秋晴れに騎士は狼になる

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 木下達は、廊下側の窓へと移動した。氷上も美術室の窓から廊下に出た。
「なにかしら……あれ……」
 窓から校門へ続く広場が見える。そこに何かを中心に円を描くように人垣が出来ていた。
 氷上は窓を開けると、身を乗り出して目を凝らした。
「あれは……あ〜〜〜〜っ!!!」
「なになに?」
 突然氷上が大きな声を上げて驚いたので、木下もびっくりして氷上の方を見た。
「芳兄と智兄だ……でもなんで?」
「なに? 知っている人?」
「うん……裕也の兄ちゃん's」
「え! 裕也くんのお兄さん?」
 木下は少し驚いた様子で、改めて外の群集を目を凝らすように見直した。
「なに? 有名なの?」
 木下はなんとかその姿を確認しようと目を細めたりしながら、不思議そうに氷上に尋ねた。その言葉に、逆に氷上も驚いた様子で、ちょっと首を竦めながら答えた。
「野球の西武オックスの藤崎芳也選手とこないだのオリンピックで銀メダルを取った柔道の藤崎智也選手……二人とも裕也の兄貴だよ」
「ええ!! 嘘!!!」
 木下はその言葉に驚いて叫んだ。


 大パニックが起きていた。
 氷上達が下へ降りてみると、生徒に混じって一般客もいるため、かなりの混乱状態になっていた。とてもじゃないが、兄達に近づけそうも無かった。
 しばらくして、騒ぎを聞きつけた教師達が出てきて、その場の混乱を収拾した。

 そして今、氷上は居心地悪そうな顔で、校長室の隣にある来客室の片隅に、木下と一緒に佇んでいた。結局あれだけの混乱を治めるのに1時間近くかかってしまった。これ以上の混乱を避けるために、教頭が兄達を来客室へと連行した。
 その時智也に氷上が発見されて、一緒になぜか連れてこられたのだ。
 ソファには校長と教頭が座って、兄達をもてなしていた。しばらくの間、なごやかな歓談が行われるのを「なんでオレが……」と思いながら、氷上は眺めていた。
 その横で、木下はキラキラと目を輝かせながら、二人の有名人をうっとりと眺めている。幸せそうだ。氷上は大きく溜息をついた。
 1時間程して、ようやく校長達が腰をあげた。
「それではどうぞごゆっくりしていってください」
「裕也君は、すぐに校内放送で呼び出しますので、こちらでお待ち下さい」
「どうもすみません」
 芳也は校長達に愛想よく礼を言った。校長達が去った後、智也が氷上の方を見た。
「お前……なんだその格好」
「ほっといてよ!! っていうか……何しに来たの?」
「文化祭を見に来たに決まっているだろう……オレ達の母校だぞ」
「裕也が嫌がるのに……」
「なんで嫌がるんだ」
「こんな風になるからじゃん!」
 氷上は呆れたように言った。
「ピンポンパンポン〜   2年A組藤崎裕也君、藤崎裕也君、面会の方がお待ちです。すぐに来客室までお越しください」
 その時軽やかな感じで校内放送が流れた。
「取り込み中だっちゅうの……」
 氷上はチッと舌打ちして心の中でつぶやいた。
 それから15分ほどして、ドアの外が少し騒がしくなったかと思うと、ノックをする音がした。ドアの側に居た氷上がドアを開けた。
「あ、慎吾……」
 ドアの外の藤崎が、氷上の顔を見て驚いた様子だった。
「来客って……」
 藤崎が最後まで言い終わる前に、氷上がクイッと部屋の奥を顎で合図して見せた。促されて中を覗きこんだ藤崎は「わっ!」と声をあげた。
「なんで兄貴達がいるんだよ〜〜〜〜!!!!!」
「お前……去年だけじゃなく、今年も誘わなかったな」
「だ、だって……大騒ぎになっちゃうだろ!! 自分達が有名人だって自覚ないのかよ!」
 藤崎が思わず叫んだので、芳也はムッとした顔で睨みつけた。
「それとこれとは別だろう」
「別じゃないよ。もう……どうりでなんだか騒がしかったんだ」
 結局その後、藤崎が二人を案内する事になり、氷上達もそれについて回った。しかしあまりにも兄二人目当てに集まる人の多さで、ゆっくりと見学できずに、結局早々に帰ることになった。
「ほらね」
 藤崎は最初から解っていたとばかりに溜息をついた。
「あれ? ところで眞瀬さんは?」
 みんながすっかり忘れていたと言うのに、木下が鋭い突っ込みを入れた。
「あ、先に帰ったよ」
 藤崎が気まずそうに答えた。
「ええ!?」
 木下と氷上は驚きの声をあげた。
「なんか急用が出来たって……」
「急用ね」
 氷上は小さくつぶやいた。
「ひど〜〜い!! じゃあ、私はひとりで帰らないといけないのね」
「あ、よろしかったら送りますよ、オレ達車で来ているので」
 芳也が声をかけたので、木下は目を輝かせた。
「え……いいんですか?」
「ええ、弟がお世話になっているみたいなので」
「そんな〜、お世話だなんて」
「木下さんは別に世話してないよね」
 氷上がさりげなく突っ込みを入れたが、木下がドンッと氷上を小突いた、
「じゃあ、私達はこれで……慎吾君楽しかったわ!! 裕也君もまたね」
 木下はるんるん気分で、兄達についていった。残された二人の騎士は、見送りながら立ち尽くした。
「……裕也、今日帰りにラーメン奢れよ。ギョウザ付きね……一風堂がいいな」
「な、なんで?」
「なんで? 身に覚えがないとでも?」
 氷上はチラリと横目で見て言ったので、藤崎はウッと唸った。
「美術室」
 氷上がボソッと言ったので、藤崎はとても慌てた。
「な、なんだよ……」
「準備室」
「お前!」
 藤崎はガバッと氷上の肩を掴んだ。氷上はニヤリと笑った。藤崎はみるみる真っ赤になっていった。
「さ、文化祭ももう終わりだよ……後片付けしようぜ」
 氷上はウィンクをして、サッと藤崎の手を振り解くと、校舎の方へと駆け出した。
「あ! ちょ……慎吾!! お前、どこまで知っているんだよ!!! おいって!!! なんか見たのかよ!!!」
 藤崎が必死になって叫んだが、氷上は知らん顔で、どんどん走って行った。
「友達のあんな所見たなんて言えるかよ」
と、氷上は内心思っていたのだが……。
 一方、騎士に襲われた姫君は、ようやく辿りついた自宅のベッドにグッタリと倒れこみ、幸せそうな笑みを浮かべて眠りに落ちた。
 狼の夢を見ているのかどうかは知らない。
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