カリフォルニア・ドリーム

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 夕方、公園で氷上と別れた司郎は、家までの道程を、ワクワクした思いで歩いていた。結局氷上からは最後まで色よい返事はもらえなかったが、たくさんたくさん映画の話をした。二人の話は、きっと周りから見たら『オタク』『模型マニア』みたいだっただろう。普通の映画論ではなく、映画のアーティスト論……あの映画のあのメカを作った○○○氏がどうだ……とか、特殊効果のあのシーンが好きだとか、爆破シーン用に作られた1/12の建物の模型がどうだとか……とにかく夢中で話をした。そんな話をする時の氷上はそれこそ少年のようで、とても4歳も年上だとは思えなかった。
 綺麗な顔の氷上。
 お父さんが日本人で、お母さんがアメリカ人とフランス人のハーフなのだそうだ。
「混ぜ混ぜだろ?」と言って笑う氷上。
 元々髪の色は茶色だったのだそうで、金髪なのはブリーチしているからだと言った。とても気さくで、明るくて、とても優しい氷上。
 尊敬するアーティストが彼で良かったと、心から司郎は思った。弟子の話は、うやむやにされてしまったが、近いうちにスタジオ見学をさせてくれると約束してくれた。きっと普通ならば、社交辞令で終わりそうなのだろうけど、氷上は絶対に約束を守ってくれると信じられた。なんだか氷上に夢中になっている。
 SFXの仕事に……ではなく、アメリカの地に……でもなく、氷上に夢中で、氷上に心を躍らせて居るのだ。もちろんそんな自覚は、司郎には無い。
 絶対に、氷上の弟子になる。その為に、まずは認めてもらえるような作品を作ろうと思った。デザインだけではダメだ。模型を作ろう。今出せる司郎の力を全て注いで、作品を作ろう。それを氷上に進呈するのだ。今はもう模型の事しか頭になかった。色々なデザインが頭の中をグルグルとまわる。こんな平凡なのはダメだ。これはあのメカに似ている。そんな事をブツブツとつぶやきながら、ワクワクとした足取りで家路に付いた。
 玄関を開けて中に入ると、誰の姿もなかった。今日は二人とも家に居たはずなのだが、シンと静まり返っている。
 外出したのだろうか? とも思ったが、玄関を開け放して出掛けるわけが無い。ジョーイに、模型を作る為の材料を売っている店を教えてもらおうと思ったのだが……。
 司郎は自分の部屋へと戻ることにした。司郎の部屋とは反対側の奥の部屋が、ジョーイ達の寝室で、ドアが少し開いていて、声が聞こえてきた。なんだ居たのか……と思い、帰って来たことを一言告げようと思って、部屋へと近づいた。ドアの前まで来て、なんだか話し声がおかしい事にようやく気づいた。
「ああん……んん……あっあっあっあっ……もっともっと!! ああああ……」
 ドアノブに掛けようとした手をビクリと止めた。
 この声って……。
 一瞬思考が停止してしまった。情景が容易に理解できるはずなのに、理解を阻む理性があって、上手く考えがまとまらない。その声は、どう聞いたって『喘ぎ声』で、それはあきらかに『SEX中』の声で、その上『ジョーイ』の声で……と、見なくても情景が想像できる。だけど、ここは二人の寝室だし、ジョーイは男性だし、男性のジョーイが女のような喘ぎ声を出すなんて……という理性的な思考が邪魔をしていた。
 無意識に、ドアをもう少しだけ押して隙間を広げ恐る恐る中を覗いた。
 大きなダブルベッドが見える。ベッドの上には全裸で重なる二人の姿があった。ゲーリーらしき人物がベッドに横たわっている。その上にジョーイが跨っていて、激しく上下に体を動かしていた。こちらからはジョーイの後姿しか見えないが、間違いなくジョーイだ。 背を時々反らせては、喘ぎ声を上げている。それがただ馬乗りになっているのではない事は、嫌でもすぐに判断できた。ジョーイが腰を浮かせるたびに、双丘の中心に肉棒が刺さっているのが見えるからだ。
『肉棒』だ。『肉棒』……それはゲーリーの持ち物で……赤黒いソレが、ナニかだなんて、解らないはずは無いだろう。ジョーイが悦びの声をあげて、体を揺らすたびに、尻の間から見え隠れするソレが、紛れもなく、ジョーイの体に埋まっている事は解る。似たような光景をエロDVDで見た事がある。
 もっとも、それは男女のエッチシーンなのだが……。
 司郎は声を挙げそうになって、慌てて口を押さえながら後退りした。心臓が飛び出そうだった。慌てて部屋へと戻る。閉めるドアの音が、大きくならないように注意をしたが、閉めた後はもうなんだかパニックを起こしていてわからなくなっていた。ベッドに倒れ込む様に体を投げ出して、その音がやけに大きく聞こえてビクリとなる。
 ジョーイ達に気づかれただろうか?
 耳を澄ますとかすかにまだ喘ぎ声が続いているのが聞こえた。あのドアが閉まっていて、普段何事も意識しなければきっと聞こえない声なのだろう。だが意識してしまって、必要以上に敏感になっている司郎の耳には、あからさまに飛び込んでくる声だ。真っ赤な顔のまま、枕に顔を押し付けて「うううっ」と唸った。
 なんて光景を見てしまったのだろう。
 そりゃあ……司郎だって男だから、エッチなDVDなんて何度も見た事ある。人の行為を見たのが初めてと言う訳ではない。だけどさすがに『生』で見たのは初めてだし、その上『ゲイのSEX』なんて、生まれてはじめて見た。それに……実は司郎は、『童貞』だった。女性経験が無い。
 高校までは、ひたすら野球ばかりをしていた。甲子園にも1度だけ出場した事がある。司郎のポジションはライトで、そんなに目立つ役回りではなかったが、打率は結構良くて、それなりに活躍したつもりだ。だが2回戦で敗退。もちろんプロへなど行ける訳ではなかった。野球には、高校卒業と共に、あっさりと離別して、もうひとつの趣味だった模型作りに専念した。子供の頃からの夢は、映画に関わる仕事をする事。美大に入って、デッサンを基礎から学んで、この道に進むべく努力した。暇があれば、模型を作るか、映画を見るだけの日々。いつも遊ぶ相手は、男友達ばかり。別に彼女が欲しいなんて思った事は無かった。でも別にSEXに興味がない訳ではない。健康な成人男子として、それなりに興味はあったし、エッチビデオロDVDやエロ本をおかずに、自慰にふける事だってあった。
 大学2年の時に、1度だけ女性の先輩から迫られて、エッチしそうな雰囲気になったのだが、司郎がとても緊張してしまって未遂に終わった。つまり『役に立たなかった』のだ。
 ハンサムだから合コンに何度も誘われたし、良いな〜と思う女の子とツーショットになれることは度々あったが、なぜかいつも最後はフラれる。連絡がもらえなくなる。1度などは「司郎君ってハンサムなだけで、ぜんぜん面白くない」と言われた事もあった。
 女の子はニガテだ。どう接して良いか解らないし、緊張してしまう。その上、『童貞』というハンデが、益々自分を追い詰めて、そういう行為に至れなくなる。やはり女の子に『童貞』だとバレるのが恥ずかしかった。
「あ〜あ……」
 枕に突っ伏したままで司郎が溜息混じりの唸り声を上げる。
「あああああっっ!!」
 それと同時に、絶頂を迎えたようなジョーイの声が、先程よりも大きく聞こえて、司郎はビクリとなった。
 ゲイ家庭だった。忘れていた。氷上から忠告されていたのだ。ジョーイもゲーリーも優しくて、とても居心地の良い家だから、すっかり忘れていた。ここは男しか住んでいない家だったのだ。
 溜息をつきながら、うつ伏せになっている体の下で、苦しくなっている部分に気づく。アソコが……司郎のアレが……硬さと大きさを増しているのだ。ジーンズの前が、とても苦しい。それだけでも苦しいのに、うつぶせになって押さえつけられて、ソコがゴリゴリとする。
「サイアク……」
 司郎は死にそうな声で呟いた。


 夜になって、ゲーリー達が部屋を出て階下へと降りて行く音を、ベッドに突っ伏したまま聞いていた。TVの音とか、ゲーリーが料理を作る音とかを遠く聞く。悶々と、沸沸と、色々なぐちゃぐちゃとなる思いを必死で押さえ込むようにして、しばらくしてから起きあがると、何度目かの溜息をついてから、ぶるぶると頭を振って大きく背伸びをした。パンッと両手で頬を叩き、気合を入れる。
 何事も無かったような顔をして階下に降りると、「もう夕食?」とリビングに居るジョーイに声を掛けた。ソファに座りTVを見ていたジョーイはとても驚いて、目を真ん丸く見開き答える言葉を失っていた。キッチンの方を見ると、皿を持ったゲーリーが、同じようにこちらを見ていた。
「二人ともどうしたの?」
 司郎が苦笑して尋ねると、二人はハッと我に返った。
「あ、いや……まだ出かけているんだとばかり思ってて……いつ……帰って来たんだい?」
 ジョーイが困った様に笑みを作って尋ねた。
「さっきだよ。ごめんね、帰った事言わなくて……」
「あ、いや……」
 それでジョーイは何か解った様だった。チラリとゲーリーに視線を送る。
「あ……うん、君は別に子供じゃないんだから、そんな事別に良いよ」
「シロー、今夜はチキンだよ」
 ゲーリーが微笑みながら言って、なんだか変な雰囲気になってしまった。

 なんだか余所余所しい雰囲気のまま夕食を摂って、なんとなく去るタイミングを失ったまま、ソファに座ってコーヒーを飲みながらTVを見る。TVでは、人気のトークショーが流れていて、作られたようなタイミングの良い笑いが起こっている。それをぼんやりと眺めるだけで、別に真剣に見ている訳ではなかった。
 アメリカでは、できるだけ家族で過ごす時間を大事にすると聞いて、司郎も出来るだけすぐに部屋に戻らないで、なんでもない時間をリビングで過ごすようにしていた。だけどこんな時は、とても居心地が悪い。いつも明るくて、この場が和む話をしてくれるはずのジョーイが、なんだか無口だ。ゲーリーも黙っている。
「あの……」
 思い余って司郎が何か話そうかと口を開いて二人に顔を向けた時、ジョーイがカップをテーブルに置いて「シロー」と口を開いた。
「シロー……話しておかなければいけない事があるんだ」
 なんだかとても改まった口調で、顔も真剣だったので、司郎もカップをテーブルに置いた。
「もしかして……今日、まずい所にシローが帰ってきたのかもしれないけど……薄々知っているとは思うけど、オレ達はカップルなんだ。解るよね?」
「はい」
 司郎は真面目な顔で頷いた。
「その……正直な所……どうなんだろう? シローは、そういう性癖に嫌悪感を持っているほうなのかな?」
「え?」
 司郎が思わず聴き返すと、ジョーイ達が顔を合わせた。
「シローは日本人だし、我々とは文化が違うと思うのだけど……ゲイの事をどう思っているのかな?」
 ゲーリーが聞き直してきた。司郎は俯いて言葉を選ぶように考えた。
「その……実は、今までちゃんと考えた事がなくて、別に嫌悪感を持っているつもりもなかったし、差別意識もありませんでした。二人の事は、最初に氷上さんから聴いていたから、ある程度覚悟していたつもりだし……最初は驚いたけど、二人ともとても親切で良い方達だし、そういうのと、オレがここでお世話になるのには関係無いんじゃないかと思って……だけど……あの……さっきは……とても驚きました」
 司郎はそう言って赤くなった。
「シロー……オレ達はカミングアウトしていて、堂々と生活しているんだ。だからシローが来たからと言って、それを変えるつもりもない。愛し合いたいと思ったら、普通にそういう行為をするつもりだよ。それは、普通の男女のカップルと同じだと思っている。だけど……シローがそういうのにどうしても抵抗があるというのなら、他のホームステイ先を紹介して上げても良いんだよ」
 ジョーイは、司郎の気持ちを気遣うように、優しい口調で話す。司郎はさすがにちょっと考えた。ここで全てを承知して居続ける場合、どうなってしまうのだろうと考えたのだ。
 もしかしたら今までは、二人ともかなり気遣っていたのかもしれない。だから司郎が留守の間にエッチをしていたのだ。という事は、すべてを承知したら、今後オープンになってしまうのだろうか? どうしよう……迷う。普通の家庭にホームステイさせてもらった方がいいのだろうか?
「シロー……オレ達に遠慮しなくていいんだよ? こういうのは、無理しない方が、今後互いに上手くやって行けるからさ」
 ジョーイが付け加えるように言った。その顔をジッとみつめる。だがそれが逆に決心をさせた。
「大丈夫です。どうぞこれからもよろしくお願いします」
 司郎はキッパリと言い切った。
 ジョーイ達は顔を見合わせる。
「本当に? 大丈夫?」
「大丈夫かどうかは解りません。でも別に嫌じゃないし……こんな理由で出て行きたくないです。お二人の事は好きですから」
「シロー……」
 ジョーイはちょっと感動した様子で、かすかに目が潤んでいた。ゲーリーは嬉しそうに何度も頷いていた。
「でもあんまり激しいのは……ほどほどにしてくださいね」
 司郎が笑って言ったので、二人も笑い出した。


 とは言ったものの……ちょっと先行きが不安になる。
 結局その夜は、模型の材料が売ってある店の事をジョーイに聞き出せず、部屋へと戻った。なんだかとても疲れたと思って、早々に眠る事にした。

「ああ……あっ……んん……んっんっんっ……」
 艶かしい喘ぎ声を聞きながら、熱くたぎる下半身を激しく揺らす。グチュグチュと卑らしい音が聞こえる。司郎は興奮して、更に腰を上下に揺すった。彼の上で白い肢体が、淫らに体を揺すって喘ぎ声を上げる。
「司郎……ああ……もっともっと……もっと突いて!!」
 その声に更に興奮度が増して、腰の動きも速くなる。はあはあと、荒がる息をつきながら相手の顔をみつめた。頬を上気させて恍惚とした表情を見せる相手は……。
「氷上さん……うっ……」
 驚いてその名を口にした瞬間に射精した。

 パッチリと目を開けて、まだ薄暗い天井を見つめた。
 夢だ。
 下半身の不快感に慌てて起きると、毛布を剥いでパジャマのズボンをちょっとめくる。
「ああああ……」
 しっかりとぐっしょりと下着が濡れているのを見て、死にそうな溜め息が漏れる。ジョーイ達のエッチを見て、あまりの刺激にその夢を見てしまったのは解る。仕方ない。健康な男子なのだ。エッチな夢を見て、夢精くらいしてしまうだろう。だが……だが……だ。なぜ? なんでエッチする相手が氷上なのか? 氷上は男だと言うのに……。それも……氷上だと思った途端射精してしまった。
「サイアクだ……」
 司郎は頭を抱えた。目を閉じると、夢の中での氷上を思い出して、ズクンと下半身が熱を持つ。射精したはずのアレは、しっかりと勃ち上がっていた。濡れた下着の前を押してテントを張っていた。
「欲求不満かよ……」
 司郎は居たたまれない気持ちになりつつも、張り詰めたソレに手を伸ばした。コシコシと上下にこすりあげる。
「ん……ん……」
 下着を下げて、せっせと自慰に励んだ。無意識にチラチラと、氷上の姿が脳裏に浮かぶ。
「ううっ」
 氷上の顔を思い浮かべながら、射精をしてしまっていた。精液がタップリとついて濡れる右掌をジッとみつめた。
「ほんと、サイアク」
 司郎はまだ少し乱れる息の中で、ポツリと呟いた。

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