うと、ビュビュッと激しい勢いで射精をしてしまった。大量の精液が、氷上の顔面を直撃してしまい氷上は驚いて固まってしまった。
「あ……」
「あ……」
 二人が同時に声を上げた。二人ともしばらく固まってしまっていたが、先に真っ赤な顔で慌てたのは司郎だった。
「ひ、氷上さん……すっすみません!!」
 司郎が慌てて、氷上の顔に掛かった精液を、服の袖で拭おうとしたが、氷上が体を起こして立ちあがった。
「早漏」
 氷上は眉間を寄せて、司郎に向ってそう暴言を一言吐き捨てると、バスルームへと走って消えて行った。

 熱いシャワーを浴びながら、氷上は次第に冷静さを取り戻していた。
 なんてバカな事をしたんだろう……そう思う。酔っていたから。それが氷上の言い訳だ。なんだか余裕ぶった様子の司郎にムカついて、ついついちょっかいを出してしまった。絶対司郎は、あまりエッチや恋愛の経験が無いのだろうという気持ちから、面白がってからかって、それがちょっとエスカレートしてしまったのだ。
 キスをして、氷上だってちょっと興奮していた。氷上は、ゲイではないけど、別に男性経験が無いと言う訳ではない。基本的に女の子とばかり付き合っているけど、たまに男性とエッチだけする事もある。欲求不満気味の時は、男性とのSEXの方がおもいっきり気を失うまで出きて、後腐れも無い。ただそれだけだ。特に気に入っている訳でも無い。
 純情そうな司郎を相手に、こんな事をしてどうしようっていうのだろう。氷上は罪悪感を覚えた。遊びで付き合って、体を重ねて、ハイさよなら、なんていつもの遊び相手の様にしたら、司郎はどうなるのだろう? 傷つけてしまうだろう。彼が本気で、まっすぐで、遊びなんて出来ない事は解っている。だから1番からかってはいけない相手だと解っているのに……。司郎をこの家に招いて、「襲うなよ」って警戒している素振りをしながら、何も本当にしてこない司郎に、焦れてしまったのは氷上の方だった。
「ほんとうにバカ」
 氷上は大きな溜息をついた。バスルームを出た氷上は、リビングの方は1度も見ずに、足早にベッドルームへと行き、ドアを閉めて鍵を掛けた。

 翌朝起きて、気まずい気持ちでリビングに出たら、司郎の姿が無かった。ダイニングにはいつものように料理が用意されていた。まさか出て行ったのかと、ちょっと不安になって、リビングを見まわしたら、司郎の荷物はそのままだった。たった2箱のダンボール箱。それが司郎の荷物。二つとも開いていて、片方には服が入っていて、もうひとつには、スケッチブックや本などが入っている。リビングの隅に、氷上が買ってやった小さな机の上には、作り掛けの宇宙船の模型があった。
 こんな朝早くにどこに行ったのだろう。氷上は、模型をみつめながら思った。バイトは午後からのはずだ。今朝は、気まずいとは思いつつも、ちょっと反省したので1番に謝るつもりだったのに……そう思ってチェッと舌打ちした。氷上は朝食を食べながら、司郎の帰りを待ったがなかなか帰ってこず、氷上も出かけなければならない時間になったので、仕方なくアパートを後にした。


 新しい映画の仕事に入っていた氷上は、その日スタジオ入りして、監督と打ち合わせをして、製作チームとデザインについての話し合いをしていたら、すっかり遅くなってしまった。このままでは今夜は帰れそうに無い。こんな時にタイミングが悪いな。そう思いながら家に電話を掛けた。
 電話に出た司郎はいつもどおりで、「今夜は仕事で帰れないけど、スタジオに居るから何かあったら電話しろよ」と言ったら「何もないですよ」と笑っていつもの調子で答えたので、ちょっとホッとした。その勢いのまま謝ってしまおうかとも思ったが、こういう事は顔を合わせてからの方が良いと思ってやめた。
 受話器を置いて溜息を着く。
「シンゴ……どうかした?」
 仕事仲間に声を掛けられて、氷上は笑って見せた。
「何でも無い。なあ、さっきの話だけどさ。都市の壊滅シーンで、ここの爆破部分はやっぱりCGよりも模型を爆破した方が良くないかな?」
 氷上はシナリオを片手に説明をした。
「手間掛かるぞ?」
「うん……でもオレは模型爆破したい。模型制作に人手が足りないなら、オレ、良い人材を知っているからさ」
「なに? 素人? どっかの工房のデザイナー?」
「素人……でも良い腕しているから」
「シンゴが誰かを紹介するなんてめずらしいな。じゃあ今度連れてこいよ」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ……オレは、今の話をディレクターにしてくるから。お前は責任とって、今夜中にそのシーンのコンテを作れよ。それと爆破する市街地のラフデザインもな」
「了解」
 氷上が笑って、手を上げると彼がその手をパンと叩いて笑いながら去って行った。
「司郎のデビューになるかな」
 氷上は嬉しそうに一人で微笑んでいた。

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