雨・雷・嵐のち秋晴れ

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 眞瀬は、店のカウンターにもたれて、ぼんやりとしていた。平日の午前中は、客もあまり来ないので、昼に木下が来るまでの2時間、一人でぼぉ〜としている事が多い。やる気のある時なら、店の模様替えをしたりする事もあるのだが、藤崎との情事の翌日は決まってぼんやりとなる事が多かった。
 今日は特に「店を休みにしちゃおうかな」と思ってしまうほど、気だるかった。もうすでに「やる気ゼロ」だったのだ。運が良いのか悪いのか、今日は未だに客が一人も来ない。
「木下さんが来てくれたら、悪いけど4時まで休ませてもらおう」
 眞瀬は溜息混じりに独り言を呟いた。
 その時ドアが開いて客が入ってきた。
「チェッ」と心の中で舌打ちをしながらも、営業用スマイルで「いらっしゃいませ」と言って客の顔を見た。
 しかしその顔を見るなり、サアッと顔色が変わった。
 そこに立っていたのは客ではなく、東城貴司だったのだ。
「た……貴司……」
「よお」
「な……何しに来たんだよ……」
「まあ、そう露骨に嫌な顔をしなさんな、お前の幼馴染だろ?たまには店に遊びに来てもいいじゃないか」
 昨日の事など、すっかり忘れているかのような顔だった。
 眞瀬は体をこわばらせて、何も答えられずにいた。
「まあ、すぐ帰るから安心しろ……オレも仕事の途中なんでな……近くに車を待たせてある」
「だから……何の用だよ……」
 眞瀬の声が心なしか震えているようだった。東城は薄く笑って、目を伏せた。
「いや……昨日は……悪い事をしたなと思ってな……悪かった……それだけ言いに来たんだ」
「え?」
 眞瀬は、東城の言葉に驚いて、一気に緊張の糸が切れたようだ。
 東城とはそれはもう長い付き合いだが、彼が自分からこうしてわざわざ謝りに来るなんて、初めての事だったからだ。
「じゃあな」
 東城は、少し気まずい様子で、早々に引き上げようとした。
「あ……貴司……」
「ああ、そうそう」
 東城はドアに手をかけたが、何か思い出した様に、くるりと振り返った。
「あの坊やに、良いパンチだったって言っておいてくれ」
「え?」
 東城はそこでようやくニヤリといつもの笑みを浮かべると、颯爽と店を後にした。
 残された眞瀬は、いつまでも呆然と立ち尽くしていた。


 その夜、藤崎から電話がかかってきた。
 藤崎の声を聞くと、ホッとする。
「昨夜はごめんね……黙って帰ってしまって……」
「ううん……オレ、失神しちゃったんだね……なんか恥かしいよ」
 眞瀬が恥ずかしそうにそう言うと、受話器の向こうで、藤崎もクスリと笑って「うん」と小さく言った。
「今度の土曜日、泊まってもいい?」
「もちろんだよ……先に部屋で待ってて……仕事が終わり次第、急いで帰るから」
「うん、解った」
「それじゃ……おやすみ」
「うん……おやすみ……凌介?」
「ん?」
「愛しているよ」
「オレも」
 眞瀬は幸せそうな表情で、携帯電話を愛しそうに頬擦りしながら、そっと受信を切った。
 藤崎には、とっくに部屋の鍵を渡してあった。
 それが裏目に出て、昨日の様な現場を目撃されてしまったのだが、あんな事はもう金輪際無いから大丈夫だ。
 それにしても……今朝の東城の行動には、本当に驚かされた。
 他の事ならまだしも、眞瀬をからかった事を謝りに来るなんて、生まれて初めてだ。
 一体何があったのだろう?
 パンチがどうとかって言っていたが、まさか藤崎が東城を殴ったのだろうか?
 考えれば考えるほど、謎が深まって頭の中がグルグルとした。
「土曜日に裕也にくわしく聞こう」と思った。


「本当に、貴司を殴ったのか?!」
 眞瀬は驚きのあまり、手に持っていたティーカップを落としそうになった。
「うん」
と、藤崎は事も無げな顔で答えて、ミルクティーをすすった。
「ど……どんな風に?」
「え? ……右手で顔面に威嚇のパンチを入れて、隙をついてボディに左で一発入れたんだよ……ちょっと手加減はしたけどね」
 藤崎はケロリとして言った。
 眞瀬はポカンとなってそれを聞いていた。
「裕也って…………喧嘩……強いの?」
「う〜〜〜ん……そんなに場数踏んでないし、自分から喧嘩する事ないから解らないけど……喧嘩の仕方は、二人の兄貴から嫌でも叩き込まれていたからさ……」
「……貴司はあれでも極真空手の有段者なんだよ」
「へえ……そうだったんだ……じゃあ、先に手を出して正解だったんだ……相打ちなら負けていたかもね」
 眞瀬はカップをテーブルの上に置いて、大きなため息をついた。
 平和主義者の藤崎の性格に騙されていたと思った。どうやら眞瀬が思っている以上に、藤崎は荒っぽい男のようだ。
「あの人……なんか言ってきたの?」
「あ……いや……次の日謝ってきたんだよ……貴司が謝るなんて初めてだから驚いちゃって……それと裕也に『良いパンチだった』って伝えてくれって言われたからさ……裕也は怒るかもしれないけど……やっぱり貴司は……あんな奴だけど大事な友人なんだ……オレも今までいっぱい助けてもらったりして、借りがあるし……今回は本当に頭に来たけど……許してくれとは言わないけど……見逃してくれる?」
 眞瀬は、申し訳なさそうに言った。
「うん、解っているよ……大丈夫……」
 藤崎はニッコリと笑った。
「ところで……この間、話そびれた事だけど……」
「ああ、そうだったね」
 藤崎もカップをテーブルに置いて、姿勢を正したので、眞瀬もつられて姿勢を正した。
「あのね……実は、ウチの一番上の兄貴にこの間ひどく叱られちゃったんだ……外泊している事がバレてね……兄貴……そういうのにすごく厳しい人でさ……あ、いつも無断外泊していた訳じゃないよ?家に何度か電話していたの聞いていただろ?両親は別に外泊の事は何も言わないんだけど……」
「ごめんね……そうだよね……裕也はまだ高校生だもんね……オレがそういうのは気をつけなきゃいけないのに……」
「凌介は悪くないだろ!……泊まりたがったのはオレなんだからさ……それに親も許しているんだから……まあとにかく兄貴が煩いのが悪いだけでさ……ちょっと喧嘩しちゃったけど……結果を言えば、週末だけなら良いって事になったんだ……だからこれからは平日は泊まれなくなったんだよ……残念だけど……それで今までみたいに、店休日にここに来るけど、この前みたいに夜の内に帰る事になるから……まあ話ってそれだけなんだけどさ……ね、大丈夫って言ったでしょ?……凌介は心配性だから、電話で言っても、絶対変に勘ぐって心配するからさ……こうして顔を見ながら、オレが嘘を言っていないって事を解ってもらわないとね」
 眞瀬はウッと詰って、何も言い返せなかった。
 藤崎がニッコリと笑いながら、まっすぐな目で話しをするので、彼が嘘や隠し事をしていない事は、一目瞭然だ。確かに一番説得力がある。
 この同じ話しを電話でされたら、確かに余計な心配をした事だろう。完全に読まれているな……と思って苦笑した。
 付き合い出してまだ半年にもならないと言うのに、藤崎は眞瀬の事をかなり理解している。眞瀬の方が、藤崎の事をまだまだ解っていないと思った。
「本当は毎日だって会って居たいのに、これでもかなり我慢しているのにさ……早く高校を卒業したいよ」
 藤崎はハアと溜息をついた。
「1年ちょっとなんてあっという間だよ……それまでお互い我慢しよう」
 眞瀬はそう言いながら、藤崎の隣に移動すると、チュッと頬にキスをした。藤崎はくすぐったいような顔をして笑った。
「週に2回じゃ足りない?」
 眞瀬は藤崎の耳元で囁きながら、右手をそっと藤崎の股間に添えた。
「ん〜〜〜……足りないかも……」
 藤崎はクスリと笑って言うと、眞瀬の唇をついばんだ。
 布越しに、藤崎の分身がみるみる硬くなっていくのを、右手に感じていた。ズボンの上から、やんわりとそれを包むように握った。
 形をなぞる様に、布の上に指を滑らせて、硬くて質量の増した膨らみを擦りあげて行く。
 藤崎は眞瀬の唇を吸い上げて、舌を絡めた。眞瀬は甘く吐息をつきながら、一旦藤崎から体を離すと、藤崎を跨ぐ様にソファに両膝で立ちあがるとシャツを脱ぎ始めて、藤崎と向かい合うようにしてゆっくりと藤崎の膝の上に腰を下ろした。
 両腕を藤崎の首にかけて、ニッコリと微笑みながら見詰め合った。
「そうだ……来週の日曜日、裕也の学校の文化祭に行くからね」
「え? お店は?」
「ふふふ……臨時休業」
「ダメじゃないか〜〜」
 二人はクスクスと笑って、キスを交わした。
「だけど……ちょっと複雑だな」
 藤崎は、眞瀬を見上げながらつぶやいた。
「何が?」
「凌介が学校に来たらさ……みんな凌介に見惚れちゃうよ……ちょっとジェラシーかも……」
「バカ……そんな訳ないだろう」
「まあ……いいか……見せびらかしたい気持ちもあるからね」
 藤崎はそう言うと、眞瀬の露になっている乳首を口に含んだ。
「ん……ばか……」
 眞瀬はウットリとなりながら吐息混じりにつぶやいた。
 なんだか1度に色んなトラブルがあったけど、とりあえずはハッピーエンドという事でいいのかな? と、眞瀬はぼんやりと思いながら藤崎に体を預けて、甘い幸せを感じていた。
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