カリフォルニア・ドリーム

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 司郎は毎日部屋に篭って、作品制作に没頭していた。デザインを何度も何度も書き直し、設計図を何度も書き直し、模型もいくつも作り直していた。その集中振りに、ジョーイも少々呆れたほどだ。
「こういうのも芸術バカになるのかな?」
 ジョーイがゲーリーに苦笑しながらそう言うと、ゲーリーは穏やかに微笑んで、「打ち込める物があると言うことは良い事だよ」と言った。

「シロー、電話だよ」
 ある日の事、そう呼ばれて司郎は首を傾げる。司郎宛の電話など滅多に無い。アメリカに来て2週間になるが、まだ行動範囲はとても狭い。アメリカでの知り合い等1人もいない。
「日本から?」
 司郎が尋ねると、ジョーイはニッコリと笑った。
「シローの愛しい人だよ」
 それはジョーイ独特のジョークだろうかと首を傾げながら受話器を取った。
『ハイ! 司郎』
 電話の向うの声は氷上だった。司郎はぎょっとなる。
「あ、は……はい、こんにちは」
 慌てた様子で、少し赤くなりながら、司郎は落としそうになった受話器を握り直した。弟子にしてくださいと、氷上に頼み込んだあの日から10日。あれ以来、1度も会ってないし、電話もしていなかった。ひたすら作品制作に没頭していた。一瞬、脳裏には、勝手に夢に見てしまったエッチな氷上の姿を思い浮かべていた。
「ごめんね、随分放っておいたけど、スタジオ見学の件……明日はどうかな? と思って」
「あ、ありがとうございます。オレはいつでもOKです」
 それを聞いた途端に、何もかもが吹き飛んだ。飛びあがるくらいに嬉しい。受話器を持ったまま、ペコペコと頭を下げる司郎の姿を見て、ジョーイが吹き出していた。アメリカ人から見たら、きっとかなり変な姿なのだろう。それでも司郎は気にする事なく、高揚する気持ちを押さえきれずに、声まで自然と大きくなる。待ち合わせの時間を約束して電話を切った。軽い足取りで部屋へと戻る司郎を、ジョーイは楽しそうに眺めていた。


 嬉しいのは、スタジオ見学が出来るから? 嬉しいのは、氷上に会えるから? そんな疑問は司郎にはまだ自覚が無い。だが会って、顔を見たら違っていた。
 いつもの待ち合わせの公園。いつもの様に時間どおりに真っ赤なジャガーで現れた氷上を見て、司郎の心臓が跳ねあがった。口から心臓が飛び出るかと思った。その後バクバクと激しい動悸で、胸が破れそうだった。
 なんでこんなにドキドキするのだろう? 真っ赤な顔で出迎える司郎を見て、氷上は首を傾げた。
「司郎……どうしたの? 顔、真っ赤だよ? もしかして熱でもあるんじゃない?」
 心配そうな顔の氷上に対して、司郎は何も言えないまま真っ赤な顔で固まっている。『あの』氷上を思い出してしまったのだ。
「司郎?」
 氷上が只ならぬ様子の司郎に詰めよって、顔を覗きこんだ。
「すみませんっっ!! ごめんなさい!!!」
 突然、司郎はそう叫ぶと、ダッと逃げる様に駆け出してしまった。
「え!? 司郎!? おい! ちょっと待てよ!!」
 氷上は驚いて、司郎の後を追いかけた。司郎は思っていた以上に足が速かった。体格も良いし、足も長いから、早そうだな……とは思っていたのだが、どんどん距離を引き離されていく。
「司郎!! こら!! 待てって言ってるだろ!! うわっ!!」
 氷上は足がもつれて転んでしまった。ドサッと転ぶ音に、さすがの司郎も気づいて足を止めた。振りかえると、氷上が転んでいて、膝を擦っている。司郎は慌てて駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
 屈んで覗きこむ司郎の顔を、氷上は恨めしそうに見上げた。
「大丈夫じゃないよ!!」
 口を尖らせる氷上に、司郎はビクリとなった。
「なんだよ。いきなり……何がごめんなさいだよ。走り出したりしてさ」
「あ……」
 口を尖らせたまま子供の様に、膨れて文句を言う氷上の顔が目の前にある。司郎は意識してしまって、また顔を赤らめた。
「なんだよ……説明しろよ」
「氷上さん」
「はい?」
「オレ……」
 司郎は真っ赤な顔で、ジッと氷上をみつめる。氷上も続く言葉を待った。
「オレ……氷上さんの事が好きみたいです」
「……」
 氷上は『またかよ』と思っていた。彼のこの直球な言い方にはさすがに慣れた。こうして赤い顔をして言われると、ウッカリ変な意味にとってしまいそうになるが、彼が天然である事は先日話をしてつくづく理解した。氷上は小さく溜息をついて苦笑する。
「ありがとうな」
「オレ……氷上さんが好きです。氷上さんとSEXしたいです」
「……はあ!?」
 氷上は、思わず声が裏返ってしまった。こいつ今、なんて言った? あんまり驚いて、腰が抜けたかと思った。氷上は呆然とした顔で、目の前で赤い顔をする司郎をみつめる。その顔はかなり真面目だ。人は、あまりにも信じられない言葉を聞くと、脳が言葉を解する事を拒否するのだろうか? 今、司郎が言った言葉がどうしても理解できない。まともじゃない。聞き違いとしか思えない。絶対言葉を間違えているんだな。そうとしか思えない。
 氷上は、とても短い時間の間に、グルグルと色々な事を考えていた。そうでもしないと、とてもじゃないが正気ではいられないほどの爆弾発言だ。
「司郎……今、自分で何て言ったか……解ってる?」
 氷上は、勇気を振り絞って聞いた。思わず引きつった笑顔になる。
「はい、オレ、すごく氷上さんとSEXしたいんです」
 今度は、『すごく』が付いてしまった。氷上は目を丸くして、冷汗をかいてしまった。
「すごく?」
 また恐る恐る尋ねた。
「はい」
 元気に司郎が答える。その後、氷上が絶句してしまった為、しばらくの間沈黙が流れた。 氷上は相変わらず、歩道に座り込んでいる。
「氷上さん?」
 あまりにも沈黙が続くので、司郎が首を傾げながら名前を呼んだ。手を貸して、氷上を立ちあがらせる。氷上はまだ呆然としていた。やっぱり理解できない。いや、言葉は解る。何を言っているのかも解る。だがなぜいきなり彼がそんな事を言い出したのか……それが理解出来なかった。
「お前、もちろん解ってて言ってるんだよな?」
 立ちあがってから、氷上が眉間を寄せて尋ねて来た。
「え? 何がです?」
「だから……オレとSEXしたいって事……」
「はい」
「お前、ゲイだったのか?」
「ち、ちがいますよ!! バカな事、言わないで下さい!!」
 司郎は、真剣な顔で否定した。バカだ。氷上は思った。こいつマジ天然バカだ。つくづく思う。ハアッと溜息をつくと、クルリと後ろを振り返って、来た道を戻り始めた。
「氷上さん? あの、氷上さん? もしかして怒っているんですか?」
 司郎が慌てて後を追いかけながら、困った顔で尋ねてくる。横に並んだ司郎をチラリと横目で見てから、また溜息をついた。
「怒ってないよ。呆れてるだけ……」
「ど、どうしてですか? オレ、そんなに変な事言いました?」
 その言葉を聞いて、氷上は足を止めた。司郎の顔をキッと見上げる。
「いきなり相手にむかって『SEXしたい』っていうのが、変じゃないっていうのかい?」
「あ……」
 司郎は少し赤くなって俯いた。
「すみません」
「冗談にしても、驚くだけで全然面白くないよ」
「でもオレ本気なんです」
「だからっ……そういうのが冗談にならな……へ? 本気?」
「本気です」
「でも、君、ゲイじゃないんだろ?」
「そうですよ。オレはノーマルです」
「でもオレとSEXしたいんだよね?」
「はい」
 氷上はまた絶句してしまった。なんだか本当にバカと押し問答をしている気分になった。頭痛がしてくる。
「あのね、オレはご存知の通り、男なんだからさ。オレとSEXしたいって事は、ゲイって事だよね?」
 氷上は妬けになって、まるで子供に言い聞かせる様に言った。すると司郎は、ちょっとムッとした顔になった。
「氷上さん。オレ、そこまでバカじゃないですよ。氷上さんが男って事、ちゃんと解ってます。でもオレはゲイじゃない。男なんて好きじゃない。でも氷上さんは好きなんです。オレ解ったんです。オレ、すごく氷上さんの事が好きだって事……そりゃあ、言い方が悪かったかもしれないけど、氷上さんの事は、ゲイでもないオレが『SEXがしたい』ってくらいに好きだって事です。オレ本気なんです。それくらい言わないと、氷上さんに解ってもらえないと思って……氷上さん、オレが『好き』って言っても、『ありがとう』って、お兄さんみたいに交わすでしょ? だから今の気持ちを正直に言ったんです」
 氷上は、真っ直ぐな目で司郎から見つめられて、話を聞きながら、次第に赤面しはじめていた。
 なんと言う事を言うのだろうと、呆れるとともに恥ずかしい。そんなに真顔で「本気だ」と言われてしまったら、なんと言い返せば良いのか解らない。それも「愛している」なんて愛の告白とはほど遠い、もっともっと直球で、本気の証が『SEXしたい』という言葉だなんて……目眩がしそうだった。
「イヤだ」
 氷上は目を伏せてからポツリと言った。
「え?」
「ヤダ……ヤダよ……」
 氷上は消え入りそうな声でそうつぶやくとまた歩き始める。
「氷上さん! 何が嫌なんですか!?」
「解ってるだろ!? お前となんかSEXしたくないよ!!」
「どうしてですか!?」
 氷上の腕を掴んで引きとめながら、司郎がムキになって聞いた。また氷上はカアッと赤くなる。頭に来る! そう思った。
「そんなにオレが嫌いですか?!」
「そういう問題じゃない!!」
 氷上は思わず大声を出していた。
「じゃあどういう問題なんです?!」
「バカ!! そんな簡単に、『はい、SEXします』なんて言えるか! バカも休み休み言え!! そういうのって順番ってもんがあるだろ!! オレはまだお前を恋愛対象にするかどうかも答えてないじゃないか!?」
「オレ……ダメですか?」
「ダメ!!」
 氷上は真っ赤な顔のままムキになって言った。キッパリと言いきられて、露骨に司郎がしょんぼりとなったが、氷上はそれを見ないようにして、スタスタと歩き始めた。しばらく歩いてから、司郎が付いて来る様子が無いので、クルリと振り向く。無いはずのしっぽが、垂れている様に見えた。
「司郎! お前、むちゃくちゃだぞ!!! もっとちゃんとオレに解るように話せよ!! 聞いてやるからさ!! もう……変だよ、お前!!! ほら!こいよ!!」
 氷上に怒鳴られて、司郎は慌てて駆け寄ってきた。


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