雨・雷・嵐のち秋晴れ

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 日曜日、朝からバイトに現れた氷上が、いつもとまったく変わらない様子なので、眞瀬は「あれ?」と思った。
 昨日、藤崎がすべてをうちあけているはずだった。昨夜はとうとう藤崎から電話がなかったので、どうなったのか気になっていたが、眞瀬からは電話をしなかった。
 それよりも木曜の夜から、毎晩かかってきていた電話がずっとないのも、別の意味で気になっていた。体調でも崩して寝込んでいるのだろうか? そんな事を色々と考えながら、一日を過ごした。
 昼食の時も、休憩の時も、氷上は全然いつもとかわりないし、藤崎の事にも触れない。夜になる頃には、眞瀬のほうが気になってしまって、聞いてみようかとさえ思った。
 店仕舞いをしても、とうとう氷上は何も言ってこなかった。眞瀬は少しイラついていた。一体どういう事なのだろうか?
「それじゃ帰ります……お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「あ……眞瀬さん」
「な、何?」
 眞瀬はギクッとなった。とうとう言われるのかと思ったからだ。
「今月最終の日曜日、ウチの学校の文化祭なんですけど……お店あるし、来れないですよね?」
「え? あ……う、うん……そうだね。行きたいけど……」
 思いもよらぬ言葉に、ふいをつかれて眞瀬はとまどった。
「やっぱりそうですよね〜〜〜……木下さんは来てくれるかな?」
「あ……ああ、喜ぶんじゃない? 誘ったら行くと思うよ」
「そうですね〜〜〜……眞瀬さんどうしてもダメ? 学校早いから、9時半からなんですよ。文化祭……店の開店を1時間遅らせて11時からにしてもらって、ちょっとだけでも来てくれたらな〜〜〜とか思ったんだけど……そしたら、裕也も喜ぶのにな〜〜〜と思ったんだけど……」
「え? あ……うん」
「裕也、文化祭の事何か言っていませんでした? 昨夜は会わなかったんですか?」
「え? ……え?」
 氷上はニ〜〜〜〜ッコリと笑って見せた。
「オレ、応援してますから……裕也をよろしくお願いします」
 氷上がそう言って深深と頭を下げると、眞瀬はみるみる赤くなった。
「あ……」
「どうりで、最近、眞瀬さんますます綺麗になったと思った。それじゃ、お疲れ様でした! あ!それとさっきの! そういう訳でバイト、夕方からしか来れません!! ごめんなさい!!」
 氷上は明るく言って、スキップしながら帰っていった。眞瀬は呆然とそれを見送った後、まいったなという顔になって笑った。
 ポケットから携帯電話を取り出すと、藤崎の番号を呼び出した。無償に藤崎の声が聞きたくなったのだ。3回コールして、藤崎が出た。
「はい」
「裕也……どうかした?」
「あ、すみません……こちらからかけ直しますので、一旦切ります」
「う、うん」
 電話を切ってから、さっきまでの笑顔も消えて、眞瀬はとても不安な気持ちで、電話をみつめた。藤崎の様子がいつもと違っていた。声もとても押えていて、淡々としていて小声だった。
 かけ直すなんて言われたのも初めてだ。いつも眞瀬がかけると、弾んだ声が返ってくるのに……。


 藤崎は、ブルゾンを片手に部屋を出た。隣の部屋の長兄に監視されているような気がして、部屋では落ち着いて電話をかけられないと思ったからだ。しかし廊下でバッタリと長兄に会ってしまった。
「チッ」心の中で舌打ちをした。
「どこに行くんだ? こんな時間に」
「ちょっとコンビニまでだよ……すぐもどるよ」
「ちょっと話がある。部屋に来い」
「後じゃダメ?」
「コンビニに行くだけなんだろ? すぐ済むから」
 藤崎は、渋々兄の後に続いて部屋へと入った。ドアを閉めて、藤崎は立ったまま兄をみつめた。
「話って何?」
「……座れよ」
「すぐ済むんだろ?」
「いいから座れ……お前いつから、そんなに横着になったんだ?」
 藤崎はムッとなったが、その場に正座した。
「この間の話だけど……あれからオレもちょっと考えた。それでだ……確かに、お前の恋愛事に口を出すのは筋違いだったと思う。悪かった」
「いや……別に……」
 藤崎はブツブツとつぶやいた。いきなりこう素直に謝られると、藤崎も困ってしまう。
「もうその事については何も言わない。だがな、外泊は別だ。裕也、外泊するなとまでは言わない。女の子じゃないんだからな。だけど、お前はまだ高校生で未成年なんだ。だからあまり節度の無い事はするな。泊まってもいいが、相手の家からそのまま学校に行くなんて、だらしないと思わないか? 平日は学校があるから泊まるな。その……夜遅くまで色々と用事があったとしても……朝近くなったとしても、ちゃんと家に1度帰って来い……男なら、ケジメをつけろ、ケジメを! そういう事は20歳を過ぎてから……いや、せめて高校卒業してからにしろ! 変な理屈かもしれないが……とにかく、それだけは約束しろ」
「じゃあ……もう反対しない?」
「……しないから」
「相手の事……詮索しない?」
「しない……しないよ。しつこいな」
「解った。約束する。でも……土日はいいんだね?」
 その言葉に、兄はウッと詰った。
「あ、ああ……だ……だかな……その……ちゃんと避妊は……しろよ」
 藤崎はそれを聞いて、プププッと吹き出した。
「うん、気をつけるよ。ありがとう」
 藤崎はニッコリ笑って、嬉しそうに部屋を出て行った。


 藤崎は、走って近くの小さな公園まで来ると、周りに誰もいないのを確認して、眞瀬に電話をかけた。閉店した店の中で、眞瀬はポツンと藤崎からの電話を待っていた。なかなかこないので不安になっていた。だからディスプレイにライトが点灯して、藤崎の名前が表示されると、着メロが鳴る間もなく、すぐに受話ボタンを押した。
「もしもし! 裕也?」
「あ、凌介……さっきはごめんね」
 その声は、いつもの藤崎の声だった。眞瀬はちょっとホッとなった。
「ちょっと今、家の中でゴチャゴチャがあって……ここ2〜3日電話できなかったんだ。本当にごめんね」
「いや、それより……ゴチャゴチャって……なんかトラブル?」
「ううん。もう大丈夫。明後日、夕方マンションに行ってもいい? その時話すから」
「ああ、いいけど……」
「心配しないで、本当にもう解決したから……さっきだけどね、解決したのは……ただそれを今話すと長くなっちゃうし……それに上手く伝えられないと思うから……明後日、凌介の顔を見て話したい」
「うん、解った」
「凌介……愛しているよ」
「オレも……愛してる」


 火曜日は、店の店休日だ。だから夕方、学校の帰りに、そのまま眞瀬のマンションに行く事がよくある。そしてそのまま泊まったりしていたのだ。
 普段、あまり自炊をしない眞瀬も、こういう日は、家でゆっくり藤崎と夕食をとりたいので、休みの一日を、洗濯、掃除、夕食の支度で潰して、夕方来る藤崎を待ちわびたりして過ごすのだ。
 その日も、眞瀬は、朝から掃除と洗濯をして、昼から夕食のメニューを考えながら、食材を買いに出かけた。たくさん買い込んだ買い物袋を下げて戻ってくると、「主婦みたいだ」と自分で苦笑しながら、早速料理にとりかかった。
 今日はビーフシチューにするつもりだ。時間をかけてゆっくりと煮込みたいので、早くから作り始める事にした。今から作れば、藤崎が来る頃には、良い具合になっているだろう。
 一生懸命作って、後は弱火でコトコトと煮込むだけだなと思いながら時計を見ると、もう3時半を過ぎていた。
 藤崎は5時前にはくるだろう。紅茶を煎れると、ソファに座って一息ついた。しばらくぼんやりとして過ごした。
 藤崎の言っていた「家でのゴチャゴチャ」が気になった。解決したと言っていたけど、自分が原因ではないのだろうか?と不安に思っていた。
 最近、時々藤崎がまだ17歳の高校生である事を、忘れそうになっている自分に気づく。最近の藤崎は、本当に大人びていて、男らしくて、眞瀬を惚れ惚れとさせてしまうのだ。
 そんな事をぼんやりと考えていると、インターフォンのベルが鳴った。時計を見るとまだ4時だ。藤崎が来るには、少し早い。誰だろうと思いながら、受話器を取った。
「はい」
「凌介……居たな、オレだ」
「その声は……貴司!?」
 その声は眞瀬が、すっかりその存在を忘れきっていた東城貴司に他無かった。
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