雨が止んだら

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  9  

 眞瀬は、なかなか眠れずにいた。ベッドに横になったまま、ぼんやりと暗い天井を眺める。ふと気がつくと、指で唇を触っていた。先程から、何度も同じ仕草を繰り返している。
 唇が焼けるように熱かった。
 藤崎に、本当の気持ちを伝えた。その後、なんだかとても気恥ずかしくて、急かす様に店を出て、藤崎を家まで送った。
 その間、藤崎はずっと黙ったままだったが、嬉しいような信じられないようなという顔をずっとしていて、それが伝わってきて、何も言わなくてもこちらまで嬉しくなってしまった。すっかり忘れかけていた初恋の時のような新鮮な気持ちだった。
 藤崎の家の側まで来て、別れ際藤崎が思いきって眞瀬に言った。
「キスをしてもいいですか?」
 眞瀬は思わず素直にうなずいて、助手席の方へ少し体を寄せて目を閉じた。藤崎の緊張した雰囲気が伝わってきて、そっと顔が近づいてくる気配がした後、唇が重なった。
 とてもぎこちないキス。唇を重ねるだけの幼いキス。
「おやすみなさい」
 藤崎はそう言って車を降りると、恥ずかしそうに家へと駆けて行ってしまった。
 残された眞瀬は、唇を指で触れていた。熱かった。唇が焼けるように熱かった。あんな軽いキスだったのに、なんでこんなに唇が震えるほどに熱いのだろう。
 今まで数え切れない程、たくさんの相手と、たくさんのキスをしたのに、こんなに燃えるような感覚は初めてだった。その後から、ずっと無意識に唇に触れていた。

「ただいま」
 藤崎は、家に入るなりダッと急いで部屋へと向かった。
「遅かったのね……ご飯は?」
「ごめん、食べてきた。もう寝るから」
 途中で、寝巻き姿の母親に呼びとめられたので、簡単に答えると階段を駆け上がった。藤崎は部屋に入ると、ベッドに倒れ込む様に突っ伏した。まだ心臓が破裂しそうなくらいに高鳴っている。我ながら、すんごい事をしちゃったと思う。
 ほんのつい1時間も経たない前に、眞瀬の口から、「好き」という言葉を聞いたばかりで、まだそれが夢か幻かと言うほど、内心信じられない心境だったはずなのに、気がついたら別れ際にキスをしてしまったりして……思い出してカァッと顔から火が出そうだった。
 目を閉じてキスを待つ眞瀬の顔を思い出した。
「わわっっっ」
 その途端、下半身が熱くなって、息子が元気になってしまったので、藤崎は真っ赤になってズボンの前を慌てて押さえた。
 もうどうしようもないくらいになっていて、ズボンの中で苦しくて痛いくらいだった。カチャカチャとベルトを外して、ズボンの前を開けて下着をずらすと、勢い良く中のものが飛び出した。はちきれんばかりに膨張しているソレは、腹に着くほど反り返り、熱く脈打っていた。
「くそっ」
 藤崎は小さく舌打ちして、自分のソレを握ると、激しくしごき始めた。頭の中で、眞瀬の顔を思い浮かべる。先程のキスをする寸前の、目を閉じたあの悩ましい顔を思い出すと、体の芯が熱くなる。自然と手の動きが速くなり、息が荒くなる。
「眞瀬さん……眞瀬さん……」
 無意識に、眞瀬の名を呼びながら、高みへと昇り詰めていった。限界まで来たので、急いで近くにあったティッシュを数枚手に取った。
「うっ……」
 ビクンと腰が揺れて、勢い良く熱い物を放出させた。包んだ両手の中に白い液体が、ドクドクと溢れるほど大量に流れ出た。
「はぁ……はぁ……」
 荒く息をつきながら、すべてを拭取ったティッシュを乱暴にごみ箱へ投げ付けると、唇を噛んで枕に顔を伏せた。眞瀬をおかずに、こんな事をしてしまうなんて、恥ずかしさと情けなさで、落ち込んでしまっていた。
「オレって……ケダモノ……」
 小さくつぶやくと、ゴロンと仰向けになった。それにしても、未だに信じられずにいた。眞瀬が、自分の告白を受け入れてくれたのだ。付き合ってくれるのだ。今の恋人と別れるとまで言った。
「妄想じゃないよな……」
 キスまでしてしまった。
 あの綺麗で、優しくて、聡明で、大人な人が、こんな自分と本気で付き合ってくれるのだろうか? 嫌……例え嘘でも、遊びでもかまわないとさえ思った。
 本気じゃないのなら、本気にさせる為に、自分が努力すればいいのだ。
「早く、釣合うくらいの大人になりたいな……」
 藤崎は、小さな溜息をついた。
 明日は、学校もバイトも休みだ。一日眞瀬に会えないのが、とても寂しかった。恋がこんなに幸せで、こんなに苦しい物だとは、藤崎は知らなかった。



「裕!! 裕也!! 起きなさい!!!」
 けたたましく、ドアをどんどんと叩かれて、深い眠りから無理矢理起こされた。藤崎は、眠い目をこすりながら起きあがると、ドアを開けた。
「何?」
「何じゃないわよ! 何時だと思ってるの?」
「……1時」
 ぼぉ~となりながら、チラリと部屋の時計を見て、そう答えた。ポカッと母親に頭を叩かれる。
「慎吾ちゃんが迎えに来ているわよ! あんた、何か約束してたんでしょ?」
「へ?」
 藤崎は、キョトンとなりながらも、急いで着替えると、下へと降りていった。居間にチョコンと座った氷上が、お茶を飲みながら、「やぁ」とニツコリ笑って手を上げた。
「どうしたんだ? 慎吾」
「ごめん……寝てたんだね、バイトで疲れてたんだろ?」
「あ、いや……そうじゃないけど……」
 昨夜は、あらぬ妄想のせいで、なかなか寝つけなかったんだとは、とても氷上には言えなかった。
「バイトにかこつけて、夜遊びしているのよ、この子は……昨夜だって帰ってきたのは12時近くだしさ……ご飯も食べてきたっていうし……」
 母親が、笑いながら氷上にそう言うと、ハイッとご飯と味噌汁の器を藤崎に渡した。
「え? そうなの? 裕也が夜遊びって……ガラじゃないよね」
 氷上は、ニコニコと笑って、あまり本気にしていない様だった。藤崎は、母親の余計な言葉に憮然としながらも、氷上があまり詮索しないので、ホッとなりながら、氷上の向かいに腰を下ろして、朝食(昼食?)を食べ始めた。
 氷上は、その様子を眺めながらクスクスと笑った。
「よく、起きてすぐに食べれるね」
「ん? ああ……いつもだよ」
 藤崎はばくばくと食べながら、ふと根本的な疑問を思い出した。
「慎吾……で、今日はどうしたんだ?」
「ん? エヘヘヘ……デートのお誘い」
 氷上は、笑いながらそう答えた。
「デート……ばか、なんだよそれ」
「ん、たまには映画でも見に行かないかな〜〜〜とか思って」
「別にいいけど……」
 藤崎は、少し不思議そうな顔をした。
「オレのおごり」
「なんだよそれ……別にいいよ」
「いや、実を言うとさ……バイトのお礼。何もしていないしさ、バイト代も結局お前受け取ってくれないしさ」
 2日前にバイト代を貰ったのだが、それを封も開けずにそのまま氷上に渡したのだ。
 元々は氷上がするべきバイトだった訳で、バイトが出来なくなる原因の発端が自分であるという責任感から、代理でバイトを始めたのだ。最初からバイト代を貰うつもりなんてまったく藤崎にはなかった。
 学校でもずいぶん揉めたのだが(氷上がどうしても返すというので)絶対に受け取らなかった。
「そもそも、お前がお金が必要だからバイトをしていたんだろ?オレは別にいらないんだしさ」
 それに藤崎としては、眞瀬に会えるだけで十分だった。お金なんて貰わなくても、本当はずっとバイトさせてほしいとさえ思っていた。
「だけど、はあ……お前の頑固さはどうにもならないんだったよな。お金は諦めるよ……だけどさ、映画ぐらいおごらせてよ。オレに付き合ってもらう代わりとしてさ」
 氷上がそんなに気にしているのなら、あまり強情を張るのもかわいそうだと思って、藤崎はそれを了承した。
 藤崎には、お金よりももっと大事な下心があり、お金を貰う権利なんて本当はないのだから、氷上がこんなに気にする事はないのだが、今はまだその事を打ち明けられずにいた。
「それに……実はもうひとつお願いがあるんだけどさ……」
 氷上は、申し訳なさそうな顔になって、上目遣いに藤崎を見た。
「何?」
 藤崎は、最後の一口を口に放り込んで、合掌して「ごちそうさま」のポーズを取りながら聞き返した。
「ん、それはまた後で……な! 映画行こうよ! 遅くなるからさ」
「う、うん」
 藤崎は氷上に急かされて、急いで出掛ける支度をすると、「いってきます」とふたりで一緒に出掛けていった。
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