険しくそそり立つ山脈に周囲を囲まれた国エルマーン王国。その西側には大きな湖があった。湖にはよく竜達が休息をしにやってくる。水竜はその水面を優雅に泳ぎ時折水中に深く潜る。他の竜達は水辺で水浴びをしたりするのだ。
 その日も1頭の竜が、水浴びをする為にゆっくりと水辺に降り立った。全身を覆う鱗が光りの加減で緑に光る。他の竜よりも少しばかり体の大きなその竜は、ノシノシと歩いて足が浸かるくらいの深さまで湖に入ると、長い首を水の中へと浸してブルブルと首を振った。そこへとそれまで離れていた所で寝ていた他の竜がグググッと喉を鳴らしながら近づいてきた。
『よお、スジュンじゃねえか』
『最近来ないからどうしたかと思ったぜ』
 スジュンと呼ばれた緑の竜は、首を上げるとヴヴヴッとうなり返した。
『最近タンレンが忙しそうなんだ』
 それを聞いて集まってきた3頭の竜は、顔を見合わせると目を細めてうなずき合った。
『おいっ! オレ達はずっとお前を待ってたんだぜ』
『そうだそうだ、お前に聞きたかったんだよ』
『教えろよ』
 口々にグルグル、ヴヴヴヴッと唸り声を上げるので、スジュンは首を傾げた。
『なんの話だ? 喧嘩ならしないぞ』
 ググググッとスジュンが唸ると、3頭の竜は長い首を伸ばして、スジュンの体を頭でグイグイッと押した。
『トボケるなよ』
『そうだよ!このお! リューセー様を背に乗せただろう!?』
 ン゛―ン゛―ッと3頭の竜が鼻を鳴らした。スジュンはそれを聞いて、『ああ』と小さく唸ってから、ニヤリと笑った。
『言えないな』
『なんだと!!』
 グアアアッと3頭の竜は怒ったように声を上げた。
『ああ……リューセー様はサイコーさ……この背に乗っていただけるなんて、もう死んでも良いって思ったね。タンレンのおかげさ。それになにより、リューセー様の危機を救ったんだからな。背に乗っていただいた上に、その後やさしい言葉も掛けて頂いた……が、お前達にくわしく話すのはもったいないから話さない』
 グァグァッグァグァッとスジュンはご機嫌な様子で鳴くと、またニヤリと笑う。それを見て3頭は怒りの声をあげた。ガァァァッと咆哮を上げると、威嚇する様に大きな口を開けて今にも噛み付かんとばかりにしたので、スジュンは首を竦めながら数歩後ろへと下がった。
『喧嘩は止せよ、竜王が復活したんだ……制裁されるぞ』
 グルルルッとスジュンが唸って3頭を宥めようとしたが、3頭はガガッガガッと威嚇の咆哮を上げて、羽をバタバタと動かしていた。
『お前がオレ達を怒らせているんだろうが!!』
『怒りっぽいのはよくないな、オレ達は誇り高き竜族だぞ?獣ではない。知性ある生物だ。野生に戻り狂暴化する事は良くない事だとタンレンが言っていたぞ?』
『どうせオレ達とお前じゃ生まれが違うよ』
 グワッグワッと怒りの声を上げた所で、フッと何かを感じて、4頭が動きを止めた。
『風が変わった……』
 ヴヴヴッとスジュンが呟いて、空を見上げた。それにつられて3頭も空を見る。城の方へと視線を向けると、青空にキラリと光りを見た。
『竜王(ジンヨン)だ』
 金色に輝く大きな竜が、悠然と空を舞っていた。それを見て、さっきまでの勢いはどこへ消えたのか、3頭はとても静かになり首を下に下げて大人しくしていた。竜達にとって竜王は絶対的存在だった。竜王のその存在だけで、支配力を発揮していた。空を飛ぶだけで竜達は大人しく地に伏した。
 少し前まで、竜王は瀕死の状態にあった。竜王の映し身であるシーフォンの王・フェイワンの伴侶、リューセーが大和の国より来なかったからだ。木の実や草を食み糧としている竜達と違い、竜王は何もその口にする事はない。竜王の糧は、フェイワンが糧とするリューセーの魂精のみだ。
 太古の昔、神の怒りを受けた竜族は、その身を人の形と2つに分けられた時、竜の身である方は、その糧を草や木の実しか得られない草食性にされてしまった。それと同じ様に、竜王もまた何も食せない体になってしまった。その代わり、リューセーの魂精を糧とする竜王は、神聖なる力を手に入れていた。汚れの無い脅威的な力だ。
 リューセーの魂精を得られなければ、竜王は衰弱し、やがて死んでいく。それはその身の滅亡だけではなく、竜達の滅亡をも意味する事になった。竜王の支配力を無くした竜達は次第に野生を取り戻し狂暴化していく。仲間同士の喧嘩が多くなり、やがて傷つけ合うようになる。他の獣や人間達まで食べる様になってしまい、果ては仲間同士で殺し合うようになる。
 少し前竜王が衰弱していたころは、竜達が荒れはじめていた。だが今はもう大丈夫。竜王は復活した。
 スジュンは空を仰ぎ、頭上をゆっくりと飛び去っていく竜王の姿をみつめて、やがて敬意を込めて頭を深く下げた。


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