ビジネスマン的恋愛事情 〜なんでもない冬の日〜

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「柴田さん! ……柴田さん待ってください」
外へと飛び出した柴田の後を西崎が追いかけてきた。
「待って……柴田さん! ……彰!!」
名前を呼ばれて、柴田はハッとなって足を止めると、ゆっくりと振りかえった。西崎は、柴田に追いつくと、その腕を掴んだ。
「なんで……逃げるんですか」
「それは……お前だろう」
柴田はキッとなって西崎を睨んだ。
「オレがいつ……」
「なんで、ずっと私を避けるんだ……今日、ずっとじゃないか……私が何をしたというんだ」
「……貴方は何もしていませんよ」
西崎はそう言うと目を伏せた。
「じゃあなんで」
「……辛いんです」
「……何が」
「貴方と……仲良く出来ないのが辛いんです……オレはもう芝居でも冗談でも、貴方に馴れ馴れしい素振りなんて出来ない……貴方が他の人と楽しそうにしているのを見るのも辛いし……一緒の部屋で寝るのだって辛いんだ……風呂だって……貴方の綺麗な裸を見て、オレが冷静でいられるわけないでしょう!」
「ば……ばかな事を言うな」
柴田は真っ赤になった。
「オレは……そんなに出来た人間じゃないんだ……今のこの我侭な自分を押えるので手一杯なんです……だから、貴方も今だけは協力してください」
「西崎……」
「貴方こそ……なんでこんな外になんて……」
「それは……さっき、お前が女の子達と楽しそうにしていたから、腹がたったんだよ……一緒に風呂に来ないと思ったら、女の子達と……これでお前が追いかけてこなかったら、どうしてやろうかと思った」
柴田は言いながら、頬を染めていた。
「楽しそうにって……あれは誤解ですよ」
「買い物に行った時だって、デレデレしていたじゃないか!」
「デレデレって……柴田さん……嫉妬してくれているんですか?」
その言葉に、柴田は耳まで真っ赤になった。西崎は、思わず柴田の体をきつく抱きしめた。
「本当に……馬鹿だなぁ」
「馬鹿って……なんだよ」
「柴田さん……オレは根っからのゲイですよ?女の子にはまったく興味はないんです……男にヤキモチ焼くならまだしも……」
「ムッ……でも……お前がそうでも彼女達は違うだろう」
西崎は、柴田の肩を掴んで、体から少し離すと、ジッとその目をみつめた。
「誰がどうだろうと……オレが愛しているのは貴方だけです……信じてください」
「西崎……」
柴田が目を閉じたので、西崎は唇を重ねた。熱く濃厚なキスを重ね合って、ゆっくりと体を離した。
「戻りましょう……体が冷たくなっていますよ……風呂あがりなのに、風邪をひくじゃないですか」
「うん……もう1度入るからいいよ……お前も今から入るだろう?」
「……地獄への誘いですね……解りました……一緒に入りましょう……誰も居ない事を祈っていますよ」
「何する気だよ」
「何もしませんけど……」
プッと二人は吹き出すと、手を繋いで中へと戻った。中に入る間際に、そっと手を離しながら……。


「お疲れ様でした……皆さん、家まで気をつけて帰ってくださいね」
翌日の夕方、来た時同様会社の前で、解散となった。
「お疲れ様でした」
みんなそれぞれの方角へと歩き出した。西崎は、柴田と目で挨拶をかわしてその場で別れた。
「西崎、まっすぐ帰るんだろう? 途中まで一緒に帰ろう」
「あ……ああ」
浦田に声をかけられて、西崎は、浦田と一緒に歩き出した。
会社側の大手町駅から地下鉄半蔵門線で渋谷まで行き、三軒茶屋に住む西崎は、新玉川線に乗り換え、高井戸に住む浦田は、井の頭線に乗り換えるのだ。
だから渋谷まで一緒だった。
二人は電車の中でもずっと黙ったままだった。日曜日の夕方4時台の地下鉄車内は、いつもよりずっと空いていた。二人の間には、なんとも言えない緊迫感があった。
もうすぐ渋谷という所で、やっと浦田が口を開いた。
「西崎……お前、柴田部長と……」
そこまで言った所で、ハッと言葉を止めた。ジッと自分を見つめ返す西崎の目が尋常ではなかったからだ。とても真剣で、力のある眼差しだった。
「浦田……話すから、もう少し待ってくれないか」
「……解った」
浦田は、それ以上何も言わずに頷いてみせた。それと同時に、渋谷に到着した。二人は黙ったまま降りると、改札へと向った。
「じゃあ……また明日」
二人はそう言って、別々の方向へと歩き出した。
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