秋晴れに騎士は狼になる

モクジ|ススム

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 その日は、抜ける様な青い空が広がっていた。
 すっかり冬も近づき寒くなり始めていたが、今日は日差しのおかげで、日中は心地よい気候になりそうだ。
 眞瀬は、待ち合わせ場所の駅前で、ぼんやりと立っていた。もうすぐ約束の時間だなと、腕時計を見た時に、眞瀬を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ごめんね! 待った??」
 木下だ。
 いつもの倍はおめかしている様に思う。ちょっと若作りしているように見えるのは、気のせいだろうか? とまで思ったが、眞瀬はあえて顔にも出さずに、ニッコリと笑って首を振った。
「まだ待ち合わせ時間前ですよ」
「さすが……女性との待ち合わせに、早めに来るなんて、眞瀬さんらしいわね〜〜〜モテるはずだわ」
「ところで……ひとり?」
 眞瀬は木下の突っ込みを無視する様に、あたりをキョロキョロと見まわした。
「ええ、ひとりよ」
 木下は、当たり前でしょ!と言わんばかりの口調だった。
「え? ……息子と旦那さんは?」
「ヤダ〜〜〜!! 連れてくる訳無いじゃない!! 旦那に息子を預けてきたわよ!! だって、かわいい高校生の男の子がいっぱいいるのよ!! そんな所に、子連れで行ける訳ないじゃない!!」
 彼女は、キャッキャとはしゃぎながら、眞瀬の肩をバンバンと叩いた。眞瀬は、その迫力に、少々押され気味になりながらも、一緒に笑ってみたりした。
「さあ、行きましょう!!」
 木下は、かなり行く気満々といった様子で、眞瀬の手を引っ張って歩き出した。
 眞瀬は苦笑しながら、その後について行った。向かう先は、藤崎達の学校である。


 藤崎達の通う学校は、吉祥寺駅からバスで10分の距離だ。学校そばのバス停に降り立つと、眞瀬は大きく深呼吸をした。
 なんでか知らないけど、ちょっと緊張してしまう。反して木下は、かなり浮かれていた。
 バス道路からちょっと歩いた所に、学校名の書かれた案内板が、横道の入口に設置されていて、迷うことなく辿り着く事が出来そうである。
 学校の塀らしき、長いブロックが見えてきたところで、学生風の若者をたくさん確認できた。校門に辿り着くと、大きく「聖炯祭」という立て看板が飾られていた。
 入口に数人の生徒が立っていて、入ってくる客に何かチラシを配っていた。
「キャア……これが噂の聖炯学園なのね〜〜〜!! 制服かわいいわよね!!」
 木下が嬉々とした声で、眞瀬に話しかけた。
「いつも慎吾君達のを見ているでしょ?」
「こういう風に、男子も女子もたくさんいるのを見ると、壮観じゃない!!」
 木下が何に感動しているのか、眞瀬には今一つ理解出来なかったが、とりあえず頷いてあげたりしていた。
「ようこそ聖炯へ……ゆっくりとお楽しみ下さい」
 女子生徒が、そう言って眞瀬にチラシを渡した。
「ありがとう」
 眞瀬はニッコリと微笑んで受取った。
 チラシは、文化祭のプログラムで、一日のイベントスケジュールと、校内の出店案内が記されていた。
「……慎吾君たちのクラスは、2年A組でしたよね……あの……木下さん聞いています?」
 木下が辺りをキョロキョロとせわしなく眺めているので、眞瀬は呆れ顔で問いかけた。
「名門私立の学園内なんてめったに入れないんですもの……しっかりこの目に焼き付けておかなくちゃ」
「考太君を将来入学させればいいじゃないですか」
「考太がここに入れるくらいの頭脳かスポーツセンスがあればいいんだけどね〜〜〜、でも学費が高そう……」
 眞瀬はクスクスと笑った。
「ところでどうします? まっすぐ慎吾君たちの所へ行きますか? それともグルリと見学しながら行きます?」
「慎吾君達のクラスは何をしているのかしら?」
 木下もプログラムを眺めながら、目的の場所を探す。
「喫茶って書いてあるわ……ウフフフ……ウエイターでもやっているのかしら? 先に行きましょうよ……それで慎吾君達に校内を案内してもらいましょう」
「そうだね」
「それにしても……眞瀬さん、すっごい目立っているわよ。女の子達がみんな眞瀬さんを見ているわ……ウフッ……こうしていると私達カップルに見えるかしら?」
「旦那さんに叱られますよ」
「あら、今日は独身気分なんだから……旦那の話はしないでよね」
 木下はそう言って、さっさと先へと歩き出した。眞瀬は慌てて後に付いて行く。
 校内に入って、案内図を見ながら2年A組を目指した。階段を上がった所で、廊下の一角に女子生徒達が固まって騒いでいるのが見えた。
「何かやっているのかしらね?」
「そうですね」
 ふたりがそこへと近づいてみると、そこはどうやら目的地の2年A組だった。
 女子生徒達は、キャアキャアいいながら、廊下から中を覗いている。眞瀬と木下は不思議そうに顔を見合わせながら、女子生徒達の後ろから中を覗きこんだ。
「すみません、今、ちょっと混んでいますので、申し訳ありませんが、20分で入れかえさせてもらっています」
 中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声を聞いて、女子生徒達の輪からキャッと声があがった。
「今の声、慎吾君じゃないかしら?」
「そうだね」
 女子生徒達に圧倒されて、なかなか中の様子をうかがえない。
「どうもありがとうございました」
 出ていく客を送りだしながら、出口へと慎吾が現れた。
「お待たせしました……次にお待ちの方どうぞ」
 色めきたつ女の子達に動じない様子で、氷上は淡々と客を中へと案内していた。
「慎吾君!!」
 木下が声をかけたので、氷上が驚いた顔でこちらを見た。
「木下さん! 眞瀬さん!! 来てくれたんですね!!」
「ヤダァ〜〜〜〜!! どうしたのその格好!!!」
 木下がどこから出しているのか解らないような甲高い声をあげると、キャラキャラと笑い出した。
「ひどいなぁ……おかしいですか?」
 氷上は、口を尖らせながら拗ねたように言った。眞瀬も思わず笑った。
 氷上は中世ヨーロッパの騎士のような衣装を着ていた。
 赤いベルベット素材の襟付きのマントに身を包み、三銃士のダルダニアンのような衣装だった。
「似合う、似合う……ステキよ!!」
 木下ははしゃいで言った。
「あ、ちょっと待って……さっきまで裕也がいたんだ。オレと交代したばっかりだから……呼んでくるよ」
 氷上は、中へと入っていった。残された眞瀬達は、周りの女の子達の注目を浴びながら、なす術もなくただ待っていた。
「なんだよ、慎吾……オレまだ着替えてないんだぞ」
「いいからいいから」
 少しして、氷上と藤崎の声が聞こえてきた。
「ほら!!」
 氷上が無理矢理といった様子で、藤崎の腕を引っ張って廊下に出てくると、再び女の子達の喜声が上がった。
「あ……」
 藤崎と眞瀬は、同時に思わず声をあげた。藤崎は、全身黒尽くめの騎士の衣装だった。
「裕也君……ステキ……」
 ウットリとした声を漏らしたのは木下だった。
「ああ!! 木下さん、さっきのオレの時と、反応が違うくない??」
 氷上はクレームを出した。
「ごめんごめん……ほら、裕也君の時は、まさかそんな格好しているって思わなかったから、驚きが先立ったのよ」
 氷上は、木下の言い訳を拗ねた様子で聞きながら、チラリと藤崎と眞瀬の様子を見た。
「そうだ! 裕也、今空き時間なんだからさ、眞瀬さんを案内してきたら?」
 氷上はそう言って、藤崎にウインクしてみせた。藤崎は氷上の思惑が解って、ちょっと赤くなった。
「え! 私は?」
「木下さんは、せっかくだからここでお茶して行ってください……僕がエスコートしますから」
 ね? とニッコリ笑って、木下の手を取った。
「そ……そうね」
 木下はまんざらでもないという顔で、氷上の言いなりになった。
「あ、じゃあ……オレちょっと着替えてきます」
「そのままでいいじゃないか(の)」
 と、眞瀬と氷上と木下が同時に答えたので、藤崎は驚いて言葉を失った。
「ほら、眞瀬さんもそう言ってるし……それに2時間したらまた交代だからさ。いちいち着替えるの面倒くさいだろう? それにその格好で校内をまわってくれれば、宣伝にもなるからさ……ほら、いつまでもここにいると邪魔だから、行った! 行った!」
 氷上はなんだかかなり強引な理由を並べ立てて、追い払うように捲し立てた。藤崎はその勢いに負けて、眞瀬と一緒に校内を見て周ることにした。

 騎士の格好をした藤崎と、眞瀬が並んで歩いていると、すれ違う人々がみんな振り向いた。
「やっぱり恥かしいよ」
 藤崎がポツリと言った。
「え? なんで? すごくステキだと思うけど……」
 眞瀬はクスリと笑って言った。
「凌介……おもしろがっているだろう」
「ううん、あんまり裕也が格好良いから、見惚れて一瞬言葉を失ってしまったくらいだよ?……本音を言えば誰もいない所で、じっくりとこの姿の裕也を堪能したいくらいだね」
「バカ」
 藤崎は、テレてちょっと赤くなった。
「それにしても、その衣装はどうしたの?」
「いちお……最初はイギリスの喫茶をイメージしようって事だけだったはずなんだけど、気がついたら中世の王宮みたいな感じにしようって事になって……それでただの喫茶だと面白くないからってみんなが悪乗りしだして、仮装する事になって……なんかクラスの女子に、親が舞台衣装のレンタル会社に口が聞けるからって言って借りてきたんだ」
「ふうん……みんなそんな格好しているの?」
「うん」
「で、裕也と慎吾君が客寄せパンダなんだ」
「なんか嫌な言い方だな」
「ごめんごめん……なんか女の子にキャアキャア騒がれているのかと思ったら、ちょっと嫉妬しちゃった」
 眞瀬の言葉にちょっと驚いたように、藤崎は横を歩く眞瀬の顔を見た。眞瀬もチラッと藤崎に視線を向けると、少し赤くなってペロリと舌を出した。
「凌介……ちょっとこっち……」
「え?」
 突然、藤崎は眞瀬の腕を掴むと、近くのドアを開けて、中へと引っ張り込んだ。
モクジ
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