ビジネスマン的恋愛事情 〜恋愛指南編〜

モドル |モクジ

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お互い求め合うように激しいキスをした。
唇を離した後、ウットリとした表情で柴田が西崎をみつめた。
「すみません……こんな所で……」
柴田は首を振った。
チュッと軽くキスをすると、柴田はニッコリと笑った。
「オレもこうしたかったから……」
西崎もニッコリ笑うと、軽くキスした。
「中へ……上がっていかないか?」
「……じゃあ……お言葉に甘えて……」
二人は手を繋いで、中へと入っていった。
ソファに並んで座ると、柴田が小さく溜息をついた。
二人は見詰め合って、ぷっと互いに笑った。
「オレ……なんかガッついてますね……すみません」
「いや……それはオレもそうだ……」
「柴田さんがあんな風に引きとめるから……オレに火がついちゃったんですよ……オレ、汗臭いのに……」
西崎はそう言って、ヘルメットを床に置いて、皮ジャンを脱ぎながら笑った。
「ごめん……そうだ……君、遊んでたんだろ? 友達と……」
「ええ……渋谷の近くで、仲間とバスケをやってたんですよ……たまに土日にやるんですけどね」
「そうなんだ……じゃあ悪いときに電話したな……だけど試合中によく電話を取ったな」
「そりゃあもう……他の電話なら取りませんけどね」
西崎はニヤリと笑った。
「柴田さんだけ、着メロを別にしてますから、すぐ解りますよ」
「な……何にしてるんだ?」
「それは秘密です」
ちょっと意地悪く笑いながら西崎がそう言ったので、柴田は少しムッとした顔をしてみせた。
しかしすぐに口元をほころばせた。
「……すまない」
「え?」
西崎はキョトンとして首をかしげた。
「本当に昨日からずっとオレはおかしいんだ……どんどん我侭になっていくようなきがする……」
少し苦笑して柴田は言った。
「柴田さんが我侭?何かいいました?」
「……言わないように……口に出さないように、理性で押えているだけで……本当はすごく我侭なことばかり考えているんだ」
「どんな事です?」
西崎は、優しく微笑むと、諭すように尋ねた。
柴田は、少し躊躇して、言いよどんでいたが、西崎の優しい眼差しに根負けしたように口を開いた。
「……ずっと……オレの側に……西崎に居てほしいとか、オレが会いたいと思った時にすぐに来てほしいとか、急に君の声が聞きたくなったりとか、……だけど世間体を気にしたり、会社の事を考えたり……自分に都合の良いことばかり思っている気がするんだ……君といつも一緒にいたいとか思いながらも、そんな事を考えて女々しくなっていく自分が嫌になったり、会社で君と今までどおりの顔でいる事ができるかどうか不安になったり……なんかすごく我侭で……今までこんなに自己中心的な事なんて考えた事なかったのに……」
柴田の話を聞いて、西崎はクスリと笑った。
「恋愛ってそういうもんですよ……みんな我侭になるもんです……オレはそういう風に柴田さんに思われるのはすごく嬉しいんですけどね」
「だけど……」
「ねえ、柴田さん……オレ達はもう恋人同士なんですよね?だからいつも一緒に居たいとか、声が聞きたいとか、そういう事を思ってしまうのは当たり前のことなんですよ。でもお互いの事を気遣ったり、我侭を叱ったり、お互いの事をもっとよく知って、お互いがどうする事が一番幸せで、相手がどうされるのが喜んで貰えて、嫌がられる事なのかを知っていく……それが恋愛なんですよ」
西崎はそう言いながら、柴田の肩を抱いた。
「オレは、柴田さんがオレといつも一緒に居たいと思ってくれるのは嬉しいし、電話をかけてくれるのも嬉しい……だけど例えば、それが公私も無視した様な頻繁な申し出なら、それが迷惑になるかもしれないし、疎ましく思う事もあるかもしれない……だけど柴田さんはそんな非常識な人だとは思えないし、万が一そんな事があったとしても、オレが『それは辞めて欲しい』って言って、話合えば解り合える事でしょ?あんまりお互いに気を使ってばかりだと、恋愛はできないでしょ?たまには我侭を言ったりして、喧嘩したりして、お互いの本当の姿をさらけ出せば良いじゃないですか」
柴田はコクリとうなずいた。
「じゃあ……まずは柴田さんがどんな恋愛をオレとしたいのかを教えてくれませんか?」
柴田は、その質問にしばらく考え込んだ。
「……解らない……オレ……こんな風に恋愛をする事自体が初めてだと思うから……自分でもどうしたいのか解らないんだ」
柴田はそう言って、困った様にうつむいた。
西崎はそう様子を「かわいいなぁ」と思ってクスリと笑った。
「じゃあ……ベタベタされるのは好きですか?嫌いですか?」
「……好きだと思う……」
「でも外であからさまにベタベタするのは、抵抗があるでしょ?」
「うん……ごめん……」
「いえ、いいですよ……じゃあ……毎日一緒にに夕食を食べたり、週末も毎週一緒に過ごしたりは?」
「うん……そうしたいという気もするし……だけど仕事の事を考えると……他の付き合いもあると思うし……ずっと一緒でいるのがいいのか悪いのか……自分の時間が欲しい時もあるかもしれないし……」
「オレも、友達が結構いるので、たまにはそちらを優先する事があるかもしれません……その時にヤキモチは焼きませんか?」
「焼かないよ」
柴田は思わず、プッと吹き出した。
「1日に1回は用も無いのに電話をするかもしれませんけど、そういうのは嫌ですか?」
柴田はその問いに首を振った。
「いや……オレも1日に1回は、君の声が聞きたくなると思う……仕事ですれ違うことも多いからね……だけど、一日に何度も電話してきたら怒るかもしれないよ」
西崎はクスクスと笑った。
「はい、気をつけます」
西崎が笑いながらそう答えてウィンクした。
柴田は嬉しそうに微笑むと、大きく深呼吸をした。
「なんだか……恋愛の仕方を勉強しているみたいだ……」
「そうですか?」
「うん……不思議だな……なんだかすごく気持ちが楽になっていくよ……本当にすごく不安だったんだ……こんな風に、誰かに夢中になるほど恋をして、自分がどんどん変わっていって……それも相手は同性だし……なんか、不安で仕方がなかったんだ……なのに、こうして君の話を聞いていると、どうしてこんなに心が休まるんだろう……不安なんてどんどんなくなっていくんだ……君を好きになって良かった……」
「そんな可愛いこと言わないで下さいよ……オレの理性が飛んじゃいますよ」
西崎は、少しテレた様に笑って、柴田の頬にキスした。
「バカ……」
柴田はクスリと笑った。
それはとても幸せそうだった。
「やっぱり今まで間違ってたんだな……」
柴田は小さくつぶやいた。
「え?」
西崎が聞き返したので、柴田は西崎の顔を見つめた後、少し微笑んだ。
「いや……今日、別れた妻と会って色々話してね……その時彼女が言ったんだ……『私達、今までお互いに気を使い過ぎていた』って……彼女は今までずっと、オレに釣り合う女になろうと背伸びをしていたんだって……平凡な妻ではなくて、お洒落なキャリアウーマンになる事がオレと釣り合うことだと思っていたみたいだ……もしかしたら彼女は、専業主婦になって、子供が欲しかったのかもしれない……オレはオレで、彼女の良い夫になろうとして気を使っていたと思う……物分りの良い夫で、彼女の仕事にも趣味にも、何も口を出さずにいる事が良い事だと誤解していた……1度も喧嘩したことないなんて、本当はおかしいんだよね……どんな仲の良いカップルだって、ちょっとした口論はするはずだし……喧嘩をしないって事は、お互いに不満も我慢しているって事で……お互いに話し合ってないって事なんだ……オレは彼女とは恋愛していなかったんだ……」
柴田は、伏し目がちにそう話しをした。
どこか遠くを思うように、過去を懺悔する様に……だが、その表情にはすべてを綺麗に清算したような迷いの無い顔だった。
「じゃあ、これからオレと恋愛を覚えていきましょう。解らない事はオレが教えますから」
「教えてくれるのかい?君が先生?」
柴田はクスッと笑った。
「先生と言うほど、経験豊かではないかもしれませんが……指南しますよ」
西崎も笑った。
「これから……よろしく」
柴田はそうう言って、西崎の唇にチュッと軽くキスした。
「こちらこそ」
西崎も、軽くキスを返した。
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