雨が止んだら

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  11  

 氷上達が遊びに立ち寄った土曜日の夜、眞瀬は交際中の恋人の一人・卓巳を呼び出して会っていた。
 他の二人の子には、電話で別れを告げた。それは意外とあっさりと済んだのだが、卓巳とは2年の付き合いになる。お互いに後腐れのない軽い交際とは言っていたが、卓巳が眞瀬に対して、かなり本気になっていたことは、眞瀬も薄々感じていた。
 だから直接会って、話し合う事にしたのだ。
 二人が良く会っていたバーで、待ち合わせをした。いつもの様に酒を飲んで、話をしたが、卓巳はここ最近何かを感じ取っていた様で、少し様子が違っていた。
「ところで……今日は大事な話があるんだ」
 眞瀬がようやく切り出した。修羅場が嫌だから、軽い付き合いの関係を好んでいた眞瀬だ。こういう状況はニガテだった。卓巳が物分りの良い子である事を願った。
「……聞きたくない」
 いきなり卓巳はそう答えた。
「え?」
 眞瀬は驚いて聞き返した。
「……僕と別れるって話でしょ?」
 卓巳の鋭さに、眞瀬はギクリとなった。しばらく何も言えずに、酒を飲んで平静を取り戻そうとした。眞瀬の様子に、卓巳は下唇を噛んでうつむいていた。
「本命なんだ」
 卓巳が更に眞瀬を責める言葉を続けた。
「卓巳……」
「なんで? なんで僕じゃダメなの? 今まで、凌介は軽い付き合いの恋人しか作らないっていうから、僕も本当は本命の恋人になりたいけど、嫌われたくないから我慢してきたのに……他に僕以外の恋人を作ったって、嫌だけど我慢してきたのに……それはみんな自分と同じだからって……凌介は、誰も本気にならないんだって思ったから……だけど、本命が出来たんでしょ? 誰か……僕達との関係を清算してまで付き合いたい人が……それは……許せないよ」
 卓巳は、目に涙をいっぱいに溜めて訴えた。眞瀬は、困惑した。一番恐れていた修羅場になりそうな気がして、どうしたらいいのかと迷っていた。
「ごめんね」
 それしか言えなかった。その後の沈黙が、恐ろしく長く思えた。
 夜になってから、小雨が降り始めたので、嫌な予感はしていたのだった。眞瀬にとって「雨」は今でもトラウマになっていた。それでなくても、雨の日は、今でも鬱な気分になるというのに、今はもうかなりこの雰囲気にプレッシャーを感じて、陰鬱になりそうだった。眞瀬は大きな溜息をついて、頭を抱え込んだ。
「嘘だよ」
 卓巳の言葉に、「え?」となって、眞瀬は顔を上げると、卓巳の方を見た。
「嘘だよ。別れてあげるよ……2年も付き合ったのに、簡単に了解しちゃ、悔しいじゃん。ちょっと凌介を困らせて見ただけだよ。勝手に幸せになってよね……後で寄りを戻したいって言っても遅いんだからね」
 卓巳はそう言うと、イーッと舌を出して、顔をしかめてみせた。
「卓巳」
 卓巳のその目には、涙がにじんでいた。
「さてと……僕、忙しいんだ。他に用が無いなら、もう帰るよ」
 卓巳はそう言うと、リュックを片手に立ちあがった。
「あ……」
「じゃね!」
 卓巳は、走り去るように店を出て行った。
 眞瀬は、とても落ち込んでしまった。今までずっと、こういう面倒くさいと思う事から、逃げつづけていたような気がする。だからダメージが大きいのかもしれなかった。
 しばらくぼんやりとしたまま、チビチビと酒を飲んでいたが、ふと携帯電話を取り出して、アドレスを探した。『東城貴司』の名前が出てきた所で、しばらく見つめていたが、かけずにそのまま内ポケットにしまった。
 店を出ると、まだ外は小雨が降っていた。車に乗り、夜の町を走った。
 どれくらい走っただろうか、ふと気がつくと、自分が知らず知らずある場所に来てしまっている事に気がついて、車を止めた。閑静な住宅街だった。
 車を降りて、一件の家をみつめた。藤崎裕也の家だった。2階の窓に明かりが見える。
 あれが裕也の部屋だろうか……とぼんやりと考えていた。自宅の電話番号はもちろん知っていた。だがこんな夜中に、電話するほど常識を失ってはいない。
 自分でも、なんでここに来てしまったのかも解らない。ただぼんやりと小雨の中、2階の明かりを眺めながらたたずんでいた。


 藤崎は机に向って真面目に勉強をしていた。
 その時、ふいに何かに呼ばれた様な気がして、立ち上がると窓辺に立った。カーテンを少し開けて、ふと外を見た。前の道の外灯の下に人影が見えた。
 藤崎は、ハッとなり部屋を飛び出した。階段を慌しく駆け下りると、その騒々しさに、居間にいた母親がドアを開けて顔をのぞかせた。
「裕也、どうしたんだい」
「母さん、ちょっと出かけてくるから」
「出かけるって……あんた……何時だと思っているの」
「ごめん」
 藤崎は、夢中で外に飛び出した。
「眞瀬さん!」
 眞瀬は、藤崎の声にハッとなった。
「裕也……」
 藤崎は、眞瀬の側に駆け寄ると、その両肩を掴んだ。
「こんな雨の中、何やってんですか! 濡れて……いつからここにいるんです!?」
「あ……」
 眞瀬は、驚きとともに、堪らないくらいに嬉しさが沸いてきていた。
「裕也……」
 眞瀬は、藤崎に抱きついた。
「眞……眞瀬さん……?」
 藤崎は、驚きながらも、その体をしっかりと抱きしめた。
「ごめん……一人でいたくなくて……」
 眞瀬は小さくそうつぶやいた。
「とにかく……車に乗りましょう」
 藤崎は、眞瀬をなだめながら、車に乗せると、自分も助手席に乗った。
「いくらもう暖かいからって、雨に濡れたら風邪をひくでしょう……」
 藤崎は、とっさに掴んできたスポーツタオルで、眞瀬の髪をふいた。眞瀬は、しばらくおとなしくされるままにしていた。
「気が済むまで、一緒にいてあげますから」
 藤崎が、そう優しく言った。
「じゃあ……少し……ドライブに付き合ってくれる?」
「ええ……いいですよ」
 眞瀬は、エンジンをかけると、車を発進させた。


「あがって……」
 眞瀬は、藤崎に中に入るようにうながした。
「お……お邪魔します」
 気がついたら、ふたりは眞瀬のマンションに来ていた。案内されて中に入ると、広いリビングに通された。
 白い皮張りの大きなソファセットのあるお洒落なリビングだった。間接照明が施され、色々なインテリアグッズが、派手にならない程度に、品良く飾られていた。
 それは、眞瀬の店のセンスの良さが、そのまま形になったような部屋だった。
「ごめん……ちょっとシャワーを浴びて着替えてくるから……これでも飲んで待ってて」
 コーラを注いだグラスを、藤崎に渡すと、ソファに座るように言って、そのままバスルームへと消えて行った。
 藤崎は、内心ドキドキしながら、グラスを片手にソファに座った。眞瀬の部屋に来るなんて……思っても見ない幸運だった。思わず辺りをキョロキョロと眺めた。
 しばらくして、サッパリと着替えた眞瀬が戻ってきた。洗った髪を拭きながら現れた。
「ごめんね。少しお酒を飲んでいたから、君を乗せて長くドライブする訳にもいかなかったし……時間が遅いから、これといって落ち着ける店もなかったし……しばらくここで一緒にいてくれれば落ち着くから……そしたらすぐに家まで送るから……」
「そんな事……それより眞瀬さん、こっちに来てください」
 藤崎に言われて、眞瀬は大人しく藤崎の隣に座った。
「何があったかは聞きません……だけどあんまり無茶はしないでください。オレ、心配で心配で……あんな眞瀬さんを見るの初めてだから……」
「ごめんね。前から感づいていたかもしれないけど……オレ、雨の日は、ちょっとブルーになるんだ。昔、ちょっとした事件がトラウマになってて……雨の日がとても嫌いなんだ……」
 藤崎は、静かにそう語る眞瀬の肩を抱きしめた。
「そんな時は、いつでもオレが側にいますから……頼りないかもしれないけど……オレが絶対寂しい思いなんてさせませんから」
 藤崎の真っ直ぐで熱い思いが伝わってきて、眞瀬は気持ちが少しずつ暖かくなってきた様な気がした。
「裕也……」
 眞瀬は、藤崎の唇に唇を重ねた。もう1度、あの熱いキスが欲しいと思ったからだ。藤崎とのキスは、とても熱い思いがした。
 最初は軽く、ついばむように重ねた。2度ほど軽く重ねて、藤崎の目をみつめた。
 藤崎は、体の芯がカァッと熱くなるのを感じていた。藤崎は、眞瀬を強く抱き寄せると、無我夢中で眞瀬の唇を吸った。とてもぎこちないキスだったが、眞瀬の気持ちも高ぶらせるのには十分だった。
 眞瀬も藤崎の首に腕を廻して、藤崎のキスに答えた。藤崎は、この様な行為は初体験だった。
 中学のときに、ちょっとだけ付き合った女の子と、興味本位で1〜2度軽いキスをしただけだった。それ以上の行為は、悪友共と見たポルノビデオのみの知識である。
 なんだかよく解らないけど、本能がそうさせるのか、無我夢中で唇を吸い、眞瀬の腰を強く引き寄せた。眞瀬は、藤崎のキスに答えながら、教える様に藤崎の口の中に舌を滑り込ませ、絡めるように誘った。
 次第に要領を得始めた藤崎は、眞瀬の口の中に舌を入れ、眞瀬の口内を愛撫した。その荒削りな愛撫が、とても情熱的で、眞瀬は目眩がしそうだった。
 どれほどの時間、二人は夢中で熱く激しいキスを繰り返しただろうか? 眞瀬はやっとの思いで、藤崎から体を離した。
「眞瀬さん……」
「裕也……」
 二人は息を乱しながら、求めるように見詰め合った。
「待って……」
 眞瀬はふと、藤崎の体の変化に気づき、体をかがめると、藤崎のズボンのベルトに手をかけた。カチヤカチャとベルトをはずし、ボタンとファスナーをはずして、ズボンの前を開いた。
 下着越しに、中の物が弾けんばかりに膨らんでいるのが解った。
「ま……眞瀬さん……」
 藤崎は、カアッと赤くなった。
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