熱帯夜の過ごし方

モドル | モクジ

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「ああ……あああ……ああ……」
 シーンと静まり返った薄暗い室内に、絶え間無く眞瀬の甘い喘ぎ声が響いていた。
 夜明け前の空は、うっすらと白み始めていた。寝室の窓は、半分ほどカーテンが閉められていて、開いている隙間から薄明かりが射し込んでいた。ギシギシとベッドの軋む音が、一定のリズムを刻んでいた。
 うつぶせになり腰を高く上げさせられた格好で、バックから激しく突き上げられて、眞瀬は肩で体を支えながら息を乱して喘いでいた。何度も深く突き上げられるたびに、声をあげた。
「裕也……裕也……前も触って……達かせて……」
 眞瀬が、涙声で懇願する。藤崎は、激しく腰を動かしながら、眞瀬の昂ぶりを握って、強く擦り上げた。
「ああっ……ああああ……イイ……イイよ……イク……んんん……」
 眞瀬が体を反らせて、両足を突っ張らせながら勢い良く射精した。それに合わせる様に、藤崎も眞瀬の中にすべてを吐き出した。
 ガクリと力を失って、眞瀬はうつぶせにベッドに体を沈めた。藤崎もその上に重なる様に覆い被さると、眞瀬のうなじに何度もキスをした。
 二人の荒い息づかいが混ざり合う。もう何度体を重ねたか解らない。昼も夜も解らないほどに愛し合っていた。
 まるで飢えた獣のようだと、眞瀬はぼんやりとする意識の中で思っていた。藤崎はまだ若く、覚えたてのSEXに夢中な様だった。彼の体力の続く限り抱かれていた。
 眞瀬は何度も「もう許して」と懇願しなければならない程激しく求められた。藤崎の硬く大きく立派な分身に貫かれて、体の奥が喜びに震えるのを押さえる事が出来なかった。
 眞瀬もまた藤崎との愛欲に溺れていた。何度も抱かれながら、ぎこちなかった藤崎の愛撫が次第に手馴れてくるのが解った。眞瀬の感じる部分も覚えた様だ。
 こんなに若く逞しい肉体と、立派な分身に、更にテクニックまで加わったら、裕也はどれほど良い男になるのだろうと、眞瀬はウットリと思っていた。東城なんて目じゃないと思った。


 眞瀬が目を覚ますと、隣に藤崎の姿がなかった。重い体をようやく起こして座ると、辺りを見まわした。シーンと静まり返った室内には、人の気配が感じられなかった。
 窓から射し込む日差しの強さで、今が昼間なのだと言う事は解る。時々遠くで車の音や、人の笑い声が聞こえる。藤崎はどこにいるのだろうと思ったが、体が重くて、頭も重くて、探しに行く気になれなかった。ボーッとしたままベッドに一人座っていた。
 しばらくして階下でドアが開閉する音がした。リビングを行き来する足音がしばらく続いて、やがて階段を上ってきた。
「あ……起きたんですね」
 Tシャツにジーンズ姿の藤崎が、ニッコリと笑って寝室を覗きこんだ。
「裕也、どこかに行っていたの?」
「ええ、さすがに食料が尽きたので、近くの店まで買出しに行ってました。ここの物置で自転車をみつけたんで……何か食べます?」
「ああ、そうだね……」
 藤崎が爽やかな笑顔でそう言ったので、眞瀬もつられて笑った。
「じゃあ、とりあえずお風呂に入っててください。用意しますから……立てますか?」
「ん、大丈夫」
 藤崎は先にバスルームに行くと、バスタブに熱い湯を注ぎ始めた。テキパキとタオルや着替えを用意して、脱衣所に置くと、眞瀬の所まで戻ってきて、立ちあがるのを手伝った。
「大丈夫だよ」
 眞瀬がニッコリと微笑んで藤崎の頬に軽くキスをすると、一糸まとわぬ姿のままバスルームへと向かった。藤崎はそれを見送ると、ベッドのシーツを替え始めた。
 眞瀬はシャワーを捻って、熱いお湯を頭から浴びた。汗と精液でベタベタの体を流した。バックを指で広げて、中の物を掻き出す。
「んん……」
 いっぱいに注ぎ込まれた藤崎の精がドロリと流れ出た。その流れ出る感覚の不愉快さに、少し鳥肌が立って身震いした。ゆっくりと全身を洗って、バスタブに身を沈めた。
「はあ……」
と吐息が漏れる。
 それにしても、藤崎はやっぱり若くて元気だなぁと、しみじみと思った。あんなにHをしたというのに、自転車でこの暑い昼間に買い物に行っていたなんて……。
 こんな事で、自分の歳を自覚するのも変だけど、これでも眞瀬にしてはかなりがんばったと思う。あんなに朝に夕に「ヤリまくる」なんて、東城とだって試した事はないし、ましてや自分が攻める側の時なんて、全然そんなに激しくした事なんてなかった。
「肉欲に溺れているな……」としみじみと思った。
 体中に残る赤い点々とした痣をながめた。もう本当に、藤崎なしでは生きられなくなるかもしれない。藤崎は、いつまで眞瀬のこの体で満足してくれるだろう? 5年後は40になる。その時藤崎は22才だ。10年後は45才……藤崎はそれでもまだ27才。
 眞瀬は深深と重い溜息をついた。こればっかりは、どうする事もできないのだ。
 藤崎にとって、眞瀬は初めての相手だ。何も知らない間は、この体でも充分に満足させられるかもしれない。でも10年後は自信がないと思った。
 実年齢よりもずっと若いという自覚はあるが、50才近くなった肉体が、今の美しさを保てるとは絶対に思えない。逆ならともかく、藤崎が「抱きたい」と思う肉体でいつまでいられるのか……それを考えるととてもせつなくなった。
 のぼせて頭がボーッとしてきたので、上がることにした。体を拭いて、藤崎が用意してくれた服を着るとバスルームを出た。何時の間にかベッドが綺麗になっているのに気がついた。シーツも綿毛布も新しい物に替えられていて、綺麗にベッドメイクされていた。
 眞瀬が風呂に入っている間に、藤崎がしてくれたのだろう。カーテンも全開に開けられて、窓も開けられていた。
 生暖かい風が吹き込んできて、部屋の空気が新しくなった気がした。つい先刻まで愛欲に溺れまくった生々しい雰囲気は、微塵も残っていなかった。
 階段を降りてリビングに入ると、テーブルにサラダと炒飯が並べられていた。
「すみません……オレこんなんしか作れなくて」
 キッチンからスープをのせたお盆を持って藤崎が現れた。
「全部裕也が作ったの?」
「簡単で早く出来る物ばっかりですよ。炒飯なんて野菜と肉を切って炒めただけだし、サラダもレタスを切って買ってきたポテトサラダを乗っけただけですから……このスープは出来合いですしね」
 藤崎は、笑いながらそう説明して、スープ皿を並べると、眞瀬に座るようにうながした。
「いや、でも……ありがとう」
 眞瀬は嬉しそうに微笑んだ。
「お袋が持たせてくれた食料も食べ尽くしちゃいましたからね。さすがに3日も出歩かないと飢え死にしちゃいますよ」
「3日……もうそんなになるんだ」
 眞瀬は、まるで浦島太郎のような気分だった。驚いて溜息をつきながら、炒飯を口に入れた。
「あ……美味しいよコレ……塩コショウだけじゃないね」
「ええ……鳥がらスープの素を入れました。我が家では入れるんです。口に合いますか?」
「うん、美味しい」
 眞瀬はそこで改めて、お腹が空いていた事を思い出した様に、ぱくぱくと食べた。
「ごめんね、せっかくのバカンスなのに、どこにも遊びに連れていかないで……」
「いえ、それはオレが眞瀬さんを離さなかったからです。なんかオレ……盛りのついたサルみたいですよね。すみません……眞瀬さんの体の事も考えないで……」
 眞瀬は首を振った。
「オレも裕也が欲しかったから……せっかく恋人同士になったのに、なんだかずっとおあずけだったからね。こんな風に堕落した日々も良いと思うよ」
 眞瀬は笑いながら答えた。
「食べて、エッチして、寝て、食べて、エッチして……って……本当に堕落した日々だよね」
 眞瀬は、我ながら呆れた様に言った。藤崎もつられて笑った。
「オレ……サルだから、ずっと1週間それでもいいですけどね」
「あははは……裕也、それは勘弁して、オレ死んじゃうよ」
 二人は笑い合った。食事の後、しばらくテレビを見たりして夕方になるのを待ってから、散歩に出かけた。
 その夜は、寄り添い合って静かに眠った。とても幸せだと、眞瀬はしみじみと思っていた。
 翌日は、車で近くの大型アウトレットショップに出かけて、一日ブラブラと買い物をして過ごした。眞瀬が、藤崎の服をコーディネイトして買い与えたので、藤崎は遠慮して受け取れないと断ったが、眞瀬がとても楽しそうだったので、根負けして受け取ることになった。
「やっとデートらしくなったね」
と眞瀬がニコニコと笑って言ったので、藤崎も嬉しそうに頷いた。
「そういえば……裕也、少し背がのびていない? さっき服を合わせていたとき思ったんだけど……」
「ああ。初めて眞瀬さんに会った6月からだと3〜4cmは伸びたと思います」
「ええ! このたった2ヶ月で? やっぱり成長期なんだね」
 眞瀬は感心する様に言った。
「今、どれくらいなの? 身長は」
「180cmは超えたくらいかな?」
「じゃあもうすぐオレを追い越してしまうね」
「眞瀬さんってそんなに高く見えないけど、意外と身長あるんですよね」
「うん、82はあるよ」
 それを聞いて、藤崎はチェッと舌打ちをした。
「何? 負けて悔しい?」
「悔しいよ……だってオレは体格ぐらいしか勝てそうな物がないんだからさ」
「そんな事ないよ」
 眞瀬はそんな藤崎がかわいくて仕方ないというような顔になって、ニコニコとみつめた。
「帰ったらこれやりましょうね」
 藤崎が目をキラキラさせながら、大きな袋を掲げて見せた。
「何?」
「エヘヘヘ……ジャ〜〜ン」
 そう言って袋の中身を見せると、花火セットが入っていた。眞瀬はそれを見て楽しそうに笑った。
「そうだね、やろうやろう! いつの間に買ったんだい?」
 藤崎は、少しテレたように笑った。別荘に戻ると、暗くなるのを待って、庭先で花火を楽しんだ。こんなのは随分ひさしぶりだと眞瀬は思った。
藤崎といると驚かされることばかりで、今までの恋人達との付き合い方とも全然違って、とても新鮮で、どれもすべて楽しかった。藤崎の事を知れば知るほど好きになっていく。
 もうこの気持ちは止まりそうも無いし、どうせ燃え上がるだけのひと時の恋愛だと諦めるくらいなら、この恋にすべてを懸けてみようと思った。
それで例え捨てられる日がくるとしても、今が幸せならそれでもいいと思った。
 バカンスの残りの二日間は、またSEX三昧の日々だった。去り行く夏を惜しむ様に、互いに求め合った。


 東京へ戻る帰りの車中は、ふたりともずっと黙ったままだった。スピーカーから流れる音楽を、黙ってずっと聴いていた。二人とも、まだ帰りたくないと思っていた。互いの気持ちが解るだけに、どちらもその言葉を飲み込んでいた。
 藤崎の家が近づいてきた所で、ようやく藤崎が口を開いた。
「また……来年も行きたいですね。ふたりで」
「そうだね」
「再来年もその先も……ずっと毎年、夏休みはあの別荘でふたりで過ごしましょうね」
「そうだね」
 眞瀬は、素直に頷いた。そんな事は絶対無理だよなんて、現実的な言葉は言いたくなかった。藤崎がそう言うのだから、きっと大丈夫。
 藤崎が行きたいと言っている間は、ふたりで過ごせるはずだ。それだけでいい。
「そうだ……この1週間、東京ではこの夏1番の熱帯夜だったそうですよ。よかったですね、避暑地に行ってて」
 藤崎が、明るい声でそう言った。信号待ちで車を止めた所で、眞瀬はニッコリと笑って藤崎を見た。
「オレ達の過ごした夜のほうが、熱帯夜より熱かったじゃないか」
 眞瀬の言葉に、藤崎は「あっ」と小さくつぶやいて、ニヤリと笑い返した。
「そうでしたね」
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