雨が止んだら

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 氷上慎吾は、これが本日何度目なのか解らないが、とにかく何度目かの大きなあくびをついた。周りにいた女子が、クスクスと笑うのが聞こえる。
 日本人離れしたその人形の様に整った顔は、どんなに大口をあけてあくびをしようとも、まったく崩れることなく、女子曰く「そんな仕草もかわいい」のであった。日本人離れしているのはもっともで、氷上は外国人の母を持つハーフである。
 正確には、母親はフランス系アメリカ人で、フランス人とアメリカ人のハーフなのだから、氷上慎吾はクォータになるらしい。
「ん、ん〜〜〜」
 今度は大きく伸びをした。明るい色のくせ毛のやわらかそうな髪が、ふわりと揺れた。
「なんだよ慎吾、今日は随分たるんでるじゃないか」
 その氷上の頭をクシャッとなでる手の主を、涙目で見上げた。
「裕也……」
 氷上の親友の藤崎裕也が、爽やかな笑顔でのぞきこんでいた。ポンッと軽く氷上の頭をこづいて、前の席に座った。
「どうせ夕べ遅くまでプラモデルを作っていて寝ていないんだろう」
 涙の滲む目を、眠そうにゴシゴシとこすりながら、氷上はコクリとうなずいた。
「だって……ずっと欲しかったやつだぜ。昨日買ってさ、週末にゆっくり作るつもりだったけど、我慢できなかったんだ」
「仕方ないな〜〜お前、バイトもあるんだから、ほどほどにしないと体壊すぞ」
「ん、解ってる……バイトはプラモの為だし、プラモのせいでバイトができなくなったら身も蓋もないからね……」
 氷上はそう言って、ペロリと舌をだして笑った。そんな氷上を見て、仕方ないな〜という様に苦笑する藤崎だった。
「そう言えば、最近お前の部屋に行ってないけど、プラモの置き場が無くなっているんじゃないのか?」
「ん、大丈夫、人にあげたりしているから」
 氷上は、ニッコリと笑って答えた。藤崎は、ちょっと驚いた顔をしたが、すぐに苦笑した。
「あいかわらずだな〜〜〜慎吾は……苦労してバイトして、そのお金で買って、苦労して作ったプラモを人に簡単にあげるんだもんな。お人よしっていうか、なんていうか……」
「お人よしなら、裕也には負けますよ」
 氷上は、イーッと顔をしかめて見せて言った。
「こら」
 藤崎は笑いながら氷上のおでこを小突いた。そんな二人の様子を、クラスの女生徒達は、ためいき混じりに眺めていた。
 王子様との密かなあだ名を持つ美少年・氷上慎吾と、硬派でワイルドなイメージとは裏腹に、爽やかで優しいスポーツマンのハンサム・藤崎裕也、学校内でも1、2を争う人気者が、仲良くペアでいつも見られるのである。このクラスの女生徒が、他クラスからどれほど羨ましがられている事か。というのは、当の本人達は知らない事だった。
「午後は体育だぞ、大丈夫か?」
「ん、裕也の大活躍を眺めてるよ」
「馬鹿、お前もちゃんとやんないとダメだろ」
「あははは……うん、そだね」
 明るく元気で無鉄砲な性格な割に、どこかマイペースで呑気者の氷上慎吾と、爽やかで体育会系だが、真面目で几帳面な性格の藤崎裕也は、一見正反対の様だが、何故かとても気が合うらしく中学以来の大の親友だった。

「パスパス!!藤崎をマークしろ!!」
 午後の体育の授業はバスケだった。藤崎裕也はスポ―ツ万能で、体育会系のクラブから注目を集めていたが、特定の部に所属せず、頼まれた所へ時々助っ人として参加していた。
 そんな藤崎が参加すると、例え高校の体育の授業であっても、本格的なスポーツと化してしまう程、白熱してしまうのもしばしばだった。特に今日の授業のバスケは、かなりの盛りあがりだった。同じクラスに、バスケ部部員が2人いたからである。
 藤崎のいるチームと、分かれてしまった以上、バスケ部員の面子の為にも負けるわけにはいかなかった。
「がんばってるな〜〜〜」
 氷上はそれを人事の様に、ぼんやりと眺めていた。実際は、氷上も今、藤崎と同じチームにいるのだから試合中のはずだった。氷上も、決してスポーツが嫌いという訳ではなかった。むしろ好きである。藤崎ほど万能で、運動神経抜群という訳ではないが、体を動かすのは好きなほうだ。
だけど、今日は寝不足のせいで、頭も体も重かった。全然バスケをする気になれない。
 それになんだか藤崎VSバスケ部員って感じに盛りあがっていて、特に氷上が大活躍する必要はなさそうだった。ほどほどに、自分の役割を果たしていたが、コートの端から端まで一緒にボールを追いかけて走る気には慣れず、コートの半分くらいをチョコチョコ動いては、ほどほどに参加していた。
「あ、そういえば夏休みに入ったら、アメリカの母さんの実家に行くんだっけ……バイト、10日ほど休みを貰えるように、眞瀬さんに話さないとな……早目にした方がいいよなぁ〜迷惑かかっちゃうし……」
 氷上がそんな独り言をぶつぶつ言いながらぼんやりしている時、遠くで誰かが何かを言った気がした。
「え?」
「慎吾!!! よけろ〜〜〜!!」
 ハッとなり、振りかえると目の前にボールが迫っていた。それと同時にそのボールを追いかけてくる相手チームの一人が、ジャンプする姿がスローモーションの様に見えた。
 氷上はとっさに何が起きているのか判断が出来ず、ただ固まった様に立ち尽くしていた。状況としては、場外へ飛び出そうとするボールをみんなが追いかけてきた訳だが、白熱する試合の為、場外に出ようともあきらめずに追いかけてきて、ボールしか見えていない彼らには、その前に立ちすくむ氷上の姿が見えていなかった。
 どうせやる気が無いのなら、邪魔にならないようにライン際に立っていた氷上の行動が、裏目に出たのだった。
「慎吾!」
 聞きなれた藤崎の声がして、次の瞬間体が飛ばされていた。1歩早く走りこんできた藤崎が、氷上を庇ってボールを追わず、代わりに氷上の体を抱き込むと、場外へ倒れ込むようにスライディングした。
 ガシャガシャン!! と激しい衝突音が体育館に響き渡った。氷上を抱えたままスライディングした藤崎は、点数ボードと折畳み椅子に突っ込んで、それらをハデになぎ倒した。
 一方ボールを追っていた集団は、勢い余って壁に激突していた。
「痛っ……イテテテ……」
「おい! お前ら大丈夫か!」
 教師や他の生徒達が駆け寄ってきた。
「藤崎! 氷上!」
「痛〜え……」
 椅子に頭をしこたま打ちつけた藤崎は、後頭部を押えながら起きあがった。
「大丈夫か?」
「あ……はい」
「氷上は? 氷上、大丈夫か?」
「慎吾?」
 藤崎は起きあがりながら、懐にいた氷上を覗きこんだ。
「う……腕が……」
 氷上はそう言いながら左腕を抱えてうずくまった。
「慎吾!!」
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