真っ青な高い空を悠然と飛ぶ大きな竜の姿があった。それは大きな体の作る影が、地上に映るほどだ。
 時折聞こえる竜たちの咆哮を敏感に感じ取っては、そこへ向かって飛んでいくと、その姿を見て唸りをあげていた竜たちも途端に静かになっていた。
 金色に輝く竜王の力は絶大だ。その存在だけで十分だった。日課となっている日に一度の国内の見回りを終えて、ゆっくりとした羽ばたきをしながら、住処となっている城の天辺へと戻っていった。
 大きく開かれた塔の入り口にゆっくりと舞い降りると、大きな羽の羽ばたきによって突風が巻き起こった。ズンッと音を立てて着地すると、金色の瞳をゆっくりと動かして一点を見つめた。
 突風を物ともせずに、マントをなびかせながら立つフェイワンの姿がそこにある。
「よお、お前の帰りを待っていた」
 フェイワンがニヤリと笑って言うと、ジンヨンはググッと喉を鳴らして、のしのしと部屋の中央まで歩いてきた。それに合わせて、フェイワンもジンヨンの側に歩み寄る。
 羽を畳み腰をおろした所で、フェイワンと向き合った。
「オレが来た用件は解っているんだろう?」
 腕組みをしてフェイワンが尋ねると、ジンヨンは喉を鳴らして頷いた。
「この際、ハッキリと言っておくが……リューセーはオレの妃だからな!」
 その言葉に、ジンヨンは露骨にムッとした表情になり、グググッと唸った。
『お前の妃ならばオレの妃でもある』 (以下、ジンヨン語通訳)
「ああ!? お前は竜だろう!」
 フェイワンもジンヨンの言葉にムッとした様子だった。
『竜を差別するのか!?』
「そんな事を言っているのではない! お前のその身で、リューセーと対等になろうというのがおかしいといっているのだ。オレとお前では、それぞれの役割があるではないか! お前は竜達を治め、オレはシーフォンやアルピン達を治める。人の姿のオレの方が忙しいのだ。他国との交渉をお前がするのか? ……人の姿で生きるハンデを貰った代わりに、リューセーという褒美を貰ったのだ。オレの体でしか、リューセーは愛してやれぬ……だからお前は諦めろ」
 フェイワンの言葉に憤慨したジンヨンがシッポをバンバンと床にたたきつけた。しかしフェイワンはそれを恐れる様子も無く、毅然とした様子で眉を寄せ、腕組みをしてみつめていた。
「どんなに怒って見せてもダメだ。諦めろ……いいではないか、リューセーはお前を好いている。度々会いに来ている。それで良いではないか……歴代のリューセーで、そんなに竜王を愛でた者など聞いたことが無いぞ」
『リューセーは心優しいのだ。今までのリューセー達とは比べ物にならん。たぶん』
「それは同意見だな」
 ジンヨンの言葉に、フェイワンはうんうんと何度も頷いた。
「リューセーは、身も心も美しい……誰よりも優しく慈悲深い。あのような者は今まで会った事も無い。それでいて、とても芯が強い。この世界のことを知らされずに育ったというのに、自分の宿命に前向きに生きようとしている。どんなに怖い目にあっても恐れず凛としている……あれこそが『大和魂』だな。だからリューセーの魂精は甘美な味なのだ」
 フェイワンが自慢気に語ると、ジンヨンも目を細めてうんうんと頷いた。
「オレとお前が争うと、リューセーが心配して心を痛めるのだ。だからこうして話し合おうと言っているのだ」
 フェイワンが真面目な顔になって言うと、ジンヨンも真面目な顔になってフェイワンをジッとみつめた。頭を下へと下げると、フェイワンのすぐ前まで鼻先を突き出した。
『お前ばかりが良い目に合うのが気に食わんのだ。オレもリューセーと一緒に居たい』
「解る……解るが……そこを妥協してくれといっているんだ。別にオレが独り占めするといっているのではない」
『だがお前はすぐにリューセーを連れて行こうとするではないか』
 ジンヨンがグルグルと喉の奥を鳴らした。少々怒気が感じられる。フェイワンは眉を上げてから、小さくため息を吐いた。
「だがお前だって、わざとオレを怒らせるではないか。リューセーが竜の言葉が解らないのを良いことに、オレに喧嘩を売るような言葉を吐いているのはお前の方だ……オレもお前も一つなのだから、もっと友好的にしたい……リューセーの為に……これだけオレも譲歩しているつもりなんだから、お前も大人気ないことをするな……この前のように、変な鳴き声をあげるなど……竜王として恥ずかしいとは思わないのか?」
 ジンヨンは一度目を閉じて、何か考えているような素振りをした。そしてパチリと目を開けると、再びフェイワンをジッと見据えた。
『リューセーに会いたいと思ったら、どんな事でもしたいと思った。だから恥ずかしくなどない。それはお前だってそうだろう』
 ジンヨンの答えにフェイワンは驚いて、大きく目を見開いてから絶句していたが、ふう……と溜息をついて、やれやれと首を竦めた。
「確かに……確かにそうだ。オレだってリューセーに会うためならばなんだってするだろう……ジンヨン……解った。ではお互いに約束をしよう。毎日は叶わないかもしれないが、できるだけリューセーがお前に会いに行くようにオレからも助言しよう。その時間も作れるようにしよう。その代わりお前ももうちょっとオレに友好的でもいいだろう? 同じ人を好きなもの同士和解しようじゃないか……すべてはリューセーの為だ。リューセーの為に和解し同盟を組もう」
 フェイワンが言って手を差し出したので、ジンヨンは鼻の先でその手に2〜3度触れると、グググッと唸った。
『解った。もうお前の悪口を言うのは止めよう。醜い嫉妬をするのも止めよう』
 ジンヨンの言葉にフェイワンは満足したように頷いた。
「だがリューセーの気持ちが一番大事だからな? リューセーの負担になったり、リューセーの自由な時間がなくなるような独占はしないと約束しろ」
『解った。お前がリューセーとオレが会うことを自由にして、協力もしてくれると約束するのならば、後はリューセーの都合次第と納得しよう。例え何日もリューセーが来なくても、お前を恨んだり怒ったりはしない。約束しよう』
 フェイワンとジンヨンは互いに頷き合うと、ようやく和解が成立した。
「あ、だが今は待て、今は大事な時だ。卵を育てているときだ……しばらくは我慢してくれぬか?」
 フェイワンの頼みに、ジンヨンは目を細めて首を捻った。
『ではお前も、無理にリューセーを抱いたりせずに我慢しろ』
 ジンヨンのその言葉には、さすがにフェイワンも『やられた』という表情になって、眉間を寄せてからしばらく考えた。
「解った……シュレイからも叱られたことだし……出来る限り我慢しよう……だが……お前だって、オレがリューセーを抱いている時は、同調して喜んでいるくせに……」
『オレはお前と違って紳士なんだ』
 チッと舌打ちしたフェイワンに対して、ジンヨンはニヤリと笑って答えた。それにまた舌打ちをすると、フェイワンはクルリと背を向けて大股で歩き出し、振り向かずに片手だけを挙げた。
「じゃあ約束したぞ」
 それに答えるように、一声ジンヨンが咆哮をあげた。

 王様達の密約は、こうして交わされたのだった。


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