雨・雷・嵐のち秋晴れ

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「っていう事があったんだぞ!」
「すみません」
 眞瀬が自分のマンションの部屋で、すっかりくつろいだ服装でソファに深く腰を掛けると、缶ビールを飲みながら、隣に座る藤崎に今日お店で氷上に相談された件について文句を言った。
 藤崎は本当に心から申し訳ないと言う様に、深深と頭を下げた。眞瀬は横目でチラリとそれを見ながら、クスリと笑った。
「やっぱり言えないよね」
 眞瀬はそう言って、藤崎の頭をナデナデした。
「言うつもりだったんだけど……1度言いそびれると、なんだかタイミングが掴めなくて……そのままズルズルって感じなんだ」
「ごめんね」
「え?」
 眞瀬が謝ったので、藤崎はキョトンとなった。
「いや……なんか、裕也を悪い道に引きずり込んだ諸悪の権現は、オレなんだよな〜〜〜と思ってさ。本当にごめんね」
「なんで凌介が諸悪の権化なんだよ! 第一、最初に好きだって告白したのは、オレの方だぞ!? 付き合って欲しいって言ったのはオレの方なんだから……なんで凌介が謝るんだよ! そこで謝られたら、真剣に凌介の事を愛しているオレの立場がないじゃないか! 2度とそんな事言うなよ!」
 藤崎の男らしい一喝に、眞瀬はキョトンとなりつつも、惚れ惚れとその凛々しい顔をみつめた。
「裕也……最近すごく男らしいな」
「ばか……からかわないでよ」
 藤崎はちょっと赤くなって、プイと目をそらした。
「とにかく……慎吾の事は、ちゃんとするから心配しないで……オレ、別に凌介を愛している事を恥ずかしいなんて、1度も思ったことないし、堂々としているつもりだから……ただオレも凌介も、お互いに人に恥じるような事はしてないって、胸を張っていえるけど、だけど世間一般がどう思うかと言うのも解っている。決して認められている恋愛ではないって事……差別を受けている事も……慎吾がそんなに心の狭い人間だとは思わないけど……でもオレの親友ってだけならともかく、凌介とも親しくしている訳だし、すごく複雑な立場にあると思うから……だからどんな形で伝えれば良いのか、言葉を選んでしまって、すごく難しいんだ」
 藤崎がとても真剣な顔でそう話したので、眞瀬はますます感動してしまった。
「本当に君ときたら……なんでそんなにいい男なんだろう」
 眞瀬がウットリとした顔でそう言ったので、藤崎は少しテレ臭そうに笑いながら、チュッとキスをした。
「惚れ直した?」
「惚れ直した」
 二人はクスクスと笑いながらもつれ合うようにソファに抱き合って倒れ込むと、何度も深いキスを交わした。藤崎は、眞瀬の綿シャツのボタンを外しながら、鎖骨に唇を滑らせた。
「あ……こら……旅行から帰ったばかりで疲れているんだろう?」
「それは試してから言ってよ」
「明日も学校……だろう……」
「じゃあ、やめる?」
 眞瀬には、もう藤崎を拒む気力は残っていなかった。すでにもう骨抜き状態なのだ。二週間ぶりに藤崎の熱い肌に触れて、早くすべてが欲しいと体の芯が熱く震えていた。
「あ……裕也……」
 眞瀬は両腕を藤崎の背中にまわした。


 翌日、藤崎は眞瀬のマンションから直接学校へと向った。眞瀬の部屋に泊まるのは初めてではないし、朝帰りどころかこうしてそのまま家に戻らず、直接登校するのも初めてではなかった。兄からは、何度か忠告はされたが、両親からは特に咎められた事は無かった。父親は、人様に迷惑をかけさえしなければ、何をしても本人の自由という放任主義で、母親はキチンと学校へ行き、成績も下がらなければ何も言わなかった。
 何度か忠告をしてきた次兄の智也は、彼の素行自体を咎めたのではなく、「兄貴にバレても知らないぞ」と忠告したのだ。
 長兄の芳也は、末っ子の彼を一番かわいがっているが、一番口うるさくもある。放任的な両親にかわって、何かと世話を焼くのだ。
 プロ野球選手である芳也は、シーズン中は家を空けることが多かったので、末弟の変化に気がついていないが、もうシーズンも終わった今は、家にいる事も多くなる。それを忠告しているのだ。
 しかし恋に夢中の彼には、届かぬ忠告だった。
 藤崎が教室に入ると、すでに氷上が席に座っていた。チラリとこちらを見たが、何も言わずに前を向いて、他のクラスメートと話を続けた。
「おはよう、藤崎」
「おはよう」
 藤崎はクラスメートに挨拶しながらも、氷上を気にしていた。休み時間もずっとふたりが、一言も口を利かずにいるので、周りは不思議そうに見ていた。
「めずらしいな、藤崎と喧嘩でもしたのか?」
「別に……いいだろう」
 氷上は、その件には触れたくないという様子で、口を尖らせた。友人達は肩をすくめてみせた。
「慎吾」
 そこへ藤崎が来たので、みんなその場を開けた。氷上は、チラリと藤崎を不機嫌そうな顔で見た。
「……なに?」
「ちょっと話があるんだ……付き合ってくれないか?」
「ここじゃダメなの?」
「……ああ」
 藤崎がとても真剣な様子なので、氷上は仕方なく立ちあがると、藤崎の後について教室を出た。藤崎は、無言のまままっすぐ屋上へと向った。氷上も黙ってそれに続いた。
 屋上には、4〜5人の生徒達がすでにいた。昼寝をする者やおしゃべりに興じる女生徒や隠れて煙草を吸う者……。
 広い屋上では、それぞれの行為には無関心なようだった。
 藤崎は、人の居ない場所を選んだ。フェンスにもたれかかると、黙ってジッと眼下の校庭をみつめていた。
「話って……何?」
11月の中旬近くにもなると、すっかり風が冷たくなっていた。時折吹きつける冷たい風が、氷上の薄い色の長めの髪を乱した。
「慎吾に、秘密にしていた事があるんだ」
『とうとうきたか』と氷上は思った。
 藤崎が、とても深刻な面持ちで居るので、氷上はちよっと緊張してゴクリと唾を飲み込んだ。
「……何?」
「オレ……今、付き合っている人がいるんだ……恋人が……いるんだ」
 藤崎は、氷上の目を真っ直ぐに見詰めてそう言った。
『やっぱり……』と思うと同時に、自分が思っていたよりも、ずっとショックを受けている事に気がついた。
「へ……へえ……いつから?」
 氷上は、わざと明るい口調で聞き返した。
「7月の初めから……」
「へ!?」
 これには、氷上もさすがに驚いて、思わず変な声をあげてしまった。7月初めといえば、まだ夏休み前で、氷上がアメリカに行く前ではないか!?という事は、別に氷上がいない間にという訳ではなかったのだ。
「そ……そうなんだ……」
「ごめん……本当は、慎吾に一番に報告するつもりだったんだけど……ちょっと訳あって、今まで言えなくて……」
「なんで? なんで言えなかったのさ……オレが反対するとでも思ったのか? ひどいじゃないか……そりゃ、裕也のプライベートまで束縛できないし、オレに報告しなきゃいけない義務もないと思うけど……でも隠すってのもひどいと思うぞ」
「ごめん」
「で、相手は誰? ……この学校の子?」
「それは……」
 藤崎は、言いよどんで目を伏せた。氷上は不思議そうにその顔をみつめていた。
「言いたくない?」
「いや……でも、それは今は言えないんだ」
「え? な……なんで?」
 藤崎があまりにも苦悩の顔で目を伏せたままそう言うので、氷上は気になって仕方がなくなった。
「…………慎吾……土曜に、話すから時間をくれないか? バイト休みだろ?」
「う、うん」
「ここでは話したくないんだ。まだ誰にも聞かれたくないから……お前だけに話したいんだ。だからこの事は、慎吾の胸の中に収めてほしい」
「わ……解った」
 随分深刻な話らしい。氷上は思わず握り締めた両の拳に汗が滲んだ。ふたりはこれっきりこの話題には一切触れなかった。氷上は、何事もなかったように振舞った。


 眞瀬は、ちょっと内心ヒヤヒヤしていた。今日もいつもの様に、氷上がバイトに来たのだが、なんだかいつもと様子が違う。元気が無いし、眞瀬に対してよそよそしい態度をしているように感じるのは、気のせいだろうか?
 まさか藤崎がもうすべてをバラしてしまったのだろうか? と思いドキドキとしていた。
「し……慎吾君、そろそろ店を閉め様か」
「あ、はい」
 氷上は、元気のない返事をすると、入口を閉めに行った。眞瀬はレジのお金を数えながら、店仕舞いをする氷上をチラチラと見ていた。ドアもロールカーテンも全て閉め終わると、カウンターの方へと戻ってきて、エプロンを外しながら大きな溜息をついた。
「どうかしたの?」
 眞瀬は、その溜息にドキリとなって、恐る恐る尋ねてみた。
「……やっぱり裕也の奴、恋人がいたんですよ」
「え、あ……裕也君が言ったの?」
 氷上はコクリと頷いた。
「そ、そうなんだ……」
「7月初めからだなんて……オレ全然気づかなかった。相手は誰か教えてくれなかったけど……なんかすごく深刻な顔してて……悩んでいるみたいで……やっぱり不倫とかなのかな……」
「ま……まさか」
 眞瀬は思わずそう言ったもののそれ以上のフォローが出来なかった。
『あ〜〜やっぱりそこまでは言えなかったんだ』と思った。
「土曜日にすべてを話してくれるつもりみたいだけど……オレ、そういうのって全然ダメなんだよなぁ……多分裕也の力にはなってあげれそうにもないな……と思って……そしたらなんか裕也がオレに今まで言わなかったのも解る気がするし……あんな顔の裕也を見るのも初めてだったから……」
 眞瀬は胸がチリチリと痛んだ。藤崎の事で、こんなに心を悩ませている氷上を見ると、黙っている事にとても罪悪感を覚えた。
「本当は、誰にも言わないでって、裕也から口止めされているんだけど、眞瀬さんには昨日も相談しているから……でも秘密ですよ」
「う、うん」
 眞瀬はおどおどと頷いた。
「ねえ……慎吾君。もしも……もしも裕也君が、人に言えないような恋をしているんだとしたらどうする? 例えば……世間的に許されないような恋をしているとしたら……」
 眞瀬は、思い切ってそう尋ねてみたが、氷上の顔を見る事は出来ずにうつむいたままだった。
 氷上はキョトンとした顔で、眞瀬を見ていた。
「どうするって……どうもしないよ」
「え?」
 氷上が、あっさりとした口調でそう言ったので、眞瀬は驚いて氷上を見た。
「だってオレにはどうする事も出来ないもん。それは裕也の問題なんだし……」
「でも……でも例えば嫌いになったり……軽蔑するような事とか……」
 それを聞いて氷上はプッと吹き出した。
「なんで? そんな訳あるわけないよぉ〜〜〜……どんな事があったって、オレは裕也を嫌いになったり、軽蔑したりしないよ……それも、裕也の恋愛の事でなんかでどうやって嫌いになるのさ……裕也がオレに対して、すっげえ残虐非道な事をするとかならともかくさ……裕也が誰と恋愛してたって、それは裕也のプライベートな問題であって、オレが口を出す事では無いし、嫌いになる事でもないでしょ? 全然関係ないよ〜〜〜!! 変な事を言うな〜〜眞瀬さんは……」
 氷上はカラカラと明るく笑い飛ばした。眞瀬は驚いた顔でそれを眺めていたが、ちよっと安心した顔になった。


 一方、その頃藤崎は大変な目に合っていた。
 とうとう長兄・芳也からお呼び出しをくらってしまったのだ。いつものように家族で夕食を食べた後、部屋に戻って勉強をしていた時、次兄の智也が部屋へとやって来た。
「今、兄貴が帰ってきて飯食っているけど、後で部屋に来いって言ってるぞ」
「え!?」
「だからあれほど言ったのに……お前、昨夜も帰らなかったろ? 兄貴昨日は家にいたんだぜ」
「げっ……」
 藤崎は具合悪そうに唸った。
「ったく……お前まだ高校生なんだから、色欲に溺れるなよ……このサル」
「うるさいな! 放っておいてよ! 誰にも迷惑かけてないじゃん」
「ほお……じゃあその携帯電話、解約しろ……誰のおかげで作れたと思っているんだ?」
 夏休みが終わって、バイトを辞める事になった時、眞瀬との連絡用にバイト代で携帯を買った。しかし未成年者の為、契約時の保証人として智也にサインしてもらったのだ。
「うう……ごめんなさい」
 藤崎は仕方なく素直に謝った。
「とにかく……オレは今まで兄貴に知られたらこっちが叱られるってくらいお前に協力してやっているんだからな……もう庇ってやらないぞ……いちお忠告したからな」
「はい」
 智也はそう言い残すと、去って行った。
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