雨・雷・嵐のち秋晴れ

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眞瀬は藤崎の後を追おうとしたが、東城に束縛されたその体は、思うように身動きが取れなかった。
「離せ!! 離せ!! 離せ〜〜〜〜〜!!! イヤだ!!! 離せよ!!!」
 眞瀬は、無我夢中で叫びながら、がむしゃらに体を動かしてもがいた。東城は、それでも冷静な様子でいた。
「随分とあっけないし……みっともないな」
 ボソリとそう呟いたので、眞瀬はキッと東城を睨み上げた。振り乱した髪が、頬にかかる。
「みっともないのはお前の事だ。こんなに理性を失うなんて……いい歳してみっともないと思わないか」
「悪かったな!! みっともなくて結構!! オレは必死なんだよ!!」
「それに……あの坊やも随分とあっけないもんだ」
 東城はそう言って鼻で笑いながら、そこでようやく眞瀬の体を解放した。
「ガキだから、怒って怒鳴って、オレに殴りかかってくるかとも思ったが……誤解して逃げてこれで終わりか? お前、そんなに愛されてないんじゃないのか? やはり所詮は子供だな……からかい甲斐もなくて面白くも無い……」
 最後まで言い終わるか終わらないかという所で、激しい音を立てて、東城の右頬に眞瀬の平手が飛んだ。
「裕也は……あの子はそんな子じゃないんだ。とても……とても繊細な子で……貴司……なんでこんな事……帰れ!! 帰ってくれ!!! オレがこれ以上、お前を嫌いになる前に……早く出て行け!!!」
 赤くなった頬を押えながら、東城はクスリと笑った。
「ああ、帰るよ……まあそれなりに楽しませてもらったからな……坊やはともかく、お前のそんなに取り乱す姿は初めて見たからな……」
 東城は皮肉めいた口調でそう言うと、落ちているコートを拾い上げて、玄関へと向った。眞瀬は、怒りに肩を震わせながら、その姿を睨みつけて見送った。そしてドアが閉じられたと同時に、ガクリと床に両手をついて崩れ落ちた。
「もうダメだ」と思った。
 藤崎にあんな場面を見られてしまった。藤崎のあのショックを受けた顔が、脳裏に焼き付いて離れない。言い訳のしようも無い位、決定的な場面だった。どんなに眞瀬が抵抗していたとか、そんな事実さえも言い訳できないと思った。
 今回の事はともかく、東城とは何度も肉体関係を持っている仲だ。ただの幼馴染とは言えない関係にある。
「誤解だ」とは言い切れない罪悪感が、眞瀬の中にある限り、東城とのあんな現場を見られた藤崎に対して、何も言えない気がした。そして純情で一途な藤崎の愛に対して、たった1度の裏切りさえも許されない行為のように思った。
 もう藤崎は戻ってきてくれないかもしれない……眞瀬は目の前が真っ暗になるほど、絶望的な心境だった。


東城は眞瀬の部屋を後にして、エレベーターへと向った。降下のボタンを押して、エレベーターが来るのを待っていた。右頬がヒリヒリと痛む。
「あいつに殴られたのは、そう言えば初めてだな」と小さくつぶやいた。
 そしてこんなに執拗に、嫌がらせをしてしまったのも初めてだ。何故か? と問われると自分でも解らない。元々眞瀬をからかうのは楽しいと思っているし、今までも何度もやってきた。だがこんな風に、眞瀬の恋人との関係を泥沼にする様な、悪質なイタズラは初めてだ。眞瀬が、あんなに真剣な顔で嫌がるのも初めてだったから、ついついエスカレートしてしまったのだろう。我ながらちょっとやり過ぎたかな? と、自嘲気味に笑った。
 エレベーターが昇ってきて、東城の居る階で止まりドアが開いた。乗り込もうとして、中から現れた人物を見て、少しだけ驚いた。エレベーターから降りてきたのは藤崎だった。1度飛び出して、戻ってきたらしい。
 藤崎もエレベーターの前で鉢合わせして、ギョッとした顔になった。しかし、すぐに真顔になると、キュッと下唇を噛んで、躊躇なくエレベーターを降りると、東城の前に立ちはだかって、東城が乗るのを阻止した。東城は、ちょっとおもしろそうな顔になって、その兆戦を受けた。
「なんだい? 坊や」
 藤崎は、キッと東城を睨みつけた。東城の方が少しだけ背が高い。
「帰ったんじゃなかったのか? 坊や」
 挑発するように東城が言ったが、藤崎は、小さく深呼吸をして動じなかった。
「あなたこそ……どうなさったんですか? 追い出されたんですか?」
 藤崎は冷静な口調で聞き返した。東城は、その反応に「ほお」と言う顔して、益々面白くなった。
「どうかな……まあ、あいつは昔から猫みたいに気まぐれなんでね……」
 東城は、赤くなっている頬を擦りながらニヤリと笑った。藤崎は、真っ直ぐに東城の目をみつめていた。
「貴方……凌介の一番の友人ですよね? なんでさっき、あんな事を凌介にしたんですか? 無理強いでしょ?」
 藤崎は、怒りを押さえながらとても冷静な口調で質問を続けた。東城は、フンと鼻で笑った。
「それは、ちょっとヤボな質問だな……それに無理強いかどうかなんて、誰にも解らないだろう? 嫌よ嫌よも好きの内って、よく言うじゃないか……あいつとオレの関係だって、『ただの友人』という訳ではないしね。キスなんて別にこれが初めてという訳でもないし……あいつの体は淫乱だから、好きじゃない相手とだって、気持ち良ければいつでも体を開くんだ」
 意地悪な微笑を浮かべて、わざと淫猥な口調で東城は言った。次ぎの瞬間、藤崎の右の拳がブンと風を切って、東城の顔面を襲ってきた。
東城は、身軽な反射神経で、それを紙一重で交わすと、余裕の笑みを浮かべようとしたが、ドスッと鈍い音がして、藤崎の左の拳が、腹にヒットして、「ぐうっ……」と小さくうめきながら腹を押さえてうずくまった。
 藤崎は、それを冷静な表情で見下ろした。
「今のは凌介を侮辱した分のパンチです。貴方が凌介の友人だから、手加減しましたが……次ぎにまた凌介を侮辱するような事をしたら、ただでは済ませませんから、覚えておいてください」
 藤崎は、捨て台詞の様に、そう言い放つとその場を立ち去って、眞瀬の部屋へと向かった。
「凌介……?」
 すっかり薄暗くなった部屋の中で、眞瀬は床に倒れる様に突っ伏していた。藤崎はそっと側によると、眞瀬の髪を優しくなでた。眞瀬は、のろのろと頭を上げると、覗き込む藤崎の顔を見上げた。
「裕也……どうして……」
 藤崎は、優しく微笑みながら、眞瀬の体を抱き起こした。
「こんな所に寝ちゃダメだろ?」
 優しく言いながら、眞瀬を支える様にしてソファの所まで連れていった。眞瀬はその間も、ぼんやりと不思議そうな顔でまるで幻でも見ているかのように、ずっと藤崎の顔をみつめていた。
眞瀬をそっとソファに座らせると、藤崎はその足元に膝を付いて座った。眞瀬の両手を取って、優しく握ると、左の手首に赤く痣がついているのに気がついた。東城がキツク握っていた跡だ。それをそっと撫でて、眞瀬の顔を見た。
「凌介……さっきはごめんね、助けてあげないで……オレ、すごく驚いて動揺しちゃって……あの場から逃げたりして……」
 眞瀬は黙って首を振った。
「どうして……戻ってきたの?」
 眞瀬は、かすれた声でようやくその言葉を口に出した。目の前に居る藤崎が信じられないと言った様子だった。
「え? だって凌介が、他の男に襲われているのに、恋人のオレが逃げたらダメだろ? エレベーターで下に下りている間に、やっと我に返って、すぐに戻ってきたんだ……ごめんね……辛かっただろ? 本当にごめん」
 藤崎は何度も何度も眞瀬に謝りながら、眞瀬の両手を自分の両手で包んで擦ったりした。
「裕也……オレ……てっきりもう戻ってこないかと思った……嫌われてしまったかと……なんて言い訳すればいいのかって、ずっと考えていたんだ」
「なんでオレが凌介を嫌うの? なんで言い訳がいるの?凌介は、あいつに無理矢理されていたんだろ? オレはちゃんと解っているから……誤解なんてしてないから、信じているんだ。凌介の事……謝るのはオレの方だよ……悲しませて……辛い気持ちにさせて、ごめんね」
 眞瀬は藤崎の優しさがせつなくて、泣き出してしまいそうだった。
「裕也……愛してる」
 その言葉しかもう言えなかった。藤崎は、眞瀬の隣に座ると、その肩を強く抱きしめた。
「凌介、愛しているよ」
 藤崎は優しく囁くと、眞瀬の耳に、額に、瞼に、頬に、そして唇にキスをした。軽くくちづけて、次に深くくちづけた。二人はお互いを確かめ合うように、何度も何度も唇を求め合った。


「ああ……はあはあ……んんっ……」
 眞瀬は、せつなげな顔で、自分の右手の指を甘く噛み、左手はシーツを掴んで快楽の波に耐えていた。藤崎は、眞瀬の秘所に舌を入れ、花弁の襞をほぐす様に丁寧に何度も舐め上げては、指を刺し入れ掻きまわした。眞瀬の内腿が小さく震えて、薄紅色に色づいた秘所がヒクヒクと疼いた。反りあがった眞瀬の昂ぶりは、鈴口からトロトロと蜜を溢れさせ今にも爆発しそうだった。
「ああっっ……裕也……お願い……もう……早く入れて……裕也のを入れて……」
 眞瀬はこれ以上耐えられずに、涙声で懇願した。藤崎は、体を起こすと、眞瀬の両足を抱えて、熱い肉塊をゆっくりと眞瀬の中へと埋め込んで行った。
 眞瀬の中に、藤崎の分身が奥深くまで挿入されると、キュウッとキツク秘所が引き締まり、眞瀬は体を反らせて「ああーーーー!!!」と大きく喘いだ。眞瀬の昂ぶりはビクビクと震えながら、ダラダラと勢いの無い精液がいつまでも長く流れ出て、眞瀬の白い腹部を汚した。前戯で長く焦らされた為、快楽のピークを超え藤崎が挿入しただけで、ところてん状態で射精してしまったのだ。眞瀬の体がビクビクと痙攣していたが、藤崎は腰を激しく動かして、眞瀬の体を揺さぶった。
「あ……ああ……ああ……」
 眞瀬は朦朧となりながら、深く突き上げられるたびに、甘く喘いだ。たった今射精したばかりの眞瀬の分身は、反りあがったままだった。ベッドの軋む音と、二人の荒い息遣いと、湿った肉の交わる音が、部屋の中で入り乱れていた。


眞瀬が目を覚ますと、隣には藤崎の姿は無かった。ぼんやりとした頭を押えながら、気だるい疲れの残る体を起こした。ベッド脇の時計を見ると、6時を刺している。
「朝の6時?」
 うまく声にならずに、言葉がかすれて口から出た。口の中が乾いて気持ちが悪い。水を飲もうと立ちあがろうとして、サイドボードの上に手紙がある事に、そこでようやく気がついた。座ったままそれを手に取って読んだ。
 手紙は裕也からだった。
『本当は話したい事があったんだけど、凌介が眠ってしまったので、そのまま起こさずに帰ります。朝まで一緒にいてあげたかったけど、事情があって今日は泊まれません。ごめんなさい。土曜日に泊まってもいいかな?また電話します。裕也』
 そういえば……昨夜は途中から記憶が無い。初めて最中に失神してしまったらしい。
「裕也……昨夜はすごかったもんな……」
 思い出して、ウットリとなった。彼もすっかりエッチがうまくなったと思う。昨日のトラブルを思い出すと、本当に自分は藤崎無しではダメな人間になってしまっていると思った。
 手紙を大切そうにサイドボードの上に置きながら、ふと時計が8時にアラームセットされている事に気がついた。藤崎がセットしていってくれたのだろう。眞瀬はクスリと思わず笑った。
 本当にかなわないなと思う。眞瀬には本当に勿体無いと思えるほど、藤崎が大きな器の男になっていっていると思った。そしてそんな彼が、愛しくて愛しくてたまらなかった。
 いつか彼に捨てられても大丈夫なように、いつでも覚悟をしておくつもりでいたけど、もう多分それは無理だ。きっとその時は、死んでしまうだろうな……そう思った。
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