カリフォルニア・ドリーム

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 結局食事をご馳走になって(お金を持ってないから仕方ない)、ハドソン氏の家まで車で送ってもらう事になった。
 行ってみると、実に惜しい事に、公園からそんなに遠くない場所に目的地はあった。距離からすると1キロちょっとぐらいだろうか? やはり方角的には当っていたのだ。
 いや、もうそんな事はどうだって良い。出きる事ならば、人違いであって欲しいとさえ思っていた。(そうなるとまたふりだしに戻るのだけど)
 到着した家は、とても広い大きな家で驚いた。アメリカ映画で見た事があるような家だ。氷上が先に立って、玄関を叩いた。しばらくして扉が開き、金髪のハンサムな男性が現れた。
「ハイ! ジョーイ!」
 氷上がニッコリと笑って挨拶すると、その男性は嬉しそうに氷上を抱きしめた。
「シンゴ! 君がこの家を訪ねて来るなんて何事だい!?」
 彼はオーバーに両手を上げながら悦びを表現していた。それをぼんやりと眺めながら「ああ、アメリカだ」と司郎はしみじみと思っていた。
「ねえ、ジョーイ、今、君が一緒に住んでいる人は、ゲーリーで良いんだよね?」
「ああ、まだ……ね」
 彼は皮肉めいた笑みを浮かべて答えた。
「じゃあ、日本からお客が来る予定じゃない?!」
 氷上がそう言うと、そこでようやく少し離れて立つ司郎の姿に気がついて、男が「あああ!」と声を上げた。
「君、まさか……シローじゃないよね!?」
「え、あ……シローです。シロー・イケワキです」
 司郎は慌てて名前を名乗った。
 すると彼は「オー・マイ・ガッ」と言うなり、慌てて家の中へと戻ると「ゲーリー!!ゲーリー!!」と叫んでいる。
 その様子をクスクスと笑いながら氷上が見送って、司郎の方を振り向いた。
「あれがオレの叔父のジョーイ・ラッド。オレの母親の弟なんだ。オレ、ハーフなのよ」
 氷上の説明を聞き終わると同時に、バタバタと賑やかな音を立てて、ジョーイが戻ってきた。もう一人男性を連れ立っている。ちょっと渋い感じの年配の男性だった。
「シロー! 無事だったんだね! 昨日来るはずなのに、来ないから心配していたんだよ……日本に確認したら、予定通りに出発したと言うし……ああ、とにかく良かった」
 彼はオーバーアクション混じりでそう言って、司郎を抱きしめた。
 司郎はちょっと驚いたが、無理に抵抗するのも変かと思って大人しくされるがままにしていた。『彼はゲイだった!』ということに気づいたのは、少し間を置いてからだ。
「私がゲーリー・ハドソンだ。ゲーリーと呼んでくれ、彼は同居人のジョーイ」
 ハドソン氏が自己紹介をして、ジョーイも紹介してくれた。
「とにかく中に入って、話を聞こう……あれ? 君はシンゴ?」
「やっとオレに気づいた? 会うのは初めてだよね? よろしく」
 氷上はそう言ってハドソン氏と握手をした。司郎と氷上は中へと招かれて、お茶を飲みながら、司郎の事情を聞いた。ハドソン氏は驚いて、心から「無事で良かった」と言ってくれたが、ジョーイと氷上は、ずっと大爆笑をしていた。その姿を見て血は争えないなと、司郎はぼんやりと思って苦笑した。
「とにかく今日はもうこんな時間だから、警察と領事館には明日行こう」とハドソン氏が提案してくれて、夕食を前に氷上が帰ると言った。
 司郎は、氷上を見送りに外まで出て来た。
「本当にありがとうございました。氷上さんに拾ってもらわなかったら、オレどうなってたか……」
「うん、やっぱりこういうのも運命だよね」
 彼はそう言って笑いながら、ジャケットのポケットから手帳を取り出すと、何かをサラサラと書いて、そのページをベリッと破くと司郎に差し出した。
「多分……ゲーリーは大丈夫だと思うけどなにか困った事があったら、オレに電話してよ……上が自宅の電話で、下が携帯だから」
 彼は言い終わると、サングラスを掛けて車に乗り込んだ。
 真っ赤なジャガーが走り去るのを、司郎はいつまでも見送っていた。
 夕食は、豪華にステーキやチキンなどが振舞われたが、氷上にご馳走をしてもらった後だったので、それほど食べる事が出来なかった。
 それよりも無事に家に辿りついた安心感からか、急激に睡魔に襲われてしまった。その様子に、ジョーイが「もう寝た方が良いよ」と言ってくれて、部屋へと案内された。
 2階の1番奥の部屋。
 司郎の為に用意されていたその部屋は、司郎の実家の自室の2倍の広さがあり、すでにベッドと机が用意されていた。部屋の隅に、司郎が先に送っていたダンボール箱が2つ置かれている。
 司郎はシャワーを浴びる気力も無く、ベッドに倒れ込むとそのまま眠ってしまった。


 3日目になってようやく落ちつけるようになった。
 この家に辿りついた翌日は、死んだように寝入ってしまっていて、目が覚めたら窓の外が夕日だったのでとても驚いた。結局2日目に、ゲーリーに連れられて、警察に行き被害届けを出した後、銀行に行って必要なお金を下ろした。
 その日の夕食時に、ようやく二人とゆっくり話しが出来た。
 3日目の朝は、自分で早く起き出して、朝食の手伝いなどもした。ゲーリーもジョーイも良い人だ。ジョージ・クルーニにそっくりなゲーリーは、UCLAの芸術学部の教授だそうだ。そのダンディな風貌と違い、ゲーリーはとても心配性で世話好きで、何かと司郎に構いたがり、なんだか『お母さん』みたいだった。料理や家事一切を彼がやっていると言うのにも驚いた。
 一方のジョーイは、その美人で繊細な風貌に似合わず、とてもおおらかで天衣無縫な性格だった。さすが叔父だけあって、氷上ととても似ていると思う。もっとも氷上の事をそれほど知っている訳ではないが……。
 その日、初めてジョーイが自分の仕事部屋を見せてくれた。
 中に入るなり、司郎は「わあ……」と言ったっきり、言葉を失ってただ立ち尽くしていた。口を開けたまま部屋の中を見まわした。
 部屋に飾られた作品の数々。中には見た覚えのある物もある。目をキラキラと輝かせて、部屋に飾ってある作品をひとつひとつ眺める司郎を、入口の所に立ったままジョーイがニコニコ顔でみつめていた。
「わあ!! これ『サンダーソウル』のガバンニだ! わっ! これ『ジャックレス』のボングだ!!」
 司郎は知っているキャラクターを声を上げて感激しながらみつめる。ジョーイは、映画に出てくるクリーチャー(怪物、異形の生物)などの作家だ。造形物を作り出すアーティストだ。
「シローもクリーチャーを作りたいの?」
「オレ……実はメカとかがやりたいんです……建造物とか……」
「へえ、じゃあ、シンゴの弟子になると良いよ」
「え?」
「まあいいや、実は今オフシーズンなんだよね、オレ……次の仕事は2週間後なんだ。それまでどうする? 解っているとは思うけど、オレがスタジオにシローを連れて行ったからって、ウチの会社に入れるわけじゃないからさ。あくまでも実力主義だからね、オレの仕事を手伝って、実績を少しずつ残してアピールする必要があるんだよ。この世界では素人なんだしね。色々と勉強をして、あまり焦らない事」
「はい」
 司郎は、身を引き締めて頷いた。
「何かその間に作品とか作るのも良いし……とりあえずココに慣れるのも良いし……君のスケッチは以前送ってもらったから見ているんだけどね。率直な言い方をすると、あれくらいに絵が上手な人は、山の様に居るんだ。君の造形術は見ていないけど、プラモデルやフィギュアを作るのが上手な人もたくさん居る。問題はアイデアとか感性という部分かな?」
 ジョーイの話を聞きながら、司郎は口を真一文字に引き締めた。しばらくの沈黙が流れる。
「あの……ごめん、今の話、解った?」
 ジョーイが突然表情を崩してそう尋ねたので、司郎は真面目な顔のまま頷いた。
「ああ、解ったならいいんだけど……ついつい難しい言葉とか使っちゃったから……英語力は結構あるんだね」
「はい、ずっとアメリカに来るのが夢だったので、他の勉強よりなにより、英会話だけは真面目にやってましたから」
 ようやく司郎が表情を崩してそう言ったので、ジョーイも安心した様に笑った。
「あの……それで、ハッキリと言って、オレに優れた感性はあると思いますか?」
 司郎がそう尋ねたので、ジョーイは真面目な顔に戻った。
「正直、あれだけではなんとも言えないよ。ただね、面白いと思った。面白い物を作りそうな子だなあって……だから預かることにしたんだよ。以前もそんな事があったしね」
「以前?」
「シンゴ、あの子もオレが預かったんだ。甥っ子だからって訳じゃなくて、あの子の作る物って面白いんだよね」
 ジョーイが楽しそうに笑って言った。それを司郎はぼんやりとした顔で聞いていた。なんだかすごく引っ掛かる。
 夕食の間も悶々としてしまっていた。部屋に戻ってから、まだ開けてもいなかったダンボールの箱のひとつを開いた。そこには本とかスケッチブックとか、造形の仕事に必要な物から一式が入っている。
 その中から、分厚い映画の本を取り出した。それはSFXの映画についてのデータがビッシリと載っているファンブックだった。写真もふんだんに載っていて、司郎はこれを何度も見ていた。最新の映画のページに目を通す。
「シンゴ……シンゴ・ヒカミ……Shingo Hikami! やっぱり!!」
 司郎は小さな文字を読みとって呟いた。
 やはりそうだ。最近司郎がとにかく夢中になった映画のアーティスト……そこにその名前があった。その映画は、割りとマニアックな作品で、日本では単館でしか上映されなかったのだが、作品の内容が……というよりは、それに出てくるクリーチャーの造形や、メカの造形に心を奪われてしまった。今は随分CG化してしまう映画も多い中で、まだまだ模型を作って撮影する作品も多い。
 その映画は、ストーリーは三流だったが、出てくるメカやクリーチャーの見事さで、マニアの間では評判の作品だった。もちろん司郎も心を奪われた。
 その作品のアーティストの中に、氷上の名前をみつけたのだ。
 ハリウッド映画で、スタッフ名も英語記述で覚えていたから、耳から入って来た日本語発音の『氷上慎吾』がすぐにピンとこなかったのだ。しかし『Shingo Hikami』の名前は知っている。
 そうだった。その名前を見て「日本人が活躍して居るのだ」と思ってワクワクしたのだ。
 急に司郎は身震いを覚えた。
 なんて事だろう。こんな偶然って本当にあるのだろうか? もしもこれが偶然ではないのだとしたら、やはり『運命』に違いない。
 まるで『運命の恋人』にでも会ってしまったくらいの興奮を覚えた。
 部屋を飛び出して、階下に下りるとリビングに入った。そこにはもうジョーイ達の姿は無かった。多分二人の部屋へと行ってしまったのだろう。
 もう夜中ではあったが、そんな事など気にしていなかった。電話の受話器を取ると、手に握り締めていたメモ紙を開いて、そこに書かれている番号をプッシュした。4回コールがして、プッと途切れると「Hello」と男の声がした。
「あの……氷上さんですか? オレ司郎です。池脇司郎です」
 慌てていたから思わず日本語になる。
「ああ」
 相手は明るい声になった。
「どうしたんだい? 何かあった?」
 優しい声、優しい日本語の言葉。司郎は胸が熱くなる気がした。
「あの、氷上さん、会いたいんです。会ってもらえませんか? オレ、氷上さんに会いたくて堪らないんです」
 上手く言えなくて、思っていた事をそのまま口にした。一瞬受話器の向こうで沈黙が流れた。司郎の言葉に驚いて、氷上が戸惑っているなど、今の司郎には解らない。すぐに返事がない事に焦りを覚えて、司郎はグッと拳を握り締めると、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「お願いです会ってください。オレの方から会いに行きます。時間がないなら、ほんのちょっとでも……5分でも良いです。どうしてももう1度会いたい。いや、本当はもっともっと会いたい。お願いです」
 司郎は必死に頼んだ。あんまり必死で、ついつい声が大きくなる。
「ま、待って……待ってよ司郎君。まだオレは何も言ってないだろ? ダメなんて言ってないよ。いいよ、今すぐは夜中だから無理だけど……明日でも良いかい?」
 ちょっと困った様に氷上がそう返事をした。途端に司郎の顔が輝く。
「はい、ありがとうございます。あの……オレ、どうしたらいいですか?」
「じゃあ明日、12時にあの公園のベンチで待ってて? 迎えに行くから」
「解りました! ありがとうございます」
 司郎は高揚した様子で受話器を置いた。氷上は、受話器を置きながら苦笑していた。
「まいったな」
 氷上はちょっと赤くなりながら小さく呟くと、思わずクスクスと笑っていた。

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