スコール

ススム | モクジ

  -1-  

 9月とは言え、まだまだ世間は「夏」だった。午後3時の太陽は、いまだジリジリとアスファルトに黒い影を焼き付ける。
 吉祥寺の駅を出て、その外気の暑さに少しだけ閉口して、思わず額の汗を拭った。人通りの多い道のりを、もう完全に慣れた様子でスタスタと大股に歩く。この道はもう何年も、何回も通ったのだから、きっと目を瞑っていたって辿りつけるだろう。
 大通りから少し奥まで入った路地にその店はある。何年経ったって、その景色は変わらない気がしていた。
 ショーウィンドウからチラリと中を覗くと、お客は若い女性が二人居た。平日の午後だし、この時間はいつも割かし空いている。
 ドアを勢い良く開けると、チリンという軽い鈴の音がした。
「いらっしゃいませ」
 その音に反応して、店員の女性が声をかけた。
「こんにちは」
 藤崎は、にこやかな笑みを作って彼女に挨拶をした。
「ゆ……裕也君!!」
 店員の女性・木下は、思わず奇声をあげていた。その反応が、あまりにも『らしい』ので、藤崎は思わずプッと吹き出した。
「お久しぶりです」
 穏やかな口調でそう言いながら、驚いてこちらを凝視している客に軽く会釈をした。
「お久しぶりって……本当よ!! 一体どれくらいぶりだと思っているのよ!!」
 木下はキャンキャン子犬が吼える様に、早口で藤崎に抗議した。
「えっと新年会以来のような……あ! その後、花見もしましたよね! あれ以来?」
 藤崎は笑いながら、木下に答えた。
「そうよ! 花見以来よ!! 一体今が何月だと思っているのよ!!」
「すみません……木下さん、あいかわらず綺麗ですね」
 藤崎にそう言われて、木下は一瞬ポッと頬を染めたが、すぐに我に返って口を尖らせた。
「裕也君も大人になったわね……そんなお世辞をサラリと笑顔で言えるようになったんだから……ああ、初心だった頃の裕也君が懐かしいわ」
「ひどいな」
 藤崎は苦笑した。
「あの……」
 ふいに声がした。
「あ、ありがとうございます。ご自宅用ですか?」
 レジ側に客が来ているのに気がついて、藤崎は手馴れた様子で、ニッコリと笑って応対した。
 女性客は、その藤崎の笑顔に少し赤くなると「ええ」と答えた。藤崎は、値札を外して木下に渡すと、自分は商品を袋に包んで、客に手渡した。買い物を済ませた二人の客は何度も藤崎を見ては、キャッキャッとお互いに何か耳打ちあって店を出て行った。
「ありがとうございました」
 藤崎と木下は、それを見送るようにしばらく出口をみつめていた。
「このぉ〜……あいかわらずのモテモテ男」
「なんですかそれ……からかわないでくださいよ」
 藤崎はあははと笑って見せた。
「それにしても会うたびに良い男になっていくわよね〜〜もう惚れ惚れしちゃう……今度20歳になるんだっけ?」
「もう先日20歳になりました」
「裕也君ももう20歳か〜〜〜私も歳を取るはずだわ……」
「そんな木下さん……オーバーな」
 藤崎は楽しそうに笑った。
「眞瀬さん、そろそろ来るはずよ」
「はい、待ちます」
「で? どうなの?」
「は?」
 木下がニヤニヤと笑いながら藤崎を肘で突ついてきた。
「眞瀬さんは絶対何も言わないからね。最近はどうなの? デート度々しているの?」
 木下の興味津々顔に、藤崎は苦笑した。
 眞瀬との仲については、今も勿論秘密のはずなのだが、いつのまにか木下にはバレてしまっているようだ。眞瀬も藤崎もその事についてはあまり触れないが、特に木下に関しては隠す事も諦めてしまっていた。
「木下さん……そんな顔したら、なんだかオバちゃんみたいですよ」
「まっ! 失礼ね」
「大体週一くらいで会うようにはしているんですけど……オレも勉強が忙しくて、会えない時も多くて……バイトもあるし」
「あら、バイトしてるの?」
「はい、家庭教師で2人に教えてます」
「あらあら、裕也君はY大法学部だから、お給料良いんじゃない?」
「はあ、まあ……家庭教師派遣会社とは契約しないで、知り合いのツテとかで個人でさせて貰っているので、結構多く頂いていると思います」
「家から通っているんでしょ? そんなにバイトしてお金……何に使うつもり? ここでバイトすればいいのに」
「いえ、それはちょっと……」
 藤崎が意味深な顔で苦笑したので、木下は首をかしげた。
「実は今日は眞瀬さんに怒られそうだから来たんです」
 話を逸らす様に藤崎が言った。
「怒られる? なんで?」
「もう20日も会っていないので……」
「あら! それで最近機嫌が悪いのね」
「悪いですか?」
「悪い」
 木下は少しオーバーに眉間を寄せて、腕組みして見せた。
 藤崎は小さな溜息をつく。
「電話はマメにしているんですけどね」
「心配なのよ。裕也君、ハンサムだし、モテるからさ」
「そんな」
 藤崎は、頭を掻きながら苦笑して目を伏せた。
 藤崎裕也は大学2年生になっていた。先日20歳になったばかりだ。眞瀬との交際も、もちろん円満に続いている。
 夏休み恒例となった眞瀬の軽井沢別荘での避暑も、4度目になる。特に変わった事は無いが、藤崎の外見は随分変わったと言われる。
 本人としては『ちょっと背が伸びただけ』のつもりなのだが……その身長は190cmに達してしまい、とうとう兄貴'Sを追い越してしまった。
「無駄にデカイだけ」と次兄の智也から皮肉を言われた。
 確かに、プロスポーツ選手の兄達に比べて、一般人の裕也には無駄な身長かもしれなかった。
 その上、現在目指しているのが『弁護士』なのだから、まったくもって無駄かもしれない。顔も「とにかく二枚目」と誰とは言わず聞き飽きるくらいに言われてしまう。
 その基準がよく解らないので、そこまで他人から誉められるのもよく解らないのだが、眞瀬が時々ウットリした顔で見つめては「本当にハンサムだね」としみじみとした口調で言うので、実は満更でもなかったりする。恋人の眞瀬がこの顔を好きだと言うのなら、造詣の良し悪しを他人がどうこう言う事には関心がなくても、「ハンサムで良かった」と思える。
「眞瀬さんも幸せな苦労よね」
「え?」
「恋人がいい男すぎるっていうのって……ああ、私も1度で良いからそんなジェラシーばかりしてなきゃいけないような恋人をもってみたかったわ」
「何言ってんですか……あんなステキな旦那さんがいるのに」
「だって、浮気の心配も必要なさそうなルックスなんだもの……あんなの好きになるのは、私みたいな物好きくらいよ」
「そんな事言っていると……知りませんよ」
「だ〜〜いじょうぶ、大丈夫……裕也君最近ウチの旦那に会ってないでしょ? 最近急に太っちゃってさ……あれより更によ!? もうね……デブ!! デブ屋に入れるくらい!!」
 それを聞いて藤崎はアハハハと笑った。その時、チリリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
 反射的に木下がそう声をかけた。
「お疲れさん」
 返ってきた声は、眞瀬のものだった。
「あら……噂をすれば……」
 木下がププッと笑いながらつぶやいた。
「あれ? 裕也……」
「久しぶり」
 藤崎はニッコリと笑った。眞瀬は一瞬とても嬉しそうな顔をしたが、すぐに平静に顔を戻して、少し怒ったような顔をしてみせた。
「なに? 随分忙しいみたいだね」
 眞瀬のその反応に、木下が爆笑した。あんまり木下が大笑いするので、眞瀬も藤崎も度肝を抜かれたように固まって、互いに顔を見合わせた。眞瀬も怒った素振りなど、すっかり吹き飛んでしまったようだ。
「き……木下さん? どうしたの?」
 眞瀬が恐る恐る尋ねると、木下は涙目になりながら、苦しそうになんとか笑いを止め様としていた。
「だ、だって……眞瀬さんって……かわいい……」
「むっ」
 木下の言葉に、眞瀬はあからさまに眉間を寄せた。
「りょ、凌介……あのさ、オレこの後バイトがあるけど、夜は暇だから、マンションに行っても良いかな?」
 藤崎が話題を変え様と、本来の用件を急いで伝えた。
「え? あ……いいけど……」
 すっかり素に戻っていた眞瀬は、サラリと了解してしまった。
「じゃあ、待ってるね」
 藤崎はニッコリと笑って安堵したように言った。
「それじゃ木下さん、またね」
「あら、もう帰っちゃうの?」
「ええ……すみません」
 藤崎はペコリと頭を下げると、眞瀬に目配せして帰って行った。
「なんだよ……あれ、別に電話でもいいのに……」
 藤崎の去った後、眞瀬がポツリとつぶやいた。
「眞瀬さんの顔を見たかったんじゃない?」
「は? な……何言ってんですか」
「随分会ってなかったんでしょ?」
 木下がニヤニヤと笑って言ったので『それでか』と眞瀬はようやく納得した。
 木下に面白がられるはずだ。眞瀬は小さな溜息をついた。
「今夜は、早めに店仕舞いするの?」
 木下は更にからかうように尋ねた。
「いつも通りです」
 眞瀬はキッパリと答えた。


 自分でも本当にバカだと思う。いつもより2時間も早く8時に吉祥寺の店を閉めた後、渋谷の店に立ち寄って、そのまま直帰しようとしているのだから……。東横地下で食材なんかも買ったりして、るんるん気分で帰路についてるのだから、どう考えても『バカ』だ。
 木下の予測をキッパリと否定して見せたのに、木下がニヤリと笑って「ふふん」と鼻を鳴らしたのもくやしいけれど仕方ないのだ。こんな始末なのだから……藤崎にぞっこんで、骨抜きで、交際して丸3年にもなるのに、未だにメロメロなのだから仕方ない。
 西新宿の自宅マンションに辿りついたのは、9時を少し過ぎた頃だった。まだ藤崎が来ていないかもしれないと思いながらエレベーターに乗り込んだ。
 ドアの鍵を開けて中へと入った瞬間、リビングの明かりが目に入った。玄関に揃えられている大きな靴も……。嬉しくて、胸がキュンと弾んだ。
「た……ただいま……」
 眞瀬は平静を装いながら言うと、リビングのドアが開いて藤崎が顔を出した。
「あれ? 凌介……随分早くない?」
 藤崎が笑顔でそう出迎える。
「あ……うん……」
 眞瀬は戸締りをすると、スタスタと中へと入った。
「おかえり」
「うん」
 ニッコリと笑って藤崎が言ったが、眞瀬は視線を反らして返事した。
 リビングに入り、ダイニングキッチンの方へまっすぐに進むと、テーブルに荷物を置いた。
「凌介……」
 藤崎が後ろからそっと抱きしめてきた。
「……ご飯は?」
 眞瀬は、落ち着いている振りをしてそう尋ねたが、内心はかなりドキドキしていた。嬉しい。藤崎が一生懸命、眞瀬の機嫌を取ろうとしているのが解る。
 藤崎はとても優しい。3年付き合って、藤崎が怒った事は1度も無い。時々どっちが年上なんだか解らなくなるくらいに。眞瀬の方がワガママを言って、ヘソを曲げて、怒って、いつも藤崎に甘えていると思う。
「ん? まだ食べてない……一緒に食べ様と思って、何か取る?」
 藤崎が眞瀬の左耳にキスをしながら言った。
「ん、お惣菜を買ってきたし……あと……何か簡単に作るよ」
「うん、手伝うよ」
 藤崎がそう言って、眞瀬の体を解放した。眞瀬はもうこれ以上我慢できなくなっていた。怒っている振りなんてもうやっていられない。
 クルリと振り返ると、藤崎の首に両腕を回し唇を重ねた。藤崎も眞瀬の腰を抱くと、深く口付けに答えた。
 息をするのも忘れるくらいに、夢中でキスをした。激しく唇を求め合いながら、眞瀬は藤崎のシャツのボタンをいくつか外して、その逞しい胸に手を滑らせて撫でた。そのまま下へと手を伸ばし、ジーンズのボタンを外して、その中に手を滑らせる。跪き藤崎のモノを取り出すと口に咥えた。
「ん……」
 藤崎は、眞瀬の髪に指を絡めてその頭に両手を添えた。眞瀬は、藤崎の竿を丁寧に舐め上げ、陰嚢を口に含んで愛撫した。
 まだ柔らかだった竿がみるみると硬くなり質量を増し、雄々しく反り上がった。形の良いカリ高の亀頭を口に含んで下で愛撫すると鈴口から蜜が溢れ出たので、それも丁寧に舐め上げた。
「凌介……もういいから……」
 藤崎が快楽に身を委ねながら囁いた。眞瀬は顔を上げるとコクリと頷いて立ちあがった。
 再びキスを交わした後、眞瀬は自分でベルトを外してパンツも下着もさっさと脱いだ。
 ダイニングテーブルに両手を付いて、お尻を突き出すようなポーズを取る。今度は藤崎が跪くと、眞瀬の双丘を両手で掴んで広げて、その中心に舌を這わせた。
「ああっ……」
 眞瀬はビクリと体を震わせた。唾液をたっぷりと塗り込むように、優しく蕾を舌で愛撫して、幾分柔らかくなった所で、ゆっくりと右手の親指を挿し込んだ。
「んんっ……は……」
 ゆっくりと指を根元まで埋め込むと、内壁を愛撫するように指を動かした。
 しばらくそうやって蕾をほぐすと、そっと親指を抜いて、代わりに中指と人差し指を挿し入れた。中を指で掻き回しながら、入口を舌で舐め続ける。
「はぁ……はぁ……あ……あう……裕也……もういいから……いいから早く……早く入れて」
 自分で前を扱いていた眞瀬が、もうこれ以上我慢できずに懇願した。藤崎は立ちあがると、眞瀬の腰を抱えて、その中心に自分自身を深く挿入させた。
「あああっ……」
 眞瀬が歓喜の声を上げる。根元まで深く挿し入れ後、しばらくそのままで腰だけを揺らして、眞瀬の熱い内部を掻き回した。
「あぁっ……あ……あ……あ……あ……」
 眞瀬は目を閉じて、顔を上げたまませつない声を漏らす。藤崎の熱いものでいっぱいになっていた。
 やがて藤崎が腰を引いて、ズルリと高ぶりを引き出すと、眞瀬の蕾がキュウッと締めつけてきた。引きぬく寸前で止めると、ぐいっともう1度深く挿しいれて、前後に腰を動かした。
「ああっ……はあっ……裕也……裕也……」
 激しい律動に身を委ねながら、眞瀬は喘ぎを漏らす。やがて二人は同時に果てた。
 二人とも息を乱しながら、甘い余韻に浸って、何度もキスを交わした。鼻の頭を付け合って、クスリと互いに笑った。
「食事は?」
 藤崎がそっと囁く。
「ん……もっと裕也を食べたいな」
「じゃあ……メインディッシュはベッドで……」
 そう言ってチュッと音を立ててキスをすると、二人はもつれ合いながら寝室へと向った。
モクジ
Copyright (c) 2014 Miki Iida All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-